観察26:そうありたい
「それで? 何を聞きたいんだっけ?」
「永野の兄としての気持ちだよ」
「そんなこと聞いてどうするんだか」
「知りたいと思ったから聞くだけだ」
きっとそれだけ。
「どうして知りたいって思うんだか」
「まぁ、理由はいろいろ考えられるけど……」
永野がオレにとって理想的な兄だったからとか、だからこそ、あの時今のままで十分と言った永野のセリフが気に入らなかったからだとか。自分の行動に理由をつけようと思えばいくらでもある。
「けど?」
「理由とか関係なしに馬鹿な悪友のことを知りたいってのはおかしくないだろう?」
友人だから知りたいと思った。それくらいなら踏み込める関係だと思ったから聞けた。
「……まぁ、俺も海原のこと聞いたしな。加奈の事じゃ世話にもなってる。誤魔化すのはフェアじゃない……いや、悪友失格かな?」
「さぁな。親友なら話すべきなんだろうが、悪友なら誤魔化すのもそれらしい気もする」
「そうか? 俺は逆だと思う」
「……それで? 結局話してくれるのか?」
「ああ。面白いかどうかは保証しないがな」
「十分だよ」
「それで何聞きたいんだっけ?」
「だから永野の兄としての本心だよ」
「……それじゃ抽象的過ぎて何を話せばいいかわからないんだが……」
……それもそうだな。
「じゃあ、まずはオレが加奈ちゃんと仲良くすることどう思ってる?」
「嫌だ」
……即答だな。
「いやまぁ、加奈の願いだったし幸せそうな様子見ると文句をいう気も失せるんだが……分かるだろ?」
「まぁ……そうだな」
娘を嫁に出す父親のような気持ちか。
「そういうのが兄としては普通なんだろうな」
「? 海原は違うのか?」
「……よく分からないんだよ。オレが家族として雪奈をどう思ってるのか」
大切なのは分かってる。女性として愛してしまったことも分かってる。兄としてやらないといけないことも見つけたつもりだ。でも、兄としての自分が雪奈という妹をどう見てるのか。それが分からない。もしくは分かっていたのに分からなくなってしまった。
「……海原はそれでいいんじゃないかな」
「? なんでだよ?」
「無理に答えなんて出さなくても、そのうち出るだろうしな」
「……こころみたいな言い方しやがって」
あいつの言い方はもっと酷いが。
「てか、オレの話になってるじゃねぇか。次だ次」
「まだ聞きたいことあるのか?」
「安心しろ。とりあえずは次で最後だ」
急ぐ必要はない。今のオレはそう思ってるから。
「そっか。それで? その聞きたいことってのは?」
「……加奈ちゃんは幸せだと思うか?」
「……幸せだって。加奈はそう答えるだろうし実際そう思ってると思うよ」
「それは加奈ちゃんの答えであって永野の答えじゃないだろう? オレが聞いてるのは永野の答えだ」
「………………」
「別に無理して答える必要はないぞ」
そこで答えられなくなる時点で答えを言ってるようなものだ。
「……加奈は物心付く前からここにいるんだ。それの意味は分かるだろ?」
「外を見たことがない……か」
外を知らない加奈ちゃんがそれをどう思ってるかは分からない。でも外を知っている永野はそれを不幸だと思ったんだろう。
「それで? 永野はどうしたいんだ? そう思ってて本当に『十分』なのか?」
「………………そんなわけない」
「じゃあどうしたい?」
「加奈に箱庭の外を見せてあげたい」
「……そっか」
「そっか……って、それだけ?」
「他に何を言えっていうんだ」
「いや、まぁ……言われてみればそうだけど」
「オレは永野が加奈ちゃんに外を見せてあげたい。それを知れただけで十分だよ」
オレが知った。それで何がどう変わるというわけじゃない。でも……。
「だからまぁ……もし加奈ちゃん絡みでなにか相談があればいつでものる」
それはきっと無意味じゃないから。
「……そうだな。それとそれはお互い様だ」
「ああ。その時は頼む」
オレたちはそんな関係でありたいと、そう思う。