観察21:選ぶということ
「俊行? 入るわよ?」
「はいよ」
いつものようにこころが来る時間。オレは読んでた本を閉じこころを出迎える。
「いらっしゃい。今日はどうする?」
「んー……話すだけにしましょうか」
「了解。珈琲と紅茶どっちがいい?」
「紅茶でお願い。あ、ミルク多めね」
「はいはい」
ポットのお湯を使いインスタントで適当に入れる。
「はい、おまたせ」
二人分の紅茶を用意しミルク多めの方をこころに手渡す。そのままベッドの上に並んで腰掛けた。
「ん……美味しいわね」
「ただのインスタントに美味しいも何もないと思うが」
こころはほぼ毎日のようにやってくる。ただ、最近は最初の頃のように情事を重ねるだけでなくこうして話すだけの日も増えてきた。
「本格的に紅茶の入れ方とか覚えようと思わないの?」
「それは雪奈みたいな社長令嬢とかがすればいいんだよ。庶民はインスタントで十分」
「あんただって似たようなものじゃない」
「紘輔さんはただの後見人。オレ自身は別に御曹司でもなんでもないんだから」
それに紘輔さんの会社は別に世襲制とるつもりもないっぽいし。
「ふーん……ま、これはこれで美味しいしね」
「そゆこと。それにオレが香りがどうのこうのと言い出したら嫌だろ?」
「嫌じゃないわよ。大笑いするけど」
「その時はお前には二度と入れてやらない」
そう言って自分が入れた紅茶に口をつける。少し苦い。オレもミルクを入れとけば良かった。
「……ねぇ。俊行は誰かと付き合ったりしないの?」
「……いきなりだな。それは色恋的な意味で?」
「そそ。なんだかんだで周りには美少女だらけのよりどりみどりじゃない」
「……だとしてもなぁ。どの子も一癖も二癖もあるし……」
「贅沢者ねぇ。性格よくて可愛くてめんどくさくもない女の子なんて普通いないわよ?」
「んー……逆にオレはそういう子には惹かれないだろうけどな」
まず付き合うことなんてできないだろうし何より……。
「そうね。そんな完璧な子と一緒になっても俊行は幸せになれない」
「……………………」
「あんたも誰かを救うことでしか自分が救われないって分かってるもんね」
「……そうだな」
ずっとそういう風に生きてきたから。今更他の生き方なんて出来ない。
「だからもう一度聞くね。俊行は誰か一人を選ばないの?」
「……加奈ちゃん――」
「やっぱり、そうなんだ」
「――を選ぼうと思ってたんだと思う」
初めてあった時、この子ならオレが救えるんじゃないかとそう思ったから。
「今は違うの?」
「瑞菜に言われたんだよ。オレが瑞菜のことを諦めてるって」
そしてそれは事実だった。瑞菜の事情を知ったのに、オレは何も行動を起こそうとは思わなかった。
「それがすごいショックだった……」
「なに? じゃあ瑞菜さんを選ぶの?」
「いや、そういう話じゃないよ」
「じゃあどういう話なのよ?」
「選んだつもりになって他を捨てるのは違うんじゃないかなって話」
雪奈にしても無理そうだからって諦めるのは違うんじゃないかって永野を見て思った。
「オレは不器用だから。本当の意味で誰かを幸せにするには一人を選ばないといけないと思う」
それでも……。
「けど、それまではもっとがむしゃらにいろいろ頑張ってみてもいいんじゃないかって思ったんだ」
「……そう」
「うん。特に加奈ちゃんは未だに話もまともに出来てないし。とりあえず二人きりで話せるようにならないと」
「はいはい。頑張りなさい」
「てわけで質問の答えは『オレにはまだ早い』だ」
「……はぁ。それじゃまだまだ現状維持なわけね」
「そうだけど……ダメだったか?」
「ダメじゃないけど…………」
「けど?」
「(……あたしがこの状況に甘えちゃうじゃない)」
「? 甘え?」
「なんでもないわよバカ俊行……んっ」
そう言ってキスをしてくるこころにオレは押し倒された。