観察9:楽園
「んー……やっぱオレ後で行くわ」
加奈ちゃんの病室へ向かう途中。オレは一緒に歩く皆にそう言う。
「? お兄ちゃんどうしたの?」
「いや、あの子他人にお見舞いされるの慣れてないらしいんだよ」
「ふーん……まぁ、いきなり大人数で押しかけるのが悪いのは分かるけど。でも俊行は昨日一応会ったんでしょ? だったらあたしか雪奈あたりが抜けたほうがいいんじゃない?」
「彼女が男性恐怖症で昨日オレに会って気絶したと言っても同じ意見か?」
「あはは……気絶って……」
「てわけで永野。オレはちょっと屋上あたりで時間潰してくる」
「ふむ……そうだな。俺も雪奈ちゃん達を紹介したら抜けるかな。そっちの方が話しやすいこともあるだろうし」
「永野って意外に放任主義っていうかスパルタっていうか……」
初対面なのに平気で妹を一人にするよな。
「てか、あたし達も普通に気まずいと思うんだけど……」
「そこらへんは春日さんがいるから大丈夫だろう」
「あはは……すごい他人頼みなんだね」
まぁ、瑞菜はここに慣れてるっぽいし共通の話題とかも見つけやすいか。
「むぅ……お兄ちゃんが一緒じゃないなら私が行く意味は……」
「恋敵を見に行くって思えばいいんじゃない?」
「……なるほど」
なるほどじゃねぇよ。
「あー……もう、オレは行くからな」
それだけ言ってオレはその場を離れ屋上へと向かった。
「しっかし……やっぱ広いなここ」
屋上を見渡すが、それだけでも十分すぎる広さだ。
研究棟もあるし病棟は一つだけではない。中庭も広く全体だと下手な遊園地よりは大きいんじゃないだろうか。
「……ここは楽園と言う名の箱庭だからな。当然広いさ」
「早かったな」
「とりあえず座ろうぜ」
そう言ってベンチを指す永野に従い、オレはそこへと座った。
「けど箱庭ね……言い得て妙だな」
フィクションではよくある表現の仕方だ。ここの患者たちはここから出ることができず、同時に研究対象でもある。
「別に俺が言い出した訳じゃないがな。入院してる人たちの間でよく言われてるらしい」
「……まぁ、分からないでもない」
「ここにいるってことは特別だ。ここにいるだけで死は遠ざかっていく。生まれた時3ヶ月持たないだろうと言われた加奈が病魔に侵されながらも今なお元気に生きているのもそのおかげだ」
「……だから楽園か」
「俺は好きになれないけどな」
「……それも分からないではない」
でも、本当の所はオレには分からない。なんとなく想像がつくだけだ。ここは特別すぎて関わって間もないオレには全容など分かりはしない。
「ま、とりあえずここにいる人たちは大なり小なり複雑な気持ちをここに抱いてるって思ってくれればいいよ」
「……しかし、永野が真面目な話をするとか不気味だな」
「失礼な。真面目モードもこなせて初めて一流の親友キャラなんだぞ」
「お前はどっちかというと悪友キャラだろう」
「ふむ……それもいいな」
そうやって馬鹿を言い合う。この時間がオレは嫌いじゃなかった。