第7話「合わない順番」
広場にいる。
気づいたときには、そうなっている。
立っている場所も、ほとんど変わらない。
石がある。
蹴る。
当たる。
乾いた音。
少しだけ静かになる。
――順番が違う。
その違和感が、遅れて来る。
いつもは外してから、笑いが来る。
今は、当たってから静かになった。
それだけ。
それだけの違い。
考えるほどでもない。
そう思ったところで、
もう一度、蹴る。
外す。
笑い声。
二つ。
少し遅れて。
順番は戻る。
問題ない。
「なあ」
横から声。
いつもの位置。
同じ距離。
「今の、見たか」
「見ていない」
答える。
何を指しているのかは、わからない。
「そうか」
それ以上は聞かない。
聞かないことで、何も起きていないことになる。
しばらく、何も話さない。
沈黙が続く。
続いているはずなのに、途中が抜ける。
気づいたときには、
もう会話が始まっている。
「順番ってさ」
言葉が落ちてくる。
「決まってると思うか」
少しだけ考える。
順番。
音。
動き。
笑い。
遅れ。
ここでは、決まっている。
「決まっている」
そう答える。
「……だよな」
納得していない。
でも否定もしない。
石を蹴る。
外す。
笑い声。
少し遅れて。
順番は崩れない。
そのはずなのに、
今度は笑いが来ない。
音だけが残る。
空白。
ほんの一瞬。
それだけ。
すぐに、遅れて笑いが来る。
何もおかしくない。
そう思う前に、そうなる。
「なあ」
また声。
少しだけ低い。
「今、飛んだよな」
「何がだ」
「間」
短い言葉。
それだけで意味は通じる。
通じるはず。
「……気のせいだ」
答える。
迷いはない。
そう言った方が、整う。
「そうか」
あっさり引く。
引き方が、少しだけ早い。
諦めているようにも見える。
それ以上は続かない。
沈黙。
風の音。
人の気配。
全部ある。
全部あるはずなのに、
どこかだけが“後から付け足された”みたいに感じる。
理由は考えない。
考える前に、形が消える。
「なあ」
また声。
今日は多い。
「帳簿、合ってるか」
「ああ」
即答する。
確認する必要はない。
合っている。
八十七。
それで成立している。
「見てないだろ」
「見なくてもわかる」
「……そういうもんか」
納得したような、していないような声。
そのまま終わる。
終わったはずなのに、
次の言葉がすぐに重なる。
「さっきさ」
続いている。
どこからか。
「俺、何してた?」
問いが来る。
単純な質問。
さっきの行動。
見ていたはず。
すぐ近くにいた。
思い出す。
石。
音。
笑い。
その間にいたはずの“何か”が抜けている。
「……わからない」
答える。
「だよな」
あっさり返る。
「俺もだ」
軽く笑う。
その笑いは、少しだけ遅れる。
順番は守られる。
守られているはず。
その“守られている感じ”だけが、妙に強い。
広場の中央を見る。
人がいる。
動いている。
話している。
声が重なる。
その中に、
ほんの一瞬だけ、
誰とも合っていない動きが混ざる。
ずれている。
周囲と噛み合っていない。
視線を向ける。
消える。
最初からなかったみたいに。
「なあ」
横の声。
「今、見たか」
「見ていない」
同じやり取り。
さっきと同じ。
繰り返している気がする。
その“さっき”がどこかはわからない。
わからなくても、問題はない。
役場に戻る。
歩く。
途中が抜ける。
気づいたときには、扉の前。
開ける。
中に入る。
帳簿。
開く。
ページ。
並び。
名前。
八十七。
変わらない。
指でなぞる。
順番。
整っている。
崩れはない。
……ひとつだけ、
順番がおかしい気がする。
どこか。
特定できない。
最初からそうだった気もする。
昨日は違った気もする。
比べる前に、どうでもよくなる。
「なあ」
声。
すぐ後ろ。
「そこ」
指をさす。
ページの一箇所。
「入れ替わってないか」
視線を落とす。
並びは整っている。
順番通り。
何もおかしくない。
「変わっていない」
「そうか」
引く。
あっさりと。
その瞬間、
“入れ替わっている気がする”感覚が消える。
完全に。
最初から、整っていたみたいに。
「やっぱり合ってるな」
ぽつりと呟く。
「八十七」
その数が、すべてを固定する。
順番も。
記憶も。
違和感も。
帳簿を閉じる。
音が遅れる。
外に出る。
広場。
石。
蹴る。
外す。
笑い声。
二つ。
少し遅れて。
順番は崩れない。
――はずなのに、
今度は笑いが先に来る。
音が後から来る。
一瞬だけ、逆になる。
すぐに戻る。
戻ったことだけが残る。
「変だな」
口から出る。
「何が」
「……順番が」
そこまで言って、止まる。
それ以上が続かない。
言葉が形にならない。
「そうか?」
普通に返る。
違和感はない。
「……そうかもしれない」
自分の方が引く。
そうした方が、整う。
整ってしまう。
石をもう一度蹴る。
当たる。
音。
静けさ。
笑い。
順番。
全部、元に戻る。
問題ない。
何も起きていない。
そういう形に収まる。
収まってしまう。
広場に立つ。
人がいる。
動いている。
数えられる。
一人。
二人。
三人。
――途中でやめる。
最後まで数える必要がない。
八十七。
それで合っている。
それが先にある。
現実が、それに合わせる。
順番も。
音も。
人も。
すべて。
合わないはずのものまで、
あとから整って、
最初からそうだったみたいに並ぶ。
その中で、
ほんの一瞬だけズレたものは、
見た気がしたことだけが残って、
中身は、
もうどこにもない。




