第11話「均された場所」
朝、少し早く目が覚めた
理由はない
ただ、眠りが浅かった気がする
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外に出る
空気が冷たい
でも、
それが普通なのかどうかはわからない
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広場には、まだ人が少ない
数えようとする
途中でやめる
朝は意味がない気がした
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「早いな」
声
振り向く
もういる
昨日の続きみたいに
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「たまたまだ」
⸻
「俺も」
軽く笑う
その笑いは、
昨日より自然に見える
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並んで座る
同じ石の上
位置も、距離も、
昨日とほとんど変わらない
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「なあ」
足元を見たまま、そいつが言う
「今日、数えないでみないか」
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間が空く
短いはずなのに、
少し長く感じる
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「……やめた方がいい」
昨日と同じ言葉が出る
⸻
「やっぱりそう言うか」
笑う
予想していたみたいに
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「でもさ」
顔を上げる
こっちを見る
「なんでダメなんだ」
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答えがない
理由は浮かばない
⸻
「……わからない」
⸻
「だよな」
頷く
納得しているのか、
諦めているのかはわからない
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「じゃあさ」
少しだけ身を乗り出す
「半分だけにしないか」
⸻
「半分」
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「全部じゃなくていい」
「途中まで数えて、やめる」
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その発想が、
妙に現実的で、
だからこそ危うい
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「……意味がない」
⸻
「あるだろ」
即答
「“全部じゃない”ってことに意味がある」
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その言葉は、
どこかで引っかかる
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全部じゃない
完全じゃない
曖昧なまま残す
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それは、
この村の“普通”に近い
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「……わかった」
口に出ている
考える前に
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「ほんとか」
少し驚いた顔
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「ああ」
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自分でも理由はわからない
でも、
断ったときよりも、
少しだけ楽だった
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「じゃあ決まりだな」
立ち上がる
軽く手を叩く
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その音が、
一瞬だけ遅れる
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もう指摘しない
そいつも言わない
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それが“普通”になり始めている
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人が増えてくる
広場が埋まる
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数えない
今日は
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「……多いな」
そいつが言う
⸻
「そうか」
⸻
「いや、わからんけど」
笑う
「なんとなく」
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その“なんとなく”が、
少しずつ具体的になってきている
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視線を巡らせる
顔
動き
距離
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どれも見たことがあるはずなのに、
少しずつ違う気がする
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「なあ」
小さく言う
⸻
「昨日さ」
続ける
「ここ、もう少し広くなかったか」
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同じことを考えていた
でも、
言葉にはしていなかった
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「……変わっていない」
反射で答える
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「だよな」
すぐに引く
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その“引き方”が、
昨日よりも早い
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慣れてきている
違和感の扱いに
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それが一番、良くない気がする
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「よし」
そいつが言う
「じゃあ、数えるか」
⸻
頷く
⸻
一、二、三――
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途中で止める
決めた通り
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「……三十六」
そいつが言う
⸻
「……同じだ」
口に出る
⸻
昨日も、
同じところで止まった気がする
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「なあ」
そいつが言う
「これ、昨日もやったよな」
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その言葉に、
はっきりとした既視感が重なる
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でも、
思い出そうとした瞬間、
輪郭が崩れる
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「……わからない」
⸻
「だよな」
笑う
⸻
でも、
その笑いには、
少しだけ焦りが混じっている
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そのとき、
視界の端に白い布が入る
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揺れている
昨日と同じ
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その奥に、
誰かがいる
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今度は、
はっきり見える
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小さく手が動く
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振られている
⸻
こっちに
⸻
無意識に手を上げる
返す
⸻
「誰だ」
横から声
⸻
「……わからない」
⸻
そう答えながら、
視線を戻す
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もういない
⸻
最初からいなかったみたいに
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「今、いたよな」
⸻
「……見ていない」
⸻
昨日と同じやり取り
同じはずなのに、
少しだけ重さが違う
⸻
「なあ」
そいつが言う
今度は少し低い声で
⸻
「俺たちさ」
⸻
「ちゃんと覚えてるか」
⸻
その問いが、
まっすぐ刺さる
⸻
答えようとして、
止まる
⸻
何を“ちゃんと”とするのか
何を“覚えている”と言えるのか
⸻
基準がない
⸻
「……わからない」
⸻
「だよな」
⸻
その言葉で、
少しだけ安心してしまう
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同じだから
同じ状態だから
⸻
それが、
どれだけ危ないかもわからずに
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風が吹く
⸻
布が揺れる
⸻
音が、
少し遅れて届く
⸻
でも、
もう誰もそれを気にしない
⸻
違和感は、
そこにあるまま、
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均されていく
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踏み固められるみたいに
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誰にも疑われない形で
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その上に、
立っている




