第10話 平日の禁断、すなわちサンデー。
――マスター。
――[いつもの]、あるかい?
赤いドレスを纏った女は微笑んで言う。
カフェベストを着た白髭を蓄えている老人は静かに頷き、何かを作り出す。
数分後、女の前に差し出される何か。
それは、カクテル。
グリーンペパーミントリキュールの鮮やかなエメラルドグリーン、底に沈むマラスキーノチェリーの大胆な赤。
その名は――[青い珊瑚礁]。
彼女はコースターの上に置かれたカクテルをしばらく見つめると、
――マスターの作るカクテルは、モノクロでつまらない世界を唯一彩ってくれる存在だよ…。
そう呟き、口に含む。
ここは限られた人しか知らない、秘密のカフェ。
渇きに飢えた客が、今日も密かに癒されにやってくるのであった――
「くうっ、シビれる〜!」
歌原ルナ、16歳。
彼女はテレビで流れている映画を観ていた。
前回行ったモモとの映画鑑賞会によって、映画ブームがやってきていたのだった。
「――[いつもの]、あるかい?」
「って、あたしも言ってみたーい!!」
映画やドラマに感化されやすいタイプ。
彼女は言ってみたい。
――[いつもの]、あるかい?
思案する事、早5秒。
閃く。
「言える場所、あるじゃん。」
彼女は決意するのであった――
翌日、土屋商店街付近。
放課後にルナは喫茶店の扉の前にいた。
今回は1人で訪れた。
理由はシンプル…あのコールが人前、友人の前なら尚更恥ずかしいお年頃だからである。
[カランカラン]
ドアベルの音とともに喫茶店へと入っていった。
――どうも、いらっしゃい。
マスターの柔らかな声が聞こえた。
幸い、店内には誰もいないようだった。
――お久しぶりだね。
マスターは以前の来店を覚えていたらしい。
正直、恥ずかしい。
でも言わなければ、来た目的が消えてしまう。
深呼吸をする。
自分を取り繕え。
あの映画の赤いドレスの妖艶な女を演じろ。
「マスター」
「[いつもの]、あるかい?」
言った!言った!言った!
恥ずかしさと興奮、喜びが押し寄せ混ざる。
マスターの反応は――
――[いつもの]、ですね。
先ほどと同様、微笑みながら答える。
ルナはカウンター席に座る。
しばらくすると、何かが目の前に置かれた。
ゆっくりと視線を上げる。
――こちら、[サンデー]になります。
底の浅い丸い器に、2つの異なるアイス・ソフトクリーム・チョコソース・イチゴ。
あの映画とは、全くの真逆。
しかし、抗えぬ魔性の魅力。
チョコソースのかかったアイスとイチゴをスプーンで掬う。
食べる。
瞬間、世界が彩られていく。
脳に来たるは甘みの暴力。
『甘い』が…神経を、脊髄を、血液を満たしてゆく。
スプーンが止まらない。
「――しあわせぇ♡」
あっという間に完食した。
気がつくと、マスターがルナの食べっぷりを見て微笑んでいた。
――満足してもらえて、嬉しい限りだよ。
ルナは素直な疑問をぶつける。
「なぜ、[いつもの]でこれが?」
マスターは言う。
――私もね、映画をよく観るんだ。
――あそこでは[いつもの]は、よく言うでしょう?
――だからね、これは時代に取り残された者のちょっとした『遊び心』だよ。
彼女は喫茶店を出た。
風が涼しい。
ルナは感じていた。
あのマスターは、『時代に取り残された』と言っていた。
けれど、本当は『時代を守っている』のではないか。
と。
「あたしは、まだガキだからよく分かんねーや」
[青い珊瑚礁]を嗜むのはもう少し先でいいや、と思う16歳の甘い1日。




