最終話
「神が……あなたに命令を下し、世界は呪われたのですか……?」
ミナリカのその問いに、死の王ネビュラは肯定する。
「そうだ、カルドラが貴公のような者を魂の器として選ぶ理由はたった一つ。
純粋な者ほど、疑うことを知らぬからだ。」
ネビュラはそう言うと笑った。
「どうせ貴公は、使命だの役目だのと唆され魂を集めてきたのだろう?カルドラの手の中で踊らされてるとも知らずに。
全く……新たな世界と神を作り出す為とはいえ、本当に性格の悪い奴だよ、カルドラは。」
「世界は……神はどうして……世界を呪ったのですか……?」
ミナリカが問いかけると、ネビュラは言う。
「創造とは常に、破壊から生まれるものである。
今ある世界を滅亡させることで、新たな世界を創ろうとしていたのだよ。
そして……魂の器よ。貴公の最後の役割は……その新たな世界の神となること。その為に……」
ネビュラはそう言うと剣を構え、ミナリカに襲いかかった。
「私を討ってみよ!!魂の器……いや、神の候補よ!!!!」
ネビュラは楽しそうに笑いながらミナリカに向かって大きな剣を振り下ろした。
ガキン!!とネビュラの剣とミナリカの盾がぶつかる。
「私は……私は……!!」
力で震える身体。その中でミナリカは呟く。
「一体何のために戦い……フローゼ様の命まで奪ったというのですか……!!」
ギン!!という金属音と共に、ミナリカの盾がネビュラの剣を弾いた。
「ククク……いい眼だな、娘。」
ネビュラは笑う。
「まるで何かに囚われたような眼だ……。そうだな、強いて言うならば……闇に囚われた眼とでも言えばいいか?」
「……ごちゃごちゃうるさいんですよ、あなた……。」
ミナリカが剣を構える。
「あなたは殺します……。あなたの後は……神を殺します。」
ミナリカの瞳が鋭く輝く。
「『人間』の恐ろしさを……思い知らせてやりますよ……!!」
ミナリカはそのまま踏み込み、ネビュラと距離を詰める。
ミナリカの剣とネビュラの剣が激しくぶつかった。
「ハハハ!!まるでハンター……『狩人』のようだな!!」
楽しそうに笑うネビュラをよそに、ミナリカは一切の言葉を返しはしなかった。
ネビュラが『狩人』と呼び放ったその通りに、今の彼女はただ一つの獲物を屠るためだけの鋭利な殺意と化していた。
ギン! ガギィィィン! と、火花が暗闇を裂く。
ミナリカの剣速は、四つの魂がもたらす魔力によって限界を超えて加速していた。
ネビュラの漆黒の大剣を真っ向から受け流し、装甲の隙間を的確に、執拗に突き刺していく。
「ヴォルフ様のように迷わず、レオリュート様のように鋭く……!!」
ミナリカの剣撃がネビュラの右肩を捉え、漆黒の鎧を砕いた。
「カスパール様のように泥臭く、フローゼ様のように……凛々しく!!」
盾を投げ捨てたミナリカは、大振りの一撃を放ったネビュラの懐へ強引に潜り込む。ネビュラの剣がミナリカの脇腹を裂いたが、彼女はその激痛さえも力に変えるように、渾身の突きを繰り出した。
「お前たちが駒にした『人間』の……積もり積もった怒りだぁぁぁぁっ!!!!」
ミナリカの剣がネビュラの胸元を捉えた。
しかし……
ニヤリと笑うネビュラ。
魔力が籠った拳を振りかざし、ミナリカの身体を地面に叩きつけた。
「がはっ……!!」
「いいぞ……!!いいぞ女よ!!私が受け止めてやろう、そ『人間』の力とやらを!!
代わりに、返してやろう……!!その何倍にもして、貴公に『王』の力を!!!!」
ネビュラの剣がミナリカの背中に思い切り突き刺さった。
「…………!!!!」
血が吹き出る。
ネビュラはそのまま突き刺さったミナリカの身体ごと剣を掲げると、思い切り遠くへ向かって投げつけた。
まるでボールのように跳ねるミナリカの身体。
「うぅ………!!」
口から血を吐きながら地面に転がるミナリカ。
「どうした?女よ。もっと私に見せてくれ。滅びゆく世界の『人間』の力とやらを……!!」
ネビュラが高笑いする。
(身体が……動かない……!!)
ミナリカは懸命に立ち上がろうとするものの、激痛で身体が動かせない。
このまま死を待つだけの存在となるのだろうか。
諦めかけたその時、声が聞こえた。
「諦めるには早いぞ、我が友よ。」
声が聞こえミナリカが顔を上げると、そこに立っていたのは……
「レオ……リュート様……?」
深き森で散った戦士、レオリュートの幻影だった。
「君はこんな所で挫けるような者ではない、誰よりも清らかで……強い心を持った存在だろう?」
レオリュートの幻影がそう言うと、また新たな幻影がミナリカに語りかける。
「最後の最期、俺に生きた証を残させてくれたお前が……使命を果たさず死んでいくなんて有り得ないだろう?」
「カスパール……様……」
「ミナリカ。」
失われたはずの凛とした美しい声が聞こえる。
「命令したでしょう?死の王を倒せ……と。
そして、この呪われた世界の悲しみの連鎖に……終止符を打つのです。それが出来るのは……貴女だけよ、ミナリカ。」
「フローゼ様……。」
幻影たちはミナリカに言葉を残すと、霧のように消えていった。
ミナリカは剣で身体を支えながら立ち上がり、ネビュラを見つめる。
「あなたを……倒す……!!」
「立ち上がったか……!!いいぞ!!さぁ向かってこい!!」
ネビュラもまた剣を構える。
ミナリカは、自らの魂に直接語りかけるような、猛烈な熱を感じていた。
かつて託された四つの魂が、ミナリカの体内で溶け合い、爆発的な輝きを放ち始める。
折れた肋骨も、貫かれた背中の傷も、その白銀の光が無理やり繋ぎ止め、彼女の身体を神速の領域へと押し上げた。
「……あ……ああ……ああああああああああ!!」
咆哮と共に、ミナリカは地を蹴った。
「なんと言う速さだ……!!」
その速さは、ネビュラの動体視力さえも置き去りにする。
ネビュラが漆黒の大剣を横に薙ぎ払うが、ミナリカはその刃の上を、重力を無視するように駆け上がった。
虚空を蹴り、宙を舞う姿は、かつて雪町でカスパールが見せた執念の跳躍そのもの。
「これが、私たちが生きた……!!」
ミナリカの剣に、仲間の幻影たちが重なる。
「証だァァァァ!!!!!!」
ヴォルフの剛腕が、レオリュートの鋭い太刀筋が、カスパールの不屈の意志が、そしてフローゼの慈愛が、一本の刃に収束した。
ネビュラは笑みを消し、全力の魔力を籠めた剣をミナリカに叩きつけようとした。
だが、ミナリカの剣はその刃ごと、漆黒の兜ごと、死の王の存在そのものを一刀両断に切り裂いた。
「…………ッ!!」
轟音と共に、死の王ネビュラの巨体が両断され、霧散していく。
「……クク……見事…………だ…………。」
ネビュラは崩れ落ちる間際、満足げに呟いた。
呪いの執行者として、幾千もの器を葬ってきた彼にとって、これこそが、自分を縛り付けていた神への復讐を託せる『唯一の希望』に見えたのかもしれなかった。
死の王が斃れ、静寂に包まれた漆黒の空間。
ミナリカは1人佇み、そして……決意を固めた。
死の王が倒されたのを知ったのか、光の扉が姿を現す。
「よくぞ役目を果たしましたね、魂の器様。」
扉の中から守り人が姿を現した。
相変わらず淡々とした口調な守り人に対し、ミナリカは問いかける。
「全部見ていたのでしょう……?」
その問いに、守り人は答えない。
「死の王の言葉は……真実なのですか……?」
その問いにも、守り人は答えない。
「私を……騙していたんですね……。」
ミナリカはそう言うと守り人の方を振り向いた。
「私に真実を伝えず、利用しようとしていたのでしょう……?」
ミナリカの問いに、ようやく守り人が口を開いた。
「これも……我が主の意志。私はそれに従うだけの存在。
それが正しいことだと……私は認識しています。創造は、破壊からでしか生み出されない……。」
「正しいわけ……ないじゃないですか……!!」
ミナリカは守り人に向かって剣を突きつけた。
「人間を舐めるのも……いい加減にしてください……!!」
「刃をお納めください、魂の器様。」
無表情でそう言う守り人に対して、ミナリカは怒鳴る。
「その名で呼ばないでください!!!!」
ミナリカは守り人を睨む。
「魂の器なんかじゃない……!!私は、ミナリカ・ウィンターズです……!!」
「刃をお納めください、でないと私は……」
守り人がそう言うと、その手に1本の剣が現れる。
「貴女様を……我が主に対する反逆者として、処理しなくてはならなくなります。」
守り人がそう告げるも、ミナリカは剣を下ろさない。
沈黙が流れる。
「…………残念です。貴女様なら……これから生まれるはずだった世界を守る良き神になれたかもしれないというのに……。」
守り人の剣の刀身が蛇腹のように伸びる。
「貴女様の選択を……尊重します。ミナリカ・ウィンターズ様。」
「はあああああああああああああああああっ!!!!!!!!」
ミナリカは守り人に向かってその剣を振り下ろした。
*
その昔、創造の神に刃向かった1人の亡者がいた。
『真実』を知らぬまま、与えられた役目を果たしたその亡者は、最後に神の真実を知り怒りに支配された。
そして、神の従者に向かって刃を振り下ろしたのだ。
反逆者は、結局神の従者に返り討ちにあい、その生涯に幕を下ろした。
本来なら亡者は新たに誕生するはずだった世界の新たな神となるはずだった。
しかし、神の意志に反逆したことにより世界が生まれることはなく、新たな神も誕生することはなかった。
創造は、破壊からしか生まれない。
時が満ちれば、世界は生まれ変わらなければならないのだ。
それが、創造神カルドラが唱える『輪廻』というもの。
その輪廻を破壊した反逆者の魂に、神は『罰』を与えた。
どんなに生まれ変わろうとも、輪廻転生しても、『戦い』という運命から逃れられない……過酷な罰をかの魂に課したのだ。
しかし、神の従者は反逆者の魂に深い敬意を現していた。
彼女は神に懇願し、自身の命と引き換えに反逆者の魂から彼女の持つ純粋で清らか心だけは残してもらった。
輪廻は巡り、とある世界。
『血』と『穢れ』を狩り続ける、『狩人』と呼ばれる存在がいる世界。
血と殺戮しか好まないと言われている狩人という存在の中に、たった1人だけ異端の狩人がいた。
狩人でありながら異形と化した相手を人間として扱い、誇りと信念を尊ぶ女。
金色の髪と瞳を持ち、白銀の剣と月光の矢を放つボウガンを携えた狩人。
その者を、人は何時しかこう呼んでいた。
『葬送の狩人』……と。




