第4話
「まさか……こんな形で戻ってくることになるなんて……。」
守り人から転送され、死の王への道を作る魂を集めるために戦ってきたミナリカ。
最後の魂がある場所が、彼女の故郷であるアルベリア王国だとは思ってもいなかった。
城へと伸びる長い階段。そこには帯びただしい数の血痕が残されていた。
美しかったかつての面影は、どこにも無い。
(この場所に魂があるのだとしたら、もしかして……)
嫌な予感がする。
(当たっていないといいのですが……。)
不安を胸に抱きながら階段を進むと、城門の前の壁に寄りかかる騎士を見つけた。
腹部に酷い傷を負い、血が流れている。
しかし意識と自我があるようで兜で覆われたその顔がミナリカの方を向いた。
「ミナリカ・ウィンターズか…………?」
その声を聞いて、ミナリカはすぐに誰なのかわかった。
「騎士団長、バルサ様……!?」
ミナリカがそう言うと、震える声で騎士……バルサは言う。
「遅かったじゃあないか……。」
バルサは傷口を抑えながらミナリカに手を伸ばそうとする。
立ち上がる力は、もう残っていないようだ。
「バルサ様、その傷は……?」
ミナリカは膝をつきバルサの手を取り問いかけると、彼は言う。
「亡者にやられたのさ……。」
「亡者……ということは、やはり敵……。」
「いいや違う……。」
バルサは首を横に振り言葉を続ける。
「襲ってきた亡者は……この国の騎士だ……。」
バルサのその言葉を聞いてミナリカは言葉を失う。
彼は言葉を続ける。
「ここは地獄だ……。かつて栄華を誇った城は血で染まり、仲間だった者同士が殺しあっている……。
俺もやられて……このザマさ……。」
バルサはそう言うと傷口を抑えたまま蹲る。
「バルサ様……!!」
ミナリカがバルサを支えると、バルサはミナリカを見つめる。
「お前……魂と器とやらになったのだろう……?」
バルサの言葉にミナリカは頷く。
「やはり……陛下の予言は間違いではなかった……。」
バルサはそう言うとミナリカを力強く見つめた。
「陛下の……陛下の下へ向かえ……。あの方はいつもの場所で……お前を待っている……。」
バルサがそう言うと、ミナリカに握られた手から力が抜けるのを感じた。
「バルサ様……?バルサ様!!」
ミナリカが何度も呼びかけるも、バルサが反応することはもうなかった。
「フローゼ様が、私を待っている……。」
ミナリカはバルサの身体を整えると、十字架を切って彼の冥福を祈った。
ミナリカは門を力いっぱい押すと、扉がゆっくりと開いた。
城の中へ入ると、中も無数の血で赤く染まっており所々に騎士の死体が転がっているのがわかる。
ミナリカは息を飲み、城の中を進む。
城内を歩いている、その時……
「ッ!!」
ミナリカは何かの気配に気づいて瞬時に身を交わす。
力強く振り下ろされた剣。
ミナリカが振り向いた先には、王国騎士の姿があった。
「ウゥ………!!」
唸り声を上げながら剣を握り近づいてくる騎士。
「自我を失っている……!!」
ミナリカは盾で騎士の剣撃を防ぐと、腹部に思い切り自身の剣を突き刺した。
「許してください……!!」
血飛沫が舞い、力任せに剣を引き抜くと騎士は倒れる。
「まだ亡者化した騎士が残っているのだとしたら……フローゼ様の身が危ない……!!」
ミナリカは走り出した。
バルサの言っていた『いつもの場所』を、ミナリカは知っていたからだ。
途中亡者騎士に襲われる場面もあったが、ミナリカはそれを退け前へと進む。
斬る度に、かつて仲間だった者たちへ冥福を祈りながら。
そして、ついにミナリカはたどり着いた。
目の前にあるひとつの扉。
いつもなら、両隣に護衛の騎士が立っているはずの場所。
ミナリカも護衛についたことが何度もあった。
ゆっくりと、扉を開ける。
そこに広がった光景は、玉座の間。
床には亡者騎士の死体が無数に転がっている。
そして、その奥で佇む、白いドレスを纏った美しい女性。
手には血で濡れた剣が握られていた。
「間に合ってよかった……。」
女はそう言うとミナリカの方を振り向く。
「貴女の帰還を、どれほど待ちわびたことか……。」
真っ白なロングヘアと肌に返り血がついている。
真紅の瞳がミナリカを見つめた時、彼女は女の名を呼んだ。
「フローゼ……様……!!」
そう、この女性こそがアルベリア王国の君主、女王フローゼである。
「貴女をずっと待っていた……魂の器となった貴女を……ずっと……。」
フローゼはミナリカを真っ直ぐ見つめる。
「死の王の呪いが降りかかったあの日、城下の人々は命を落とし……残った者は亡者として、何れは自我を失い暴走する身となってしまった……。
さらに選ばれた者は、その魂を死の王の鍵とされてしまった……。貴女が今まで集めてきた魂は皆、死の王が無作為に選んだ鍵。」
フローゼは息を吐く。
「世界が呪われたあの日、私は大切なものを失ってしまった。
私が最も信頼を寄せていた騎士……ミナリカ・ウィンターズ、貴女のことよ。」
フローゼのその言葉を聞いてミナリカは目を丸くする。
「私は……呪いが降り注がれた時に、命を落としたのですか……?」
ミナリカの言葉にフローゼは頷く。
「貴女は一度命を落とした。しかし……夢の中で私はある光景を目にした。
『魂の器』という、死の王を倒すことが出来る唯一の亡者としてミナリカが蘇り、私の元へ来るという夢を。
だから、私はここで待っていた。貴女がこの城へ帰ってくるその時を。」
フローゼの真紅の瞳が輝く。
「アルベリア王国の騎士にして我が最愛の友、ミナリカ・ウィンターズよ。貴女に最期の命令を下します。
私を……その手で殺しなさい。」
「なっ……!?」
フローゼの言葉にミナリカは困惑した表情を浮かべる。
「待ってください……!!フローゼ様を斬るだなんて、私には……!!」
「私には、もう時間が無い……!!」
フローゼは言葉を続ける。
「間もなく私は、自我を失う。貴女を殺そうとするでしょう。
貴女が求める魂は、私の中にある。私を倒し、魂を手に入れ死の王を倒す……貴女にしか出来ないこと……!!」
フローゼはそう言うと苦しそうに胸元を抑えた。
「フローゼ様!!」
ミナリカが叫ぶと、フローゼは顔を上げる。
その表情は苦痛に歪んでいた。
「私を……殺せ……!!命令です!!ミナリカ!!!!」
フローゼがそう叫ぶと、彼女が握っていた剣に亡者たちの血が集まってくる。
「アアアアアアアアッ!!!!!!」
雄叫びを上げながらフローゼは血の剣をミナリカに向かって振り下ろした。
ガキン!!という音と共に、ミナリカは盾で剣を防ぐ。
「フローゼ……様……!!」
その名を呼ぶも、血走ったフローゼの瞳を見てミナリカは悟る。
(もう、声は届かない……!!)
盾でフローゼの剣を弾くと、ミナリカは剣を構える。
覚悟は決まった。
「フローゼ様……わかりました。私は……貴女様を斬ります……!!」
フローゼが剣を構え向かってくる。ミナリカはそれを迎え撃った。
血の剣と王国騎士の剣が激しくぶつかる。
剣を交える度に、盾で防ぐたびに蘇る、かつての美しき記憶。
フローゼと初めて出会ったあの日。
近衛騎士として唯一の女として、ミナリカはフローゼと従者として、また友として永き時を過ごしてきた。
あの美しく優しい人は、苦しんでいる。
精神が蝕まれ続けても尚、夢で見た予言を信じてミナリカを待ち続けていたのだ。
その手を、配下だった者たちの血で濡らしながら、呪いと運命を受け入れながら、ずっと。
きっとこう思っていたのだろう。
どうせ死ぬのなら、ミナリカに討たれて死にたい……と。
「アァァァッ!!!!!!」
フローゼの雄叫びと共に亡者騎士の血が1箇所に集まり血の龍となってミナリカに襲いかかる。
血の龍が大きな口を開ける。
「ミナリカァァァァ!!!!!!」
最期に残った自我か、フローゼがその名を叫ぶ。
ミナリカは歯を食いしばり、そして……
「フローゼェェェェ!!!!!!!!」
主君の名を叫びながらミナリカの剣が血の龍の口に突き刺さる。
無数の血を浴びるミナリカ。血は熱を帯びており熱い。
しかし、その苦痛に耐えながらミナリカは雄叫びを上げながら思い切りフローゼへと向かっていった。
「はあああああああああああああっ!!!!!!!!」
ミナリカの剣がフローゼの純白のドレスを貫いた。
血が激しく舞う。
胸元を突き刺されたフローゼは、ミナリカの身体を優しく抱きしめた。
「あり……がとう……私の…………友………………。」
フローゼの身体は崩れ落ちるように倒れ、ミナリカの手にフローゼの魂が宿る。
魂はミナリカの胸元へと吸い込まれていき、彼女はフローゼの亡骸の前で膝を折った。
言葉は発しない。
ただ、彼女の冥福と死の王を倒す誓いを静かに立てた。
*
教会へと戻ってきたミナリカの表情は暗かった。
「お帰りなさいませ、魂の器様。」
相変わらず淡々とした声で守り人は言う。
「見事、4つの魂を揃えることができましたね。
これで死の王への道が開かれます。」
「……ひとつ、聞いてもいいですか?」
ミナリカは守り人に問いかける。
「死の王を倒した後、この世界はどうなるのですか……?」
ミナリカのその問いに、守り人は事務的な口調で答える。
「それは、神のみぞ知ることです。」
守り人は祭壇へ向かうと、祈りを捧げる。
「全ての魂が集まりました。
審判者の魂、賢者イゴールの魂、ヴァルファールの街の教祖の魂、そして……アルベリア王国の女王フローゼの魂……。
我が主よ、今こそ魂の器を……死の王へ導く道を拓いてください。」
守り人がそう言うと、ミナリカが集めた4つの魂が祭壇へ捧げられ、光が放たれる。
大きな扉が目の前に現れた。
「道は今、拓かれました。最後の役目です。死の王を倒し……使命を果たすのです。」
守り人がそう言うと、ミナリカはゆっくりと立ち上がる。
フローゼのためにも、負ける訳にはいかない。
ミナリカが光の扉へ手を伸ばした時、守り人は言った。
「……魂の器様……いえ、ミナリカ・ウィンターズ様。」
ミナリカの事を呼び、そして言葉を続ける。
「これから言う事は、私の独り言ですのでどうか聞き流してください。
……死の王を倒した後、例えどんな選択を選ぼうとも……私は貴女様の意志を尊重します。」
その守り人の言葉の意味はよく分からなかったが、ミナリカはゆっくりと扉を開き光の中へと消えていった。
*
扉の奥は暗い空間が無限に広がっていた。
ゆっくりとミカリカは歩みを進める。
すると、何か邪悪な気配がするのをミカリカは感じて身構えた。
「ついに来たか……魂の器とやらが。」
奥の方から何かが歩いてくる。
「『カルドラ』の奴……こんな女を魂の器に選んだのか。」
暗闇の中から現れたのは、漆黒の鎧を纏った騎士だった。
「まぁいい、ここまでたどり着いた器は貴様が初めてだ。
『神』になれる力があるかどうか、見定めさせてもらおう。」
「あなたが……死の王……?」
ミナリカが問いかけると、騎士は言った。
「如何にも……私は死の王『ネビュラ』、貴公の世界を呪ったのは私だよ……。」
死の王……ネビュラはククク……と笑う。
「あなたが……世界を……!!」
ミナリカが剣を抜き構えた時、ネビュラは右手を差し出し制止する。
「まぁ待て、折角出会えたのだ。少し話をしようじゃないか。」
ネビュラはそう言うとミナリカの瞳を見つめ言う。
「貴公は知っているのかね?私が世界を呪い、亡者溢れる地獄の地にしたその理由が……。」
その言葉を聞いて、ミナリカの手が止まる。
確かに、ミナリカは世界が呪われた理由を知らなかった。
ネビュラは言う。
「確かに世界を呪ったのは私だが……それを命じたのは誰だと思う?」
ネビュラの問いにミナリカが息を飲むと、彼はククク……と笑ってみせた。
「創造神『カルドラ』だよ……奴が私に命じ、世界は亡者で溢れた。
貴公を導いていた守り人の主……といえばいいのかな?
最も、守り人と名乗るカルドラの従者もまた……その事を知りながらも貴公に黙っていたのだろうからな。奴に人間の気持ちなど、理解できるはずもないのだからなぁ!!」
ネビュラはそう言うと声高々に笑った。
「世界に呪いをかけるように言ったのは……創造神……?」
突然の言葉に、ミナリカの頭は真っ白になった。




