第3話
ミナリカを転送した後、残された守り人は教会の外へ出た。
長い赤色の髪が風で靡く。
彼女の視線の先には、地面に突き刺さった1本の大剣があった。
ミナリカが深き森で出会ったという戦士の遺品だ。
『墓標』として突き立てられたその大剣を見つめながら、守り人は呟く。
「ほんの少ししか関わらなかった者を、どうしてこんなものを立てて弔ったのでしょうか。
私には、よくわかりません。」
主である『神』から与えられた役目を全うするだけの存在である守り人にとって、ミナリカの行動は理解できないことだった。
理解できないこと……だけれど……
「正しいことをしているということだけは……理解出来るような気がします。」
守り人はそう呟くと、墓標である大剣の上から聖水を流した。
*
雪と共に冷たい風が吹きずさむ。
吐く息は真っ白だ。
ミナリカは雪で覆われた街に転送されていた。
何処からか、鐘の音が聞こえる。
「寒くて……何処か寂しい街……。」
死の王の呪いが降りかかる前は、活気溢れる街だったのだろうか。
無数に並ぶ家屋や建物を眺めながら、在りし日を思い起こしていた。
そんな中、ミナリカはある男と出会った。
ローブを深く被り、目元を包帯で覆った厚いコートを羽織った男だ。
「何処もかしこも亡者ばかりだ……。」
男はそう呟くと、ミナリカの方を見る。
「お前もどうせ化け物になるのだろう……?」
男はじっとミナリカの顔を見つめた。
「お前は……魂の器か……?亡者にしては綺麗な肌をしている。
何人目だろうな……器がこの街を訪れたのは。」
「貴方は……?」
ミナリカが問いかけると男は答える。
「俺はカスパール、この呪われた街『ヴァルファール』に昔から住んでいる元信徒さ。」
「信徒……?」
「お前にも聞こえただろう……?この街の鐘の音が。」
男……カスパールがそう言うと、遠くの方から鐘が鳴る音が聞こえたきた。
「この街の住民は亡者になり、自我を失ってもなお……ヴァルハラの神への信仰心だけは失っていない。
今も尚、祈りを捧げているのさ。哀れな連中だよ。」
カスパールはそう言うとククク……と笑った。
「魂を集めに来たのだろう?ならば、この街の北にある聖堂へ行くがいい。
亡者と化した信者共が魂を守っている。せいぜい、奴らの仲間にならぬよう気をつけることだな。」
「貴方はこれからどうするのですか……?」
ミナリカが問いかけると、カスパールは言う。
「俺は何もしない、奴らの仲間になるのは御免だからな。
それに……こんな呪われた世界のことなど、俺にとってはどうでもいいことだ。俺が俺で無くなるその時を、ゆっくりと待ち続ける。」
そう言うカスパールの声は、何処か投げやりなように聞こえた。
何をしても無駄だと、諦めたような声音だ。
ミナリカは少し間を置いた後、言う。
「ここに来る前……私はある戦士と出会いました。
死の王の呪いにかけられても尚……友との約束を果たそうとした、勇敢な方を。
あの方は、最期まで諦めなかった。諦めて全てを投げ出し自我を失うよりも、何かを成し遂げてから散る方が……私は素敵だと思います。」
ミナリカはカスパールに背を向ける。
「私は……フローゼ様を救うために剣を振るう。それが私に与えられた使命なのですから。」
ミナリカはそう言うと北の方角へ向かって歩き出した。
ミナリカが去った後、残されたカスパールは乾いた笑い声を上げて呟いた。
「あれが……今の魂の器か。全く罪作りな神だな……。」
カスパールはそう言い残すと、どこかへ去っていった。
*
鐘の音がだんだんと大きくなってくるのを感じる。
歩みを進めていたミナリカは、ふと足を止めた。
「きっとここですね……。」
ミナリカの視線の先には、大きな聖堂がそびえ立っていた。
建物の中から、何やら怪しい声が聞こえてくる。
ミナリカは意を決し、雪の重みで歪んだ聖堂の巨大な大扉を押し開いた。
ギギィ……と、凍りついた蝶番が悲鳴を上げる。
中に一歩足を踏み入れた瞬間、外の猛吹雪とは異なる、不気味なほどの静寂と冷気がミナリカを包み込んだ。
そこには、かつての荘厳さを失い、至る所に氷の結晶が牙のように生え揃った大広間が広がっていた。
そして、ミナリカの耳に届いたのは、地這うような低い呟きだった。
怨念と呪詛が混ざったような無数の言葉。
亡者の信徒たちの周りに魔力のようなものが集まってくる。
ミナリカは剣を抜いた。
(本体は……?)
ミナリカは亡者たちの中から、魂を持つ『本体』を見定めようとじっと見つめていた。
その時だった。
亡者たちが呪詛と共に放った魔力の波動がミナリカに襲いかかる。
「ッ!?」
魔力の波動から生まれる衝撃波を受け、ミナリカの身体が吹っ飛ばされる。
「がはっ……!!」
背中から思い切り壁に叩きつけられ、そのまま倒れるミナリカ。
亡者たちは彼女の方を向くと再び呪詛を詠唱し始める。
そこから放たれたのは、無数の火の玉。
「まずい……!!」
ミナリカは咄嗟に起き上がり、壁伝いに走り出す。
火の玉はミナリカの背後にどんどん落ちてくると、その爆発を起こす。
「うわっ……!!」
爆発の衝撃に巻き込まれミナリカの身体が床を転がる。
亡者たちがミナリカにゆっくりと近づいてきた。
『オマエモ…………ナカマニ…………』
ミナリカを取り込もうと、無数の亡者が近づいてくる。
「こ、来ないで……!!」
ミナリカが後ろへ下がり、亡者たちに囲まれそうになった次の瞬間だった。
魔力の波動が亡者たちを襲った。
喰らった亡者は吹っ飛ばされ、物言わぬ骸へと変わる。
ミナリカが魔力が放たれた方を観る。そこに立っていたのは……
「貴方は、カスパール様……!?」
それは街の入口で出会った男、カスパールの姿だった。
「女!!」
カスパールが叫ぶ。
「死にたくなければ亡者どもを斬れ。そうすれば必ず『教祖』が姿を現す。魂を持っているのは……その教祖だ。」
「カスパール様、何故……」
ミナリカは立ち上がりカスパールの方へ向かうと、彼は言う。
「年甲斐もなく、たった1人の小娘の言葉に感化されてしまったのだよ。何もせずに朽ちていくよりは……お前を助けた方があの世で神に見放されずに棲むだろうとな。」
カスパールは杖に魔力を集める。
「教祖は殺した亡者を自身の肉壁にする。肉壁となった亡者は……永久に神に祈りを捧げるだけの信徒となる。
かつてこの街を訪れた魂の器も、あの亡者どもの中に取り込まれたと聞く。お前はどうなるかな……?」
カスパールはそう言うと魔力の弾を亡者たちに向かって放った。
喰らった亡者たちはその身を内側から弾けさせ、氷の破片となって聖堂の床に散らばった。
「はぁぁぁっ!!!!」
ミナリカもまた剣を振るう。
次々に襲いかかってくる亡者たちを剣で斬る度に血飛沫が舞った。
2人が次々に亡者を倒していくと、亡者の集団の中央に魔法陣が現れる。
魔法陣の中央、床から這い上がってきた装束を着た亡者が姿を現した。
「あれが本体……!!」
ミナリカは亡者を薙ぎ払うと、本体……教祖の方へ向かって走り出す。
「その魂、貰い受けます……!!」
ミナリカが剣を構えたその時だった。
「なっ……!?」
ミナリカの身体を亡者たちが掴みかかって拘束してきたのだ。
(身動きが取れない……!!)
懸命にもがいて引き剥がそうとするミナリカ。
その時、教祖が手にしていた杖が魔力を放つ。
「しまっ…………!!」
魔力の弾がミナリカに向かって放たれた。
思わず目を瞑る。
血飛沫が舞い、ミナリカはゆっくりと目を開いた。
「あぁ………!!」
目の前の光景を見て、思わず言葉を失う。
血飛沫を上げたのはミナリカではなかった。
ローブを羽織った男が、彼女を魔力の弾から守るように立っている。
「カスパール様!!!!」
ミナリカがその名を叫んだ。
カスパールは血を吐きながらその場に膝を着く。
「行け!!!!」
カスパールはそう叫んだ。
「この街の呪われた宿業を、呪いを……断ち切れ!!!!」
ミナリカは頷き、剣を握り直す。
「はあああああああああっ!!!!」
力任せに亡者どもを振り払い、教祖に向かって剣を突き立てる。
教祖は魔力の防護壁を出して身を守る。
壁と剣が火花を散らしながら激しくぶつかった。
「破れて…………お願い!!!!!!」
ミナリカの言の葉が剣に力となって籠る。
防護壁にビビが入った。
「はああああっ!!!!!」
力いっぱいミナリカは剣を振り下ろす。
剣は防護壁もろとも、教祖を一刀両断した。
血が舞い、魂が上へと上がる。
その魂はミナリカの胸元へ吸い込まれていった。
「はぁっ……はぁっ……」
ミナリカは剣を杖代わりにして膝をついた。
「なんとか……倒せました……。」
ミナリカがそう呟いた時、カスパールの声が聞こえてすぐに駆け寄る。
ミカリカを庇って受けた傷は深く、血が流れていた。
「カスパール様……私を庇ったばかりに……」
ミナリカがそう言うと、カスパールは言う。
「全くだ……お前に出会わなければ、俺は……もう少し長く……生きれたかもしれないというのに……。
ただ……不思議と後悔はない……。この街の呪い……いや、俺自身の運命にようやく決着をつけれた……その満足感で胸がいっぱいだよ……。」
「カスパール様……早く手当てを……!!」
ミナリカが皮袋からポーションを取り出そうとした次の瞬間だった。
教祖を倒して動かなくなったはずの亡者たちが、再び立ち上がりミナリカたちに近づいてきた。
「教祖を倒したのに何故……!?」
予想外の出来事に狼狽えるミナリカ。
カスパールは傷口を抑えながら立ち上がった。
「ここは俺に任せて逃げろ……!!」
カスパールの言葉にミナリカは言う。
「そんな……!!そんなことできません……!!」
「お前には……!!」
カスパールはミナリカに背を向けて言った。
「お前には……使命があるのだろう……?お前に使命があるように、俺にも……お前を守るという使命があるのだ……!!」
カスパールは杖に魔力を集める。
「行け!!!!!!」
カスパールがそう叫ぶも、尚も迷って動けないミナリカ。
亡者どもが襲いかかってくる。
その時、ミナリカの背後に光が現れると、彼女の腕を何者かが掴んだ。
「ッ!?」
ミナリカはそのまま引っ張られて光の中へと消えた。
「あいつ……情でも移ったか……」
カスパールはそう呟くと、襲いかかる亡者たちに向かって渾身の魔力を解き放った。
*
地面をゴロゴロと転がるミナリカ。
頭を抑えながら起き上がると、そこはあの教会の中だった。
「ご無事で何よりです、魂の器様。」
淡々とした、澄んだ女の声。
守り人の声だ。
ミナリカは瞬時にあの時自分を引っ張ったのは彼女だと気づく。
ミナリカは守り人に向かって言った。
「私をもう一度あの街へ転送してください!!カスパール様を助けなければ……!!」
ミナリカがそう言うと、守り人は冷たい声で言う。
「貴女様の使命は魂を集めること、あの男を救うことではありません。」
守り人のその言葉を聞いて、ミナリカは思わず詰め寄る。
「あの人は私を守ってくださったんです!!そんな人を見逃すことなんて出来ません!!
貴女……人の命をなんだと思ってるのですか!?」
ミナリカがそう怒鳴ると、守り人は無機質な表情で、しかし何処か遠くを見つめるような声で言う。
「……一体、どういう物なのでしょうね。主から与えられた使命を果たす為だけに存在する私にとって、人間の命や価値というのは、正直わからないものがあります。」
守り人はそう言うと言葉を続ける。
「ただ、深手を負ってまで魂の器様を守ろうとした彼の意志を無駄にしたくはなかった。
だから私は……あんなことをしたのでしょうね。使命とは何も関係のないのにも関わらず……。
私は、魂の器様を導く役目を担っているだけであり、守る役目は引き受けていないのです。」
それでも、守り人はミナリカを助けたのだろう。
それ以上、ミナリカは彼女を問い詰めなかった。
守り人なりの、カスパールに対するせめてもの礼儀だったのかもしれない。
「カスパール様は……どうなるのですか……?」
ミナリカが問いかけると、守り人は言う。
「彼は命を散らすでしょう。しかし……彼は後悔していない、満足した人生を送れたと胸を張って天へ昇っていくよだと思います。
貴女様が出来ることは、彼の冥福を祈りその魂を背負って戦うことだと私は思います。」
その言葉を聞いたミナリカは静かに頷いた。
「準備が出来たらお声かけください、貴女様を最後の魂がある場所へ転送します。」
守り人がそう言うと、ミナリカは彼女に手を差し出す。
その手を掴んだ守り人。
ミナリカの身体が光に包まれた。
身体が次元を巡り、飛んでいく感覚。
懐かしい匂いがした。
ミナリカが目を開ける。
目の前に映る大きな城。それを見てミナリカは思わず目を丸くした。
「ここは……アルベリア王国……!?」
見慣れた城を見て、思わずミナリカはそう呟く。
最後の魂がある場所……それは、ミナリカの故郷アルベリア王国だった。




