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Ashed Knight  作者: rarudo95
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第2話

 守り人に転送されミナリカが降り立った場所。


 それは、深き森の中であった。


「ここに、魂を持つ者がいるのですね……。」


 腰に下げた剣の柄にそっと触れる。


 少し目を瞑り、精神を統一するとゆっくりと森の中を歩き始めた。


 暫く森の中を歩き続けると、ミナリカはあるものを見つけた。


「あれは……人でしょうか……?」


 ミナリカの視線の先には、古びた小屋があった。


 その小屋の窓には灯りがついており、中に鎧を着込んだ人間らしきものが映っていた。


 ミナリカは小屋へ近づき、扉を叩いてみる。


「誰かね?」


 人の声がした。


 それなりに歳をとった男の声だ。


 少し沈黙が流れた後、小屋の中から再び声が聞こえた。

 

「扉を叩くということは、君はまだまともな亡者ということか。」


 その声と共に扉がゆっくりと開いた。


 中から現れたのは、先程少し見えた鎧を全身に纏った男だ。


 男はミナリカを見ると言う。


「ほう……君は『魂の器』か。通りで亡者にしては綺麗な見た目をしているわけだ。」


 男はそう言うとミナリカを小屋の中へ招き入れた。


 小屋の中に入ったミナリカ。


 中は簡易ランプが天井に吊るされており、粗末な椅子がいくつかあった。


「貴方は、ここに住んでいるのですか……?」


 ミナリカの問いに男は答える。


「世界に呪いが降りかかったその日から、我はこの地に居を構えた。

 名はレオリュート、かつては世界を旅していた。」


 男……レオリュートは兜で隠れた眼でミナリカを見つめる。


「魂を探しているのだろう?」


 レオリュートがそう問いかけると、ミナリカは言う。


「何故それを……」


「魂の器に選ばれた者の使命は決まっているからな。」


 レオリュートはそう言うと言葉を続けた。


「この森の奥深くに『イゴール』という番人が棲んでいる。

 死の王の呪いにかけられた時、彼の聖なる魂はあまりにも巨大な知識を保持していたがゆえに、この森そのものと『癒着』してしまったのだ」

 

 レオリュートは、手元にある古い羊皮紙の地図を指先でなぞった。

 

「彼はかつて、呪いを解く術を求めてあらゆる文献を読み漁った賢者だった。

 だが、答えに辿り着く前に死の王の影に呑まれた。今や彼の知識は腐敗し、森を浸食する猛毒の菌糸となって、迷い込む者の正気を奪っている。

 君が求める魂は、その菌糸の心臓部……森の最深部にある大樹の空洞に鎮座しているはずだ。」


「何故、貴方はその番人のことを知っているのですか……?」


 ミナリカがそう問いかけると、レオリュートは静かに言った。


「我は彼と義兄弟の契りを交わした仲だ。

 旅の果てにこの深い森で出会った後、我は彼と共に、この地に満ちる呪いを封じ込める方法を模索していたのだ。」

 レオリュートは遠い目をして、兜の奥でかつての友を思い出すように言葉を絞り出した。

 

「だが、呪いの根は深く、賢者であった彼の心さえも蝕んでいった。彼は最期に我にこう言ったのだ。『もし私が森に呑まれ、人でなくなってしまったら、その時は頼む』……とな」

 

 重苦しい沈黙が小屋の中に流れる。

 

 外では、風に揺れる木々がまるで死者の啜り泣きのような音を立てていた。

 

「故に……我は今もここで迷っているのだよ。

 約束を果たすために、イゴールの命を奪う覚悟がまだ出来ておらぬのだ。」


 レオリュートは自嘲気味に鼻を鳴らすと、傍らに立てかけてあった、身の丈ほどもある巨大な大剣の柄を握りしめた。その拳は、微かに震えているようにも見えた。

 

「友を救うための剣が、友を殺すための凶器に変わ

る……。

 皮肉なものだ。我はその恐怖から逃げ、この小屋でただ朽ちゆく時間を待っていた。だが……」

 

 レオリュートは顔を上げ、兜の隙間からミナリカを射抜くような鋭い視線を向けた。

 

「魂の器が現れた。主の導きによって。

 これは、我の代わりに君が『約束』を果たせという、残酷な計らいなのだろうな。

 君に問おう、君なら……どうする?」


 レオリュートの問いかけに対して、少しの間黙った後にミナリカはその問いの答えを言った。


「……倒します。それが……友が望むことなのだとしたら、悲しみを押し殺し……最期の望みを叶えます。」


 ミナリカの答えを聞いたレオリュートが言う。


「……そうか。」


 レオリュートは椅子から立ち上がると、大きな剣を手に持ち肩に担いだ。


「イゴールは強い、我が手助けをしよう。……友の魂を器に託すまで、我が剣は折れるわけにはいかぬからな」

 

 レオリュートは小屋の隅から、一つの中瓶を取り出した。中には微かに青白い光を放つ液体が入っている。

 

「これは『月見草の油』だ。

 これを剣に塗れば、イゴールを包む腐敗の菌糸を焼き切る助けとなるだろう。半分持っていけ」

 

 ミナリカは差し出された中瓶を恭しく受け取った。

 

 レオリュートの言葉には、友を討つことへの恐れを越えた、戦士としての『義務』が再び宿り始めていた。

 

「ありがとうございます、レオリュート様。」


 ミナリカがそう頭を下げると、レオリュートは扉を開く。


「さぁ、友の元へ参ろうか。我に残された時間も少ないのでな。」


 ミナリカとレオリュートは小屋を後にした。



 小屋を出ると、森の空気はいっそう重く、湿り気を帯びていた。

 

 紫色の霧が視界を遮り、一歩進むごとに足元の菌糸がズルリと這うような音を立てる。

 

「……レオリュート様、先ほどの言葉はどういう意味ですか? 残された時間が少ないとは……」

 

 ミナリカの問いに、前を行くレオリュートは答えなかった。


 ただ、彼の足取りは重厚だが、どこか無理に身体を突き動かしているような危うさがあった。

 

 やがて、森の木々が歪にねじ曲がり、巨大なドーム状の空間へと辿り着く。

 

 その中央には、天を呪うように枝を広げた、天を突くほどの巨大な枯れ木が鎮座していた。

 

「……着いたぞ。あそこがイゴールの終焉の地だ」

 

 レオリュートが大剣を構える。

 

 大樹の根元には、脈打つ巨大な菌糸に埋もれるようにして、かつて賢者と呼ばれた男の「成れの果て」が座していた。

 

 身体の半分は木の幹と一体化し、頭部からは巨大なキノコの傘が生えている。


 かつて叡智を湛えていたはずの瞳は、今や濁った紫色の光を放っていた。


「イゴール……。」


 レオリュートが静かに言う。


「友として……義兄弟の契りを結んだ者として、約束を果たしに来たぞ……!!」


 ミナリカも剣を抜く。


「私は……私に与えられた使命を果たすのみ……!!」


 大樹……イゴールの身体から無数の胞子が放たれる


 穢れを含んだその胞子が2人を包みこんだ。


「くっ……!!」


 ミナリカの視界が奪われる。


「魂の器よ……!!」


 レオリュートの声が響いた。


「前をしっかりと見定めるのだ……!!視界が封じられようとも、奴は目の前にいる!!」


 イゴールの木の拳が振り下ろされる。


 レオリュートの剣が、唸りを上げるイゴールの木の拳を真っ向から受け止めた。

 

 重厚な金属音と、木が軋む音がドーム状の空間に響き渡る。


「ぐぅぅ……!!」


 レオリュートの大剣が軋む。


 ミナリカはレオリュートの背後からイゴールの大樹に向かって斬り掛かる。


「はあぁぁっ!!!!」


 ミナリカの鋭い剣戟。


 しかし、イゴールの腕がミナリカの身体を薙ぎ払った。


「かはっ……!!」


 壁に叩きつけられて血を吐くミナリカ。


「魂の器よ!!」


 レオリュートが叫ぶ。


 石壁に叩きつけられた衝撃で、ミナリカの視界は火花が散ったように白んだ。


 肺の空気がすべて押し出され、鉄の味が口内に広がる。

 

「……あ、が…………」

 

 ずり落ちるように地面に膝をつくミナリカ。亡者である彼女の身体に、生きていた頃と同じ鋭い激痛が走る。

 

 顔を上げると、視界の端でレオリュートが必死にイゴールの猛攻を食い止めていた。


 しかし、彼の大剣を支える腕は激しく震え、甲冑の隙間からはどす黒い霧のようなものが漏れ出している。

 

『……レ……オ…………コ……ロ……セ…………』

 

 大樹の空洞から、呪いと正気が混ざり合ったイゴールの断末魔が響く。

 

 直後、イゴールの周囲から無数の菌糸が槍のように鋭く突き出し、守りを固めていたレオリュートの肩を、脇腹を貫いた。

 

「ぐはぁっ……!!」

 

「レオリュート様!!」

 

 ミナリカは叫び、ふらつく足で立ち上がった。

 

 彼女の脳裏に、かつて女王フローゼからかけられた言葉が蘇る。

 

『決して、その清らかな心を手放してはいけませんよ。』

 

 恐怖で心が折れそうになるたび、その声が彼女の魂を繋ぎ止める。

 彼女は懐から『月見草の油』を取り出すと、震える手でそれを騎士の剣へと振りかけた。


「……私は……!!」

 

 瞬間、刃が青白い清浄な炎を纏う。


 その輝きは、森を支配する禍々しい胞子を焼き切り、ミナリカの瞳に再び確かな光を宿した。

 

「はあああああぁぁっ!!!!」

 

 ミナリカは地を蹴った。

 

 レオリュートを貫こうと追撃の構えを見せていたイゴールの懐へ、一直線に飛び込む。

 

 浄化の炎を纏った一閃が、イゴールの巨大な腕を根本から焼き切った。


 断面からどろりとした黒い樹液が溢れるが、ミナリカは止まらない。

 

「今です!!」

 貫かれ、血に染まりながらも、レオリュートは吼えた。

 

「おおおぉぉぉっ!!友よ!!今こそ約束を果たす時!!」

 

 レオリュートが残された力を振り絞り、大剣でイゴールの本体を大きくのけ反らせる。

 

 大樹の幹の中央、脈打つ菌糸の最深部で、白銀に輝く『核』が剥き出しになった。

 

 ミナリカは跳躍した。

 

 渾身の力を込め、青白い炎を宿した剣先を、その核へと突き立てる。

 

 ズ、ブ、リ。

 確かな手応えと共に、世界から音が消えた。

 

『……ああ…………光が…………温か、い…………』

 

 イゴールの声が、最後だけはかつての穏やかな賢者のものに戻った。

 

 大樹全体が内側から溢れ出す白光に包まれ、禍々しい菌糸が雪のように白く乾き、崩れ去っていく。

 

 ミナリカが着地すると、手の中には温かな光を放つ結晶……『魂』が収まっていた。

 

「……はぁ……はぁ……。」


 ミナリカは呼吸を整え、剣を鞘に収める。


 レオリュートは崩れたイゴールの断片に近づき、どかりと座り込んだ。


「約束は果たしたぞ、兄弟よ。」


 レオリュートは静かにそう呟くと、ミナリカの方を向く。


「魂の器よ、頼みがある。」


 ミナリカがレオリュートの方を向くと、彼は静かに言った。


「我を……斬ってくれ。」


「なっ……!?」


 突然の言葉にミナリカは驚いたような表情を浮かべる。


 レオリュートは言葉を続ける。


「言っただろう?我に残された時間は少ないと。

 我もまた亡者……いつ自我を失うかわからない。イゴールとの約束を果たすその時までは我は我でいようと耐えていたが……もうその必要もない。

 この呪われた魂に、終止符を打ってくれ。」


 レオリュートは腰に下げていた皮袋の中から、瓢箪と小さな木の器を取り出す。


「我は、我のまま黄泉の国へと赴きたいのだよ。聞いてくれるだろう?魂の器よ。」


 ミナリカは少し間を置いた後、ゆっくりと言葉を口にする。


「貴方様が、望むのであれば……。」


 その言葉を聞いたレオリュートはひとつ頷くとミカリカに問いかける。


「君の名を聞いていなかったな、友の名をこの魂に刻んで旅立ちたい。」


 レオリュートの問いに、ミナリカは静かに答えた。


「……アルベリア王国騎士、ミナリカ・ウィンターズ。主君の名は……女王フローゼ。」


「ミナリカ・ウィンターズ……良い名だ、高貴で清らかな心を感じる。」


 レオリュートは瓢箪を傾けると、木の器に液体を注ぎ始める。


 注ぎ終わると、液体で満たされた器をミナリカに向けて掲げた。


「良き友ミナリカのこれからの旅路に、幸多からんことを……!!」


 レオリュートがそう言うと、ミナリカはゆっくりと剣を抜く。


 器の飲み口がレオリュートの口に触れ、中身を飲み干した後……ミナリカは彼の望み通りその身を『介錯』した。







 教会の中に光が現れ、守り人は光の方向を振り向く。


 光の中からミナリカが歩いてくるように現れると、守り人は言った。


「見事、2つ目の魂を手に入れたようですね。魂の器様。」


 守り人はそう言うとミナリカの右手に握られた大剣を見つける。


「その剣は……?」


 守り人の問いにミナリカは静かに答える。


「これは、ある戦士が残していった『墓標』です。」


 ミナリカはそのまま教会の外へ出ると、レオリュートが遺した大剣を地面に突き刺した。


 その様子を見ていた守り人は、特に気に止めることもなく淡々と言う。


「魂の器様、準備が出来たら声をかけてください。

 3つ目の魂の場所に貴女様を転送します。」


 守り人のその言葉を聞いたミナリカは、静かに問いかける。


「貴女は、この墓標を見て何も思わないのですね……。」


「私に与えられた使命とは関係がないので。」


 守り人はそう返す。


 ミナリカは守り人の何処か冷たい瞳をただじっと見つめ返していた。

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