第1話
女は深い眠りから目を覚ました。
土で汚れた身体。
ゆっくりと身体を起こす。
「ここは………?」
何故、自分がこんな場所で眠っていたのかわからない。
しかも、全裸で。
胸元を両手で隠しながら、辺りを見回す。
乱雑に並ぶ数々の墓石。
腐臭が鼻をついた。
自分が眠っていた場所も、どうやら墓の中だったようだ。
「私、なんでこんな所に……しかも……裸で……」
そう思った直後だった。
土がもぞもぞと蠢き始める。
突き破るようにして地面から生えてきたのは、細い腕。
女は息を飲んだ。
土の中から生え出てきたのは、やせ細りミイラ化した死体だったのだ。
ゆっくりと、女の方へ近づいてくる。
「こ、来ないで………!!」
女は立ち上がり、後ずさった。
じりじりと距離を詰める死者の群れ。
「い……いや………!!」
女は死者達に背を向け走り出した。
ここが何処かもわからない。
ただ生き残るために、彼女は走る。
彼女が走る先の地面から、また新たな死者が這い出てきた。
まるで、彼女を捕食しようとするように……。
何も身につけていない弱い存在の女は、ただひたすらに走って死者から逃げた。
「はぁっ……はぁっ……」
死者が追ってこなくなったのに気づき、女は足を止める。
顔を上げると、そこは広い空間になっていた。
中央に膝をつく石像の姿がある。
女はゆっくりとその石像に近づいてみた。
そっと、手を触れてみる。
手に石のひんやりとした感触を感じた。
パラ……と、小石が落ちてくるのに気づく。
女が見上げると、石像の頭がゆっくりと動き出しているのがわかった。
膝が真っ直ぐになり、石像は立ちがある。
巨大な騎士の石像だ。
背中に背負っていた巨大な石槌を手に取ると、女に向かって振り下ろしてきた。
「ッ!?」
女は咄嗟に地面を転がるように避けた。
先程まで彼女がいた場所に石槌がめり込み、地面が割れている。
「あ、あんなの食らってしまったら……死んでしまう……!!」
女は尻もちをついたような体勢のまま、後ろへ引き下がる。
人間が持つ恐怖への防衛本能だ。
石像は女の方を振り向くと、再び石槌を手に取り近づいてくる。
「こ……来ないでください!!」
女が叫ぶも石像は止まらない。
石像の右足が地面を思い切り踏んだ。
地鳴りと共に地面が揺れる。
その衝撃により全裸の女は吹っ飛ばされた。
「あぁっ……!!」
地面を転がり、石壁に激突する。
「ぁ…………ぅ…………」
頭を強く打ってしまい、意識が朦朧としてしまった。
(私(私は…………わたしは…………だれ…………?)
走馬灯とでも言うのか、あるいは死の淵で魂が晒されたのか。
光と闇が渦巻く混沌の中、断片的な『記憶』が濁流のように流れ込んでくる。
重厚な鎧の冷たい感触。
戦場で叫ぶ兵士たちの声。
そして、王国の壮麗な玉座。
その玉座に座る、美しき女王フローゼの姿が見えた。
『ミナリカ、あなたにこの剣を託します。決して、その清らかな心を手放してはいけませんよ。』
女王の声。それは甘く、同時に深い悲しみに満ちていた。
(違う……私は、ここに、こんな所で死ぬために蘇ったのではない……)
彼女の中でふつふつと、忘れかけていた『生きる』という感情が、炎となって燃え上がった。
それは、単なる防衛本能ではない。
女王の願い、そして果たせなかった騎士としての『誓い』が、身体の奥底から彼女を突き動かす。
巨大な影がミナリカの視界を覆った。
石像がトドメを刺さんとばかりに、巨大な石槌を頭上高くまで振り上げている。
風を切る轟音が、彼女の耳元で響いた。
絶体絶命。
恐怖は頂点に達したが、その瞬間、すべての音が遠のき、世界は静寂に包まれた。彼女は、目を閉じ、口を開いた。
(私は……王国騎士の、ミナリカ・ウィンターズ……!!)
己の名を叫んだその瞬間、彼女の魂が、死の王の呪いに抗って燃え上がった。
身を守るために本能的に頭上に掲げた左腕が、熱い光に包まれる。
ドゴォン!
石槌が振り下ろされた。
しかし、石槌はミナリカの身体に直撃しなかった。
光の中から現れたのは、青銅と銀で象られた、龍の紋章が刻まれた重厚な盾。
その聖なる輝きを帯びた盾が、石槌の壊滅的な一撃を、鋼が軋む音と共に確かに受け止めていた。
ミナリカは、盾を握りしめる腕に、騎士としての確かな力が宿ったのを感じた。
「そう……私は王国騎士。女王フローゼ様に仕える騎士……!」
全身の力を込めて、龍の紋章の盾で石槌を思い切り押し返す。
ギギギ……と鎧の関節が軋む音を立て、鉄壁の騎士ヴォルフはわずかに体勢を崩し、よろめいた。
その隙を見逃さない。ミナリカの右手に、再び強い光が集束する。
現れたのは、刃渡りの長い、簡素だが優美な王国騎士の剣。その切っ先が、石像の胸元へと向けられた。
「こんな所で、誓いを違える訳にはいかないんです!」
ミナリカは、全裸であることすら忘れて、騎士としての本能に従い、最初の一撃を放った。
鮮血が舞う。
石像の手から石槌が落ちた。
そのまま膝をつき、倒れる。
石像は動かなくなった。
「はぁっ……はぁっ……」
ミナリカはその場で膝をつく。
疲労感がどっと押し寄せてきた。
彼女が顔をあげると、石像から淡い光が漏れてるのに気づく。
ミナリカはそれに手を伸ばした。
光はやがてひとつの固形物となり、ミナリカの手の中に収まった。
(なんて……温かな光……。)
そう思っていた時、光はミナリカの胸元へ吸い込まれるようにして消えていく。
何かが身体の中へ入ってくる感覚。
ミナリカはそのまま意識を失った。
意識を失う直前、足音のようなものが聞こえた。
亡者だろうか。
ふわりと持ち上げられるミナリカの身体。
金色のくせ毛が揺れる。
誰かに抱き抱えられている感触だけはわかった。
意識が途切れる時に聞いた最後の声。
それは…澄んだ女の声だった。
「寒かったでしょう……?」
その言葉を最後に、ミナリカの意識は途切れた。
*
「…………ん…………」
目を覚ますと、天井が見えた。
天井にはランプが吊るされており、自身が眠っていた場所がベッドの上であったことに気づく。
ベッドから起き上がると、すぐにあることに気づいた。
「服……いつの間に……」
先程まで全裸だった彼女の身体には、布で出来た衣服が着せられていたのだ。
土汚れも綺麗にされている。
(あれは夢だったのでしょうか……。)
意識を失う前に見た死者の群れや襲いかかってきた石像のことを思い出す。
あの出来事は、夢だったのだろうか……。
そんな事を考えていると、ギィ……と扉が開いた。
「お目覚めになられたようですね、『魂の器』様。」
部屋の中に入ってきたのは、麻布のドレスを纏った髪の長い女。
ミナリカが意識を失う直前で聞いた、あの声の主だ。
「見事『審判者ウォルフ』を打ち倒し、その魂を取り込んだ者……。」
「あなたは……?ここは何処なんですか……?」
ミナリカが問いかけると、女は言う。
「私は『守り人』、創造の神の従者であり……貴女たち『魂の器』様を導く役目を担っております。」
「魂の……器……?」
ミナリカが問いかけると守り人は言う。
「貴女は亡者でありながら、その清らかな魂を保ち続けています。
それは、世界を創造した『神』が貴女を選び、呪いに抗う力を与えた証。」
守り人は、ベッド脇の椅子に静かに腰掛けた。その動作一つ一つが、厳かで美しい。
「ここは『始まりの教会』。かつて主を崇めた聖域の、今は数少ない安息の地です。そして、この外側にある世界は……」
彼女は窓の外、鉛色の空へと目を向けた。
「『死の王』の呪いに蝕まれ、終末を迎えています。
貴女が目覚めた墓場、そして貴女を追ったミイラ化した死者の群れ。
あれこそが、この世界に蔓延る『亡者』です。
ミナリカ・ウィンターズ……貴女もまた、その亡者の一人ですが……貴女の魂は特別です。」
ミナリカは自分の腕を見つめた。確かに土汚れはないが、全身からは微かな冷たさしか感じられない。
「亡者……私が……。では、あの襲ってきた巨大な騎士は?」
「鉄壁の騎士ヴォルフ。彼は、貴女が集めるべき四つの魂の一つ、『覚醒の魂』を持つ者でした。
主の導きにより、貴女は彼を討ち、その魂を取り込みましたね。
その魂こそが、貴女が騎士ミナリカ・ウィンターズとしての自我を思い出した力です。」
守り人は話を核心へと進める。
「『魂の器』の使命は、この世界に呪いを広げた『死の王』を討伐すること。
そのためには、ヴォルフが持っていた覚醒の魂を含め、あと三つの魂を集めなければなりません。」
ミナリカは混乱しながらも、頭の中に流れ込んできた女王の姿を思い出した。
「王国……アルベリア王国は……!!フローゼ様は……」
ミナリカがそう問いかけると、守り人は静かな口調で言った。
「貴女の役目は、魂を集め『死の王』にかけられた亡者の呪いから世界を解放することです。アルベリア王国もまた、死の王の呪いに蝕まれています。」
「そんな……!!」
ミナリカは強く唇を噛んだ。
(フローゼ様……私が仕えた、あの優しい女王様が……)
「貴女が王国と女王フローゼを救う方法はたった一つ。残り4つの魂を集め死の王を討つのです。」
「…………わかりました。」
ミナリカがそう頷くと、守り人は何かを差し出した。
「貴女の新しい防具です。これを身につけ準備が出来たら声を掛けてください。
私が貴女を、魂が存在する地へ誘います。」
ミナリカは守り人からマントとプレートメイル、ガントレット、足甲を受け取る。
守り人が部屋から出ていくと、ミナリカは守り人から受け取った防具を一つ一つ確認しながらゆっくりとその身に纏った。
最初に、柔らかな麻の衣服の上に、動きを妨げないよう仕立てられた深い紺色の旅装束を重ねる。
次に龍の紋章が刻まれた革鎧を胸元に。
そして、腕には硬質な金属製の籠手を、足には足甲を装着していく。
最後に、フード付きの黒いマントを肩にかけ、装備は完了した。
亡者として目覚めた時の全裸の無防備な状態とは比べ物にならない。
身体は冷たいままだが、防具が与える確かな重みと硬質な感触は、彼女の中に騎士としての矜持を呼び戻した。
(これが、私にできる唯一のこと……)
ミナリカは腰に佩いた王国騎士の剣にそっと触れた。
金属は冷たいが手の中に収まる剣は、亡者として蘇った自分をミナリカ・ウィンターズたらしめる、魂そのものだった。
着替えを終えたミナリカは部屋を出る。
部屋から出た先は礼拝場になっており、祭壇の前で守り人が立っていた。
「準備が出来たようですね、魂の器様。」
守り人の言葉にミナリカは頷くと、言う。
「国を……フローゼ様を救うために、私は死の王を倒します。」
ミナリカがそう言うと、守り人は彼女に向かって光を放った。
「魂がある場所へ、貴女を転送します。ご武運を。」
守り人が放った光に包まれると、ミナリカの姿は教会から消えた。
ミナリカがいなくなった後、守り人は呟く。
「我が主よ……此度の器は、役目を果たすことができるのでしょうか。」
ぽつりとそう呟くと、守り人は祭壇をじっと見つめた。




