7 犬、舎弟となる (2)
「アケモン様、少しお話したいことがあります」
「リナシア、私もよ」
持つべきものは友だ。里那の方から誘ってくれた。
「その前に、お料理をいただきましょう。アケモン様の分もお取りしますから待っていて下さい」
「ありがとう」
普段の私たちであれば、サラダバーでもスイーツの食べ放題でも、自分の分は自分で取る。でも、身分差を里那が考えてくれ、それは私から見ても正しいから、リナシアに合わせよう。
「アケモンは、早速、初対面で舎弟となったリナシアをこき使っている」
こき使うって・・。
その前に、舎弟? まだ引きずっているのか。確かに私は舎弟と言った。だが、アヤノーさんが「配下」と訂正してくれたし、リナシアが「配下、配下、配下・・」と繰り返していたから、舎弟と言ったのはなかったことにされるかと思いきや、ナレーターは楽しんでいるのか。
あっ、今考えると、リナシアは私のミスをなかったことにするために「配下」を繰り返したのかもしれない。忠誠心のスイッチが入っていると思い込んで「反復しなくていいから」と言ってしまったのは悪かった。
里那は、私の好きな料理も食べる量も知っている。リナシアは、プレートに綺麗に盛り付けて持って来てくれた。
「ありがとう」
「お先に召し上がっていて下さい」
「ええ」
そうは言ったものの、さすがにそれは悪いから、リナシアが自分の分を持って来るのを待つ。
「お料理の説明をしましょうか?」
「はい、お願いします」
リナシアを待つ間に、マイエ役ではなく、メイド役として先輩が来た。自分で取りに行かないと、料理名がわからないからありがたい。
「左上は白身魚のガランティーヌです。白身魚をやわらかく蒸して、ディルとレモンタイムの香りと一緒に巻き上げた冷たい前菜です。薄くスライスしてありますので、さっぱりと召し上がれます。
右上はパン・デピスと小麦のガレットです。パン・デピスは、シナモンやクローブを使ったスパイシーなパンで、ガレットは素朴な小麦の風味を楽しめます。
中央は鴨肉のローストと牛肉の赤ワイン煮です。鴨肉はタイム、ローズマリー、セージでローストして、食べやすい大きさに切ってあります。牛肉は赤ワインでじっくりと煮込み、コクがあって、パンともよく合います。
左下はフロマージュ・フレという、ヨーグルトのように軽いフレッシュチーズです。スペアミントを少し添えてありますので、パンに塗っても美味しいですよ。
右下は野菜のグラチネです。タルト型に野菜とチーズをのせてオーブンで焼き、キッシュのように小さく切り分けています。
スープは、ローリエとレモンパームと蜂蜜を加えたポタージュです。甘さは控えめで、食事の合間に口を整えてくれます。
お気に入りの味がありましたら、どうぞ遠慮なく、おかわりをして下さい。それと、デザートもおすすめです」
「はい。細かい説明をありがとうございました」
「どういたしまして」
よく覚えたな。「ハーブで」と言えば簡単なのに。でも、ハーブの種類を伝えることで、食べなくても味がわかるということだろう。私は食べなければわからないが。
アヤノーさんとマイエさんは、必死に暗記したのではなく、ここで何度も食べて覚えたのかもしれない。いい学習法だ。
「アケモンは、よく料理の説明を覚えたなと心の中で思っている」
待て! 口に出していないことまでわかるのか? それとも、私を悪役令嬢にするために言っているだけなのか?
「アケモン様、お待たせしました」
「いいえ」
リナシアが戻って来た。私のプレートにあるパン・デピスが入っていなくて、ガレットが2枚なのは、クローブが苦手だからだろう。
「スイーツは、洋梨のスパイスワイン煮、アーモンドタルト、ミルクのフランなどがありました。あとでいただきましょう」
「はい」
フランか。フランはプリンのようなものだけれど、プリンの原材料は卵、牛乳、砂糖で、カラメルソースが定番なのに対し、フランは卵、牛乳、砂糖に加えて小麦粉やコーンスターチを入れるし、レモン皮を入れる場合もあるから、香ばしく固めになる。
「とりあえず、庭が見えるテーブルへ移動へ行きましょうか」
「はい」
演劇部の見学に来たのに、先輩をそっちのけで豪華なランチをするのは気が引けるが、仕方ない。いやいや、見学に来ただけなのに、亜空間で悪役令嬢にされているのだ。演劇部について既に知り過ぎている。
マイエさんはメイドだし、アヤノーさんを1人にしても平気かなと見回すといなかった。2人とも楽屋か。現実世界であれば同時進行でも、演劇では1か所だけだ。
「冷めないうちにいただきましょう」
「ええ」
「あっ、これ、おいしいです」
「これもおいしいわよ」
「アケモンとリナシアは招待してくれたアヤノーの存在を気にせずに、食欲のままに料理を味わっている」
ナレーションの声が聞こえたから、改めて周囲を見回したけれど、やはりアヤノーさんの姿はない。いないのに、存在を気にしろと?
「遠慮なく、おかわりを」と言われても、演劇の中で満腹になるまで食べる人はいない。それに食べ放題へ行くと「元を取る」と言う人もいるが、今回は1円も支払っていない。フードロスを考えれば、残さずに食べた方が良いかもしれないが、あと何人来るかわからない今は食べきる必要はない。
いろいろと考えはしても、食事中の会話はマナー違反だろう。「おいしい」と言ったり、「〇〇が入っている」と言う以外は話さない。
あ・・。今は演劇中だった。無声劇や無音映画は存在しても、通常は会話があるものだ。
「さっき、洋梨のスパイスワイン煮、アーモンドタルト、ミルクのフランがあると聞いたけれど、他にもおいしそうなスイーツはあった?」
「マカロンはありました。でも、アケモン様は苦手でしょう?」
「確かに。別に好きな人のことは否定しないけれど、私は歯に付くのが苦手だな」
「アケモンは食事中に話し始めた。食事のマナーも知らないのか。それに引き換え、リナシアは初対面のアケモンの苦手なものがわかるとは洞察力がある令嬢だ」
おいおい。マナーを知らないと批判するなら、無言で食べ続けるぞ。それでもいいの?
リナシアが私の好き嫌いを知っているのは洞察力じゃなくて、親友だからだ。
「次は、スイーツへ行こう」
「そうですね」
「今度は私も行くから、お互いに好きなものを持って来よう」
「ええ」
「アケモンは料理が口に合わなかったようで、もう料理は食べない。また、アケモンはリナシアを信頼できないようだ」
勝手に言っていなさい。私の食べ放題のスタイルはスイーツに行った後に戻るのだから。でも、今は腹八分目にしておこう。
洋梨のスパイスワイン煮、アーモンドタルト、ミルクのフランを皿に取り分けた。スパイスワイン煮は口に合わないかもしれないから少しだけ。タルトは2ピース、フランは2カップで。安い食べ放題の店であれば、大きなバットから取り分けて、皆が取るうちに見苦しくなるけれど、カップだと最後の1つまで見た目が良いままだ。
他にビスキュイを3枚。ビスキュイは硬くて素朴な味で、現代の甘いビスケットとも、バターを多用するクッキーとも違う。ただし、「蜂蜜のビスキュイ」と書かれていたので、甘くて食べやすいのだろう。
ワイン煮は、アルコールが飛ばされていて、数個食べたところで酔うことはない。タルトとフランもおいしかったから、プライベートであればおかわりしたい。それでも、ナレーションから何を言われるからやめておくか。
あれ? 悪役令嬢役なのに批判を恐れてどうするのだろう。傍若無人に振舞うか。
食事が落ち着いた頃にリナシアが本題に入った。
「アケモン様は、優しいから、周囲に遠慮してしまいがちでしょう?」
「あくまでも自分は普通で、優しいとは思っていないわ。でも、どうしたらいいかは悩んでいる」
楽屋であれば堂々と演劇について語れても、演劇内では劇や役についておおっぴらには語れない。リナシアは、悪役令嬢を演じきれない私を遠回しで心配してくれている。
「ちょっとトレーニングをしましょう」
「うん、お願い」
「低い声で私の言う台詞を復唱して」
「うん」
「リナシアがアケモンの影響を受けて、良からぬことをアケモンに吹き込むようだ。リナシア、あなたはアケモンのように道を踏み外したらいけない」
いけないじゃないよ。里那は親友なのだから困っている時には助け合うんだよ。
「まずは、王道の見下し系から。あなた、私の前に立つ資格があると思って?」
「あなた、私の前に立つ資格があると思って?」
「低い声でですよ。今の低いどころか、声が裏返っていて可愛いです」
「そうか。自分なりに威厳を出そうとしたら声が裏返ってしまったのよ」
「次、優雅に刺す系で。笑顔で誤魔化せるという甘い幻想は捨てなさい」
今度は策を練らずに低い声で言うぞ。
「笑顔で誤魔化せるという甘い、げ、幻想は捨てなさい」
「途中まではいいと思ったのに、噛みましたね」
「間違えないように言おうとしたら、ついつい」
「次、余裕がある感じで。まあ、あなたには100年早いわ」
「まあ、あなたには100年早いわ」
よし言えた。これで今から私も悪役令嬢だ。
「言い終えてから、唇を舐めるのをやめて下さい。緊張して乾いちゃったみたいです」
「鋭いね」
「次、氷のような拒絶で。近づかないで。気分が悪いわ」
「近づかないで! 気分が悪いわ・・」
「今の言い方は、体調の悪さで気分が悪いみたいです」
「そうか、言われてみればそうだったかも、でも、いざ言うとなると難しいのよ」
「私の言い方は、どう?」
「できてる」
「それならアケモン様にもできるはずです」
「次、皮肉を含んで。努力なさっているのはわかるわ。でも・・・結果が伴わないのね」
「努力なさっているのはわかるわ。でも、結果が伴わないのね」
「でもの後に、やれやれ・・という間が欲しいのです。本当は相手を思いやっているようでこき下ろすような」
「言葉って難しいね」
「次、決め台詞。あなたの居場所はここにないわ。消えなさい」
「あなたの居場所はここにないわ。消えなさ~い」
「ちょっと。消えなさ~いって、ギャグ漫画じゃないんだから。しかも、すべて可愛く聞こえますよ」
「いや、可愛くはない。これが普通だから」
「一旦台詞は終わりにしましょう。台詞がいまいちでも、動作次第で悪く見せられます。まず、冷たい視線で私を見て下さい」
「うん」
じー・・・。親友の顔など見つめることはない。でも、一生懸命に指導してくれているから笑わないようにしよう。
「すごく、親しげに見えます。それに含み笑いが好意を寄せている感じがします」
「次、見下しの動作で。人差し指で顎を指し示して、額に視線を向けて下さい。人を指差したら失礼なのにあえてすることに意味があります」
これならできそうだ。指を顎に挿して。あれ? 手が震える。何かおかしい。手を離すか。
「何をしているのですか。顎を指し示すだけです。今のは、顎の下から指を挿して揺らしていたでしょう。人の顔で遊んでいるようにしか思えません」
「そうよね。少し変だと思った」
「少しではありませんよ」
確かに。
「次、音での威圧で。音を出すように皿を置いて下さい。何か不愉快なことがあった時に使います」
指は、指すと挿すが同音異義で紛らわしかった。今度こそできる。
バン!
「ちょっと! それほど乱暴に置いたら皿が割れますよ。それでは暴力令嬢ではありませんか。指導した私が、割れるかと思って冷汗が出ました」
「普通に置くと、音が出ないから・・」
「はいはい」
リナシアの相槌が、普段の里那の相槌になった。
「次、冷笑。何か言う前に片眉だけ軽く上げます。こんな感じで。愚かしい夢は、今すぐ捨てなさい」
おお、リナシア、凄い。履歴書の特技欄に「悪役令嬢」と書いても良さそうだ。どこに提出する履歴書に書くかまでは考えたくないが。
片眉を上げて・・。
「待って下さい」
「どうかしたの?」
「気づいてないのですか。今、両眉が上がっていました。それでは驚いた人です。アケモン様、ウインクはできますよね?」
「ウインクくらいできるわよ。こうでしょ?」
「できています。なぜ片眉を下げられるのに、片眉を上げられないのですか?」
「私に聞かれても知らないわよ」
「次、もう簡単なのにしましょう。扇子や手袋を投げつけて、怒りの感情を表す方法。今は扇子がないから手袋で。こういう風にして」
リナシアがスッと手袋を外して、床に投げ捨てた。さすがに手袋を外して投げるだけならば失敗する要素がない。リナシアが手袋を拾ってはめる間に開始だ。
「じゃあ、私も・・」
手が引っかかった。勢いがついていたので、そのままビリっと破けた。
「何、破いているのですか!」
「こんなに弱い手袋は初めてで・・」
「弱いのは事実でも、簡単に破けるかと言われたら・・」
「台詞も動作も簡単なのを考えて」
「今のすべて簡単でしたよ。でも、相手がいないと、緊張感が足りないのかもしれませんね。アヤノー様を相手に言って下さい」
「アヤノーさんは、いないのでは?」
「ほら、あちらにいますよ」
「ホストのアヤノーがいないとは、アケモンは失礼だ。存在感がないと言いたいのか?」
いや、少し前までいなかったのは事実だろう。トレーニング中に何も言わなかったのは、私の失敗を楽しんでツッコめなかったからだろうか。
そうだ。ナレーションを利用してやれ。
「存在感がないからいないと思っていました」
「ふふ、その調子です」
私のアドリブがリナシアに共感してもらえた。私は本番に強いタイプなのだ。
リナシアを引き連れて、アヤノーさんとマイエさんの方へ歩く。2人も食事が落ち着いたようで、談笑している。
アヤノーさんの近くのテーブルに音を立てて皿を置く。あれ? 皿を持って来なかった。話に来るのに食べ終わった皿を持って来る人はいない。でも、私はグラスを持っている。天に見放されたわけではない。
ガチャン! あ・・・。ガチャンは私の頭の中で予定していた音で実際には鳴らなかった。リナシアが割れると言った皿よりも弱いグラスで、しかも手袋を破いたばかりの私が乱暴に置けるはずがない。
「アケモン様、楽しんでいただけていますか?」
「はい」
あ・・。悪役令嬢的には楽しめないと不満をぶつけるべきだった。
「料理は口に合いましたか?」
「はい、どれもおいしかったです」
あ・・。アヤノーさんは私が悪役令嬢らしく不満を言えるように導いてくれているのに。ついつい本音で返答してしまった。
「アケモン様、先ほど不満を口にしていましたよね。思ったことは言った方がいいです」
えっ? 不満なんて言っていない。あぁそうか、リナシアは私が不満を言える状況を作り出してくれたんだ。さすが里那は親友だよ!
「舞踏会なのに殿方は一人もいないのですか?」
マイエさんから舞台袖兼楽屋で聞いた。ここは異世界ではないから、どれだけセットがリアルでも、ここに入った人間以外は登場しない。そして、ここは女子演劇部。意地が悪い質問だが、今の私は悪役令嬢である。不可能なことを承知で質問した。
「それは・・」
アヤノーさんが何か言おうとした時にナレーションがかぶせて来た。
「アケモンには、アヤノーの隣の紳士が目に入らないようだ」
えっ? 紳士? 隣にいるのはマイエさん・・。隣に目を移す時間など一瞬だ。
マイエさんが男装をしている! 深紺の短めのダブルトを羽織り、その裏地や襟の縁にさりげなくピーチベージュを覗かせている。白いハイカラーのシャツは襟裏に同色のステッチが入っている。桃色系は女性の色だと感じる人もいるが、男性が着ても似合う色だ。
下は同系のチャコールの細身ブリーチを合わせ、膝下は黒のニーハイブーツで引き締めている。アクセントはローズゴールドのシグネットリングと、マント留めにあしらった小さな家紋プレートだけに抑えている。
「あれ? マイエさん? なぜそのような服装を?」
「いいえ、マイエ嬢ではありません」
「マイエの従兄のミカジェル・ド・ヴァルモンも出席していた」
は? 御影舞先輩が、メイド、マイエ・ミカジェリーヌ、ミカジェル・ド・ヴァルモンの3役? 配役表には2役しか書かれていなかった。あ、そうか。あくまでも出演順だから、新たに来れば表示されるとアヤノーさんが言っていた。今、楽屋の配役表を見たら、書き足されているのだろう。
「初めまして。アケモン様。マイエ嬢の父上は、私の父の弟で、マイエ嬢から見て私は従兄に当たります。容貌が似ているので間違えても仕方ありませんね。幼い頃にはよく間違えられたものです」
ナレーションを聞いて、ここまでアドリブを膨らませるか。さすが演劇部員だ。
「あれ? でも、私は自己紹介していませんが・・」
「この国にアケモン様を知らない者などいません。アケモン様が出席してくれたことを今もアヤノー嬢と喜んでいたところです」
「そうだったのですか・・」
あれ? 会話としては成立している。でも、悪役令嬢ぶりをまったく発揮していない。
リナシアの悪役令嬢トレーニングは、どこで活かせばいいんだ~っ!




