5 悪役令嬢の苦悩 (3)
突然、暗くなり、窓越しに遠くの方が明るくなっているのが見える。今はあちらで演劇が進行しているのか。
「どうぞ馬車へお乗り下さい」
私の時は「悪役令嬢が登場した!」だった。私も馬車で迎えに来て欲しかった。でも、私の場合には不機嫌になって庭園へ飛び出したという設定だったから、馬車は来なかった。随分と待遇が違うものだ。
そう思っていたら、アヤノーさんから手を軽く叩かれ、灯のある方を指差された。あちらへ行けという意味か。
高嶺先輩ではあるが、高嶺先輩と頭の中で考えていると、また本名で呼んでしまうだろう。そうすると、ナレーションを喜ばせるだけだから、劇が終わるまでは「アヤノーさん」にする。
左側の舞台袖、すなわち、部室とは違う側の舞台袖にアヤノーさん、マイエさん、私の3人で入った。
「すみません。説明してから体験してもらうつもりだったのですが、その前に下見をしようかと思っていたら始まってしまって・・」
アヤノーさんから普通に話しかけられた。
「ここは普通に話せるのですか?」
「ここは舞台袖兼楽屋ですから」
「部室が暗くて、明るい方へ来たら別世界のようで、しかも悪役令嬢役で驚きました」
「すみません」
経緯を説明したいだけだったのに再度謝罪させてしまった。
「絢乃は説明不足だね。ここは2人以上入ると劇が始まる亜空間なんだよ。だから、絢乃に悪意がなかったのは本当。ただ、新入生がいつ見学に来るかわからないのに、メモも残さずに下見をしたのは間違いだったね」
マイエさんが補足してくれた。2人以上入ると始まるなら、先輩が下見中に入った私にも責任があるのか。でも、私は責任の所在よりも強烈なキーワードに興味が移っている。
「亜空間ですか?」
「そう亜空間。よくアニメにあるような異世界ではないから、どれだけセットがリアルでも、ここに入った人間以外は登場しないの」
「漫画ではあるまいし、なぜ高校の部室に亜空間などというありえないものが存在するのですか? そう言えば、部室前で『呪われている』と聞きました。これが呪いなのですか?」
マイエさんがアヤノーさんの方を向いた。アヤノーさんが勧誘した新入生だから、自分はアヤノーさんの説明漏れの部分だけ補足するつもりなのか。
「あぁ、噂を聞いたのですか。それは過去に見学に来た新入生が流した噂のようです」
「その噂を聞いた時点で教職員は確認に来なかったのですか?」
「『女子演劇部は呪われている』と生徒から聞いた教職員が真に受けると思いますか?」
「受けませんね」
「噂では来なくても、生活指導の教員や清掃業者が来ることはあります。ただ、その時には亜空間が閉じているのです」
「コントで背後にお化けがいて『後ろ、後ろ!』と言われて、確認した時にはいないような・・」
「それです」
「話を戻しますと、部室が亜空間に繋がっている現実がある以上、呪われているという表現は否定しにくいです。でも、このような衣装を着られますし、おいしい料理が食べられますし、何か1つ貰えることもあるのです。これでも呪われていると思いますか? 噂ではなく、ご自身で判断して下さい」
「禁忌とされる儀式をして、魂を悪魔に売った先輩が、不思議な空間に舞台を作り上げたという噂もあるけれどね」
「舞、そういうことは言わない!」
「絢乃、こういうことは私たちから聞いた方がいいものなの」
「そんなことないって」
「何か1つ貰えるというのは、どういう意味ですか?」
「いい演技をすると貰えるのです。貰えるものはナレーターが決めます」
「貰える対価は本当にいい演技だけなのですか? もしかして寿命が縮まるとか・・」
「寿命? そこまでは考えたことがありませんでした。舞、どう思う?」
舞か。桜丘朱萌がアケモン、高嶺絢乃がアヤノーだから、ミカジェリーヌは「みか」だと思っていた。命名の法則に一貫性がないな
「寿命については正直わからないな。数十年後にどうなっているかは同窓会で確認できても、演劇をやった場合とやらない場合の比較ができないからね」
そう言われてみればそうか。
「確かにそうです。あと、確認したいことが1つ。入口についてです。入口が消えてしまいましたが、どうすれば出られるのですか?」
「いい演技ができて、キリが良いところで、入口と言うか出口が右側の舞台袖に現れます。左側はこの楽屋で、ここから部室には繋がっていません」
「もし、ずっといい演技ができず、出るまで時間がかかったら、行方不明だと騒がれますよね?」
「それは大丈夫です。何日ここにいても、出た時には30分後ですから」
「絢乃なんて、昼休みに食事目当てで来ているよ」
「舞、そういうことを1年生の前で言わない!」
「ごめん、ごめん」
2人以上入らなければ始まらないようだから、マイエさんも来ているのだろう。アヤノーさんから頼まれて付き合いで来ているのかもしれないが。
「他に何か知っていることがあれば教えて下さい」
「ここは入った人が希望する舞台になります。桜丘さんは悪役令嬢になりたいと思ったことがあるのではありませんか?」
「ありません。一度も」
「おかしいですね」
「おかしくないわよ。絢乃が見学者を料理でもてなしたいとか思ったのはわかるから。さっきも『おいしい料理が食べられると』言っていたじゃない?」
「あっ、綺麗な衣装を着て、おいしい料理を・・と思っていた」
「ほら、それよね」
「他に何か伝えることがあったっけ?」
「大切なことがあるわよね?」
「ヒント!」
「名前!」
名前? 自己紹介か。
「そう言えば、名乗っていませんでした。私は桜丘朱萌です」
「朱萌だからアケモンですか・・。私は、朝に自己紹介しましたが、高嶺絢乃です」
「私は、御影舞。絢乃と同じ2年生。よろしくね。自己紹介が必要だと思ってしたけれど、ここに配役表があるよ。私が絢乃に言った名前というヒントは配役表のことね」
そうか。自己紹介という解答で、名前というヒントは出さないか。私に出題されていないのに解答して間違えるとは・・。
自己紹介をされると、「マイエさん」と役名で呼びにくい。それでも、高嶺先輩が紛らわしいから「アヤノーさん」と呼ぶことにしたように「マイエさん」と引き続き呼ぼう。ただし、ここでは名前を呼ばず、あくまでも私の頭の中だけでの話だ。
マイエさんの指差した方を見ると4人の名前が書いてあった。
La Comédie de la Mauvaise Grâce(悪役令嬢の気まぐれ喜劇) 配役表
桜丘朱萌 レティア・アケモン (Létia Aquemont)
高嶺絢乃 アヴェリーヌ・アヤノヴォワール (Aveline Ayanovoir)
御影舞 マイエ・ミカジェリーヌ (Maïe Mikajéline)・給仕
惣社里那 リナシア・ソジャリエット (Linasia Sojaliette)
「配役表の見方は、主役が一番上で、それ以外は出演順です」
「今、馬車で向かっているのがこの子だね。何と読むのかな」
「そうざりなです。私の親友です」
「これで『そうざ』と読むのですね」
「小学校の時のクラスメートが古武道をしていたのですが、その子の先輩は同じ漢字を書いて『すべやしろ』と読むそうです」
「どちらも聞かなければ読めません」
「同じく私も」
里那もマイエさんと同様に前に名前が来るのか。
「コメディは喜劇だとわかりますが、モヴェーズ・グラスというのは悪役令嬢ですかね? それなら気まぐれが入らなくなりますが・・」
「それは邦題です。ハリウッド映画が日本で原題と違う題名で上映されますよね。元の意味は、舞、何だっけ?」
「フランス語でモヴェーズが悪いとか不機嫌なで、グラスが優雅さや気品だから、愛想のない優雅さといったところかな」
「フランス語がわかるなんて凄いです」
「舞はフランス人のクォーターだからね」
「ほぼ日本人の外見で、そう言う情報はいらないから」
「出演者は4人だけという意味ですか?」
「いいえ、あくまでも出演順ですから、新たに来れば表示されます」
「来ても、ここまで来ないという可能性はありませんかね」
「あっ、それは大丈夫。部室にメモを残しておいたから」
「舞、ありがとう」
「どういたしまして」
敬語のアヤノーさんが抜けていて、敬語ではないマイエさんがしっかりしているのか。普通なら逆だろう。
「あっ!」
「どうかしましたか?」
「どうしたの?」
「アケモンのスペルは、あの人気漫画のようにエーケーイーエムオーエヌのAkemonではなく、発音されないティーが入るのですね」
「あぁ、青いキャラのね」
「舞、青色じゃなくて、黄色よね? 青色のロボットも語感が似ているけれど黄色よね?」
「絢乃、それ情報が古いわよ。その黄のキャラで有名な漫画で、青いのが人気なのよ」
「そうなんだ」
漫画の中で作品名を書くのは権利関係上の問題があっても、リアルで話している時に作品名を言っても問題ないだろう。でも、あえて言わずに楽しんでいるようだから放置しよう。
元はと言えば、私が「あの人気漫画」と言ったのが原因か。
「それにしても、なぜ私が悪役令嬢なのでしょう? 先輩の方が相応しいと思います」
「私の方が悪役令嬢に向いていますか?」
「いえいえ、そういう意味ではなくて」
「冗談ですよ」
「後輩の私が先輩に意地悪できないからです」
「逆に考えたらどうですか? 先輩の私たちが後輩に意地悪したら、それがたとえ演劇の中であったとしても、演劇部に入部したくなくなりませんか?」
「あぁ、それは言えます」
「そろそろ到着するから、2人とも世間話は終わり」
「どこでわかるのですか?」
「ほら、そこのランプが黄色で点滅していたら準備で、青色の点灯で舞台へ」
確かに黄色のランプが点滅している。
「出演前に一言言わせて下さい。桜丘さんは見学に来ただけなのにいきなり巻き込まれたのはわかっています。そして、今まではナレーションが悪役令嬢として解釈してくれただけですよね。先輩とか後輩とか意識せずに、いい悪役令嬢になりきって、お宝をゲットするのも悪くないと思います」
「私も絢乃と同じ意見。ただ、お宝、お宝と考えて、それが演技に出ると貰えるものも貰えなくなるから、そこは要注意ね。いいアドバイスはできないけれど、舞台は1人ではない。失敗しても止まらずに仲間を信じて楽しんで」
「わかりました。それから、アヤノーさん、舞台以外では敬語を使わなくていいです」
「最初から敬語でないのは抵抗がありますが」と言いたかったものの、マイエさんが敬語ではなかったから言うのをやめた。
悪役令嬢になりきってか。ナレーションが私の言動を悪役令嬢として解釈したのは、舞台を成立させるためで悪意はなかったのか。一度は開き直って悪役令嬢になろうと思ったが、その直後に先輩のアヤノーさんが登場したから、なりきれなかったのは事実だ。
ナレーションに頼らず、今度こそ悪役令嬢になりきって、お宝を貰うか。具体的にどうすれば悪役令嬢になりきれるのかはわからないけれど・・。
「アヤノー、行くわよ!」
あれ? 絢乃と呼んでいたマイエさんまでアヤノーと呼んでいる。
「マイエもね」
アヤノーさんまでマイエと呼び始めた。役になりきっているのか。さすが演劇部だ。
「桜丘さん、1回深呼吸すると、入りやすいよ」
あれ? 私のことは本名で呼んだ。
あ・・・。わかった。
頭の中だけで呼ぶ役名を口に出してしまった私が悪かったのか~っ!




