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女子演劇部  作者: くろっこ
第一幕 悪役令嬢は舞台袖から

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4/6

4 悪役令嬢の苦悩 (2)

 同じ過ちは繰り返さない。あれ? 悪役令嬢だから名前を間違え続けるのもありなのか? でも、それはコントに限った話か。演劇で同じ間違いを繰り返したらくどいだけだ。

 高嶺先輩と当たり障りがない会話をしながら、舞踏会の会場へ向かうとするか。

「アヤノーさんの庭園は立派ですね」

「ありがとうございます」

「草や木を後ろから見ても、ベニヤ板ではありませんし・・」

「そ、そうでしょう。本物ですから」


「アケモンが招待してくれた貴族令嬢の庭園を褒めたと思ったら、ベニヤの大道具だと思っていたのか? さすが悪役令嬢である。言葉にトゲがある」


 トゲがあるのはナレーションの方だ。演劇の舞台ならば、セットは模造紙とベニヤ板が普通だ。小学校の学芸会や中学の文化祭の前には、暗くなるまで居残りして作った。



「もう何名か来ているのですか?」

「いいえ、仲が良い貴族も招待しましたが、アケモンさんが1人目です」

 仲が良い貴族とは、演劇部の同級生だろう。他に来るとしたら、私と同じ1年生か。


「アケモンは、自分が時間よりも早く来ておいて、他に誰も来ていないことを馬鹿にしている。見当違いも甚だしい」


 他の参加者を尋ねただけで、馬鹿にしていると言われるとは心外だ。

 でも、先ほどからナレーションを無視しようと思いつつ、ついつい聞いてしまう。不本意であるが、私はナレーションを楽しんでいるのかもしれない。



 屋敷の正面玄関の前には立派な馬車がある。馬車も馬も作り物ではなく、本物だ。今度はベニヤなどと言わずに褒めよう。私が素直に褒めたら、ナレーションがどう言うのか見ものだぞ。

「とても立派な馬車ですね」

「立派ですが、アケモンさんの馬車です」

「えっ・・」


「アケモンは自分の馬車を自慢し、アヤノーに褒めさせるために馬車の話題をした」


 違うって。一度も馬車に乗っていない私は、この馬車が私のだと知らず、素直に褒めただけだ。

 しかし、考えてみたら、私が悪役令嬢っぽい言動をしなくても、悪役としてナレーションをしてくれるのなら、悪役令嬢は何をすべきかと悩まず、普通にしているだけでいいか。



 それにしても、屋敷の玄関が殺風景だ。実際の貴族の屋敷に行ったことがないから、私の考えが間違えているかもしれないけれど、とても違和感がある。

「貴族の屋敷の玄関には執事がいて出迎えてくれるものだと思っていたら違うのですね」

「すみません。人が足らなくて・・」


「アケモンは、アヤノーが裕福な貴族ではないことを知っていて、執事に出迎えてもらえないことを愚痴にした。しかも、自分で時間を間違えて早く来て、怒って飛び出したのに、再び出迎えを要求するのもおかしな話だ」


 いや、それはどちらも私が知らない設定だった。アヤノーが裕福でないとか、時間を間違えて怒って飛び出したとか言われても・・。



 玄関を入ると大理石の廊下だ。これで裕福ではない貴族? 私から見れば、十二分に裕福だ。

「アケモンさん、どうです? すごいでしょう?」

「そうですね。庭園にも驚きましたけれど、これほどのお屋敷とは・・」


「アケモンは褒めているようで、アヤノーには相応しくないと思っている」


 はいはい。思っていないけれど、悪役令嬢の設定だからこのままナレーションを任せるね。



「料理にも驚きますよ」

「料理まで準備してくれたのですか?」

「はい、もちろんです」


「な、なんとアケモンは、アヤノーが招待客に料理すら提供できない貴族だと思っていたのか。とてつもない侮辱である」


 どうせ私は悪役令嬢だ。どのようなナレーションをされようと、本物の私である桜丘朱萌が悪く言われているわけではない。

 考えてみたら、ここは別世界のようで、どう考えても高校生が作ったものではない。ということは、料理も先輩が用意したものではないのだろう。


 誰かが走る足音が聞こえた。私以外にも来たのか。華道部の見学と両親との記念写真がある里那は、これほど早く来られないだろう。



 舞踏会の会場へ案内された。舞踏会と言われたから「踊るのか? 私は踊れないぞ」と思っていたら、料理のテーブルと立食用のテーブルばかりで、踊れる空間は狭い。これでは単なる食事会だ。

「ほら、料理がすごいでしょう? 今日は遠慮しないで下さい」

「確かに。庭園、屋敷、料理、すべて想像以上です。ご招待をありがとうございました」

「喜んでもらえて光栄です」

「ただ、舞踏会ではなかったのですか?」

「・・・」

「いえ、私は社交ダンスとかできませんから、舞踏会ではない方が助かります」

「舞踏会としたのは、その方が美しいドレスを着られるからです」

「確かに食事会なら汚れたら困る服は着られませんからね」


「アケモンは、貴族の食事に招待されたら汚れてもいい服で来るのか。アヤノーの招待だから場に対する敬意なしで良いと思っているのか、それとも貴族としての矜持を失ったのか。なお、アヤノーは紳士を招待していないため、もとより舞踏はできなかった。触れられたくないことに触れるアケモンは、やはり悪役令嬢であった」


「男性を招待しなかったのですか?」

「招待できないのです」

「あぁ、そういう理由ですか。わかりました」


「アヤノーには紳士の知り合いはいない。それを知っていて尋ねるアケモンであった」


 違う。知り合いがいないから招待できないのではない。女子演劇部だから男性がいない。それだけだ。宝塚のように男役がいれば別だが、高身長の女性は背丈が求められる部活を選択する確率が高いのだろう。



 ショートカットのメイドが息を切らせながら入って来た。走る足音の主は、この人か。

「アケモン様、本日はお越し下さいまして誠にありがとうございます。当家のシェフならびにパティシエが心を込めてご用意いたしました品々を、どうぞごゆるりとお楽しみ下さいませ。なお、恐れ入りますが、本日は給仕の手が限られておりますため、お取り分けはご自由に、またお食事後の食器はあちらのワゴンへお預けいただけますと幸いに存じます」

「かしこまりました」


「アケモンがセルフでの取り分けに不平不満を漏らさなかった。これは何か裏がありそうだ」


 食べ放題で料理を貰うのは、注文後に作ってくれるガレットや揚げ物、カッティングサービスがあるローストビーフやケーキを除き、基本的にセルフだ。不平不満など言うはずがない。何も言わなければ言わなかったで、ナレーションは悪役に仕立て上げようとしてくる。

 流れるように台詞を言ったメイドは先輩だろう。貴族の館でセルフなのは、新入生が何人も見学に来たら、1人では手が回らないからだろう。それが「給仕の手が限られております」だ。

 料理の種類の多さには触れなかった。「種類の多さに驚きました」と言えば、「これほど料理を出せるはずがないと思っていた」とナレーションで言われるのは誰でもわかる。


 メイドは厨房の奥へと入った。これほどあると新たな料理を運ぶわけでもなさそうだ。しばらくしても出てこない。1人では手が回らないからではなく、持ち場を離れるからこそ、あのワゴンへ片付けるのか。



 そうだ。里那の伝言を伝えないと。

「アヤノーさん、友人が用事を済ませてから来るそうです」

言伝ことづてをありがとうございます。楽しみに待っています」


「アヤノーは大人の対応をしたが、用事を済ませてからというのは、後回しにするほどの価値しかないという意味だ」


 このナレーションは、私を悪役にするという意味では一貫しているが、どこまでもひねくれている。

 ショートケーキのイチゴを最後に食べる人はイチゴが嫌いだからではない。その理屈が「後回し」にも適用される。「嫌いなの? 食べてやるよ」とイチゴをフォークで刺されたら、小さい子なら号泣するだろう。



「アヤノーと仲が良い貴族令嬢マイエことマイエ・ミカジェリーヌが到着した」


 演劇部の先輩か。こういうナレーションなら助かる。桜丘朱萌がレティア・アケモンでアケモン、高嶺絢乃がアヴェリーヌ・アヤノヴォワールでアヤノーと後半をアレンジしているのに、マイエ・ミカジェリーヌでマイエか。名前は後半の「みか」だろうか。


「アヤノーさん、出迎えに行って来て下さい。私は1人でも平気ですよ」

「マイエのことは心配しなくて大丈夫です」


「アケモンは、アヤノーがマイエを出迎えに行ったら、『ゲストである私を1人にした』と騒ぐつもりであった」


 違うぞー! 私の設定が酷過ぎる。ナレーションに声を出して反論するのもバカげているから、心で思うだけにした。



 ロングヘアーの女性が入って来た。マイエのドレスはピーチベージュを基調に、上品なローズゴールドの光沢を帯びたサテンで仕立てられている。胸元は柔らかな曲線を描くハートネックで、レースの縁取りが鎖骨を優しく縁取り、露出は控えめながらも女性らしい温かさを見せる。肩はオフショルダー気味のキャップスリーブで軽やかに肌をのぞかせ、動くたびに肩先がふわりと揺れる。

 胸元には細いローズゴールドの糸で描かれた唐草模様の刺繍が控えめに広がり、私のバラとは違って蔦と葉をモチーフにしている。刺繍は胸からウエストにかけてさりげなく流れ、視線を自然に下へ導くことで上品な縦のラインを作る。ウエストから下はサーモンピンクのチュールを幾重にも重ねたプリンセスラインで、裾に向かって淡いピンクのグラデーションがかかり、歩くたびに軽やかな層が透けて揺れる。

 アクセサリーはローズクォーツの丸いカボションのペンダントを細いローズゴールドのチェーンに下げ、縁には繊細な金細工で葉の意匠が施されている。

 髪はハーフアップにまとめ、片側に桜の花びらを模したローズゴールドのヘアピンを差している。耳元には小さなローズクォーツのしずく型イヤリングが揺れ、顔周りに柔らかな光を添える。

 靴はピーチベージュのローヒールパンプスで、つま先にはローズゴールドの細いリボンがあしらわれている。ヒールは安定を考えた低めのデザインで、歩きやすさと優雅さを両立させる。

 私のラベンダーとも、アヤノーのペールブルーとも被らず、気品をまとった存在として際立っている。


 こちらに真っ直ぐに歩いて来た。他に誰もいないから当然と言えば当然だ。



「はじめまして。マイエ・ミカジェリーヌです。マイエとお呼び下さい」


 「はじめまして」ではない。ショートがロングになったのはウィッグだろう。どう見ても同じ顔なのだからわかる。一人二役するから、取り分けも片付けもセルフなのだろう。

「メイドもしているのですね」

「いえ、メイドはしていません」

 

「貴族令嬢がメイドをするはずがない。アケモンは初対面の貴族令嬢に対しても、辛辣な物言いだ」


 劇の最中に「一人二役」を指摘したらいけなかったのか~っ!

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