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女子演劇部  作者: くろっこ
第一幕 悪役令嬢は舞台袖から

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2/6

2 いきなりスポットライト (2)

 入学式が終わった。もう帰ってもいいし、興味がある部室へ見学に行ってもいい。

「校長の挨拶、面白かったね」

 里那が興奮気味に話す。

「あぁ、普通とは違って退屈はしなかったね」

「そう。『制服を着て、教室に入り、授業を受けるだけならどこにでもある高校生活です』から始まって、アインシュタインだからね。『常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションに過ぎない』と言って、常識を疑え、好奇心は才能だと」

「授業中に『それは本当ですか?』と尋ねられたら、授業が進まなくなって先生は困ると思うけれどね」

「高校でそういう生徒はいないんじゃない? それからレオナルド・ダ・ヴィンチの『学ぶことは心を燃やすことだ』。学校は退屈な日々を過ごすにはもったいない場だから、変な部活、謎のイベント、クセが強い先生などを楽しめって」

「レオナルド・ダ・ヴィンチと言うなら、アインシュタインはアルバート・アインシュタインと言うべきだよね」

「朱萌は聞くところが違うよ。それは流さないと」

「もう1つ言ったよね」

「マーク・トウェインの『学校は、教育を邪魔されないようにする場所だ』だよね。教科書の中だけが教育ではない。友達の会話、失敗した挑戦、放課後の空の色、すべてが学びだっけ。その後、『学校で面白がって』とか『真面目にふざけて』とか『偏見のコレクションを増やして』とか言っていたけれど、ちょっとわからなかった。学校は教育の場だから、教育を邪魔されないようにする場所でおかしくないよね。何を言いたかったのかな」

「あれは真っ当なことを言っているようで、皮肉だよ。学校という制度が本当の教育を妨げるという意味。つまり、型にはまった授業や暗記中心の勉強は、生きた知識や創造的な学びを邪魔するという意味だよ」

「ん?」

「本当に大事なことは教室の外で学ぶことが多い。でも、そういう本質的な学びを遠ざけてしまうのに、学校は教育の場だと言われるのはおかしいねということ。それで、うちの学校は違うよと言いたかったんだよ」

「そうか。朱萌の話の方がわかりやすい。校長先生になって欲しいよ」

「ならないよ!」

 校長は、入学式のために引用できる偉人の言葉を必死に吟味したのだろう。偉人というだけで人は耳を傾けるし、何年も残り続けているというのは共感を呼ぶ言葉だからだ。里那のように感動して言葉を覚える新入生がいるなら、言葉を探した校長の苦労は報われただろう。

 私は3つ言われると、聞いた時には良くても、メモをする新入生はいないから、3つは覚えていられないだろうとか、どれか1つを選べなかったのかとか思ってしまうが、里那が喜んでいるのに水を差す必要はない。里那、高校生活を楽しむんだよ。って、校長目線か!


「ところで、部活はどうするの? 麻雀部が廃部だと別の部活に入るよね?」

「特に考えてないな。入る部活は決めていないけれど、絶対に入らないとも決めてない」

「正門をくぐったら部活の勧誘が多かったよね。めぼしいのはなかったの?」

「どれもありきたりで・・。あっ、演劇部には声をかけられた」

「演劇部? 私も声をかけられたよ。ロングヘア―の綺麗な先輩だよね?」

「いきなり、カシャーンと音がして、顔立ちがいいとか、声がいいとか、演劇部に勧誘しているようで、積極的に勧誘せず、数十年後にいい学生時代だったと振り返れるようにって、よくわからない先輩だったね」

「何それ? カシャーンとか、その色々褒められるのとか、そんなのないよ。それは朱萌だからだよ」

 えっ、里那は違うの? 誰にでも言っているのかと思って話したのに、自分が可愛いと言われた自慢話になってしまった。

「違うんだ。それなら、どう言われたの?」

「普通に、『演劇部です。あなたのやりたいことが実現できます』だったよ」

「やりたいことって何?」

「それは、『あなたのやりたいこと』だから私のやりたいことだよね。そんなの聞き返さないよ」

「違う。そういう意味ではなくて、体操とか、吹奏楽とか?」

「朱萌、それ意地悪だよ。演劇部だから、役の範囲で考えないと。まあ、演劇の中でできないことはないけれど、体操や吹奏楽をしたいなら、最初からそっちの部活へ入れだよ」

「まぁそうだけれどね」


「入部するかどうかは別にして見学してみない?」

「見学するくらいはいいよ」

「何部へ行く?」

「声をかけられた演劇部には顔を出してみるよ」

「そうか。朱萌が主役だったら、みんな喜ぶからね」

「喜ばないよ。1年生が主役は駄目だって。主役は先輩にしないと」

「じゃあ、来年、朱萌が主役ね」

「だから、まだ入部は決めてないって。見学だけ。顧問が麻雀できるらしいし」

「演劇部で麻雀って・・。でも、やりたかった麻雀ができるなら演劇部でもいいかもね」

「里那はどうするの? 演劇部へ一緒に見学に行く?」

「先に華道部へ行きたいんだ。親が『日本人なら茶道や華道は身につけておけ』って。国際化の今の時代に何を言っているんだか」

「いや、それは間違ってない。だって、国際化というのは日本人が海外を知ることだけではないよ。逆に外国人が日本を知ることでもある。日本の文化に興味がある外国人から質問された時に『わかりません』は日本人として悲しいと思わない?」

「そう言われるとそうだね」

「染物とか陶器とか刀剣とかの専門的な知識は別でも、茶道や華道の基本は知っておいた方がいいよ」

「それなら朱萌も華道部へ行こうよ」

「それは話が別」

「行かないんかい!」

「実技はいいの、私は理論派だから」

「朱萌が言うと反論の余地がない」

「ふふふ」


「それじゃあ、私は華道部へ行くから、先に演劇部へ行っていて。私は後から行くって伝えておいて」

「ちょっと待った! ご両親と写真を撮る約束だったよね?」

「あっ、すっかり忘れてた!」

「部活見学へ行くと終わる時間がわからないから、先に撮った方がいいんじゃない?」

「うん。少し遅くなるかもしれないけれど、写真の後に華道部へ行って、それから演劇部へ行くよ」

「わかった。じゃあ、またね」

「うん、またね」

 私は「1人では行動できない女子」ではない。トイレだって一人で行ける。高校生にもなって「ひとりでできるもん」と誇るものではないが、一般的な女子はと言うか女性は、何歳になっても団体行動なのだ。

 保育園の迎えに行って、保育園前の公道でずっと話し続けているママさんたちをよく見かけるだろう。仲が良い近所の友達とウォーキングしている女性も見かけるだろう。芸能人と同じアイテムやファッションを求める女性も、流行を追う女性も、単なる模倣ではなく、他者とのつながりや共有を通じて、自分の居場所や安心感を見出そうとしていると言える。

 夏渚ちゃんだと哲学的に言い換えそうだ。女性は、自己の存在を他者との関係性のうちに位置付けることで、連帯感や承認を媒介とした自己同一性アイデンティティの確立を試みているとか。



 あれ? 里那と話しているうちに演劇部へ見学に行くことになっていた。入部は前向きではない。でも、見学に行ったら入部希望者だと思われるに違いない。帰宅部よりも、どこかに所属した方がいい。そう考えると、どこに入部するかは未定でも、参考までに見学するくらいはいいか。あとで里那も来る約束だし・・。

 里那は、どれくらい遅れて来るかな。茶道部のようにお茶とお茶菓子で過剰接待をされないから、それほど遅くならないと思うけれど・・。


 朝のように新入生を勧誘している。入学式が終わるまで待機していたのだろう。

「美術部です。水彩画、油絵、彫刻などなど。見学だけでもどうぞ!」

 美術は好きだけれど、芸術は音楽を選択した。音楽を選択した私が美術部はおかしい。

「漫画研究部です。ペンタブも使えます!」

 ペンタブか。小学校でイラストを描くのが好きな子が買ってもらって喜んでいたな。でも、液晶モニターの「液タブ」の方が初心者には使いやすそうだ。予算の都合があるから、安いペンタブなのだろう。

「はい、文芸部、文芸部、文芸部! 締め切りは破るためにある! 小説を書こう!」

 小説? 書かない。以上!

「初心者大歓迎、部活はテニス、部活はテニス!」

 部活はテニスって、文明堂の「3時のおやつは文明堂」か。

「卓球部は根暗じゃない! 笑いながらスマッシュ返すよ!」

 そこは笑うところではない。いや、これツッコんで欲しいボケか。ツッコんだら負けだ。

「新体操で国スポ出場。全国舞台で誇らしく舞いましょう!」

 国スポは国民スポーツ大会。2024年に国民体育大会、通称「国体」から改名された。


 私は、とりあえず、演劇部。その後のことは後で考える。演劇部は見学だけだから、今考えてもいいけれどね。



「新入生だよね。陸上部だけれど、中学で何かスポーツしてた?」

 すべての勧誘を素通りしようとしたら、いかにも陸上部という感じの女性から声をかけられた。「話を聞いてくれない?」であれば、「急ぐので」と言ったのに、「スポーツしてた?」は断りにくい。

「体育は好きでしたけれど、部活でするのは・・」

「そっか。走るのって気持ちいいよ。風を切って、頭の中が空っぽになる瞬間がある。悩みとか、全部置いていけるんだ」

「悩み・・」

「何か悩んでいるの?」

「麻雀部が廃部になったのが・・。まあ愚痴を言っても始まりませんが」

「麻雀部か。入りたかった部活が廃部というのはショックだね。さすがに私にはどうしようもできないな。うちは全国目指しているガチ勢もいるけれど、ちょっと走ってみたいという子も歓迎している。兼部で週1の子もいるよ。走りたくなったら来てね」

「はい」

 さわやかな先輩だったな。それはそれで、入部はしないけれどね。私が部活でするのを拒否し、口では「愚痴を言わない」と言っても、入部希望のショックから立ち直っていないとみて、素直に引いてくれたのは良かった。


「君、可愛いね。マネージャーになってよ」

「なりません」

 朝練をしていたのか汗臭い男が近付いて来た。スポーツで汗をかくのは不可抗力だ。でも、汗をかいたまま人に近付くのはデリカシーがなさ過ぎる。もう「なりません」と断ったから、足を止めない。

「俺、バレー部なんだ。今、女子マネ2人いるけれど、君が入ってくれるならクビにするから」

「何ですか、それは。今のマネージャーに対して不誠実過ぎます」

「いや、それは・・」

「それに汗臭いの苦手なので失礼します」

「ごめん。あとで話したいからクラスを教えて」

「今の2人を大切にして下さい。失礼します」

 マネージャーは世話好きの子がなればいい。私はそういう3年間は嫌だ。世話好きではなくても、その競技が好きだとか、憧れの先輩がいるとかでマネージャーになる女子もいるようだが、マネージャーをしたいほど好きな競技はないし、今のは部活勧誘の名目を利用したナンパだ。軽佻浮薄けいちょうふはくの先輩は嫌悪感だけだ。憧れの対象になるはずがない。


 文化部の演劇部の部室は校舎内だから、別棟の運動部の部室よりは近い。それでも、初めての校舎で、講堂から部室まで遠く感じるのに、勧誘の回廊状態だとさらに遠く感じる。



 ようやく到着した。

「女子演劇部」

 扉に部室名のプレートがある。ここだ。ノックをしようと拳を握り、手の甲をドアに向けた時だった。


「演劇部に興味があるの?」

 背後から女子生徒の声が聞こえた。新入生ではなさそうだ。もしかすると演劇部の人かな?

「演劇に興味があるわけではありませんが、朝、勧誘されましたので見学だけでもと思って・・」

「あなたがどこの部活に入ろうと自由だけれど、演劇部はやめた方がいいよ。ここ、呪われているっていう噂だから」

「えっ?」

「女子演劇部っておかしいと思わない? うちの高校、共学だよ」

「宝塚とかあるから、おかしいと思いませんでした」

「あぁ、そういう見方もあるね」

「あれ? もしかすると女子演劇部とは別に演劇部はありますか?」

「演劇部は昔あったけれど廃部になったらしいよ。今、うちの高校で演劇部と言えば女子演劇部だけ」

 そうか。高嶺先輩は演劇部と言っていたけれど、正式名称は女子演劇部か。それならここで間違いない。

「呪われているというのは、具体的にどういうことなのですか? 毎年トラブルが起きるとか」

「そういう事故とかではないけれど、部員が何か違うんだよ。部室から声が聞こえないし・・。まあ、私は近付かないようにしてる。私は部活の勧誘の交代があるから、もう行くよ。じゃあね」

「はい。親切に教えてくれてありがとうございました」



 呪われているって、学校の怪談とか、学校の七不思議ではあるまいし、高嶺先輩には、ちゃんと足があった。実は、高嶺先輩は何年も前に亡くなった先輩で、毎年入学式の日に勧誘してる? ないないない。里那も勧誘されたし、真昼間からそんなのないから。

 部室から声が聞こえないのも少し考えればわかる。吹奏楽部が校舎の屋上や中庭で練習するように、演劇部は講堂で練習をしているだけだろう。

 しかし、今の先輩は、自分の部活に勧誘するために演劇部を批判したわけではなかったし、怖がらせようとしていたわけでもないだろう。怖がらせるメリットもない。純粋に私のことを心配してくれたのは間違いない。



 さあ、仕切り直しだ。今度こそノックをする。

コンコンコン!


 返事がない。高嶺先輩は「放課後はいつも部室にいます」と言っていたし、ノブの横を見ると鍵は開いている。聞こえなかったのかな。もう一度ノックだ。

コンコンコン!


 やはり返事がない。あれ? 少しおかしくないか? 高嶺先輩は「放課後はいつも部室にいます」と言っていた。いつもいるのに今いないのはトイレかもしれないから、それはおかしくない。演劇部がいつも部室にいるというのがおかしいだろう。演劇なら講堂で練習するものではないのか。部室で台詞の読み合わせを行うのだろうか。

 どうでもいいか。見学に来ただけの私が演劇部の活動について考えても意味がない。少し挨拶をして、里那が来るまで話していればいい。


 3度目のノックで反応がなければ扉を開けて入ろう。ノイズキャンセリング機能付きのイヤホンで音楽を聴いていて、ノックの音が聞こえない可能性もある。

コンコンコン!


 返事がない。扉の右側にあるノブを握り、内開きで開ける。

「失礼します。見学に来ました」

 


 暗幕で覆われていて薄暗い。窓からの光で真っ暗ではないのだが、電灯が消されていて暗い。もちろん、誰もいない。どうりで返事がないはずだ。電灯を点けて中で待つか? いや、もし何かがなくなった場合、疑われるから外で待つか。里那との約束がなければ、このまま帰ったけれど・・。

 扉を閉め・・。あれ? 人の気配がしたような気がする。こんな薄暗い部屋にいるのかな。扉をもう少し開いて、気配がした左の方を見ると、暗幕の奥が明るい。えっ? 扉を開いて、正面と右が暗いから誰もいないと思ったら、左の方が明るいって何? しかも、奥が広そうだ。この部室は左の部屋とつながっているのだろうか? 演劇部は部室で練習ができるように、広い部室を使わせてもらっているのか。

 高嶺先輩は「放課後はいつも部室にいます」と言っていた。あちらにいるのだろう。それでノックの音が聞こえなかっただけだ。あれだけ離れていたら、部室の外まで声が聞こえなくても不思議ではない。真実を知ってみたら呪いでも何でもない。里那が来たら、呪われているという噂があるけれど、嘘だよと教えてあげよう。


 扉を閉めて、明るい方へ向かう。あっ、わかった。あちらが舞台なら、この部室は舞台袖をイメージして暗幕なのか。これも、扉が開いた時に中を知らない人が見たら「呪われている」と思う理由かもしれない。部室を暗幕で覆うなんて聞いたことがないから。

 さあ、舞台袖から舞台へ、第一歩・・・。



「悪役令嬢が登場した!」

 どこかからナレーションのような声が聞こえ、それと同時にいきなりスポットライトのようにまぶしい光が・・。

 悪役令嬢? どこに? うちの学校はお嬢様学校ではない。令嬢と呼ばれるような人はいないと思う。私が知らないだけで、実際には在籍しているのかな。

 でも、登場したというのは、どこかではなく、近くにいるはずだ。どこにいるのだろう。周囲を見回しても誰も見当たらない。


「悪役令嬢は腹心を探している」

 またナレーションだ。私が高嶺先輩を探しているように、悪役令嬢は腹心を探しているのだろう。


 あれ? 何か動きにくい。服が重いと言うか・・。視線を下に移動させると、いつのまにかドレス姿になっている。なぜ私が?


 もしかすると、悪役令嬢とは私のことか~っ!?

桜丘朱萌さんが女子演劇部へ見学に行ってくれたおかげで、「悪役令嬢は舞台袖から」と「いきなりスポットライト」を回収できました。


それにしても哲学的に言いそうだと思われている里山辺夏渚さんって・・。里山辺さんに関しては『小笠原気功会史』をご覧下さい。

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