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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

きみを見つめて

プリントを回すとき、うしろを向くのが嫌だ。

すぐうしろの席…出席番号七番の大山(おおやま)馨瑠(かおる)が目に入るから。

なにが気に入らないって、全部。

やたらかっこいいのも気に食わないし、背が高いのも腹が立つ。

振り向くといつも笑顔なのも気に入らない。


「ありがとう、大倉(おおくら)


いい声でいちいちで礼を言ってくるのも、声を自慢してるのかって思うから本気でクソ、って言いたくなる。


全部気に入らない。

全部腹が立つ。


「…いや、宗士(そうし)が大山を意識し過ぎなんじゃねえの、それ」


基樹(もとき)の言葉にぞわっと鳥肌が立った。


「意識とか言うな」

「だってそこまで目の敵にするのもおかしくない? 出席番号順の席が前後っていうことしか接点ないだろ」

「………」

「案外大山に惹かれてるだけだったりして」

「冗談でもやめてくれ」


大山に惹かれる?

あり得ない。

同性同士の恋愛をどうこうとは思わないけど、俺と大山だけは絶対ない。


「……また」

「え?」

「宗士と話してると大山と目が合うんだよな」

「は?」


言われてつい大山を見てしまう。

目が合った…最悪。

うげ、と顔を歪めたら微笑まれた。


「やっぱ、すげーやな奴」

「今ので笑いかけられるってすげえな。案外、大山が宗士を好きだったりして」

「ないない」


自分の高レベルな顔面を見慣れてる大山が、至って普通な俺を好きになる理由がない。

そう言うと。


「見た目で判断してないかもよ? 宗士の中身が好き、って」

「中身もなにも会話したことねーわ」


ちら、ともう一度、見たくないけど大山のほうを見る。

大山“のほう”だ。

大山じゃない。

またこっち見て笑みを浮かべているから、俺は不快になる。


「すげー笑顔。女子だったらコロッと落ちるな」

「あんな奴に落ちるのもわかんねー。絶対性格最悪だぞ」

「会話したことねーんじゃなかったのか。性格わかんの?」

「俺の想像ではめちゃくちゃひねくれてる」


そんで意地悪で自分勝手で、って想像で色々言ってたら羽交い締めにされた。

うしろに引っ張られて基樹との距離が遠くなる。


「…?」


誰?

と思う前に答えが基樹の口から。


「…大山…」


大山!?

俺、今大山に触られてんの!?


「ちょ…離せ!」

「いつも思ってたんだけどさ、大倉と幡野(はたの)って距離近いよね」

「離せって!」

「あー…そう? 近いか?」


基樹の表情が強張ってる。

俺はとにかく大山から離れたくてもがくけれどどうにもならない。


「うん。ふたりってどういう関係?」

「どういうって?」

「よく一緒にいるし、付き合ってたりするのかなって」


基樹と大山の会話に挟まれる。

離せよ、ほんとに。


「まさか。ただの友達だけど?」

「ふーん…ほんとに?」

「それ以外のなんでもねえよ」


基樹の表情が更に強張っていく。

なんでだ。

振り返ると大山のいつもの微笑み。


「とにかく離せ!」

「俺のこと好きって言ってくれたら離す」


はい?


「誰が言うんだよ」

「大倉が言うんだよ」


なにそれ。

なんで俺が大山に告白しなくちゃいけないの?


「ぜってーやだ」

「じゃあこのままでいよう。俺も大倉に触れていられるのは嬉しいし。ちょうど俺の席、大倉のうしろだから問題ないね」

「いや、あり過ぎだろ。離せ」

「……」


基樹は俺と大山をただ見ている。

なんでそんな引き攣った顔してんだ。


「宗士、言ってごらん?」

「は?」

「『馨瑠が好き』って、言ってごらん?」


なんで急に名前呼びなんだよ。

そうじゃなくても大山を好きなんて絶対言いたくない。


「断る」

「じゃあ次の授業はこのままだね」

「やだよ」


大山が俺の顔を覗き込む。


「普段から可愛いけど、嫌がる宗士は格別だね」

「!?」


俺の頬に大山の唇が触れて固まる。

今、なにした…?

理解すると同時に立ち上がると、その勢いで大山の手が緩んだ。


「…顔洗ってくる」

「どうせ洗うならもっとしていいよね」

「いいわけねえだろ!」


教室を出ると、大山がついてくる。


「ついてくんな」

「俺、過保護なんだ」

「意味わかんねーし」


顔を洗って頬を擦る。

なんか感触が残ってる気がする…。


「怒ってる?」

「当たり前だ」

「そうだよね、早く話しかけて欲しかったよね」

「は?」

「ずっといつ声かけようか悩んでたんだ。でもさっき、大倉が幡野にあまりに近付くから…」


なんか色々ずれてないか。

こいつ、もしかしてあぶない男?

とりあえず。


「いや、もういいから俺に関わらないでくれ」


逃げる。

ハンカチで顔を拭いて、もう一回頬を擦る。

うん、唇の感触も取れた気がする。

さくさく歩いて教室に戻ろう。

大山は置いていく。

と思っていたら背後から抱き締められた。


「捕まえた」

「わああ!」


ぎゅっと腕に力がこもって大山と密着する。


「なにすんだ!」

「逃げるから捕まえたんだよ」

「離せ!」

「照れちゃって、可愛い」


また頬にキスされてぞわぞわっとする。

せっかく洗ったのに意味ないじゃん!


「ほんと、大倉の嫌がる顔、いいなぁ…」


うっとりした声。

変態か、こいつ。

予鈴が鳴った。


「さっさと戻らないと授業遅れるだろ」

「じゃあ手を繋ごうか」

「なんでだよ」


抱き締める腕が緩んだので逃げる。

俺が早足で歩いて、大山はのんびりした歩みで俺の隣を歩く。

それなのに同じ速度。

どういうことだ。


教室に戻って次の授業になっても次の授業になってもどれだけ経っても、背中になにか感じる。

プリントを回すと目が合って、う、となった瞬間に思い出す。

大山は俺の嫌がる顔がいいって言ってた。

つまり嫌がらなければいいんだ。

プリントを受け取る大山に笑顔を向ける…ちょっと引き攣ってるけど。

これで大丈夫だろう。


それから俺は大山に笑顔を向けるようにした。

明らかに大山はあぶない奴だ。

嫌われるに越したことはない。


うしろを向かなくちゃいけないときは笑顔で。

目が合ってしまっても笑顔で。

全てにおいて笑顔で。


「宗士、大山が好きなの?」

「!?」


なぜ!?

基樹の言葉に本気でびっくりした。


「いつも大山のこと、にこにこしながら見てるじゃん。だから落ちたのかと」

「!?!?」


なんでそうなる。

俺が事情を説明すると、ようやく納得したような顔をした、けれど。


「絶対みんな宗士は大山が好きだって思ってるぞ」

「なにそれ!?」

「肝心の大山の反応は?」

「それは…わからない」


どうしてか大山も笑顔を向けてくるんだ。

俺が嫌がってないのに、微笑んでいるんだ。

でもたぶん…。


「大山は戸惑いを隠すために笑ってると思う」

「戸惑い?」

「自分の言葉が原因で俺が急ににこにこし始めて、気に入ってた嫌がり顔が見られなくなったことでダメージを受けてるに違いない。俺の勝ちだ」


笑い出したいのをぐっと抑える。

ここで高らかに笑ったら俺があぶない奴だ。


「…そう簡単にいくかね」


基樹の呟きが妙に鮮明に聞こえた。






「ねえ、いつになったら付き合う気になるの?」


なぜか俺は今、大山に迫られている。

放課後の教室。

日誌を書き終えた俺が椅子から立ち上がったら、教室に大山が入ってきた。

いつものように笑顔で接したら、どんどん壁際に追い詰められていって、壁と大山の間に挟まれた。

両手を俺の横について、しっかり退路を塞いでいる。

でも俺は知っている。

大山は俺が嫌がる顔が好きなんだ。


「どうした? 大山」


内心すごい焦ってるのを隠して笑顔で聞くと、大山も笑顔を見せた。


「宗士、俺が好きなんだよね?」

「は?」


なんでまた名前…。

ていうかなに言ってんだ、こいつ。


「もう隠さなくていいよ。知ってるから」

「??」

「だっていつでもすごく可愛い笑顔を俺に向けて……好きじゃなきゃあんな笑顔できないよね?」

「ちが」

「クラスのみんなも宗士は俺が好きだって思ってるし、俺だってずっと宗士だけが好きだよ」

「……」

「宗士、ちゃんと言ってごらん。『馨瑠が好き』、『一生馨瑠だけを愛する』って。俺も一生宗士だけを愛すよ」


やばい…どうしよう。

こいつほんとにあぶない。

逃げないと、と思うのに足が震える。

だって大山の笑顔、優し過ぎてめちゃくちゃ怖い。


「…すき、じゃない…」

「すぐばれる嘘を吐くのはいけないな。好きじゃないならなんであんなににこにこしながら俺を見るの? おかしいでしょ? 好きじゃないなら嫌がらなくちゃ」

「だって……」


だって、嫌がったら大山が喜ぶから…だから笑顔でいたんだ。

それなのに…。


「っ…」


ここでちゃんと言わないと、また同じことの繰り返しになる。

怖いけど、なにされるかわからないけど言わないと。


「好きじゃないから! ほんとに、大山のことなんとも思ってないから…許して」


そのままずるずると座り込む。

顔を隠して泣く俺を、どんな気持ちで見ているのかわからないけれど。


「………今のは、傷付いた」


ぽつり、と聞こえた声に顔を上げると、すごく苦しそうな大山の表情に胸が苦しくなる。

仕方ない。

気持ちを受け取れないんだからはっきり言わないといけない。

こういうの初めてだけど、振るほうも傷付くものなんだ…。


「……ごめん」

「もういい」


ふらふらと教室を出ていく大山。

その背中がすごく寂しそうで、やっぱり苦しい。

でも声をかけちゃいけない。

ぐっと唇に力をこめた。



◇◆◇



罪悪感が俺を苦しめる。

告白されて、その気持ちに応えられないってこんなに辛いんだ。

好きじゃないんだから、あれしか答えはなかった。

それでも、こんなに苦しいのも、あんなに寂しそうな大山の姿を見たのも初めてでどうしたらいいかわからなくなる。


「……仕方ない」


仕方ないんだ。

好きじゃないのに“好き”なんて言えない。



◇◆◇



しばらくして席替えがあり、俺が廊下側、大山が窓際の席になったことで席が前後という接点はなくなった。

プリントを回すとき、椅子を立つとき、ふとした瞬間にうしろにいるのは大山だと思ってしまう。

でも実際は違って、ちょっと胸がつきんとする自分に戸惑う。

なんなんだ、これ。


大山のほうを見てみる。

あれからずっと目が合わないし、大山は俺を見ない。

俺は気になってちらちら見てしまう。

そうしたら知らなかったことに気付く。

ペンを持つのがちょっと不思議な持ち方だとか、窓の外を見るときはいつでも頬杖をついているとか。

遠くから見ても整っている顔が、あの日からずっと寂しそうに見えてしまう。

これは気のせいなんだろうか。

気のせいであって欲しい。

だってそんなの、あまりにも俺が苦しい。






「また大山見てんのか」

「基樹…」

「いい加減、忘れれば?」


基樹には事情を話してあるから、さりげなく俺の気持ちのフォローをしてくれるけど、俺は全然すっきりできない。

むしろフォローしてもらえばもらうほど辛くなる。

ほんと、なんなんだこれ。


「大山はもう全然宗士見ないじゃん。そういうことだよ」

「…うん」

「俺も大山と目合わなくなったし。まあよかったんじゃね?」

「……」


そう、よかった。

…変だ。

よかったと思えない。

明らかにあぶない男に好かれるなんて絶対ごめんなのに、それが正しいのに。

俺はおかしい。

大山の視線が恋しい。


「……どうした」

「なにが?」

「すげー複雑な顔してるぞ。眉間の皺もやばい」


基樹が俺の眉間に触れて皺を伸ばす。

両手でぐいぐい皮膚を引っ張られていたら俺達の横に誰かが立った。


「大山…」

「幡野、宗士に触らないで」


俺のほうに伸びていた基樹の手をぽいっと払って大山は俺の手を取る。


「え、なに…」

「来い」


ぐいぐい引っ張られていくと、基樹の声が追いかけて来る。


「次の授業どうすんの? もう先生くるよ」

「任せる」


大山が答える。

任せるってなんだ。

引きずられるように教室を出て、どこに行くんだろうと思ったら大山もどこに行くか迷っているようで、あっち行ったりこっち行ったりしてる。

最終的に図書室の前の廊下で止まった。


「大山…?」

「なにやってるの」

「え」

「なんで触られてるの」

「…怒ってる?」

「当たり前だ」


なんだろう…嬉しい。

無関心じゃないことが心臓を弾ませる。


「宗士はなにがしたいの? 俺が好きじゃないのに俺のこと見てるのはなに? 諦められないじゃん」

「……まだ諦めてなかったんだ」

「宗士さ、人を好きになったことある? そんな簡単に諦められる?」


溜め息とともに吐き捨てるように言われて、すごくとげとげした言葉なのに俺は心が温かくなる。

おかしい。

おかしい。

おかしい。


「宗士がそんなんじゃ俺、どうたらいいんだよ…」

「……」

「ほんと、その気がないのに気を持たせるようなことやめて」

「……やめない」


ぽつっと本心が口から零れた。


「あ?」


う、怖い。

いつも『ありがとう』と言ってたいい声じゃなくてすごく低い声。


「どういうこと?」

「……よくわかんないけど、これからも同じこと続けてやる」

「好きでもないのに俺を見てどうするの?」


睨みつけられてちょっと怯むけど、俺もまっすぐ大山を見る。


「好き…じゃないけど、でも大山を見てたいから」

「は?」

「気になるんだ、大山が」

「………」


ぽかんとした顔…口開いたままだ。

こんな表情もするんだ。


「まだわかんないけど、よくわかんないけど、諦めるのはちょっと待って」

「…なんで? 俺、期待するよ?」

「うん……ほんとにまだわからないんだけど、でもそれでいいから」

「期待していいってこと?」

「………そう受け取ってくれていい」


まだなにもわからない。

でも、むずむずする心からなにかが生まれそうな予感がする。

これはまだ恋とは言えないけれど、それでもなにかが始まりそう。




END


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