同じ夢も二度目なら~モブにしかなれない令嬢の転身~
お読みいただきありがとうございます。
十歳のガーデンパーティーで、彼を見つけた。
昔一度だけ見た海と同じ、深い藍色の瞳。金髪は、蜂蜜がかけられているかのように、日に照らされ煌めいている。柔和な笑みは、十歳という幼さを感じさせながらも、王太子という落ち着きを感じさせた。
そこで私が思い出したのは、私になる前の『わたし』の記憶。もっと簡単に言うと、前世の記憶。
前世のわたしが読んでいた漫画。その漫画では彼と同じ顔をしたキャラクターが出てきた。
あの漫画は、よく覚えている。というよりも、わたしはあの漫画しか知らなかった。
『運命のアミュレット』それは、魔を祓う力を体に宿した少女、プレセアが王太子であるルギウスと恋に落ちながら世界を救っていく物語。
そして私は、その漫画に存在すら登場しない侯爵令嬢。
だからこそ私はルギウス様の婚約者、ひいては王妃になりたかった。
◇◇◇
出会いから7年後。恒例の月に一回のお茶会。私はルギウス様の前でくるりと回ってみせた。ドレスがフワリと舞う。
「このドレス、可愛いと思いませんか?」
「あぁ、とても似合ってるよ」
瞳に熱は、なし。
おかしい。漫画のプレセア様と同じ服を着てるのにこんなにも反応がないなんて。
まあ、それも当たり前か。ルギウス様に私に対する恋情はないのだから。
私たちは、まだ正式に婚約者になっていない。
私の家からの打診に、王家はあまり良い顔をしなかった。それは聖女様があと少しで生まれるという予言を信じているからだろう。確かに、王家としては聖女様を繋ぎ止める為にも王太子と結婚させたいのだろう。国民からの支持も上がるしね。
でも、諦めきれなかった。ルギウス様しかいないと思ったから。私の望みを叶えてくれるのは。
そして仮の婚約者として、あけすけに言えばただのツナギとして王太子であるルギウス様の隣にいる私に、周りの人は憐れみ、両親は娘への扱いに憤った。
それでも私は良かった。
雨が窓硝子を叩く。私は学園の廊下を歩いていた。図書室に行く為だ。
王妃になる為に、まだ正式な王妃教育を受けていない私は自分で知識を貯めなければならない。その為にも毎日図書室に入り浸っていた。
勉強は前世から好きではないが、目標があれば意外と進む。
だが理由はそれだけではなく、図書室によくいるメンバーも関係しているのだろう。私と同じ漫画に存在しない人たち。その人たちといる間だけは私はただの『私』になれた気がして、心の閉塞感や焦りが幾ばくか和らぐのだ。
「この本、とっても面白いのよ。是非読んでみて」そう言って、茶目っ気たっぷりに私に恋愛小説を勧めてくれた公爵令嬢。
「この問題、わからないので教えていただけませんか?」照れたように頬を赤らめながら私に問題を見せてきた伯爵令嬢。
「僕の婚約者にはどっちの髪飾りが似合うと思う?」と私や他の女性陣に教えを乞うてきた伯爵子息。
そして、「君の幸せは、本当にこれなのか?」と王家の歴史が書かれた本を指差しながら聞いてきた侯爵子息。
……私はその問いに、なんて返したんだっけ。
疑問を振り払うように緩く頭を振りながら、私は歩き出した。伯爵子息の彼に、髪飾りは喜んでもらえたのか追求しようとほくそ笑みながら。
私の足音を消してしまいそうな程に、強い雨が降っている。外に視線を向けると草木が雨に打たれ、踊るようにその形を変えていた。
じっとりと、背中に汗を私はかく。雨の日は、どうにも嫌いだ。
前世のように、雨に打たれて孤独の中息絶えてしまいそうで。少し、息が詰まる。
身震いをして、私は窓硝子に映る自分の顔を見た。とても、酷い顔をしている。この顔を皆に見せたらどう言われるだろうか。ふいに、それが恐ろしくなった。
今日は、時間にまだ余裕がある。私は図書室に行くなら本来曲がる筈の道を無視し、反対側の道へと歩き出した。
ストレスのせいか痛みを訴えるお腹を押さえながら歩き続ければ、雨の音より自分の靴が大理石の床を叩く音の方が大きくなる。
それにホッと息を吐きながら周りを見渡すと、普段生徒が行かない大ホールの扉の前にいた。窓があまりなく、ほんの気持ち程度にしか灯りがつけられていないせいで、辺りは薄暗い。
さっきとは違う怖さが胸中を占め、私は慌てて来た道を戻ろうとした。
そこで、足が止まる。大ホールの中に、誰かいる。なにか、物音がする。
恐る恐る、扉に耳を当てた。
聞こえてきたのは、若い男女の会話だった。
「私に、私に聖女の力があったら結婚できるのに……っ」
「俺も、君と結婚したいよ!」
頭が真っ白になった。男の声は、間違いなく王太子であるルギウス様。
そして女の方は、少し先の未来で聖女様となる少女プレセア様。前世、家電製品が硝子越しに並ぶ店で、『運命のアミュレット』の紹介映像が流れていた。その声と同じ、ヒロインの声だ、と私は戦慄く。
私は扉に背を押し付けながら崩れ落ちた。
もう、二人は恋仲だった。何故。漫画にはこのような描写はなかったのに。
思考が定まらない。聖女に聖女としてではなく、一人の女として負けたのだとまざまざと思い知らされた。
動揺した私は、震える足を叱咤し逃げ出した。家に帰って、心配する両親に曖昧に笑って布団にくるまった。
眠気は一向に来ず、ただあの声だけが鮮烈にその晩私の耳を焼き続ける。
そして一ヶ月後、聖女様が力を発現した。それからトントン拍子で、王太子の婚約者に納まった。私の仮婚約は解消されて。
お披露目パーティーで、真珠が散りばめられた青色のドレスを着たプレセア様に、ルギウス様が頬を緩めたのが遠目でもわかった。幸せそうに二人は寄り添っている。私なんて最初からいなかったように。皆二人を祝福している。二人の幸せを願う拍手は途切れる事なく、細くもならず、その音は轟き続ける。
同じ世界に生まれたのに、あの漫画に出ていないだけで、主人公じゃないだけでこんなにも扱いは変わるのかと私の顎に、涙がしたたった。
その涙に気づいてくれる人は、いなかった。
◇◇◇
「なんで貴女が『聖女認定の儀』に出席しなければいけないの!?」
いつも通りの図書室で、『王太子の婚約者』という言葉が欠けた私の肩を公爵令嬢の彼女が揺すっている。そろそろ吐いちゃう、と彼女の手を軽く叩けば、慌てたように揺れは止まった。
酔いで机に突っ伏す私に「ごめんなさいね」と彼女は謝ってから「でもやっぱり納得いかないわ!」ともう一度叫んだ。伯爵令嬢もウンウン頷きながら私の耳元で囁く。
「バックレちゃいましょうよ」
意外とアグレッシブな彼女らしい言葉に私は苦笑した。
そう、私は今まで王太子の仮の婚約者として国に仕えてくれた褒賞として、聖女認定の儀で、プレセア様の頭の上にティアラを置く役を仰せつかったのだ。
その事に図書室のいつもの面々が憤っている。
「なんか、あんまりじゃないか……。こんなに頑張っていたのに。そんな当てつけみたいな役をやらせて」
伯爵子息の彼は私のびっしりと文字が書き込まれたノートを指でなぞりながら悔しそうに言った。
「そう思いませんか?」
「ああ、さすがに悪意を感じる。そんなの『お前はもう用無しだ』と言っているようなものじゃないか」
伯爵子息に同意を求められ、侯爵子息もポツリと言葉を漏らした。その後、侯爵子息の彼は机に突っ伏す私の頭に手を寄せたが、顔を上げた私の目と合うとハッとしたように手を引っ込めた。
代わりに「大丈夫か?」と一言心配された。眉を下げ、私よりも辛そうな顔をする彼の方が大丈夫ではないだろう、と嘆息する。
それから、私は王家に不敬と取られてもおかしくない事をポンポンという皆に焦りながらも、口元が緩んだ。
ついに笑いだしてしまった私に、視線が集まる。
「皆に、こんなにも怒ってもらえて嬉しいです。死んでもいいくらい!」
「滅多な事言わないで頂戴!」
公爵令嬢のツッコミを皮切りに、図書室には5つの笑い声が木霊した。
◇◇◇
そしてやって来た聖女認定の儀。私もティアラを置く者として飾り付けられた。
白い純白の豪奢なドレスは聖女様のモノ。だから私は、それより地味なドレスを着ている。
大聖堂の椅子に座りながら周りを見渡すと、国王や、本来ならティアラを渡す役割の王妃が、ルギウス様とプレセア様を優しく見守っている。二人はそんな視線にも気づかない程に、熱く見つめ合っていた。
前世で見た通り、桜のような髪を持つプレセア様は、とても可愛らしい。主人公補正でもかかっているのかと問いただしたくなるほどに。私の口からも、ほお、と息が漏れた。
そして、やっぱり私は主人公ではないのだと、実感してしまった。
儀が進むと、ついに私が務めを果たす番がやって来た。
繊細で美しいティアラを、そっと持ち聖女様の元へ行く。
プレセア様の目の前に立つと、私はティアラを頭の上に載せるためにプレセア様の真横まで近づいた。
その瞬間、プレセア様が口を開いた。
「アンタも前世の記憶を持っていたのかもしれないけど、残念。選ばれたのは私よ」
「…………」
淡い桃色の髪の毛にティアラを載せた私は、ゆっくり微笑んでみせた。
「大丈夫です。私は別に、彼が好きなわけではないので」
だって、私の目的は。
瞬間、大聖堂のステンドガラスが割れる。そして、真っ黒な人間の形をしたモノが入ってきた。
「悪魔だ」そう誰かが呟く。
それから直ぐに会場は阿鼻叫喚に包まれた。
悪魔は、逃げ惑う人々を一瞥し私の下、正しくはプレセア様の下にやって来た。
「聖女よ、死ねっ!」
黒い稲妻が、大きな音と共に降ってくる。
その稲妻は、プレセア様の腕を、そして私のお腹を貫いた。
衝撃に、私は床を転げる。
「……っ、聖女様!」
誰かの叫び声がどこかで聞こえる。そして、プレセア様が力を振り絞り聖の力を放出した証拠である白い光も見えた。
きっと、漫画の通り悪魔は聖女様の手によって死んだのだろう。
私は、口から血を流しながら割れたステンドガラスをただ見つめていた。
自分の死期がもう少しなのを、肌で感じる。
この聖女認定の儀で、私は悪魔が襲撃する事を知っていた。そして、悪魔の攻撃で本来ティアラを置く役だった王妃様がお腹を貫かれ死んでしまう事も。聖女様は悪魔を葬る為に力を使いすぎて、王妃様を治すための力は残っていなかったらしい。
……まあ、さっきの態度を見るに、残っていたとしても私の為に聖女様は力を使わなかったと思うけど。
ついつい自嘲してしまう。
私は死にかけているというのに、これから死ぬというのに、私の周りには誰も来ない。皆プレセア様の腕の心配をしてそっちにかかりきりだ。
涙がポロリと零れて床を叩いた。
「だ、れかぁ……だれ、かっ」
前世のわたしは雨に濡れながら、声をあげる。頭から血を流しながら、泣く。父に車で山に連れていかれ下ろされたと思ったら、急に頭に衝撃を受けた。視界に映った赤く濡れたバットを持つ男を見て、殴られたのだと合点がいく。
走り去る車を、体を地面につけながら見る。軟禁されてきて体力がないわたしに、もう動く力はない。止め処ない雨に体を打たれながら、段々ボヤけていく世界を眼に焼き付けていた。
その時わたしの心中を占めていたのは、痛みでも、ましてやわたしを殴った者への怒りでもない。
願いだ。誰かにわたしの死を悼んでほしいという、ただ一つの願いだ。
生きている間、誰にも想われた事なんてなかった。でも、路傍に咲く花も枯れれば惜しまれるように、わたしも死ぬ時位は、という願いが頬を滑る。
泣いて、泣いて、気が狂いそうな程に泣いて、世界を恨む程に泣いて、わたしがもう助からない事に絶望しながら泣いて欲しかった。父親の不義理で生まれたらしいわたしは、一度も愛された事がない。だから、いまわの際くらいは、と誰かに想われる事を願った。
その願いは、きっと今の私にも息づいている。だから王太子にそれを望んだ。
腹違いの姉からこっそり借りていたあの漫画で、一度だけ聖女様が死にかける時がある。王太子はその瞬間泣き喚いて聖女様に縋り付いていた。
その後直ぐに、わたしが読んでいる事を知った姉に折檻されそれ以降の話は知らないが、それを思い出した時、聖女様が心底羨ましくなった。だから、私が聖女様のような存在になって、死を悼んでほしかった。
でも、結局私は今独りぼっち。世界が選んだのは、泣くに値すると判断したのはプレセアだった。
……ああでも。意外とあの時のような胸の痛みはない。それどころか、温かい気さえする。それこそ、ここで死んでいいと思える程に。
もう上手く体を動かせないけど、ゆっくりと私は笑みを作った。じわじわと、私は今幸せかもしれないという根拠の無い自信が湧いてくる。
そのまま、意識を離した。
――いや、離そうとした。
「おい、目を覚ませミューリア!」
「そうです、目を覚ましてください、ミューリア様!」
「早く医者を呼んで頂戴! ミューリアがこんなに怪我を負っているのに、今まで何をしていたの!?」
「ミューリア様、今度僕の婚約者も交えてお茶会がしたいと思っていたんです。だからまだ死なないでください!」
もう目の前は不鮮明で。喋ろうとしても血が出るだけで。体はとっても冷たくて動かなくて。なのにお腹だけ熱くて。
だけど、聞こえる。私の名前を呼んでくれる人たちの声が。
そういえば、私にも名前があったんだっけ。霞がかった脳内で、そんなアホな事を考えた。
「ああ、こんな事なら別室で待ってるんじゃなくって、大聖堂に乗り込んどけば良かったわ!」
「貴女の公爵令嬢という地位でも難しかったと思いますけど?」
「そこの女子二人、喧嘩してる場合じゃないよ。ミューリア、すごい体が冷えてきている!」
「おい、寝るなミューリア!」
この人たちの、名前は。漫画に少しだって出てこない人たち。
だけど、とっても大切な人たち。
……うん、知ってる。私、この人たちの名前を知ってる。漫画に一言も登場しないキャラだけど、私はちゃんと分かるよ。
公爵令嬢のライラ様。青々とした木の葉のような緑髪を持つライラ様。いつも私に流行や恋愛小説を教えてくれてありがとうございます。しっかり者で、優しいライラ様が大好きです。
わたしの前世には姉がいたけど、わたしの頬をよく打ってくる人で。だからライラ様と出会って、こんなに素敵な女性もいるのかと驚いてしまいました。こんな人がお姉ちゃんだったら嬉しいと、何度思った事でしょう。
誰かに寄りかかろうとするのが怖かった私の手を、ライラ様は引いてくれました。
でもBLを勧めてくるのはやめてください。まだ心の準備が出来てないです。
伯爵令嬢のシャロン様。ふわふわ空を揺蕩う雲のような髪を持つシャロン様。少しだけツンがあって、そこが本当に可愛くて、私シャロン様の事こっそり妹みたいだと思っていました。私の話を沢山聞いてくれて、ありがとう。シャロン様が目をキラキラさせながら私の話を聞いてくれるのが、何よりも嬉しかったです。
シャロン様は「女なのに勉強して、とミューリア様は言いませんよね。それが私の救いなんです」と言うけど、それは少しだけ違います。
私も、シャロン様に救われてたんです。『仮の婚約者なのに真面目に頑張ってる憐れなやつ』というレッテルが貼られた私は、少しだけ勉強が嫌になった時があったけど、貴女が楽しそうに勉強するから、もう少し頑張ろうと思えました。
今度、『図書室シスターズ』として3人で遊びに行きたいです。シャロン様は「ダサすぎませんか? その名称」と言ってましたけど、口元がニヤついているのを私は見逃しませんでしたよ。
伯爵子息のデリック様。婚約者とお揃いの色だとよく水色の髪を自慢していたデリック様。婚約者様と仲睦まじいデリック様の話を聞くと、私もいつも幸せな気持ちになりました。王太子と聖女様が婚約を結んでからあまりしてくれなくなりましたけど、それ、すっごく寂しかったんですよ?
デリック様があんまりにも婚約者のお話をするから、私学園でもつい婚約者を見つけてしまうんですよ。
水色の髪を風になびかせながら、柔らかく笑っているのが印象的で。その度に、こんな綺麗な人が婚約者だなんてデリック様は幸せ者だなぁ、って私まで嬉しくなるんです。だから婚約者を悲しませるような真似をしたら、私がとっちめてやりますからね?
ユリウス様。雪が朝日に反射したきらめきのような銀髪を持つユリウス様。私をいつも、心配そうに見つめていたユリウス様。本当に、心配をかけてばかりでごめんなさい。
『――……ごめんなさい。今の関係じゃ、駄目?』
告白をしてくれたのに、曖昧にぼかして、そのままの関係でいる事を望んでごめんなさい。嬉しかった。とても、嬉しかったんです。
だけど、私は、私の為に泣いてくれる人のイメージが上手に出来なかったんです。ルギウス様が泣いてくれると思ったのだって、プレセア様に泣いて縋り付くのを見たから。私の為に泣いてくれるのではなく、愛しい人の為にルギウス様は泣くのだと解釈しただけだったから。
だから、もし同じ夢をもう一度見る事が許されるなら、貴方に好きだと伝えさせてください。もうユリウス様は私の事、好きじゃないかもしれないけど。私は貴方に何度も救われて、その度鼓動が速くなるのを抑えつけていた。きっとずっと前から、好きだったんです。
私、大切な事を見失ってた。大事なのは、漫画の登場人物かどうかじゃない。
その人が、自分に何をしてくれたかだ。
ルギウス様は、私を認めてくれなかった。名前を呼んでくれなかった。愛してくれなかった。
私は、なんて馬鹿だったんだろうと涙がもう一粒零れる。全ての感覚が今、閉じかけてる。それでも聞こえる。私の名前を叫ぶ皆の声が。
最後の力を振り絞り、血に濡れた口を開いた。
「あ、りが……とぅ」
もう一度、幸せな夢を見る機会が貰えたら。今度は皆ともっと、なんの隔たりもなく、話し、て
「……あれ?」
外では雨が強く降っている。私は図書室に続く道で立ち尽くしていた。
お腹をペタペタ触る。痛くない。何事か、と首を捻る。答えは出ない。
だけど、誰が時を戻してくれたのかはそんなに重要ではないからいっか、と結論付けた。
私は大ホールに向かう道に背を向け、歩き出す。
その先には、大切な仲間たちがいる。
早く会いたい。自然と歩みが速くなる。
会って、抱きしめて、名前を呼んで、言いたい。姉のように思っている事、妹のように思っている事、婚約者を見てみたい事。
そして、あの告白への返事を伝えたい。今度は私から、好きだと言いたい。
私は頬を上気させ走る。がむしゃらに、今にも転んでしまいそうになりながら。目玉焼きに似たオレンジ色の髪を風にふわふわと漂わせながら。白と黒のチェックが入った茶色のスカートを揺らしながら。紫色の瞳は一心に扉を見つめて。
ただ、足を動かし続ける。
私の名前は、ミューリア・ヴェリテ。
私の名前を呼んでくれない人の下へではなく、私の名前を呼んでくれる人たちの下へ駆けていく。
同じ夢も二度目なら。今度は間違えたりしない。本当に大切なのは誰なのか。
さようなら、私の名前も知らない人たち。
溢れる涙を白いレースがあしらわれた袖で拭い、私はもう一歩、足を前に出した。
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