薄く埃の積もった勉強机
俺が異世界から帰って来た時、都内ではなく宮崎の山中に来ていたらしい。
だが、一度近くの病院に移されるも最終的には都内の病院に移されることになる。
そして、一三さんも宮崎にて俺を見つけてくれたが、都内からの登山客であったために俺は退院してそのまま向かうことが出来た。
まあ何よりも同じ区内どころか町内であると言う事がデカかった。
そしてそのまま俺は電車に乗って匠原区から国知出区へと移動して道中叔父へ会って鍵をもらって家に帰った。
「ただいま」
久しぶりの家。
家と言っても一軒家ではなく手狭なアパートではあるがそれでも我が家には変わりがない。
そして三年も経つと言うのに変わらないその部屋へと足を踏み入れた。
「綺麗に掃除してくれてたのにな」
俺がいなくなっても俺の自室を綺麗に保ってくれていたと言うのに、両親が亡くなってから時間が経ちすぎてしまったのか薄くであるが埃の積もった勉強机を撫でた。
指についた薄い埃を飛ばして俺はベッドに腰かけた。
そこから見えるのは机に置かれた小さな時計。
時刻はすでに二十時を過ぎていた。
つまり、今日、8月27日20時6分。
異世界から帰還後、およそ10カ月にしてやっと家へと帰って来たのだった。
◆
『ATTRA:GAME』
そう書かれた文字の上に浮かぶアイコンを細い指がタップする。
黒く夜闇のようなホーム画面にすべる白い指は女の物で、また、その指の持ち主も当然のことながら女だった。
女の正面には夜景、そして隔てるように張られた一面の硝子。
そこには女の身体が薄く反射していた。
端正な顔に金色の髪と瞳は目を惹いた。
だが、外に出ても良い格好をしている普段ならいざ知らず、一糸まとわずの煽情的な姿の今であれば、その色めかしい仕草も相まってそちらに目が惹かれる可能性の方が高いだろう。
とは言え、それは彼女を第三者が見ていればの話であるのだが。
そんな彼女は不意に表情を変えた。
表しているのは驚愕、だろうか。
驚愕と言っても薄く表情に出た程度であって、更に言えば笑みも漏れていた為見るようによっては空腹の獣が獲物を見つけたような顔にも見えた。
彼女の瞳の中に映るののは、スマホ上部に映る一つの通知。
そこにはイベント開催の文字があった。
内容はとある人物の捜索と排除。
難易度は「B」と表記されている。
そして肝心の獲物となる人物の名前が表示されている。
『横瀧七於』
現在時刻は深夜零時。
その時間を持って該当地区にいるプレイヤーすべてを対象にしたイベント、「不定期突発イベント『ウルフハント』」が開始された。
◆
結局のところ、俺はあれだけ帰りたいと焦がれた我が家からものの数時間で逃げ出すように出てきていた。
俺が帰りたかったのは父さんと母さんがいるあの家だった。
そんな今更ながらのことを痛感したのだった。
だが、俺が外出した理由にそれ以外のものを付け加えるとしたら一つあった。
それは今日の昼の件だ。
もうすぐ日を跨ぐことを考えれば、そのうち昨日の出来事になるだろうが、それは今はどうでもよかった。
今日一日で俺の手に入れた情報は非常に多いと言ってもいい。
別に元々復讐を企てていたわけではなかったが、俺の両親を死に至らしめた奴の情報。
次に、俺が異世界でみた魔術に酷似したプレイヤー、いや、あのホルダーと呼ばれていた少女が使っていた糸を出現させて切る能力についてだ。
そして、その二つ情報は全くの独立した情報ではないと言う事も大事な部分だろう。
プレイヤーとやらである目出し帽の男と両親の死は繋がっていると見ても良いだろう。
奴はホルダーと呼んだ少女に狙われていた状況、少なくとも、一三さんの家で俺が気絶させて拘束させてあの言葉を吐くまでにおいて、男が追い詰めた人物が一般人の夫婦を轢かなければこのような状況にはならなかったと口にしていた。
それを考えれば、俺の両親の死と男が少女に狙われた状況は繋がっており、不思議な力についても間接的につながりがあると言う事も出来る。
本当なら俺はそのような力に関わる気もなかったし、普通の生活を送って家族との失った時間を取り戻したいと考えていた。
だが、それが失われた以上、それが失われた原因、あるいはそれにつながっている以上黙って指を咥えていることなど出来なかった。
だから、俺は手がかりを探す意味も込めて街を歩いていたのだ。
何かそれを得るにあたった確信があるのかと聞かれれば首を縦に振ることは難しいが、それでも考えはあった。
目出し帽の男が少し溢したことを覚えていたのだ。
彼は自身が大手ギルドの「青龍」とやらに属していると言っていた。
ギルドと言えば、ゲームを思い浮かべるが集団を指すと考えて良いだろう。
中世ヨーロッパのように組合の意味で使われているにしても、人が集まると言う点では遜色はない。
プレイヤーという単語も合わせれば、ホルダーの少女のように不思議な力を持っているかは分からないが、目出し帽の男のように(多少は動けるものをプレイヤーだと仮定したうえで)プレイヤーと言うものの集団である可能性が高いと考えての事だった。
それならば、目出し帽と同じく両親について知っていると考えたのだ。
だから、探してみることにしたのだが。
「どうしたもんか」
一人そう呟いてみる。
小さな声ゆえか誰かが振り返るような様子はない。
そして頭の中でグルグルと思考をしていた時、不意に思い浮かんだ。
野蛮で乱暴、そして原始的。
そんな言葉の似あう方法であったが有効的ではあるのだろう。
◆
薄暗いことをしている人間は薄暗い場所を好む。
確実にそうとは言わないが、半端なモノであればその傾向が強く出る。
異世界であればその薄暗さを紛らわすように貴金属を身に着ける者もいたが、こっちではどうなのだろうか。
まあ、異世界のそんな奴らはみすぼらしい身なり故かそう言ったものは酷く浮いた印象を受けだが。
だが、薄暗いところに居ると言うのは、さして変わらないようだ。
「なあ、兄ちゃん。金貸してくれよ」
二人の男が近づいてきて、一人がそう言った。
返す当てのないお前に貸すどころか、お前のお兄ちゃんになった覚えもねぇと内心思いながらもそれは口に出さなかった。
一三さんの家で失言した時からは考えられない進歩だ。
いや、警察関係者相手に無言を突き通したことを考えれば、ものを考えずに言えてしまうほど初対面に等しい一三さんに心を許していたのかもしれない。
まあ、ともかく。
「誰がやるか」
意思表示はしておく。
「あ?」
「だから、見ず知らずのアンタらに金なんかやらねぇって」
聞えなくて聞き返しただのと言う馬鹿な話はないとわかりつつもそう返した。
そもそも素直に渡したとして、二人もいるのだから出費はバカにならない。
そんなことを考えていれば、胸倉をつかまれる。
「おい。状況分かってんのか。最後のチャンスだ。次は手ェ出すぞ」
「アンタこそ状況分かってんのか?金貰う立場なら相応の態度を見せろよ」
「てめぇ!」
煽ったのは俺が悪いが、お喋りをするためにここに来たわけではない。
さっさとしてほしかった。
そんな意を込めて放った言葉に男は顔を真っ赤にして殴り掛かって来た。
遅い。
「外れか」
腕を避けてそのまま蹴りを入れる。
「おい、大丈夫か?……テメェ!」
そしてもう一人が同じように攻撃してくるのでそれも対処する。
気絶させないように攻撃を入れて無力化する。
そうすれば、男は俺に隠れてスマホを取り出し応援を呼んだ。
ビンゴ。
至る所に散らばる奴らを探して殴る何てこととてもじゃないが面倒で出来ない。
だから、呼んでもらう。
そして、更に倒していけば、大人数でという考えからか集まる人数が増えて来た。
そしてついには二桁の人間が俺の前に現れた。
「未だ外れしか来てないが、流石に引けるか?」
一言そう呟いて俺は地面を蹴った。
俺はプレイヤーと言うものはある程度戦いを経験した人間であると想定していた。
だから、もし一般人の域を出ないプレイヤーが大半を占めていたのなら俺のやっていることに意味はない。
だが、少なくとも目出し帽の男が脅しに使う程度の「青龍」という存在が出てくればわかる。
そんな思考を一瞬のうちに完結させて流れるように攻撃を入れる。
一人目の攻撃を手で促して自分から突っ込んできたところに腕を入れる。
二人目には蹴りをお見舞いして、隙を狙おうとする三人目を顔を向けることなく肘で撃つ。
四、五、六人目をよどみなく沈め、七、八人目も最小限の動きで仕留める。
そして九人目、そしてその後ろから隙を掴んと腕を伸ばした十人目を俺は見逃さなかった。
十人目は更にナイフを仕込んで笑みを深めたが、当たらない前提なのだ。九人目と同時に地面に倒れることとなった。
そして、そこでついに俺の限界が来た。
全くと言っていいほど、「青龍」たどり着かないのだ。
だから、ここから方針を少し変える事となる。
何をするのかと言えば。
「俺は「青龍」の一員だ。上に伝えておけ」
俺自身が「青龍」の名を名乗ること。
つまり、名前を勝手に使って暴れる俺のことが本物の「青龍」の耳に入れば、当然本物のお出まし、そこまで行かなくても関係のあるものが釣れると言う算段だ。
そして、俺が気絶した男たちで丘を作るころ一三さんの家で感じて以来の本物の殺意を感じた。
いいや、正確には「死」を感じた。
異世界における命がけの戦闘における死。
命賭けと言い切れるほどに、死ぬ可能性は五分を占めるほど。
それと同様のものを俺は感じた。
だからこそ、俺はそれを最適化された動きで避けることが出来た。
「そっか。避けるんだ」
死は少女の形をして俺の命を刈り取らんとこちらの様子を伺っていた。
その瞳と髪は金色でめまいがしそうなくらいに眩しく見えた。