行方不明者発見
10月26日深夜15時3分一人の少年が吹雪の中発見される。
少年は現在15歳であり、三年前の夏、都内でキャンプ中に失踪し行方が分からなくなっていた。
本来、時期的にも気候的にも雪など振らない宮崎県の山中で局地的に、一時的に観測された豪雪の中で発見された。
発見したのは東京在住の登山をしていた30代男性で、その日は急に雪が降って来たと思ったらすぐに止んで安全を確保しようとしたところで少年を見つけたと言う。
少年はその後近くの病院に運ばれるも意識不明で三日間寝たきりであった。
そして、家族が見守るなか四日目にして少年は意識を取り戻した。
「あぅあぁう」
だが、少年は言葉を喋ることが出来なくなっていた。
◆
あの女が何をしたのかは分からないが、俺は現実世界に帰って来た。
異世界にいた期間は時間にして三年ほど、十二の夏から十五の秋まで俺は行方不明になっていたらしい。
そしてせっかく帰ってきたものの俺に掛けられた術は解けておらず言葉は喋れなかった。
そのせいで家族の顔は絶望に染まっている。
文字を書くことすらも制限されていることで全くの意思疎通が取れない。
だが、それでも希望はあった。
試しに置いてあった果物ナイフで指の先を切ってみたのだがふさがらない。
つまり、俺の異世界に言って手に入れた回復力はなくなっているのだ。
そしてなんとなくであるが、言語の禁も解けて言っている感覚がある。
そもそも、言語の禁と言うのは魔術ではなく呪術である。
そしてそれは俺自身の何か生命力に類するもので補われている。
本来、呪いをかけた術者が居なければ基本的に維持できないものを本人の力を利用して継続して掛けているのだ。
だがら、そのエネルギーに使われているのが異世界由来の力であれば、俺の超人的な回復能力が失われたように、そのエネルギーも完全に消えるのではないかと思ったのだ。
そしてその考えは恐らく正解だろうと言うのは、日々の経過を見て感じ取っていた。
「おあおう」
そして、半年も経つ頃には目に見えて症状は良くなっていた。
俺はどういう理屈でこうなっているか知っているが、周りには一種の言語障害と認識されているようで気が気ではないかっただろう。
それを思うとだんだんと喋れるようになるのは嬉しい限りだ。
本当は文字も使いたいところではあるのだが、発声による言葉はなんとなくのニュアンスはくみ取れるのだが、文字に至ってはそう簡単には読むことが出来ないようだ。
まあ、でもしばらくは父さんも母さんも仕事で来れないと言うからそれまでに両方ある程度は上達できるようにしたい。
そこからの言語の禁による効果は一気に軽減していった。
別に俺がリハビリを重ねて喋れるようになっているのとは理屈が違うからそんな物かもしれないが。
とにかく、両親が見舞いに来るのには間に合いそうだった。
何を話そうかなんて考えてみる。
たくさんあったがいざ話せるとなると考えが纏まらない。
まあ、本人たちを前にすれば自然と言いたいことは出てくるだろう。
◆
だが、俺が両親ともう一度会話することはなかった。
二人は病院に向かう途中逆走してきた車に衝突して死んでしまったんだそうだ。
そんな現実に打ちひしがれていた俺も言葉がつかえるようになると事情聴取が行われた。
俺が行方不明になっていた間に何が起こったのかと言う事だ。
無論俺はそれに対して覚えていないの一点を突き通した。
現実問題それに正直に答えるリスクのデカさは想像に難くなかったし、何より親が死んでしまったショックというのは曲がりなりにも異世界で人を殺しまくった屑みたいな俺でも感じるようで、それに対して答える気力もなかった。
そもそも言語に不自由があったことと両親の死亡によってショックが大きかったとみなされたのか案外取り調べは長くなかった。
言語障害を負ったことでそれが嘘だとは思われにくかったようだ。
引退してすぐ、俺はとある場所に向かっていた。
「ごめんください」
行先は俺を助けてくれた男性の家だった。
別に義理堅い性格をしているわけではなかったが、一応話せるようになったためお礼を言いに来たのだ。
「はい。どちら様……もしかして」
三十代と言っても前半であれば一般的にそこまで老けているわけではないが、それにしても若く見える男が出て来た。
男性はすぐに俺に思い至ったようで表情を変えた。
「えっと、横瀧七於です」
改めて自己紹介をしつつ俺はお辞儀をした。
「これはご丁寧に、一三景です」
一三さんはそう名乗ったあと、「ここじゃなんだから、お茶でもだすよ」と言って俺を家に上げた。
この後、母の弟、つまり叔父のもとへ向かい、これから一人暮らしをするためのアパートの鍵をもらおうと考えていたので、遠慮したのだが押し切られてしまった。
まあ、一人暮らしと言っても、異世界に飛ばされる前は家族と俺も一緒にそこに住んで居た。
だから、新居と言うより懐かしい我が家へ帰るような感覚だ。
一三さんは俺を案内して椅子に座らせた後、お茶を持ってきた。
「はい。聞き忘れちゃったけど、ジュースのほうが良かったりする?」
「いえ。俺、ジュース苦手で。むしろ緑茶は好きです」
彼が差し出した湯呑を持ち上げて俺はそう言った。
その後で大丈夫ですとだけ答えておけば良かったと思いつつも、気にせず口をつけた。
「それで、今日はお礼を言いに来て」
「それで態々ボクに会いに?ははっ気にしなくていいのに」
気さくにそう言うと彼は笑う。
そしてこうも続けた。
「お礼なら何度も君のお父さんとお母さんに受けたしね。ああ、子供を愛している親ってこういう事なんだろうなって思ったよ。そう言えば、あのお二人は元気?」
「あ、いえ」
一瞬言葉に詰まる。
その後でまた続けた。
「死にました」
そう言った。
そしてつくづく言わなくてもいいことを言ってしまうと後悔に苛まれる。
言語の禁を三年受けていたからか、それとも異世界で別の言語を聞いていたからか、会話と言うものをしていないからか。
とにかく、ここは適当にはぐらかせばよかったのに。
これでは相手を困らせるだけだ。
そう思ったのだが、返ってきたのは意外とそっけない返事だった。
「ああ、そうなんだ」
ただ、気遣いも見せるように、「辛かったね」と続けた。
「そうだなぁ。嫌なことを言わせてしまったし。ボクが警察にも話さなかったとっておきを教えてあげよう」
自分も話したくはないことを言って、チャラにするという意味合いだろう。
だが、俺は待ったをかけた。
「もしかして、犯罪をして……とかじゃないですよね?」
「まさか」
そう言って一三さんは話し出した。
「あの日、君を見つけた日の事なんだけど。実は、あの雪の中でボクは君以外にも一人見たんだよ」
「───」
その言葉に俺は一人の人物を思い浮かべる。
両親がいたから、また普通の生活に戻りたかったから、出来るだけ思考の隅に追いやっていたその人物を。
一度しかあっていない、名前も知らないのに。
それでも、俺がこの世界に戻るきっかけであり、俺の短い人生において大きな影響を及ぼした人物。
「女の子、と言えばいいのかな。青い髪の女の子でね。不思議と染めているようには思えなくて、それにこういっては何だけど、登山にもあの時一瞬だけ現れた雪にも適さないなんて言うか……露出の高い服を着ていて。なんだか、異世界の住人って感じの少女を見たんだよ」
「だから、初めは近くにいた君のことも異世界人が何かだと思ったくらいだよ」と一三さんは言う。
冗談なのだろう。
彼が感じた感動はあったのだろうが、本気で異世界などとのたまっているわけではない。
だが、恐らく俺の知るその人物と同じだとすれば……
彼女の発言から、この世界に来ている可能性くらい考えていた。
だが、目をそらしていたその事実をこんなところで突きつけられるとは。
「その話、詳しく聞いてもいいですか」
俺はそう切り出した。
「ここまで話したんだし、出し渋らないよ。それに君は知るべき権利があるだろうしね」
「その前に、お茶のお代わりを入れて来るよ」と言って一三さんは席を立った。
彼は二人分の湯呑をお盆に乗せてまた奥へと消えていった。
◆
「遅いな」
俺はついそんな声を漏らした。
壁に取り付けられた時計を見れば少し時間が掛かり過ぎているようにも思えた。
一三さんがどんな方法を用いてお茶を淹れているか分からない以上、別にかかり過ぎと言うほどでもないのだが、先ほどお茶を持ってくるまでにかかった時間と比較するともう戻って来てもおかしくはないころだろう。
人の家なので、大人しく待っていようと思ったが、少し気になり覗いてみることにした。
まあ、その前に一応声は掛けるが。
「一三さん。大丈夫ですか?」
声をかけてみるが返事はない。
賃貸と違ってこじんまりとはしていないが、それでも豪邸のように広いわけではないので、聞こえているはずだが。
「入らせてもらいますよ」
そう言って進んでいく。
部屋をでて、通路を少し言った場所に電気の光が漏れているのを見つけて足を進める。
ドアは開けられておりそこからはコンロが見えた。
恐らくキッチンだろう。
一三さんがお茶を淹れるのならここが一番可能性が高い。
そう思い遠慮がちに中に入った。
「っ!?」
そして、部屋のなかで血を流して倒れこむ一三さんを見た。
久しく思い出さなかった死の感覚。
それが俺の首をかき切ろうとした時、俺は状態を低くし、その場を飛びのいた。
身体を反転させながら見たのは、先ほど俺が立っていた場所の背後に立つ一人の人影。
手にはナイフを持って空を切っていた。
「チッ、避けんなよ。お前もプレイヤーか?」
「あ?」
意味の分からない人影の、いや、目出し帽を被った男の言葉に首を傾げた。
プレイヤーだと?
ゲームのやりすぎでおかしくなったのだろうか。
まあ、よくわからないが、取りあえず無力化する。
異世界における俺の特異体質ともいえる超人的な回復力は失っているが、そこで得た経験と肉体は今もある。
ナイフや短剣がないことに違和感を覚えるも、この程度の相手なら素手で無力が出来るだろう。
「まあ、いい。殺してやる」
男がそう言ったとき、俺はすでに懐へと潜り込んでいた。
多少の戦闘経験がありそうな動きだが、別に素人に毛が生えた程度だ。
現代における格闘技等の最適な動きなど欠片もない。
まあ、綺麗な動き云々で、俺もそこまで人のことは言えないが。
「グふっ!?」
腹部に一発、回し蹴りで側頭部にぶつける。
異世界と違って殺す気もないので軽く手加減をする。
話も聞きたいしな。
俺は男の身体から力を抜けるのを感じて、構えを解いた。