秘めていた想い
「玲奈さんは、自分を抑えて生きてきたんですね……」
頭がパンクしそうで、でもそれだけは伝わってきて、共感できた。
「悠斗君にも覚えがあるんでしょ。
私の気持ち、わかってくれる気がしてた」
「なんでですか」
「悠斗君、優君のこと好きだから」
バレていた。でも嫌な気はしなかった。
「だけど……優さんは優さんで思うところがあったって……なんなんですか、それ」
「知りたい?」
玲奈さんはふとスマホを見て、微笑んだ。
「あとは本人から聞いたらいいわ」
「え?」
直後。引き戸が開いて、僕は目を疑った。
そこに優さんが立っていた。息を切らせている。
「悠斗君、挨拶の件で困ったらLIMEして。
私、タクシー拾って帰るから。
あとはごゆっくり」
玲奈さんは一万円札を置いて、あっという間に出て行った。
「……」
「……」
気まずい沈黙が流れる。
「えと、玲奈さんから話聞いたよ」
「……どこまで?」
優さんの探るような目つきは自信なさげで、さっきの玲奈さんとは対照的だった。
「友達が亡くなったのを機に、自由に自分の人生を生きたいって……。
優さん、それでよかったの?
玲奈さんのこと、好きだったんじゃ」
「嫌いになった訳じゃない」
優さんは座り直して、背筋を伸ばした。
「彼女はずっと、戦友みたいなものだった。
互いに正しいと思ってた人生を生きるための。
彼女はお義母さんの想いに縛られてたし、俺も想いを封じ込めてた──本当に好きな人ができたんだ」
僕の中で、すぅ、と何かが冷めた。
「へぇ……そうなんだ」
放った声は、冷たく聞こえたと思う。
「……正確にはその人のことをずっと好きだったのに、自分の気持ちに蓋をしていたんだ。
離婚式の後、気持ちを伝えに行くつもりだ」
「ああ、そう」
僕は一瞬目を閉じた。
神様、あんまりじゃないか。僕に2度目の失恋をさせる気なのか。
「どんな人なの。どこで知り合ったの。
事と次第によっちゃ、僕、離婚式出ないから。挨拶もしない」
情けないけど、後半は涙声だった。
優さんは正座して僕を見つめている。
ずっと僕だけのものにはならない視線。今度は誰に向けられるというんだろう。
「俺はな、悠斗。
普通に女の人と結婚して普通の家庭を築くことが正しいって思ってた。
だけど十数年前、それが揺らぐ出来事が起きた。ある人から告白されて、その人が、男だったからだ」
「え」
それって。
「告白されるまでの日々はずっと穏やかで、幸せだった。その人が初めて作ったカレーは人参が固くて、水っぽくて、成功とは言えなかったけど、人生で一番おいしかった。家に帰るのが楽しみで、笑う顔が愛おしくて、でも自分では家族愛だと思っていたんだ。
告白されて動揺したよ。
嫌悪感じゃなくて、自分も心の奥でそう思っていたことに気づいたからだ──恋愛対象として好きだって」
「優さん……」
「だけど彼はとにかく若かった。未来があるから、気持ちも変わる。俺だって当時、自分の気持ちに戸惑った。人生がめちゃくちゃになる気がして怖くて、だから彼の気持ちをなかったことにした。普通の家族として生きる道を選んだんだ。
それから人に紹介されるまま、玲奈と結婚した。普通の結婚をすればこの気持ちも落ち着くって思ったけど……結局、結婚生活は昔の思い出を超えることはなかったよ。
一度失敗しないとわからないなんて、馬鹿だ、俺は」
優さんは、額を抑えて溜息をつき、それから僕を見た。上目遣いにどきり、とする。馬鹿は僕のほうかもしれない。離婚式って聞いてイライラしていたくせに、やっぱり好きだ。
「もう彼だって心変わりしただろうけどな……」
「そんなことないよ!」
僕はテーブルから身を乗り出した。優さんの驚いた顔が近づく。
「きっとその人は、今でも優さんのことを……んっ」
優さんは人差し指を僕の唇に当てた。
「離婚式が終わってけじめをつけたら、俺はもう1回その人に会いにいくつもりだよ。
今度こそ気持ちを伝えるんだ」
さっきまで心配そうだった顔が、心から安心した笑顔に変わっていた。