過去の告白
男の人が好きだ、と気づいたのは高校生の時。
下ネタや恋愛話で盛り上がる皆に合わせる度、心は傷ついた。男の人が好きだなんて言えるわけなかった。
家に帰ると、居場所があってほっとした。
だけどだんだん、優さんの手が触れたり、ふとした瞬間に意識するようになった。
やばい、と思った。男の人が好きなのは、まだいい。隠して、僕が傷つけばそれでいい。
だけど、同居してる親代わりの人を好きになるなんて。それはやばい。
抑えようと思えば思うほど、気持ちはつのった。
優さんをいちいち、目で追ってしまう。ソファの横に座るのもドキドキしたし、寝顔を見ると唇に視線がいってしまう。
今でも鮮明に覚えている。
その日の夕飯は冷やし中華だった。優さんは翌日から出張で、居間の隅にはスーツケースが準備してあった。
僕が「明日は友達と夏祭りに行く」という話をした時、優さんが言い出したのだ。
「女の子からお誘いはなかったのか?」
「ないよ」
──あったけど、断ったよ。僕、男の人が、優さんが好きなんだよ。
喉まで言葉が出かかったけど、言えるわけない。
それで終わりになるはずだった。
「そうかぁ。
悠斗はかわいい顔してるから、モテそうなのにな」
ぶわっ、と体が熱くなった。
優さんはそんなつもりで言ったんじゃない。
甥っ子としてかわいい、ってことだ。わかってるだろ、僕。
だけど、だけど、だけど。
「好きな子とかいないのか?」と追い打ちをかけられて、もう限界だった。
「優さんが好き」
瞬間、世界が固まった。クーラーの動作音、外からはひぐらしの鳴き声。
涼しいはずなのに、背中を汗が伝うような感触があった。
今更冗談にするには、僕の声は必死すぎた。
「何言ってんだ、家族は当たり前だろ。そうじゃなくて、恋愛相手として……」
優さんは取りつくろうとしたけど、やっと言えた想いを否定されたくなかった。
「だからその、恋愛相手として好きなんだ!」
「マジか……」
沈黙が続く。顔を見れない。そのうち、優さんは「一人にさせてくれ」と言い残して部屋にこもってしまった。
僕は急に怖くなった。
一緒に暮らせるだけでよかったのに。
優さん、こんな奴気持ち悪いって思ったかも。
絶望の中、眠れない一夜を過ごした。
翌朝、LIMEが届いていた。
「昨日のことは聞かなかったことにする。
出張行ってくる」
何度も読み返すうち、画面にぱたり、と涙が落ちた。夏祭りも行かなかった。
あんなこと、言うんじゃなかった。
帰宅した優さんはいつも通りだった。
僕も蒸し返さなかった。「あの告白は勘違いでしたよ」という顔をして過ごした。大学進学を機に一人暮らしをして、社会人になり、それでもあの日のことは記憶の奥底にあった。
マサ君との買い物を済ませ、駅で別れる。なんとなく書店に入って、「冠婚葬祭」のコーナーへと足が向いた。予測はしてたけど離婚式の本なんてない。挨拶どうしよう。
急にスマホが鳴った。LIMEを開くと名前に「れな」とある。紫陽花のアイコン。
絶妙なタイミングに、恐る恐るメッセージを開く。
『こんにちは。
悠斗君、裂人を引き受けてくれてありがとう。
お礼がてら、悠斗君がよければ一緒に食事できたらと思います。
ご都合はいかがですか?』