招待状
「話がある」と叔父の優さんに呼び出されるのもこれで何度目だろう。
初めは、両親を亡くした僕のために、「家族になろう」と言ってくれた。一緒に暮らし始めて、僕が大学進学で家を出てからは頻度が増えた。社会人の心構えを教えてくれたり、相談に乗ってくれたり、ずいぶん支えられている。
でも優さんが結婚してからも、月1回は声がかかって僕は心配になった。
「新婚さんなのにいいの?」
「こういう時間も大事だろ」
優さんは《《あんなこと》》が昔あったのに一緒に過ごしてくれる。
でも親代わりだからしてくれているんだと思うと、僕の胸の内は複雑だった。
僕は優さんのことが好きだ。笑顔も、大きく包み込んでくれるような優しいところも好きだ。数え上げたらキリがない。
今日も「話がある」と呼び出された。
家の最寄り駅近くにある居酒屋は、ほぼ満席だ。優さんは少し遅れてくるという。メニューにも飽きて、僕はバッグから封筒を取り出した。
中身は離婚式の案内だ。
優さんと玲奈さんは一昨年知人の紹介で知り合い、短期間で結婚までたどり着いた。二人とも、新婚にしてはドライな印象があったけど、まさか離婚とは。
──式まで挙げなくてもいいのになぁ。
「悪い、遅くなった」
招待状から目を離すと、優さんが立っていた。
僕と違って、がっしりした体格。うっすら日に焼けて、目鼻立ちがはっきりしてて、目が合うと毎回僕の胸は射抜かれてしまう。
ああ、カッコいいなぁ。
「とりあえず飲もうよ」と僕はビールを二つ、注文した。
どうせ話は飲みの後半だろうと思っていたけど優さんはそわそわと落ち着かない。
左手を見ると、確かに指輪がなくなっていた。
「今日の話って……離婚式に出席してほしい、でしょ」
「うん……」
歯切れも悪い。せっかく平静を装ったのに、僕はイライラしてきた。
「僕、行く必要ある?
てか、なんで離婚したの。なんも聞いてないんだけど」
「まぁ、そう思うよな……」
優さんは頭をかいた。
「だいたいさぁ」と続けようとした時、「生二つですー」と店員さんが寄ってきて勢いをそがれた。
ジョッキを合わせ、喉を潤した優さんは、やっと心を決めたようだった。
「実は、悠斗に『さこうど』を頼みたいんだ」
「さ、さこうど?」
スマホを見せてもらった。
「さこうど」は「裂人」と書くらしい。
「仲人の離婚式バージョンみたいなもんだ。『きゅうろうきゅうふ』に向けて挨拶をもらえればと思っていて……」
「きゅうろうきゅうふ?」
今度は、「旧郎旧婦」と書くらしい。知らない事だらけだ。
「それより離婚した理由はなんなの?」
優さんは気まずい時の癖で、髪をかきあげた。
「あー、簡単に言うと価値観の不一致、かなぁ。円満離婚で、不倫やDVが原因じゃないから安心してくれ」
困ったような顔で笑う。悔しいけど僕はこの笑顔に弱い。
「そりゃ、優さんに限ってそういうことはないだろうけど……」
「腹減ったな。なんか頼むか」
優さんはサラダやポテト、唐揚げなど次々タップする。
「このくらいでいいか。最近仕事はどうだ?」
「まあぼちぼち……」
「こないだ上司と揉めてたのはどうなったんだ?」
「あ、あれ和解した。今はうまくやってる」
「そりゃよかった」と優しく微笑む優さん。
そうこうするうちに頼んだメニューが次々到着し、優さんは相変わらず聞き上手で酒が進み……。
翌朝。僕の頭はズキズキ傷んでいた。
「飲み過ぎた……」
カーテンの隙間からは明るい光が差している。
スマホを見ると、「裂人引き受けてくれてありがとう! また連絡する。玲奈も感謝してるって」とメッセージが残っていた。
「マジかよ……」
二日酔いの頭で僕は溜息をついた。