8 無茶なリハビリ
身体を機械化する技術は今より遥かに機械文明が進んでいた数百年前の大戦時には存在していた。ただ当時でもそこまで確立した安定している技術ではなかったと言われている。神経などの感覚系と機械の接続が複雑であり強い痛みや痺れを伴う事も多かったそうだ。
それでも尚、人類の為にまだ戦えると、その副作用を受け入れ身体を機械化してまでも戦おうとした
傷病兵達を"機士"と称えていたと言われている。
施工するのも当然難しく当時は人工知能のサポートがあって出来た事でありそのサポートが受けれず、またその技術も廃れている現在では機士は伝説の存在でしかない。
ソータの場合はあらゆる拒否反応も感染症も無効化する特殊体質ありきのゴリ押しで複雑な神経系の副反応的な問題はクリアされていた。既に全身置換のパーツが準備されていた事からソータが入院した時かその前から誰かが製作を始めていたのであろう。
ソータは知らなかったご、この最新技術どころか失われた技術に匹敵する数々のパーツはソニアの師匠といわれる人がほぼ一人で設計、施行していた
ソータの身体は外見的にはほとんど人間と変わらない感じで、パッと見は普通の子供に見える状態にされている。ただし、両腕はまだ機械と明らかに分かる状態のままだった。
更にはよく見ると肌の部分にはところどころに継ぎ目のように黒い線がみえるのが特徴で一見タトゥーにも見えなくはないものだった。本来、顔以外には人工皮膚などというコストのかかる物をあえて貼り付ける必要はないのだが、技術者の趣味のなせる技のようだ。最も、その事については使用者の知る所ではなかったが。
白い壁に囲まれた一室。柔らかな人工灯が机を照らす中、一人の子供が机の前で苦戦していた。
この機械の身体になってから数ヶ月が経過していた。とりあえず、椅子に腰掛ける程度の事はできる様になっていた。
小さな手で懸命にペンを握りしめ文字を書こうと動かすが、すぐにペンか離れてしまいうまくいかない。
目の前には紙とペン。ただペンを持ち、紙に文字を書くだけ。簡単な事のはずだ。
身体が正常に動くならば、だが。
「ちょっと助けて! 指を伸ばそうとすると手首が下向くし、指を曲げようとしたら手首も上向くんだけど!」
車椅子に乗ったソータは机のペンを掴もうして自由の効かない指に悪戦苦闘し必死に動かそうとしている。
しかし、ペンに近づけても手首と指の動きがセットになっているかのようで、別々に動かす事がどうしてもできなかった。
思うように動かない手足のコントロールに苦戦しているソータのリハビリを担当していたソニアは肩にかかった銀髪の三つ編みを払いながら笑顔で近づく。
「あー、それね。手内筋が効いてないから手外筋で固定しようとしてるのねー」
「難しい事言われても分かんないよ。どうしたらいいの?」
「んー、頑張らない事?かなー」
「頑張ったらダメなの?! しっかりやれってジャンヌからはいつも怒られてるけと」
若干悲鳴めいた叫びでソータは抗議の声を上げる。正直、あまりにも正反対のアドバイスにどうしたらいいか分からなくなる。
そんなソータの背中に回り込んだ彼女は後ろから手を添えて指の動きを補助をおこない始めた。
「いい? 意識して無理やり動かそうとすると余分な所まで力が入っちゃうのよー。ソータくんの場合はもっと力を抜いてー」
ソニアは優しくソータの手首を持ち上げると片手で指に添え、もう片方の腕で肩を挟み込むように固定しつつ手首を掴んだ。指の曲げ伸ばしをもう片方の手で補助しながら動かし始める。
「そーそー、肩を固定して指先だけで動かすのよー」
機械の指が彼女の補助を受けながら滑らかに動かされるのを見るとさすが専属技師と関心する。後で聞いた所、人間工学とやらにも精通しているといっていたがよくわからない学問だった。
しかし、妙に身体が密着して過度なボディタッチがあるのは気のせいだろうか。後ろから包み込むように補助しなくても横からでもよくないだろうか。というか、むやみに身体を押し付けるのはやめてほしい。
後頭部に妙に柔らかい感触が当たるのは気のせいではないだろう。意識がつい頭の後ろに散りそうになる……。
「ほらー、ちゃんと出来たじゃない!」
そんなソニアの声に手元に意識をやるとたしかにペンをしっかりと掴めていた。どうやら気が散った事で余分な力が抜けたようだ。
「ソータくん、マジメにやり過ぎよー。もっともーっと気楽にやったらいいのよー。大丈夫、あなたはスゴい人なんだからー」
「あ、ありがとうございます」
添えたままの手でブンブンと振り回すソニアの勢いに負けて辛うじて声を返すが、何がどうスゴいのかさっぱり分からない。恐らくは全身機械化成功第一号という事ではないかと推測しておく。
「コツが掴めたらあとは早いわよー。今みたいに握り込みじゃなくて普通にペンを持てる日も近いわねー」
「そんな簡単には出来ないでしょう」
「大丈夫。あなたの身体がより動きやすいやり方を選択するようになるわよー。変な動きのパターンの方がしんどいって気づくからー」
そんな不思議な言葉を残してソニアは部屋を後にした。
それから更に数ヶ月以上後、ソータは現在リハビリ室の歩行練習用平行棒を前に車椅子に座っている。
あの怪物との戦闘から約半年以上、同調率を調整するためだと、エンジニアのソニアと教育係のジャンヌの二人がかりで色々と技術的にも試したようだ。その甲斐あってか、椅子に座れる程度には動かせるようになったが結論としてはスパルタリハビリが効果的との判断になっていた。
「はいはい、とっとと歩く! あんたにいくら金かかってると思ってるの?これ以上、動けないならあんたの足をキャタピラに換装してもらうよ!!」
ソータタンク。機動性は低いものの悪路もこなす陸戦型兵器。
そんなシュールな妄想が一瞬浮かぶが全力で振り払う。
ソータの目の前には教育係という名の悪魔、ジャンヌがいる。最初こそ遠慮が見えたジャンヌだったが遅々として進まない回復に本性が現れ出した。今も射殺すような目つきで見ていて、これが学校の先生なら生徒たちはもれなく全員泣いているだろう。
「右足出したら左足出すだけで歩けるんだよ、分かったかソータ!」
「そんなことは分かってる! もっと具体的な指導をしてよね」
「右、左、右、左と交互に出せばいいんだ。サッサッサッサッという感じかな、実に簡単な事じゃないか」
本気で言っているのかジャンヌはドヤ顔でソータを見ている。ジャンヌは個としては優秀なのであろうが、いかんせん感覚派なのか説明や指導が大雑把すぎてさっぱり伝わってこない。
そんな事もあって歩くのもぎこちないソータに容赦ない言葉が浴びさせられる。必死で歩くソータも余裕がある訳ではなく自然と言葉に角が出るが、ここ最近はずっとこんな調子だ。最初の頃に少しでもいい人だと思った自分を殴ってやりたい。などと思っていると脳内に声が響く。
<バランサーが異常を確認。修正をおこないますか?>
空気を読んだ訳ではないだろうが渡りに舟とはこの事だ。AIのネマが現状打開にと自分で判断したようだ。以前は何も言わない感じであったが、ここ最近になってこのようや自主性が見られることが増えてきており、ソータはもちろんすぐに承認する。
操り人形のような動きが一瞬混じったかと思うと、突如スムーズに動き出した。
「ソータぁ! 補助なしで動けぇ!」
さすがに一瞬で見抜いたジャンヌの怒声が響く。そうは言っても、指導が悪いからできないんだよ。ソータは内心で毒を吐くが決して口にはしない。多少の理不尽はガマンなのだ。決して彼女が怖いから、ではない。
ただこの間はベンチプレスを補助なしでやらされ、案の定失敗し潰されて身動きできなくなっていたら、ジャンヌは指さして笑っていた………。
その後、ソニアが調整とまともな指導を繰り返してくれたおかげでその日の課題はなんとかクリアできたのはそれから大分と経っての事であった。
リハビリという名の修行が終わったら、食事の時間になる。全身機械化されているので食わなくてもいい、なんてことはないらしい。
なんでも身体を動かすエネルギーを作るのに食事も使うらしく、また脳などごく一部は生身なので栄養摂取は必須と言われていた。それに人間性をある程度残しておかないと人格が持たないかもしれないから、とはソニアの言葉だ。機械なのに食事が必要ってどういう事なのか分からなかったが、お腹が空く感覚があるからそういうものなのだろう。
以前は何を食べようが吐くかお腹を壊すかで栄養にするまで至らず痩せ細っていたこの身体は機械化された事でその心配がなくなっている。人工の消化器官では食べられる物もある程度の制限があるのだが日常生活には支障がないようだ。
車椅子で移動中、この施設を色々見る機会が増えてきたが、地下なのか窓がないため外を未だに見たことがない。
そんな中、ガラス張りの実験室の横を通ることが度々あった。そこではよく一人の少女が何かの実験をさせられているようで色々なセンサーのようなものを身体中につけられていた。
絹のような細く美しい髪を結っている金髪碧眼の少女で、どこか神秘的な雰囲気を醸し出している。
ただし、彼女の周りには明らかに異形の生き物がいつもそばにいた。
「ほーらグレムリン、行っといでー。」
その生き物たちはいつも違うのだが今日は小さなクマのぬいぐるみのような生き物がいる。
彼女が声をかけるとそのぬいぐるみもどきが近くの照明や機器に飛びついていくのがみえた。
防音ガラスなのか音は聞こえないが、ぬいぐるみもどきが飛びついた先から照明や機器が音をたてて壊れているのだろう、スパークしているのが見える。周りの大人たちが慌てているのをみて彼女はいたずらが成功したかのように笑っているようだ。
同年代と思われる女の子がこんなガラス張りの部屋にいる事に違和感は感じたが、それを口にする事はなかった。確か、彼女は召喚士だと聞いた事がある。あの蒼く澄んだ光の中から何が出てくるのかもワクワクしてみているのは大人には内緒だ。
一度は召喚術というものがどんなものか聞いてみたい気もするが、彼女をあの部屋以外で見た事がない。食堂ですら、だ。
自分は外に出る機会が極端に少なく入院してからの後半は目も耳も不自由になっていたから世間の事をよく知らないが、召喚術というものが、ある宗教集団の影響でとても忌み嫌われていたのは一部の大人の反応で何となく分かっていた。だが、聞くのと実際に見るのとではやはり違う。
多くの時間を病室で過ごしたソータにとっては美しい光を放つ召喚という特殊な技能に魅入られたのは仕方がない事かもしれなかった。
ふと、そういえばこの間は小さなドラゴンみたいなのが職員を捕まえて部屋の中を飛びまわっているカオスな風景もあったな……とソータは思い出し身震いした。