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70  新たなる動き

 ニルヴァーナ地下施設の一室に二人の男が机を前に向かい合っている。部屋は機能性重視なのか必要最低限の家具だけであり、棚にはファイルが整然とナンバリングされて並んでいた。


「タロス計画は順調に進んでいるのかね?」


 長身の男が机の前で不動の姿勢で固まる部下に声をかける。緊張しているのか手元の報告書が小刻みに震えていた。


 何しろ相手はこの支部の副支部長、階級も遥か高みの方になる。加えて書類や手続きの不備には一切の妥協は許さない人だ。

 この部下も決して低い会議ではなく、寧ろ上層部に近い立場の階級であるが副支部長の前ではどうしても緊張を隠しきれなかった。


「はっ、実戦を兼ねたテストとして不明になっていた部隊捜索の任務に数日前に派遣しました。その第一三独立戦隊からの無線をつい先程、傍受したとの報告がありました。不明であった隊員の確保及びガイアの部隊殲滅。それと……、いやこれは、本当に……」


 報告書を途中まで読んで途中で声を詰まらせる。何度も目を凝らして読み直しているが文面が変わる事はない。


「何事かな。要領の得ない報告は困るのだが。あと事前に内容を確認し、纏めてから報告して欲しい」


 机を指で忙しなく叩きながら、目の前の部下の次の報告を待つ。報告、連絡は要点を()()()()に伝えてもらわないと困る。


「申し訳ありません、トムヤム副支部長。報告内容があまりに突破でありまして。これは直接確認しないと無線報告だけではなんとも……」


 言い淀む部下に長身の男、トムヤムは首元のネクタイの形を何度も直しジロリと睨みつける。


「何度も言わせないでもらいたい。()()()()()()()()()()()、と」


「わ、分かりました。第十三独立戦隊はガイアの部隊を殲滅。その際、へ、ヘカントケイルと思わしき召喚獣と戦闘、撃破したそうです」


 その報告を聞いた途端、トムヤム副支部長はガバッと立ち上がる。あまりの勢いに座っていた椅子が後ろに倒れた。分厚い絨毯のおかげか大した物音にはならない。


「バカな、ヘカントケイルだと?! 大戦末期とその後に一度しか報告がない召喚獣だ。司教クラスがいたと言う事か?」


 普段、そんなに感情を剥き出しにしない副支部長の反応とその余りの勢いに気圧されたのか、部下は一歩後ろに下がりながら報告書を見直す。


「現状の報告ではそこまでは……。そもそも本当にヘカントケイルであったかどうかも不明ですし」


「あそこにはミゲール少佐が所属していたな。アイツがいるなら見間違える事はないだろう」


「という事は」


「恐らく出現も撃退も事実だろう。詳しく帰還時に直接報告を聞く」


 倒れた椅子を起こし、座面を何度も何度も手で払った後にようやく座り直した。


「で、あの少年達はどうなった?」


 司教クラスとの戦闘であれば部隊はほぼ全滅だろう。あの召喚士の小娘やミュータントどももと引き換えなら十分な対価だ。


 タロス計画にかけたコストを考えるとあの少年だけは惜しい。そもそも今回の対ガイア戦は不要の筈だ。避けれない戦闘だったのか、もしくはミゲール少佐の独断か、だ。

 戦闘をするなとは命令していないが、無駄な選択で被害を増やすのも全体の規律としては非常によろしくない。

 そんな思考の海に沈んだいたトムヤムに部下の報告が続く。


「はっ、全員が生存しているとの報告です。ただ、被験体は意識不明の重傷との事で救援を要求しています。いかがいたしましょうか?」


 司教クラスとの戦闘で全員生存だと! ならばヘカントケイルと思われた個体は間違いか?

 いや、あの被験体の少年が重傷なら激戦であったのか訓練不足か。

 いずれにせよ、これは確認を急がねばならん。


「至急、救援隊を編成し向かわせろ。被験体に詳しい技術者も同伴させるように」


「はっ、直ちに準備します」


 敬礼とともに回れ右をして急いで、しかしそうとは見せないよう努力しながら部屋を出る。


 バタバタと廊下を走る音を聞きながらトムヤムは背もたれにもたれかかるように深く座り直す。


「十三独立戦隊か。勝手なマネを……」

 椅子にもたれながら、深く目を閉じた。







 この時代には貴重な自然である美しい山々と森に囲まれたガイアの首都、ザラ。冬の訪れとともに冷たい風が街を包み、辺りの山々は白銀に染まっている所も多く見られる。その街の中にある一際、美しい装飾を施されたその屋敷のある一室、揺らめく燭台の灯りにのみ照らされた室内は不規則な動きの影を写し出したいた。異様に甘い香りを放つ香が室内を満たしている中、なんとも麗しい声が聞こえなくなったのはつい先程だった。


「司教メアリー様。ご報告があります」


 その部屋の外からメイド服を着た一人の女性が寝台に寝転がる女性に声をかけた。


「なぁにぃー? 私の至福の時間を邪魔する程の報告なのかしらぁ」


 頬杖をつきながら言葉だけは優しく、しかしその目は今しがた声をかけた従者の魂をも貫くような視線を送る。


「内容によっては……分かっているわよね」


 ゴクリと従者は喉を鳴らす。

 目の前にいるのはガイアでもごく少数しかいない司教様であり、鬼族神将『モリガン』との契約者メアリー司教だ。

 報告内容は決してよいものではない。至急知らせなければならないものだが、いずれにせよ司教の怒りを買う可能性は高い。


 この報告を伝えたら自分はどうなるんだろうか。恐らく激しい罵倒の末に身体に()()を刻まれるかもしれない。司教直々にこのような身体に教えを(責めて)頂ける。

 想像しただけで気をやりそうになり、自然と息を荒くした従者は頬を紅潮させ潤んだ目で跪くと声を絞り出す。


「じゅ、準司教様。ムーカン山脈で落命されたご様子です」


「ほう? それは面白くない話しだね。確かなのかい?」


 薄暗い部屋の中、メアリーと呼ばれた女性の姿が揺らめく灯りに照らされる。透き通るような一糸纏わぬ姿であったが横にあるシーツを素肌に巻き付けると寝台から降りてきた。後ろに束ねていた髪を解くと灰色の長髪が膝の高さまでハラリと流れ落ちる。

 寝台にはもう一人、眠っているのか裸の女性らしき姿が見えるが暗くてよく見えなかった。


「準司教様の生命の燭台の炎が消えておりました。間違いありません」


 司教以上の力を持つ者はその臣下に一部の力を分け与える事が出来る。しかし、その時に対象者の生命を代わりに預かる。それは魂を預ける、に近い程であり生殺与奪の権利を完全に委ねる事になる。


 だが、ガイアではこの上なく栄誉な事でありいつかはそのようになりたい。と願う信徒は今も数多い。

 勿論、命を預けるの対してそれ相応の恩恵もあり神の僕、つまりは召喚出来る召喚獣の上限が上がったり特殊な召喚獣を召喚出来るようになったりする。


 その生命を預けた際に生命の灯火を視覚化しているのが、生命の燭台であるのだがそれが消えてしまった。

 即ち、神のもとに逝かれた事になる。


「おかしいねぇ、アントニオんところの臣下も一緒だったはず。そいつはどうしたんだい?」


「確認しましたところ、同様に神の御許に逝かれたようです」


「全員かい?それなりの者ばかりのはずだけど」

「皆様、でございました」


 メアリーは跪く従者の前にかがみ込むと、いきなりその喉元を片手で掴み上げた。細い腕とは裏腹に、女性とは思えない力で従者の身体を宙に持ち上げると目線の高さに釣り上げる。かなりの長身であるメアリーの目線の高さともなると従者の足は完全に宙に浮いている。


「ガハッ」

「アイツんとこのはいいよ。ゲーテの教えなら死は隣人みたいだし、死ねば幸せだろうからな。だが私らは違う!死ねば快楽はないんだよ。わかってんのかい!」


 従者は片腕で首を絞められたまま持ち上げられ、呼吸が出来ず答える事もままならない状態だった。

 絞められた首に()()力が込められると脳への血液が遮断されたのかフッと意識が白くなりそうになる。


 意識を失うこの狭間、生と死の境界にいるようなこの瞬間こそ求めていたもの。もしかしたらこのまま召されるかもしれない。司教様御自らなんてなんと光栄な。


 目が上天し、視界が真っ白になる。

 あぁぁ、堕ちる…………。

 失禁か何か分からない体液が従者の太ももを伝い落ちていく、


 ドサッと従者を床に落とすとメアリーはシーツをはだけながら部屋の扉を開け放つ。


「全く、どういう事か確認しないといけないねぇ」


 全裸のまま、メアリーは部屋から出る。外に控えていた小間使いが慌ててバスローブのような物を手に小走りでついて行った。


 部屋にはかすかに痙攣したように動く従者が恍惚とした表情で残されていた。


 しばらくすると、従者はゆるゆると動き出した。

 司教直々の折檻はこの上ない幸せだ。

 だが、愛情を強く注いでいただくとこの幸せは二度と味わえなくなってしまう。気をつけないと。


 従者は床を落ちていたシーツで足元の液体を拭き取ると寝台の方に向かう。

 うつ伏せになっている裸の女性を仰向けに引き起こす前に首元に手をやる。どうやら生きてはいるようだ。よく見ると口枷がされていたようでそれを手慣れた手つきで外す。


 意識のない女性を二度三度目と軽く平手打ちをすると、目を覚ました女性は恐怖で顔を歪め、手足は小刻みに震えていた。

 よく見ると全身に擦過傷や打撲痕、刺し傷、切り傷と全身に何らかのダメージを与えられていた。

 恐らく、鞭、ナイフ、針、鈍器などだろうか。いずれも致命傷には程遠くいたぶることが目的の傷のそれであった。


 従者は女性の口元に指を一本押し付けるようにすると、しずかにと小声で伝えるが引き攣ったような小さな悲鳴を断続的に繰り返す。

 見ると、女性は焦点の合わない目で周りをぼんやりと眺めるようにしては急に笑顔になるなど情緒不安定だ。


「メアリー司教のお戯れですね。あのような行為が一番愉悦が得られるらしいの。仕方ない方でしょ」


 あの程度ではここまで壊れないはず。そう思いながら辺りを見渡しこの部屋に充満する甘い香の香りに気づく。


「あぁ、こんなに沢山使われたのですね。普通の者には強すぎるとお伝えしたのに。司教様は壊れるまで遊ばれたようですね」


 困ったものだと嘆息すると手慣れた手つきでシーツで女性を巻くように包むと、ヒョイと肩に担ぐ。


 とりあえず治療をしてみないといけませんね。

 ここまで壊されるぐらいお好みなら再利用の価値はありそうですし。


 まるでカバンをかけているような気軽さで女性を担いだまま足早に部屋を後にする。廊下にはクスクスとした笑い声や突然の悲鳴が木霊していた。

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