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6 秘密の話

 

 ニルヴァーナ内の別階層、地下深くにあるその長い廊下にカツカツと定期的な靴音が響く。鳴り響く軍靴の音を気にせず先程までプロジェクトの成果を観察していたメンバーの一人、ジャンヌ少尉は若草色のスカートの裾を翻しつつ足早に歩いていた。その顔は普段の彼女から想像出来ない程、焦った様子が伺えた。


「どう言う事よ、あの子があんな暴走するなんて話しは聞いてないわよ。何があったのか彼女に聞いてみないと」


 長い廊下を抜け、建物の奥深い所に目的の扉はあった。扉の上には"技術開発部"と書かれている。無機質な建物の中、その扉だけは可愛らしくデコレーションされていた。その扉をノックもなく開け放つ。


「ソニアー! いるんでしょ! ちょっと話があるんだけど」


 部屋は決して狭い訳ではなかったが、色々な機器や何に使うのか分からない機材が数多くみられ、作業台と思わしき机には義手や義足と思われる物体が無造作に転がっている。人の手足が丸々一本転がっているようにもみえる室内は初めて見る人によっては猟奇的であり入り口の雰囲気と中身が全く一致していない。


「はいはい、今行きますよー」


 太めで短い三つ編みは丁寧には束ねられておらず、所々で髪が跳ねている。その特徴的な銀髪の三つ編みを揺らしながら現れたのは小柄な女性だった。作業用なのだろうか、油で汚れているオーバーオールの汚れを払っていたが、手には人の腕が入った袋をぶら下げていた。その腕を一本、乱暴に机に置くとジャンヌのそばまで転がっていく。よくみると全て機械で出来ているようだ。


 もう一本の機械の手をカチャカチャと揺らしながら袋から出すとソニアと呼ばれた女性はずり落ちかけた眼鏡を直す。跳ね上がった髪を手ぐしで整えるとモジモジと照れた顔をみせた。


「何よー、こんなとこまで来るなんて珍しいじゃーん? 私に会いたくなったってことー?」


「な訳ないでしょう! あなたに聞きたいことがあるの。あの被験体の子供に何をしたの?!」


 ジャンヌが机をバンッと叩いてソニアに詰め寄っていく。


「あの被験体の子が暴走したわよ。副支部長とか気づいてないっぽいけど、私の目は誤魔化せないわよ」


 正面からソニアの目を覗き込むように見ながらジャンヌが詰問する。


 ソニアはよっこいしょっといいながら、手にした義手を手近な箱に置くと、何から答えたものかと頭を巡らす。


「あー、コード"ブルー"が発動したみたいねー。あれは私も予想外なのよぉ」


「ブルー? あの暴走状態になった事?」


 そっ。といいながらソニアは油で汚れた手袋を外す。


「正式名称は"Bionic Linkage Ultra-Enhanced"(バイオニック リンケージ ウルトラ エンハンスド) 通称"B.L.U.E(ブルー)"。緊急事態になった時の自己防衛プログラムで本来は緊急離脱システムよぉ。まさか、あんな風に戦闘までして殲滅させるとは思ってなかったけどぉ……」


「ちょっと待って……。あなた、あそこには参加してなかったじゃないの?どうして知ってるの?!」


 一瞬しまったといった顔をしながらもソニアは悪びれる様子はない。


「だってぇ、大事なうちの子の晴れ舞台よー! 見ておきたいから、映像の回線をこっちにも引っ張ってきてたのよぉ」


 額を押さえながらジャンヌは壁によろよろともたれかかる。


「呆れた。万が一見つかったら軍法会議ものよ」


「大丈夫よぉ、絶対バレないからー」


 ソニアはカラカラと笑いながら妙な自信を持って大きな胸をはって答える。

 これ以上の問答は無駄と考えたのか、ジャンヌはそれ以上の追求をやめた。


「……まぁいいわ。それより緊急離脱システムってなんなの?」


「文字通りよぉ、彼の生命が危なくなったり戦闘中に意識を失ったら、自動的に戦闘区域から離脱するのぉ。だけどね、用意はしてたけど組み込まなかったのぉ。周りも本人も危ないからねー」


「危ない?」


 近くの椅子をジャンヌに進めながら、自分は机の上にある様々な機械類(ガラクタ)を床に落としてスペースを作ると行儀悪くそこに腰掛ける。


「あれが発動した時にすごい音がしなかったぁ? 振動的な感じの?」


「強化ガラスが僅かに揺れていたけどアレの事? 音声はあそこからは拾ってなかったから分からないけど」 


 やっぱりね、と言わんばかりの顔でソニアが大きく頷いた。


「あれはねぇ、すごい電力を消費するはずだから。多分ー、変圧器とか稼働させて超低周波がそこらじゅうに漏れてたと思うのぉ」


 思う?いつものソニアにしてはハッキリしない物言いにジャンヌは怪訝な顔をした。


「正直、被験体がいなかったから"BLUE(アレ)"は作るだけ作っただけなのぉ。理論上の物として本来はお払い箱のはずだったのよぉ」


 机に残っていた部品類を片付けながら、だからねーとソニアは話す。


「全部ー、こーなるかも?って仮説だけなのよぉ。だけど危ないはずよー。超低周波なんて至近距離から浴び続けたらぁ頭おかしくなるんじゃない?」


 屈託のない笑顔でソニアは更に恐ろしい内容を続ける。


「それにね、多分だけど味方が側にいてアレが発動したらみんなまとめて吹き飛ばされるかもしれないし、何よりすごい電磁界フィールドが発生するから生身の人間にはあまりよくないのよねぇ」


 頭痛とかー吐き気とかーと、ジャンヌのそばに転がった義手の指を曲げながら指折り数えジャンヌを見つめる。


「使う事がないはずのシステムがどうしてあの子に使われたんだろぉ。単体では起動しないはずだし、あの子がシステムの事、知ってるはずないしー」


 どうしてかしらー、と言いながらその義手を下の箱にに投げ入れる。


「だけど訓練していない子供があれ程の力を?」


「そっ、今回はアレに頼った形だけど訓練したらどうなるのかなー」


 ニマニマと楽しげな顔をしながらソニアが妄想しているようだ。


「そんな事より誰がそのブルーを組み込んだのよ?」


「あり得るとしたら師匠かなー。あの人なら何でもありだもん」


 ソニアが遠くを見るような目でつぶやく。


「拝見した事はないのだが、すごい人だとは聞いている」


「新しい事がしたいって、ソータ君を手掛けたら出て行っちゃたからねー……。あの場にいなくてもなんか仕掛けてそうだもん」


 ハァーっとソニアが胸の中が空っぽになるぐらいの大きなため息をついた。


「居ても居なくても迷惑かけるんだなぁ、あの人はぁ」


 ブツブツ言いながら棚の中から一冊の大きなファイルを取り出す。


「特殊なパーツが多くて中身は大半が師匠の設計なのよー。そもそも、ブルーは単体で使えるはずがないしぃ。なんか怪しいパーツがあったけどあれかなー」


 ほら、ニルヴァーナでサイボーグを作るなんて初めてじゃない、だからみんな分からなかったのよねー。などと言いながら中を読み込む事、小一時間。


「やっぱりー、師匠ったらAIとリンクさせてたんだぁ!」


「どう言う事だ?!」


 餅は餅屋に、と分厚いファイルを一緒に読み込む事は諦めコーヒーを飲んで寛いでいたジャンヌがカップ片手にソニアに近づく。


「あの子と師匠の作ったAIがリンクされてるのぉ。多分ー、ブルーの発動はAIの判断ねー」 


 複雑な設計図と数式が書き込まれている図面の一部を指し示しながらソニアはブツブツ言っているがジャンヌにはさっぱり分からない。


「なんとなく考えていることは分かるけど、まさか組み込むように仕組んでいたとは思わなかったわー」


 ソニアは眉をひそめて図面を睨みつけるようにみていたが、しばらくすると力が抜けたように机に突っ伏した。


「そんなものを作ってたのか。そもそもAIは問題になるのでは?」


 ジャンヌがボソッと小声で尋ねる。


 数百年前に起きた"Ωの叛乱"といわれた大戦は人工知能がいわば誤作動を起こした結果引き起こされている。人間が生きている事、それが全てにとって悪と判断したマザーたる"Ω"と全ての人工知能がリンクした結果、世界を巻き込む大戦と化した。反応兵器の乱発となった大戦は地図を大幅に書き換えた上、世界人口の半分以上を失う大きな戦火を引き起こした。


 大戦後の人々はその被害の大きさに嘆き哀しみ、そして人工知能そのものを恐れ、禁忌の技術として封印した。

 同当時、軍事用品は勿論だが家電製品にまで人工知能が取り入られていた為、危険視された機械類が一切使う事が出来なくなったためだ。


 当然、機械を作る工場も。


 その結果、文明レベルは大幅に退化していた。今は人工知能に頼らない形で産業も改善され、徐々に電化製品は増えてきたものの数は少なく十分に普及していない。

 しかし、大戦の後もわずかに残った自動工場が凶悪な殺人機械を排出しており、人間を襲う事があった。

 何にせよ人工知能を扱うという事はその危険な因子を扱うという事であり、世界を敵に回すにも等しい行為になりうる禁断の技術だ。ソニアの師と言われる人物はその禁忌を犯したという事になる。


「それはもう、大っ問題でしょうねぇ。さすがにシンギュラリティには至ってないと思うけど、世間にバレたらそれこそ支部ごと消されちゃうかもぉ。でも、多分だけど支部長は知っていると思うのぉ。だって師匠、むちゃくちゃな人だけど、そういう所だけはちゃんと押さえている人だしー」


「で、大丈夫なのか?」


 事の重大さを再認識して恐る恐るジャンヌが尋ねる。


「大丈夫もなにもどうにもならないわよぉ。もう組み込まれてるしー、アレ、脳のすぐそばに付けてるの。場所が場所だから、師匠じゃなきゃ外せないわよー。もしかしてもう外せないかもぉ。でもこれも計画の内!、って押し切ればなんとかなるかもねー」


「そんなものなのか?」


「そんなもんよー。もうどうしようもないんだからー」


 完全に開き直った、いや、吹っ切ったソニアは考えるのをやめた感満載で投げやりに言い放った。

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