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68 お前は誰だ?


 ゆっくりとソータの目が開く。どうやらベッドの上に寝かされていたようだ。以前、寝たきりだった頃にずっと寝ていたあの部屋と同じだ。


 ぼんやりと見渡すが窓も家具もない殺風景な部屋だ。扉が一つだけみえる。なんとなく、もぞもぞと動いてみる。あの頃と違うのは手足が動く事か。それにしてもいつもよりベッドの感覚とか布団の肌触りがよく分かる。まるで生身のような。


 とはいえ、なんでこんな所にいるんだろう?

 確かヘカントケイルとやり合って、掴まれたあとに突き刺されたであろうとこまでを思い出す。


「そうだ!コレットはミゲールは無事なのか?!

戦闘はどうなった?」


 ガバッと布団を剥がすと何故か裸だ。自分の胴体を見るが傷跡一つ見当たらない。しかも、タトゥーのように所々にあった身体の継ぎ目も見当たらなかった。どういうことだ?

 飛び起きて、ドアノブを掴むがロックされているのか押せども引けどもびくともしない。


〈無意味です、その扉は安全が確認されるまでロックしています〉


 部屋全体が話しかけてきたように声が響いてきた。


「ネマか。開けてくれ、こんな所で寝ている訳にはいかない!早くみんなを助けにいかないと」


〈拒否します。マスターの生命安全が最優先事項です〉


 普段のネマとは明らかに違う事務的な声が聞こえる。


「ここはどこだ?戦闘は終わったのか。」


〈マスターの精神世界という表現がわかりやすいかと思われます。戦闘は継続中〉


 精神世界?脳内で話している状態と言う事だろうか。だから、ここでの身体は生身の頃のままなという事なのだろう。深層心理では身体の認識はやはり機械ではなく生身のようだ。

 しかし、戦闘が継続中ということは身体はまだあの戦場にいるままで意識がないとすれぼ大変だ。


「何があったか教えてくれ」


〈記録してある映像を参照していただきます〉


 一瞬で大量の情報が頭の中に押し込まれるように与えられる。断片的にしか理解が追いつかなかったが映像をみる限り刺された後に無双の大立ち回りをしてヘカントケイルを撃破した、と思われる映像だった。

 何しろ自分目線でのカメラワークなのだが速過ぎて正直よくわからなかった。


 やや飽和しかけた脳のせいかズキズキ痛む頭を押さえながら情報を整理する。

 短時間ではあったが、あんな容量の情報を瞬間に流し込まれてもとても処理しきるものではなかった。

 

自己防衛プログラム?って言っていたが、確か一番最初に無理やり戦わされた時にもそれを使っていたはずだ、と思い出す。あの時は危険だから戦線離脱をする為に勝手に身体を動かしたとか言っていたはず。なのに、なぜ戦っているのか、なぜ戦場に留まっているのかは気になる。

何より、まだ戦闘がまだ終わってないという事だ。


「継続中?まだヘカントケイルは動けるのか」


〈ヘカントケイルは排除。しかしながら残存兵力がいた模様。自己防衛システム"ブルー"発動継続中〉


 初期のネマを彷彿とさせる感情のこもらない声が室内に流れる。


「自己防衛システム、ブルー?今のこの状態の事か」


〈イエス、マスター〉


「で、まだガイアが残っていたのか。どんな敵だ。外を見せてくれ」


 壁の一部がモニターのようになり外の景色を映し出した。


 仁王立ちで憤怒の表情の、いや、ほんとにめっちゃ怒ってるっぽいコレットがこっちを睨みつけている。

 無事でよかった。けど何であんなに怒ってるんだ。他には誰も映っていないが。


「おいおい、敵ってコレットの事か?アイツはどう見ても仲間だろ。何言ってんだネマ」


 そうソータが呆れ顔で言った矢先、コレットが小石を投げつけると偶然にも命中する。


 突如室内にアラートが響き渡り、部屋の照明も薄暗くなった。


〈敵対行為を確認。排除!〉


 ネマの事務的な音声が室内に響き渡る。


「待て!ネマ!敵じゃない。止めろ!」


〈マスターの生命維持が優先。敵は殲滅〉


 ネマが全く話を聞こうとしない。今までも事務的ではあったが多少は柔和な雰囲気も感じさせたいたのに今回は全く違う。まるで別人のような。別人?


「お前は誰だ?ネマはこんな事をするようなAIじゃないはずだ。何しろ、学習素材が俺だからな」


 自慢ではないがソータは自身の事はそれなりにヘタレだと思っている。敵とみるやデストロイするような思考や行動はしてきていないと自負できた。そのソータの行動をベースに学習しているネマがここにきてこんな行動をとるのはおかしい。ましてや、コレットを敵と認識するなんて。

 深層心理にはあった?いやいや、めんどくさいヤツなだけで大切な仲間だ。

そんなソータの自問自答にネマは黙秘を続ける。


「もう一度聞く。お前は誰だ?ネマを出せ」


 しばらくの沈黙のあとネマとはまるで違う男性の声が響いた。


 "ワタシはガイ。マスターを守るために創られたMI"


 その声に驚きつつも予想通りにネマの後ろに隠れて動いているやつがいたことに安堵もしていた。ネマとしてこのような行動を取っていたとしたらそれなりにショックだったが別人ならば納得もいく。


「MI?なんだそれは?」


"マシンインテリジェンス。AIはあくまでも人間の脳をベースに構築されたシステム。機械知能であるMIはより機械化された判断がおこなえます"


「ガイ、お前は何者だ?何故こんな事をする」


 "ワタシはあなたを守る最終防衛ラインとして構築されたMI。マスターはこの世界を救いうる可能性が高い生命体と予想されています。その為、いかなる犠牲を払ってもマスターの生存を優先します"


「俺がそこまで重要だという事か?何故だ?」


 "機密事項Aランク相当。マスターの権限ではお答え出来ません。ただ……"


「ただ?なんだ」


"あなたはこの世界を支える存在です。全ての人類のためにもマスターの生命を守る必要がある。そうプログラムされています"


 抑揚はない。だが、そこには確固たる意思のようなものが感じられた。


 ソータは思わず壁を殴りつけてしまう。何か隠されてるのは間違いないが、その何が一体なんなのか皆目検討がつかなかった。当事者を置き去りにして何がなんでも隠そうという気のようだ。機密事項とやらを知っている人達に何かしらて守られているかと思うと不甲斐なくて仕方ない。

 長らく感じなかった心臓の鼓動を感じながら大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。


「前回、このシステムを起動させたのもお前か?」


 “イエス、マスター“


「ネマが戦闘したことを覚えていないのもお前の介入によるものなんだな?」


 “ワタシはネマの上位に位置しています。ネマはそもそもワタシの事を認識していません。記録していないのは、より上位の命令により記録を書き換えているためです“


 どうやらネマよりも上司的な扱いになるようだ。権限が上だからネマではどうにもならない状況のようだった。。

 しかし、今までサポートしてくれたネマを差し置いて、突然現れてあいつは使えないので私がやります、と言われてもどうにも納得がいかない。それならあらかじめ伝えるなり、何かしらの対処があってもいいと思っているのは自分だけだろうか。

なんとなく苛立ちながらもソータは無人の室内に話しかける。


「分かった、それは後回しにしよう。とりあえずコレットへの攻撃を中止しろ」


 "敵対行為を確認中"


〈ネマと一緒の分からずやか!〉


 モニターをみるとコレットが闇雲に投げつけている小石を適当にあしらいながら近づいていっているようだ。なるほど、あれは敵対行為かもしれない。

 そんな事を考えながらその映像を見ているとそのまま、ゆっくりと近づき躊躇なく首を掴みあげた。


 それはダメだ!


 あと少し力をこめれば恐らくコレットの細い首は簡単に折れてしまうだろう。


短い時間でソータは必死に頭を回す。このままではコレットの首が折れるまだはそれ程時間はなさそうだった。

 ここは精神世界という話だった。そしてガイの第一優先がソータ自身の命。


 ならば手はある!


 ソータは迷う事なく、壁に映し出されていたモニターに拳を打ち込んだ。肘辺りまでめり込みモニターに激しくノイズが走る。

 いつもの勢いで叩きつけたものの、今は生身の腕である。一瞬遅れて拳と腕に激痛が走り引き抜いた腕からは鮮血が溢れていく。


 "な、何をするのです!ここはマスターの精神世界、そのダメージは深層に達する危険な行為になります"


 機械的な音声でありながら掠れたように激しく動揺するガイの声が室内に響いた。思った通りのようだ。室内が精神を表し身体もその魂と言うべき存在とするならどちらも破壊しているこの行為はガイからしたらとんでもない行為に違いない。


「ここから出せ。でないと、俺はここを破壊してでも出て行く。あとお前は引っ込んでろ!ネマの方がよっぽど話しやすい」


自分の命を賭け金(ベット)しないとこの機械知能とやらは止まる事はないだろう。


 "しかし、敵……"


 ガシャン!


 即座に別のモニターを叩き割ると部屋の壁に鮮血が飛び散る。


「何度も言わせるんじゃない!これ以上、俺の精神を破壊させる気か?」


 その言葉にガイが押し黙りしばらく沈黙が流れた。


 "……わかりました。しかしワタシが前にも出た方がマスターの安全が保証できます。ネマとの交代は拒否します"


 意外にしつこい。とはいえ、これ以上この世界を破壊したら後で自分がどうなるのか不安がない訳ではないソータもこれ以上言い出す事が出来ず今度はこちらが沈黙する番になった。


 沈黙を是と捉えたのかガイが答える。


 "では、そのように。ワタシがマスターのサポー、サポサポサポ………"


 室内の明かりが激しく明滅すると、ガイが壊れたオモチャのように音声を繰り返しはじめた。

 しばらくすると突然にガイの壊れた音声が止まり照明が全て落ちる。数秒たつと明かりが再点灯するがその時には聞き慣れた声に切り替わっていた。


<グレムリンによる攻撃を確認。システムが一時的に停止しました。再起動カウントダウン開始します〉


 どうやらコレットがグレムリンで攻撃を仕掛けてきたようだ。一時的にシステムエラーが出たおかげでネマが表に出てこれたらしい。

 コレットのサポートってとこが癪であるが今回も助けられた。


「ネマ、ここから出たい。扉を開けてくれ」


<了解、ロック解除します>


ロックが外れる音が室内に響くと更に警告音が鳴る。


<警告、精神力に不可逆的損傷を確認。損傷理由不明>


「それは知っている。とりあえず出るぞ」


 生身の身体の感覚は少し惜しいと思いつつもここは謂わば夢の世界、いつかは覚める。決して機械の身体で不自由している訳ではない。それにここには皆んながいない。


「じゃあな、ガイ。もう出てくんなよ」


 ドアノブを回して扉を開けると眩い光を放つ部屋の外へと飛び込んだ。





 眩い光が徐々に収まると視界が拡がる。少し前まで戦っていた森の中のようだ。

 そして目の前には視界を塞ぐ勢いでぶら下がっているクマのぬいぐるみと首を絞められているコレット……。


 コレット!?


 慌てて手を離すとコレットがドサッとお尻から落ちた。

 ケホッ、ケホッと咳き込んでいるからどうやら無事のようだ。とはいえ、一歩間違えば取り返しのつかない事になっていた。

 頭に張り付いているグレムリンを引っ剥がしながら急いでしゃがみこむ。


「大丈夫かコレット!悪い、俺、なんか暴走したらしい。ホント、ごめん!」


 対応が遅れていたらコレットを殺していたかもしれない暴走だ。ゴメンで済むなら警察は要らないんだが、そんな事を言っている場合ではない。


「ケホッ、……あとでグーパンか一ヶ月ランチ奢りか選ばしたげる」


 よかった。とりあえずは無事のようだ。安心した途端に強い頭痛と虚脱感が同時に襲われ姿勢が保てなくなる。

 視界一面が赤の明滅を繰り返し始めた。


<警告!>


<精神力にダメージを確認。最大値の永続的な減少をきたしました>


<エルメタリム燃料電池に過剰出力による損傷を確認。発電出力90%以上低下。バイオ燃料固定電池をサブ→メインに変更します>


<体液の20%近い損失を確認。バイオ燃料固定電池発電効率低下>


<各部アクチュエーター、シリンダー、ギアに修復困難な複数の損傷を確認。各動作にエラーを認めます>


<体内温度の異常上昇を確認。冷却が必要です>


<メインエネルギー残量わずか、予備残量もレッドゾーンです。強制スリープモードに入ります>


 アラートが次々と脳内に響き渡る。エラーが多すぎて把握しきれないが、とにかく全身ボロボロってことは理解出来た。


 まるで風邪をひいたときのような熱っぽさとふらつきを感じ、その場に座り込む。視界もぼやけてきており、目眩もあるようで座っている事も困難になっていた。

 限界以上の戦闘でぶん回した発電とエネルギー使用で排熱が追いつかなくなったらしくかなり熱がこもっているようだ。どうにも全身ボロボロになっているようでこの後、ソニアになんて言い訳しようかと考えておかないといけない。

だけど、とにかく皆んな無事ならよかった。


 まだ無事が確認できていないルシン達もいるがなんとなく大丈夫と変な確信があった。そんな風に思っていると猛烈な眠気に襲われる。

 あー、スリープモードに入るとか言ってたか。

ソータは座っていられなくなり、そのまま真横に倒れるように寝転がる。


「ゴメン、コレット……ちょっと寝る。あとは任せた」


「ハァ?!あんた何言ってんのよ!私にあんな事しといて、今度は先に寝るって何様のつもりよ!」


 コレットがめちゃくちゃ怒っている。そりゃそうだろ。とはいえ、もうこれ以上は目を開けていられそうもなかった。

 グレムリンが顔をペシペシ叩いてくるがムリなもんはムリだ。


「ちょっとー!か弱い少女を一人残してどーしろってのよー!」


 そんなコレットの怒りの声を聞きながらソータの意識は途絶えた。


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