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66 コード ブルー

 時間をわずかに遡る。



 ガハッ、ゴホッ!


 激しい咳とともに口の中に鉄の味が広がる。あまりの気持ち悪さに思わず吐きだした。

 吐き出した物を見ると血の塊らしき真っ赤な物体が地に拡がっていく。


 大きく息を吸い込むとヒューヒューと細い笛が鳴るような音が聞こえた。


「ハァ〜、息がしにくい」


 思ったように呼吸が出来ない状態のコレットは浅い呼吸をしながら何があったかを思い出す。


 確か、あの腕いっぱい巨人(ヘカントケイル)をソータがやっつけたのに、また動き出して殴られたんだっけ。

 咄嗟にワイバーンを割り込ませたとこまでは覚えてる。ワイバーンがいないと助からなかっただろう。尊い犠牲を出してしまった。


 ゴメンね♡ワイバーン。


 心の中で精一杯の哀悼を捧げて黙祷する事、コンマ一秒。


 どのくらい気絶してたのかしら?もう戦いは終わった?

 思考を切り替えて現状把握に努める事にした。


 どうやら、大きな木にもたれかかるように座らされていたようだ。傍らには回復促進剤の入っていた圧力注射器が何本か落ちていた。

 コレットの私物と思われるオヤツや鏡が散乱していたので、どうやらポーチから相当慌てて取り出したようだ。


 "この犯人が分かったわ"


 なんとなくだが確信を持って決めつける。

 各自、回復促進剤は携帯、常備しているが一人だけ例外がいる。サイボーグのソータだ。通常の回復促進剤は役に立たないから持ち歩いていない。ミゲールが自分のを使ったとしたら私のポーチを開ける事はしないはず。(注:ミゲールが自分の分を使い切った可能性は考えてもいない)

 となると、犯人はソータ、ただ一人。


「どう私の推理!」


 ドヤ顔でカメラ目線を決めるが当然誰も見ている訳がない。

 会心の閃きを誰にも披露できなくて少し凹みながら、となると、と思い直す。


「全部、使用済みになっていたという事は多分私に使われのかな。これだけ使っても、まだこの状態って事はかなりヤバかったのかしら」


 幸い、手足に擦り傷は沢山あるけど動かせない事はないようだ。しかし、息をすると肋骨辺りの痛みも強いせいか呼吸がままならない。

 また、連続した召喚の影響もあってか立ち上がる気力もイマイチだ。

 仕方がないので周りを見渡すとミゲールが少し離れた所で倒れているのが見えた。


 "寝てる訳じゃなさそうだから気絶してんのかな。あのオッさんがやられるなんて、ちょっとマズいんじゃないの"


 その時、唐突に地面を揺らす強い振動と音が周囲に響いた。それが連続して聞こえる。


「なに?なに?」


 コレットは慌てて音の響く方向を探す。続けて聞こえた衝撃音でソータが巨人と殴り合っている()()()姿を視認できた。ソータが動く度に地面が凹んで周りの石が飛び散っている。 


 その衝撃で目が覚めたのか視界の隅のミゲールが身じろぎをしている姿がうつる。


 "派手な音がする度にピクピク動くから多分、痛いんだろうね。痛いって事は生きてる証拠。よかったよかった"


 コレットはミゲールの無事である事に安堵しながら非情な事をサラッと思う。


 先に殴り合っている()()()と思ったのは、振動と衝撃音の中心でソータはコレットとの模擬戦闘では見せた事もない速さで巨人の周りを縦横無尽に飛び回っていたためだ。

 あんなのはソータではない。


 その姿を驚きとややムッとした顔を混ぜ合わせた何とも言えない表情をして見つめる。


「あのバカ、うるさいのよ。あと揺れるとじっとできないから痛い!」


 ソータより少しは強くなっていると勝手に思っていたが、アイツはアイツで更に強くなっていた。そこが何となく許せない。悔しさというか焦燥感という気持ちだろうが、今のコレットはそれに気づく余裕はない。


 何しろ僅かに揺れる度に痛いのだから。ミゲールが体感しているものが自分に降ってくるとは思っていなかったのだろう。

 ミゲールが痛いのはいいが自分が痛いのはダメなのだ。

 乙女心は難しい、そういう事にしておこう。


「まぁ、あの勢いで戦ってくれるならあの巨人も直に倒せるでしょ」


 一撃ごとに巨人が大きく揺れ、時に何かの砕ける音も混じる。

 余裕で静観しようとしていたコレットだが不意に音が止まった。戦闘が終わったのだろうか。


しかし、コレットが見たのはソータが頭を押さえて蹲っている姿であった。


 "ちょっと、ちゃんと戦いなさいよ。ここでアンタに倒れられると困るじゃないの!"


 そんな悪態が口にでかけるも、ふと思い直した。

 コレットにはあの症状には見覚えがある。というか、経験があった。

 スキル系の技を限界ギリギリまで、精神力をすり減らした時に自分も同じような状態になった事があった。少し前のリンディも少し異なるが似たような症状をみせていた。激しい頭痛と倦怠感は身体は機械化していても消せるものではない。


 あんな速度で動き回るのがもしスキルによるものだとしたなら……。


 "そうなるとヤバいかも"


 なぜなら、しばらくは反動でまともに動けなくなるはずだからだ。

 倒しきれていない巨人が動けなくなったソータをゆっくりとした動きで掴み上げるのが見える。

 しかし、あのムダに頑丈が取り柄のソータがあのぐらいでは潰されたりはしないはず。

 巨人は握り潰すつもりがないのか、反対の腕にある折れた剣を振りかぶってた。


 "へへん、そんなんでアイツは斬れないよーだ"


 アレの頑丈さは自分が一番よく知っているつもりだ。剣で切ったぐらいで何とかなるはずがない。


 ゴンッ!


 ハンマーを叩きつけたような鈍い音が辺りに響いた。

 と同時にソータが血を吐き出す。


 コレットが目を凝らすとソータに剣が突き刺さっているように見えた。


「ちょっとソータ!何やってんの?!ちゃんとやんなさいよ!」


 思わず声をあげるが、息がしにくいせいか大して大きな声にもならない。


 抜かれた剣には血がべっとりとついていた。

 四肢がだらりと力を失い、足先からはポタポタと血が垂れ落ちていく。

 明らかに分かる致命傷だ。


 その姿を見た時、心の奥底にしまい込んでいた何が急激に浮かび上がった。


「キャァァァーー!」


 周囲に少女の掠れた悲鳴が響きわたる。


 ヤダヤダヤダ!


 どちらかと言えば常にクールなコレットの目には明らかな恐怖の色が浮かんでいた。


 コレットの脳裏に浮かんだのは忘れもしない、あの日、あの刻、あの場所。


 今しがたのソータと同じような光景がフラッシュバックしては消える。燃える街、轟く悲鳴、飛び散る血飛沫、そして剣に貫かれる男とその傍にいる……。



 ハッ、ハッ、ハッ……



 浅い呼吸が繰り返され、胸が締め付けられそうな感覚に陥る。忘れた事はない、でも意図的に押し込めて来た記憶がコレットの胸を切り刻む。

 額に汗が浮かび、知らず涙が溢れて止まらない。


 坐っていられなくなり俯いた胸元から鎖の切れたロケットペンダントが転がり落ちると衝撃で蓋が開く。

 涙でぼやけた視界に何かが映り込んだ。



 パーンッ!



 冷や汗と涙でまみれた顔をコレットは両手で強く叩いた。


 ヒュー、ヒュー。


 落ちたロケットペンダントを強く握りしめると、その痛みでなんとか過換気になりそうな状態を押し留めた。

 汗と涙を袖口で乱暴に拭き取り握りしめた物を大事にポーチに収める。


 "諦めちゃダメ。まだ、こんなとこで死ねないもの。みんなとの約束を果たすまでは、ゼッタイ!"


 なんとか恐慌状態(パニック)になるのを防いだコレットはヘカントケイルを睨みつける。


「絶対に倒してやる!」


 とはいえ、現実にはほぼ不可能だ。


 ソータもミゲールも前線に立つ二人が揃って倒れている。ミュータント姉妹と変な女の人(リンディ)は既に戦線離脱済みだ。


 コレット自身も心身ともに疲弊しており立ち上がる力が入らない。

 とてもヘカントケイルに対抗できるようなモノを召喚できる余力はなかった。


 "それでもやらなきゃいけない時があるの!!"


 自分に喝を入れ、木に寄り掛かりながらフラフラと立ち上がり出来るだけの事をしようと集中を始める。


 しかし、不意に頭を揺らされるような錯覚を感じて頭を振った。急に激しい吐き気と頭痛が襲ってきたため立っていられなくなった。更には脇腹付近の痛みまで強くなりその場にへたり込んでしまった。回復促進剤を多用した事の副作用?そんな事を考えていたコレットの耳に強い低音が響く。


 ゴーン、ゴーン


 耳元で振動しているような音を感じたコレットが耳をすますと心臓の鼓動を大きくしたような重低音が微かに聞こえた。

 これは音というより振動に近く、音に叩かれているような状態に感じられる。


「何よ、何なのよ」


 徐々に大きくなった重低音は耳を押さえても身体を直接揺らすような音の波となり、次第に直接脳をも揺らすように響いてきた。

 激しい頭痛による吐き気を堪えて音の発生箇所を探るように周りを見渡す。

 間違いない。巨人に掴まれたままのソータから音が出てる。


「まさか、爆発するの?!」


 その心配を他所に僅かに聞こえていた音が徐々に聞こえなくなっていく。

 一瞬の静寂の後、垂れ下がっていたソータの頭が糸で引っ張られたように勢いよく跳ね上がった。


 同時にソータの周りに蒼白い光が見えたかと思うと掴んでいた巨人の指が全て痙攣したように動くと掴んでいた指が全て伸び切る。


 巨人の傍らに降りたソータは満身創痍で、腕は折れているように力なく垂れ下がっていた。

 何より腹部には控え目にみても小さくはない穴が開いている。

 並の人間なら確実に致命傷のその傷を抱えて、ソータが構えを取る。


 幾らサイボーグでも無茶苦茶であった。あれ以上、動いたら死んでしまう。


「ソータ!()めて!」


 コレットは自分が発見されるリスクを忘れ、声にならない声で精一杯叫ぶ。あのバカならこれでも聞こえるはずと信じて。


 ソータがコレットに顔を向けた。しかし、振り返るというより、ギリギリと音がしそうな機械仕掛けの人形のような不自然な動きで。


 その顔を見てコレットは思わず息を呑んだ。


 コレットがいつも見知っているソータの面影がまるでない。いや、顔はソータではあるのだが、まるで別人のような……いや、Ωの自動人形を思い出させるような人の皮を貼り付けたマネキンを彷彿とされた。


 あの眼。氷のように蒼く光り輝く冷たい目。こっちの事なんてまるで眼中にないって感じ。


 コレットは別人のようなソータを見つめそう思った。


 そんな中、唐突に戦場が動いた。痙攣が取れたヘカントケイルが勢いに任せてソータに拳を振り下ろす。

 その一撃をソータは左手一本でその巨腕を受け止めた。明らかに大きさの異なる塊を制しているが、勢いまでは殺せないのか僅かに足が沈んだ。


 更に骨剣の腕が横薙ぎに振るわれる。

 しかし、ソータの身体に触れる少し手前でその動きが宙で止まった。

 よく見るとソータの周りが蒼白く放電しているように明滅しており、まるでそこに絡めとられているようになっている。


 ソータは左手でヘカントケイルの拳を掴むと力任せに投げ飛ばす。

 数倍は超える巨体が自分と体格が大きく変わらないソータによって宙を舞う姿をコレットはスローモーションのように眺めていた。


 離れていた自分の頭上を越え、地に落ちる轟音で我に返る。あまりに現実離れした光景に夢を見ていたかのように錯覚してしまう。

地面が激しく揺れ、飛び散る土砂が視界を僅かに奪う。


 ソータを見ると足元全体が先程と同じように青白く明滅を繰り返し放電しているように見えた。


 ズンッ!


 地を砕く音が聞こえたと同時にソータが打ち出されたように飛び出し蹴りを放つ。一瞬でヘカントケイルの腕が根本より破壊されクルクルと宙を舞った。


 キュン!


 更に空気を切り裂くような鋭い音が聞こえる。

 同時にヘカントケイルの全身に複数の打撃が打ち込まれ大きく体勢を崩した。


 腕が、脚が、文字通り砕かれていく。反撃の隙も全く許さない、正に一方的な蹂躙だ。

 戦闘ではなく破壊行為に近いかもしれない。そんな音がしばらく続いた後、突然打撃音が止むと遅れて宙を舞った巨大な腕が地に落ちた。


 そこには、全身を破壊された巨人だったものがあるだけだった。


 それでも四つ這いのように倒れ込んだヘカントケイルが尚も身体を起こそうと蠢きながら上体を上げた。


 それを見たソータが近づくとゆっくりと動かせない右腕を左手で支えてヘカントケイルに触れると小さく呟く。


『フォノンメーザー』


 ゴウン!


 一際強い重低音がソータから発せられると脳をかき回されるような感覚がコレットを襲い、強烈な吐き気を伴い咳き込んでしまった。

 ただ、可愛い系女子として頑張っているコレットにとって幸いだったのは強い肋骨の痛みで力が入らず吐く事ができなかった事だろうか。


 ソータの右掌が一際蒼く輝くと周囲に肉の焦げる臭いが漂うや否やヘカントケイルの身体が炎に包まれた。


 炎で周囲が赤く染まる。燃える巨人の傍らには、時折、手足をパリパリと弾けるような電光を蒼白く明滅させているソータが佇んでいた。よく見ると、その右腕は自身の発した力に負けたのか一部が融解しかけている。


 その明滅がゆっくりと収まるとともに炎も消えていく。

 あり得ない事にこの短時間で完全に黒い塊となったヘカントケイルは崩れ去るように塵となり消えていった。

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