64 決着
殴り飛ばされたミゲールは少し奥の木々の間で倒れていた。灌木が幾つかあったようで衝撃が緩和されたらしい。力なく片腕を上げて合図をしているのでなんとか無事のようだ。
「ミゲール、大丈夫?」
「誰かさんがヘマしたおかげでこのザマだ。それなりに痛いな」
恨みがましく言っているが、全員が無事な事に安堵している様子が伝わってくる。
ミゲールの腕はどうやら折れているようにみえ、多分他にも何箇所か折れているようにみえた。動くのが辛そうだが、なんとか立ち上がっており、応急キットで痛み止めやら治療を始めている。簡単な治療なら手伝えるのでソータはキットの準備などを始めた。
「とりあえずは倒せたようだな。お前ら2人でよくやったな」
膝をついて立ち上がったミゲールはとりあえず、動ける程度には回復したようだ。しかし動きはどことなくぎこちなかった。それなりに痛みがあるはずだ。
「まぁ、当然じゃない。神に選ばれた私が一介の僕なんかにやられたとあっては恥ずかしいったらないわよ」
コレットが鼻を鳴らしながら大袈裟に腕を組んでみせる。
「いや、6人でやったからなんとか勝てた感じだよ」
謙遜でもなんでもなく本当にそうだった。あれとタイマン張って勝てるなんて露ほども思ってない。
「ミゲールも頑張った方じゃない。見直したわよ」
アハハと笑いながら、どごぞのおばちゃんよろしくその背中をバシバシと叩く。
「#%$×‼︎」
声にならない呻き声ともつかない音を発しながらミゲールが崩れ落ちた。
「マジ、ゴメン!!そんなに痛いとは思わなかったの!」
その姿ををみて、大慌てでコレットはポーチから鎮痛剤を探し始めた。
動ける程度に回復したミゲールがコレットをひと睨みするが、何かしましたっけと言わんばかりの顔をみて盛大な溜息を吐く。
「とりあえず、ガイアは殲滅できましたね」
三角巾で腕を吊る手伝いをしながら、ソータは話題を変えるべく話しかけた。このまま不機嫌なミゲールの側にいたら圧で潰されそうだった。
苦々しい顔をしながらも、ソータの方をみると再度盛大な溜息をつく。
「まぁ、とりあえずはな。召喚士3人相手でこのざまだが。あれが相手ならーー」
「ちょっと待った!」
「ちょっと待って!」
コレットとソータは同時に叫ぶ。
「あいつら3人もいたの?」
「あのヘカントケイルに手一杯であと1人忘れてた!」
「お前ら全員倒してないのか?!なら最後の1人はどこだ!」
慌てて周りを見渡すが周囲の森は静寂が支配していて何の気配も感じられない。
「もう逃げたんじゃないの?心配ないわよー」
コレットがのほほんとした雰囲気でミゲールに声をかけるが、ミゲールの表情は険しいままだった。
「それは絶対にない!俺たちがニルヴァーナと分かって逃げ出す事はないはずだ。殉教は奴らにとっては至福のようなもんだ。寧ろヤバいのは情報を持って帰られる方だ」
「なんでヤバいの?」
「ここ何年も奴らには動きが悟られないよう動いてきた。まだこっちには奴らを潰すだけの力が足りないからな」
ソータの問いかけに痛みとも苛立ちともとれない苦々しげな表情をしながら答える。
「だから、俺たちの戦力がどんなものか、特にソータ、コレット。お前たちの存在はもう少し隠しておきたい」
痛む足を引きずりながら、ミゲールが周りを探るように見渡す。
「奴は仕掛けてくる。警戒を怠るな!」
「そんな事言っても、もう呼べる程の力ないわよ」
チリチリと青い粒子が舞っているワイバーンを呼び寄せ、コレットが落ち着かない様子で辺りを見ている。
エネルギー残量がかなり少なくなっているのを視界の端で確認しながら緊急時に、とソニアが持たせてくれた携帯バッテリーのプラグを繋ぐ。そこまでは補給できないがないよりマシだろう。
現状、戦えるのは自分ぐらいだろうと客観的に見て判断する。ミゲールが本来は一番戦力になるのだが、どうみてもロクに戦える感じではなかった。
あの姉妹達は大丈夫だろうか、あっちに襲撃があったとか……。不安が募ったがリンディもいるし何よりあの二人が素直にやられるとは思えなかった。
そんな事を考えていると森の中に紅い光の柱が突如、立ち昇る。
さっきまで戦っていた場所だ。
「クソ!まだなにか召喚されたか。ソータ、なんとしても潰すぞ!」
足を引きずるミゲールとともに、今しがたまで死闘を繰り広げていた場所に戻る。
そこにはヘカントケイルの死体を中心に怪しげな陣が描かれており、紅い光の柱が今まさに消えようとしている。
ソータが近付いたのに気付いたからかローブ姿の男が大きく手を掲げて振り返る。
「ヒャハハハ、悪しき神の犬どもめ。生かして返す訳がないだろう。お前達を捧げて私はアントニオ様に認めて頂く、ぁぉ?」
変な声を漏らした男の胸には深々とナイフが突き立っている。
「もういい、お前はしゃべるな!」
ミゲールが続け様に二本、三本とナイフを放つ。
吸い込まれるように同じ場所に刺さり、男は仰向けに倒れる。
三下感満載で呆気なく倒された召喚士にやや拍子抜けするが、「接近されたらわたし達なんてこんなもんよ」とコレットが言う。
まだ慣れないソータに対してコレットは当たり前のようにドライな口振りだ。やはり住む世界が違うからだろうか。
ソータが警戒しながら男に近づくと、ブツブツと何か繰り返し言っているようだった。血まみれのローブを見るにもはや、虫の息なのは間違いない。このまま、放置しても時期に事切れるし問題はないと思った。
「ゎが神、ゲーデよ。偉大なる死の神よーー」
刹那、一陣の風が血の旋風となって吹き荒れる。
ワイバーンの巻き起こした風が鋭利な刃と化し、男を切り刻み、文字通りバラバラにする。
僅かに目を背けながらコレットがツカツカとソータの前に来ると、思いっきり平手打ちをした。
そこまで痛くはないはずなのだが、すごく痛か感じる。
「あんたどこまで甘ちゃんなのよ!最後の最後まで奴らは何をするか分かんないだから。みんなに何かあってからじゃ遅いんだから。確実に息の根を止めないとダメなんだから……」
俯きながらまくし立てるコレットの声は最後の方はどんどん声が小さくなっている。コレットだってやりたくてやっている訳ではないんだ。
自分がちゃんと出来ないばっかりに、みんなを危険に晒したり迷惑をかけてる場合ではない。
「ゴメン、コレット……」
「アンタはもっと危機感を持ちなさいよ。ガイアなんて碌なもんじゃないの……。それだけはわかって」
それよりも、と顔をめぐらせて周りを見渡すコレットの顔が一点を凝視する。
「あ、あれ……」
視線の先にはあの多腕巨人が音もなく再び動き出し、まさにコレットに殴りかかろうとしていた。
動揺か恐怖か、一瞬、身体が固まったように動かない。
「ワイバーン!」
コレットの叫びに応じて飛竜がコレットの前に割り込むように文字通り飛び込んでくる。
ヘカントケイルの剛腕はワイバーンを捉え、コレットを巻き込みその巨体を吹き飛ばす。
途中で粒子と化し消えてしまったが、勢いだけは残ったままコレットが離れた地面に叩きつけられた。
「コレット!!」
なぜ、ヘカントケイルが動ける。確実に留めはさしたはず。 まさか、再生した?
コレットは大丈夫か?状況が整理できず頭が混乱しそうだった。
<マスター、コレットが危険です>
ネマの声で我にかえる。全身傷だらけで既に血が乾いているヘカントケイルはやや動きは遅いものの、手に巨石を生み出している。
マズい!
恐怖心より先に身体が反射的に動くと、ヒートソードを投げ捨て射線に割り込むように駆け出す。
「守護羂」
ほぼ同時にミゲールが片手で印を結び真言を唱えると、淡い碧の障壁がソータの背後に作り出される。
無言で放たれた巨石は砲弾のような勢いでコレットに迫る。コレットを抱えて逃げる時間も余裕もない。
「援護防御!」
自分の身体を使って味方をカバーするスキルを発動させ、身体をねじ入れるように飛び込むとコレットに覆い被さる。
背中に張られた障壁は巨石を破壊し勢いと威力を僅かに弱めたが呆気なく破壊された。
「グゥッ」
幾つもの岩と破片がソータの背中と腕に当たり、装甲が拉げる嫌な音が響いた。激痛が走るがリミッターが働いたのか瞬時に痛みが消えなんとか意識は保てている。
<背部及び腕部に重篤なダメージを確認。同部位のアクチュエータ損傷、右腕部出力45%低下>
その他、いくつもの見た事のないアラートが視界に映し出される。背中の感覚系センサーは今ので殆ど死んだようだ。今回のはかなり危険な領域だ。
抱えているコレットをみると、目立った外傷はないようだが意識はない。
「ガハッ、ゴホッ」
咳込みとともに鮮紅色の血を吐き出している。
<呼吸器系への損傷があるかと推測します。窒息の危険があります>
座学で習った事を思い出す。確か泡混じりの口からの出血は肺へのダメージの可能性がある、だったはず。
近くの木にもたれ掛けるように座らせ、コレットのポーチから回復促進剤を取り出すと立て続けに二本、太腿に打ち込んだ。回復過程で激痛を伴うはずだが意識を失っているコレットは悲鳴をあげる事もなかった。
多少は傷の回復が期待できる。取り敢えず、これで時間稼ぎは出来たはずだ。
その間にミゲールが相手の気を引き、こっちに攻撃がこないようにヘイトを稼いでくれていた。
「風天」
真空の刃がヘカントケイルを切り裂く。大きく切り裂かれたその傷から血が出る事はなく、そして回復するそぶりもみせない。
「クソ!片手じゃ効果が薄い!」
痛む足を引きずりながらミゲールが戦場を動く。
「なんであいつ動いてるんだよ」
「知るか!結界内はあいつらの力が増幅するからな。ただ、最後に言っていたのが司教アントニオだとするなら奴は死霊属の神将、ゲーデの末端だ。あいつをゾンビにでもしたんだろう」
なるほど、確かに最後にゲーデって言ってたしな。ゾンビなら血も出ない訳だ。ってことは死なない?!
「死なない相手なんかどうしたら?!」
「阿呆ぅ!さっきまでの奴と一緒だ。動けなくなるまで破壊すればいい」
ミゲールが続けて真空の刃を放つが、さっきより小さく傷も浅い。
「クソが、だいたい術者が死ねば術は切れるのが普通だろうが。なんでまだ動いてやがる」
呪詛の如く文句を連ながら続け様に二度、三度と術を放つ。
おかしい、いつものミゲールらしくない。技のキレがないし、さっきから遠距離攻撃ばかりだ。
まさか?
「人の心配してる場合か!お前はお前の仕事をしろ!」
ソータの表情に気づいたのか、ミゲールの叱責が飛んだ。
「くそっ!」ヒートソードを拾いあげると間合いを詰めるべく走り出す
「ネマ、もう一回出力をあげてくれ!」
<可能ですが、右腕部破損の確率90%以上になります>
「奴を倒せればいい。任せる」
<了解しました。金属空気燃料電池フルドライブモードへ移行、ハイパワートレイン……調整完了、最大出力>
今まで以上に強い踏み込みで連撃をおこなう。ワイバーンの攻撃で既に全身の傷は致命傷だらけだが、その多腕の攻撃が止まる事はない。
剣と化した腕をかわし、打ち込まれる剛腕をいなす。
神経コネクターが焼き切れそうな刹那の中、腕のギアが軋み、脚のモーターが悲鳴をあげる。
「フレームカット!」
ここぞというタイミングでスキルを発動。周囲の動きがスローモーションに変わる。
鎧袖一触の剛腕を潜り抜け、振り下ろされた骨剣を叩き折る。
発動時間終了のアナウンスを聞き流し、ヘカントケイルの腕を駆け上がり首に刃を突き立てる。
肩関節が歪な音を立て、アクチュエータが焼け焦げた臭いと煙を吐き出した。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
気合いの声とともにヒートソードを振り抜くと同時にボンッと軽い音がすると左腕がだらりと垂れ下がり機能が停止した。
振り抜いた剣先には宙を舞うヘカントケイルの首があった。




