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5 見えないヒト

 

 意識が浮かび上がりソータの目がゆっくりと開く。柔らかい照明がさっきの部屋とは異なり違う部屋だと気付く。

 どうやら今度ベッドの上のようであり、今回はご丁寧に布団もかけてくれているので間違いないと思われた。

 周りには見た事のない機械が並んでいる以外は見慣れた白い壁がソータを取り囲んでいた。


 熊蟷螂に襲われた事を思い出し斬られたであろう場所を触ろうとしたがやはり身体は微動だにしない。


 恐ろしい体験をしたがどうやら自分は死んでいないらしい。

 あれだけの攻撃を受けたにも関わらず全身に痛みはまるでなかった。それどころか普段感じていた身体の痛みや息苦しさなども全く感じない事に今更ながら気づく。

 夢かと思ったが、視線をずらしたその先に機械の腕が付いており、あの出来事は夢ではなかったと感じさせた?


<先の戦闘後、十六時間三十二分が経過、表層ダメージは軽微>


 突然に頭の中に声が響く。その声はどことなく優雅であるがあまり感情を感じさせない、その特徴的な声は少し前に聞いた女性の声に似ていた。

 首すらと動かせないソータは周囲に視線を彷徨わせ不安げに見渡すが誰かがいる様子は見られなかった。

 突然の話し声に怖さもあったが女性の声でわずかに警戒心が緩む。少なくとも自分に害を与える事はないだろうという勘を信じて声をかける。


「誰? 誰がいるの?」


<マスターをサポートするAIです。夢ではありません>


「えーあいさん? 知らない人だね。近くにいるの、僕からは見えなくて」

 

〈マスターと共にいます。見えなくても仕方ありません〉


「姿が見えないなら妖精さん?」


〈マスターが理解しやすいならそれでも構いません〉


 誰だが分からないが話し相手が出来たことでこの殺風景な場所での寂しさを紛らわしてくれる。

 病院ではないようだがここは何処だろか?見える範囲ではいつも側にあった輸液ポンプやモニター、酸素マスクといった医療機器が一つも見当たらない。


<ここはニルヴァーナのメンテナンスルームです。マスターは先の戦闘におけるダメージの確認のため、ここでチェックを受けています>


 ソータの疑問に応えるように女性の声が応える。


「ん? ニルヴァーナ? 先の戦闘? あの生物兵器!? 夢じゃないんだね!」


<生命維持が危険レベルに達すると判断したため、オートモードを起動しました>


「言っている意味がよくわからないよ」


<マスターは稼働が確認できないまま熊蟷螂(ベアマンティス)との戦闘により負傷。生命維持が危険と判断し自己防衛プログラムに準じ強制介入、戦線離脱をおこないました。予備電力まで使用したため、マスターはスリープモードで待機中です>


 語りかける声は事務的で訳の分からない事を伝えてくる。


「ここにいるという事は無事に逃げてこられたんだね。どうしてあんな怪物に襲われなければいけなかったの?」


<仮説として有効なものが三件、最も上位にくるものを提示しますか?>


 自分があんな怖い目に遭わないといけない理由が全く思い付かない以上、何らかの意見は欲しい。


「お願いします」


<製作者側によるマスターの性能確認があげられます。単機で迎撃可能か否かが理由かと推測します>


「性能確認? とりあえず、夢ではなかったとしてどうしてまだ生きてるの? 僕の病気の治療は成功したの?」


<プロジェクトは無事に成功。マスターの使用困難な有機物質は97%以上の隔離がおこなわれ交換されました。現在、生命活動には問題ありません>


「隔離? 交換?」


<全身の有機物質は機能不全に陥っていたため、機械化、所謂サイボーグ化しております。なお、脳は問題なかったため移植されています>


 その説明を受けてもピンとこなかったこの少年のためにAIは簡単な言葉に直して説明する。

 つまり、病気に侵されていた肉体を全て捨てて機械の身体に移植したという事を。

 再び視線を動かし鮮やかなメタリックの輝きを放つ両腕がその事実を嫌でも突きつけていた。


 サイボーグ技術はかつての大戦の頃に存在していたが、そもそもの作製の困難さからくる費用とメンテナンス、拒絶反応からくる痛みのコントロールもあり当時ですら極々一部の兵士が使っているぐらいのものであった。肉体の一部を失ってもなお戦線で敵に立ち向かう、その英雄の姿をみて人々は尊敬と畏怖を込めて"機士"と呼んだと言われている。

 ただ、その当時でも肢体の一部の置換に留まり全身に渡るなど前例がなかった。

 そしてその技術は大戦時にとある理由により失われていた。


 詳しい事は知らない子供のソータでも恐らく相当珍しく高価なものであることぐらいは想像できた。

実のところは失われた技術の再現というとんでもない物であったが。


しかし、かつての英雄のように腕だけかと思っていたが、まさか全身とは。

 尤も、「あなたの病気を治しましたよ。でも身体は全部機械化しましたからね」と言われて、「はい、ありがとうございます」とはすぐには答え難い。プロジェクトに参加するとは聞いていたが、こういう形とは知らなかったのだから。


 これは病気は治ったといえるのか?

 複雑な心境を抱えたまま、サイボーグ化しても以前より身体が動かせない理由は何故なのか尋ねてみる。


<97%以上に及ぶ有機物の交換後、現在の状態に至るまで6ヶ月と24日を要しております。また以前の身体の問題と再起動後間もないため。脳と各パーツの同調率が数%と著しく低いため駆動困難です。完全な回復にはまだ時間がかかるかと思われます>


 との答えが返ってきた。どうやらあの怪しい人物と最後に話してから半年以上も眠っていたという事になる。

 全身を手術したというならばそのぐらいの時間がかかるだろう。


 "えーあい"さんのいう話の半分も理解出来ていないソータではあるが、そのぐらいのことは考えが及んだ。

 深い溜息を吐きながら、意識を腕に集中させるが、指先にはまったく動きが感じられない。視線は薄暗い室内をさまよい眼球だけが自由に動かせることに感謝しながらAIに向かって言葉を紡いだ


「どうして僕なんかを治療したの?」


 子供ではあるが同年代の子供より病気のせいではるかに様々な経験をしてきている。医療関係者が多いものの沢山の大人と触れ合い、また死を覚悟する程の苦痛に耐えてきた彼は少し子供らしくない発想に至る事もできた。難病の子供をここまでして治療する理由が必ずあるはずだ。


<マスターの特性により、過去に前例のない全身サイボーグ化の成功確率が大幅に上昇。かねてより計画されていた鋼鉄機人(タロス)計画の被験者に選ばれていました。結果、実験には成功しています>


 鋼鉄機人(タロス)計画? 色々読んだ本の中にタロスというのが何かの物語に出てくる大きな機械人形だったと思いだす。


「その鋼鉄機人(タロス)計画ってなに?」


〈Aランク機密に該当。全身機械化による単騎決戦兵器の作製、量産計画。コンセプトは"兵器には兵器を"です。これ以上はマスターの権限では開示できません〉


 どうやら機密事項に該当するとの事だがソータでは今ひとつ理解が及ばない。

 ただ、"決戦兵器"という言葉にかなり引っかかっていた。自分をこのように改造した人達は自分の事を兵器という認識なのかもしれないと。

 しかし、この力をうまく使えば世界に広がる争いを止める事が出来るかもしれない。それこそ、かつての英雄のように。

 だが、今までも動くこと叶わず何も出来なかったが今度は動けるようになっても人間扱いされるのか。もしくは全身機械化した自分は人間ですらないのかも………。


「あまりにも色々ありすぎて疲れたよ。この状況を受け入れるしかないんだろうけど」


〈時間が経てば、脳と身体の同調率も改善される可能性があります。私もあなたのサポートに全力を尽くします〉


「そうだね。努力して……みるよ」


 深いため息を吐いたソータは現実から目を背けるように目を閉じた。

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