56 新しい仲間
小一時間ほど経過するとリンディと呼ばれた女性が目覚めた。
さすがに同じ場所に留まるのは危険なので、移動してから周囲の警戒をしていたが幸いな事に襲撃の気配はなかった。現在は兵たちが率先して周囲の警戒にあたっていた。
「うー、頭痛が痛い……」
リンディが鈍い圧迫感を伴う痛みに眉間に皺を寄せた辛そうな表情を浮かべる。散発的に襲いくる痛みに時折、手で頭を押さえながらふらふらと起き上がった。
「短時間に力を使い過ぎたんだろ。相変わらず学習しないヤツめ」
ミゲールが水筒を差し出すとリンディはポーチから何か薬のようなものを取り出して口に含む。
「だってガイアの人があんなにいるとは思わなかったんだもん。ブーストして全力で逃げてきたからしょうがないじゃない」
頰を膨らませて文句を言うと水筒を口に含むと薬を飲みながら頭を下げた。
「ヨボォジグお願いしまぁング」
水を飲みかけたまま喋るからだろう、鼻に水が抜けたのか顔を押さえて悶えている。
少し心配になる人であるのは間違いなさそうであった。
ミゲールはこめかみを押さえながら、盛大なため息をつく。
「俺にはこんな奴ばっかりか」と小さな声で呪詛のような文句を垂れ流し続けているのがソータの耳に届くが気にしない事にする。
全員が揃っている事を確認すると、ミゲールがリンディをみんなの前に立たせる。
改めてリンディを見ると、たいぶと幼い印象を受けた。見た目通りの年齢だと十代後半程度になるがさすがにそれはないだろう。どちらかというと小柄な体型をしており、薄桃色の長髪を後ろで三つ編み一本にして纏めている彼女は落ち着かないようにキョロキョロとソータ達を見ている。
「今回の作戦の目標だった要救助者のリンディだ。過去には何度も俺とチームを組んだ事があるが、まぁ使える奴だ」
「リンディ・ルーラン准尉です。サイキッカーをしています。よろしくお願いします」
ブンと音が鳴りそうな勢いで頭を下げると後ろで編み込んでいる髪が勢いよく自分の顔に当たったようで涙目で顔を上げてくる。
注意力がないのか後先を考えていないのか分からないが、やはりちょっと心配な人だなとソータは思った。
サイキッカーとは頭でイメージしたものを現実世界にある程度投影出来る能力を持った人であり、時代が時代なら魔法とでも呼ばれていた技だろう。大戦時に所謂"スキル持ち"といわれたジョブの一つで稀にしか現れなかったが不思議な力を使う事が出来た。
その力を大量に欲した各国が大戦後に産み出された技術で人為的に創り出された者が今ではほぼ大半になる。ごく稀には"天然物"もいるのだが、滅多に現れる事はない。
リンディは前者になり定期的なメディカルチェックと投薬が必須であった。
能力はピンキリとはいえ、人為的に創り出す時点でほぼ軍属になる。なので、それなりに教育も行き届いておりその特殊性も合わせての階級になっているはずである。
であるが、ハンカチで目尻拭いているリンディをみると、とてもそうは思えなかった。
リンディがおずおずといった雰囲気でミゲールに顔を向ける。
「あ、あのー、ミゲール? 私の見間違いじゃなければ子供が三人はいるんだけど。あと私のチームはどうしたの?」
「あー? あいつらは使えないから帰した。あそこの奴らは勝手に付いてきた奴らだな。帰ったら厳罰は免れんだろう。で、こいつらは……お前は知らないのか。こいつら四人はうちの問題児ばかりだ」
「ちょっとー、問題児ってどういう事よ」
コレットが早速抗議の火蓋を切っているがミゲールは軽く手で制した。
「だが、お前んとこの部隊の奴らよりは遥かに強い」
続いた言葉にコレットは黙り、驚いた表情のリンディはソータ、コレット、ファロムを交互に眺めたあと、目を見開くとワンテンポ遅れて盛大に叫んだ。
「えーーーっ!こんな子供が?!」
戦地で叫ぶリンディが即座にミゲールに後頭部を叩かれたのは言うまでもない。
それからしばらく、ソータ達も自己紹介などをしながらリンディの回復を待つことにした。
「噂の召喚士とサイボーグってあなた達だったのね。わたしの中ではなんかもっともーっと年寄りの人と筋肉質なオジサンのイメージだったから」
「お前は外の仕事が多い上に、うちの支部にはあまり寄らなかったからな。こっちの事情に疎いのは仕方ないだろう」
「だって、そっちの支部の人ってあんまりわたしの身体の事、分かってくれないもの。薬の調整とかもう少し考えて欲しいのに!」
リンディは髪色と同じぐらい顔を染めつつ定期検診についての不満をミゲールにぶつけている。
「それは兎も角、どういう経緯だったんだ?」
一通り、不満を撒き散らしたであろうタイミングでミゲールが状況を尋ねる。
「ちょこちょこと生物兵器とか倒しながら偵察してたんだけど、明らかに波長が違うのが混じってたからね。これかなってピンときて飛び出しちゃったの」
「それでは他の奴らがつい来れなくて当然だろう」
傍らで兵たちが深く頷くのを視界の端に捉えながらミゲールがため息をつく。
サイキッカーである彼女は精神に関わるモノに対してその波長の違いを嗅ぎ分ける力が強い傾向にあった。その為、召喚獣をなんとなくだが見極める事ができていた。
しかし、戦闘中の出来事であり、また一緒にいた兵士達がその波長に気付ける訳もなくリンディが独断で飛び出して行ったのでついて行けなかったようだ。
ついてきてると思って、波長の発信源に追いついたと思ったら監視役と思われる召喚獣に見つかって、さっきの惨劇になったという話だった。やはり、心配になる人のようだ。
「奴らの姿は見れたのか?」
「一応ね、召喚士が三人……かな。一人は召喚しなかったからほんとにそうかは分かんないけど」
「三人か……」ミゲールの呟きがもれる。しばらくソータ達を見ながら何かを思案をしているように沈黙が続く。
「とりあえず、このまま待機。リンディが回復したら夜明けとともに攻撃をしかけるぞ」
そう言うとミゲールは寝袋を取り出すとすぐに横になる。
「先に寝るからお前が最初に見張りをしろ。一時間毎に交代させてその後はコレットとルシン、最後に俺を起こせ。以上」
言うだけ言って寝転がりしばらくすると寝息が聞こえてきた。後に残った者はとりあえず最低限の野営の準備をおこなうが、どうやら敵地すぐそばという事になっているようなので本当に最低限に留める。
「あ、あの〜私はどうしたら……」
あわあわとした困惑した様子でリンディが立ちつくしている。
「朝まで休んでもらったらいいですよ。ミゲールもそう言ってますし、あとはやりますんで」
ソータはそう答えるとルシンにお願いしてリンディを連れて行ってもらう。
明日は早いのもあるが、今日は携帯食だけで済ませるのでいつものような食事の準備は必要なかった。各自が簡単な食事を済ませると寝袋に包まるように眠る。雪は降っていないが冬の山はかなり冷える。
街明かりが届かないせいか、人の活動が極端に減ったためか、周囲は星の明かり以外は真っ暗であり、まさに星降る夜であった。
時折、よく分からない獣と思われる遠吠えが聞こえている。
そんな獣の声が響く中、ファロムは満天にきらめく星を見上げて眺めている。なんとなくアンニュイな雰囲気を醸し出していた。
ソータはゆっくりと驚かさないよう近づいて声をかける。
「ファロム、何してるの?見張りをしないと」
「星の数を数えてた。あと、あそこにいる仲間も探していたぞ」
「空に仲間?」
一緒に星空を眺めると空に吸い込まれそう錯覚を起こしそうな、完全な闇と美しい光が折り重なっている風景がそこには拡がっていた。
「姉ちゃんがいってたぞ。死んだらみんな星になるっテ。で、空から見守ってくれてるっテ、だから一人じゃないぞっテ」
ミュータントであるファロム達は人間社会では迫害を恐れ隠れて生活をおこなっていた。行く所を徐々に追われ旧下水道で生活する程に。そんな生活をせざるを得ない、そんな世界を変えていければいいのにな。
何とは無しにファロムの頭を撫でつつソータも空を見上げながらそう思った。
こんな風に普通に動けるようになってとれだけ月日が経っただろう。まだそんなには経っていないはずだが、もう何年も過ごしているような気になる程、色々な事がありすぎた。
大変な事も多くあったが、沢山の人に助けられあの時に死ぬはずだった自分が生きながらえている。
これからどんな事があるのかは分からないが、これ以上みんなが不幸な目にあわないように自分が出来ることをしていかないといけないだろう。この身体はヒトより遥かに強く出来ている。出来る事は多いだろう。
ただ、未だに人を殺めるのは躊躇してしまっている。出来る限り無力化で対処しているが、これからもそれで済むとは思っていない。
ソニアなんかはそれでもいいのよ、と言ってくれているがジャンヌには仲間を危険に晒す可能性がある時にも躊躇されたらと、苦言は言われていた。
コレットも激しく同意していたし、分かってはいるのだけど……。
そんな事を考えながら星空を眺めていた。
ーーーーーー
強く身体を揺すられてソータは目を覚ました。まだ辺りは真っ暗だったが起こしたのが足で背中を押しているミゲールだと気づくと何かあったのかと素早く辺りを警戒する。夜明けにはまだ早い時間ではあるが冬の季節なので日の出が遅いだけも考えるとそこまで早い時間でもないかもしれない。
「何かあったの?」
「時間だ。そろそろ全員起こして準備すればいい時間になる。いい加減見張りも飽きてきたしな」
何かあっての足蹴にした訳ではなく、いつもの調子で蹴飛ばしただけのようだ。寝袋を片付けている間に聞いてみると後半はほぼミゲールが見張りをしていたようだった。ファロムを除くと兵たちも含めての見張りだったが最初の見張り時間が短いのはミゲールが残りをみるつもりだったのだろう。何だかんだいいながら兵たちを休ませる時間もとっている。感謝を伝えても怒られるのは分かっていたので心の中で感謝の気持ちを伝えるに留める。
「コレット、時間だよ。起きて」
「わかった〜、今起きてる」
ソータがこうやってコレットに声をかけるのは何度目になるだろうか。「もうすぐ、あと少し」の返事も同じようなものだ。基本、朝が弱めのコレットは起きるのに時間がかかる。以前、自警団の捜索にダーナの町に出た時のキャンプ時も起こすの苦労した事があるソータはその後、施設内でも何回か起こす機会があり手慣れていた。
そんなコレットではあるが、遅刻するような事はなくギリギリには必ずしも間に合わせるのでそこら辺は優秀なのかもしれない。とはいえ、今回もそうとは限らないので懸命に起こすしかない。毎回、ぎりに間に合っている舞台裏にはこういう陰の努力があるからであるが盗難達はその近くはなかった。そのコレットの準備が整う頃には片付けを含め全員の準備は終わっていた。




