54 好きにしろ
この辺りまで来ると周りから唸るような羽音が四方から聞こえてくる。時折、銃声が聞こえてくるがまばらだ。銃声の方に注意を払いながらコレットをゆっくりと降ろす。しかしコレットは人形のように固まって動く様子がなかった。
「おーい、コレット?どしたー、ここから歩けるか」
ソータが顔を軽く叩いたり、揺さぶってみるが反応がみられない。
「なんだ、ただの死体か」
「死んでないわよ! 失礼な!」
間髪いれず、目覚めたコレットがソータにチョップを繰り出してくる。
「アンタが無茶するから、びっくりしただけよ!」
「ならいいや。とりあえず、向こうの人を助けに行くぞ」
「よくないわよー!」
そう叫んだコレットはソータの頬をつねってひっぱる。
「ふびまへん……」
「わかりゃいいのよ」
意外にも柔らかく伸びた頬をさすりながら銃声が聞こえた方にソータは急いだ。今度はコレットに合わせながら。
木々の間に巨大なハチが何匹も飛んでいるのが見えてきた。遠近感を考慮しても普通のハチの比ではない。恐らく子牛程度の大きさはあるだろう。何人もの兵士が少し開けた場所で防戦しているのがみえる。善戦はしているようて何体かは動かなくなっていた。
攻撃する為かハチはそこまで高く飛んでいない。ヒートソードを抜き放つと、ソータは大きく跳躍し
不意打ちの形で目の前にいた一匹を切り捨てると周囲のハチの羽音が一斉に変わった。
「なんでここに子供?! 危ないぞ!!」
兵士の一人が反射的にだろう、ソータを庇おうと前に出ようとする。
「あんたらが危ないんだよ!」
その背中を掴み地面に引き倒した瞬間、その兵士のいた場所にソータの腕ぐらいはある大きな針が数発飛んできた。
「お前らの相手は俺だぞー」
剣を振り回しながらアピールすると大半がソータに向かってくる。
飛んでくる針をかわしながら兵士達から離れていき。ある程度離れた所で向き直る。
数匹のハチが宙に留まると羽音が更に高く鋭く変わる。咄嗟に横に飛び退くとさっきまで立っていた場所が歪んでいた。羽音は続き地面が連続して歪んでいく。
〈衝撃波を確認〉
ネマの警告が流れるが、以前にルシンからもっと強い衝撃波を受けた事があるソータは事前に察知できていたので事後報告では遅いぐらいであった。
その合間に更に飛んでくる針をヒートソードで弾くと跳躍して一匹を斬る。そのまま近くの木に飛び移りそこから更に跳躍してより高い位置の個体を斬り捨てた。速さはあるようだが、なにしろ大きい。そして動きが直線的であり動きの予想が立てやすく倒しやすい相手だった。
兵士達の所に戻ろうと振り返ると、奥の木々が数本か音を立てて倒れていくのが見えた。
何事かと駆け付けると何匹かの蜂とミゲール達が戦闘の真っ最中だった。見た所、木々はミゲールが切り倒したらしく視界が開けて敵を視認しやすくなっている。ルシンもファロムも一緒になって倒していた。
「ミゲール!奥の一匹が色つきだわ。召喚獣よ!」
木々の間からコレットが叫ぶ。どこにいるかと思えば隠れていたようだ。
奥の一匹は他の蜂からは離れて飛んでおり、よく見ると蜂よりハエに近い印象だ。
「コレットー!痕跡を辿れるか!」
「さすがにそんなのムリー!」
最後の蜂を投げナイフで倒しながらミゲールが怒鳴っている。
「なら情報を持ち帰られるのも厄介だ!ここで倒すぞ」
何やら忙しげに手を素早く動かすと一声叫ぶ。
「来たれ! 焱王!」
叫ひ終わると同時に手を突き出すと巨大な火球が飛び出すと避ける間もなく召喚獣が業火に包まれ紅い光を残して消えた。
ミゲールは今まで色んな意味で人間を超越していると思っていたソータであったが突然、炎を生み出した時点で更にその考えは強まった。忍者って言うほど全然忍んではいないが味方でよかったと、心底思う。
「今の何?! 魔法みたいなの!」
「あん? 真言か。前に見たことあるだろ」
ないから知らなかったのだが、ここではそのやり取りをする時間が惜しいのでまたの機会に置いておく。
残敵がいないかルシン達が索敵に周り、ソータは周辺の警戒に周るよう指示が入った。
「支援ありがとうございます。あなた方は本部の方でしょうか?」
兵士の一人が敬礼をしつつミゲールに声をかける
「ミゲール大尉だ。本部ではないが我々、第十三独立戦隊は支部長命令でお前たちの救助に来た」
同じように敬礼をしながらミゲールが答える。
先の兵士がミゲールの階級を聞いて姿勢を更に正す。周りの兵士達からはどよどよとした声が聞こえる。どうやらミゲール以外は女子供というのが異様に見えるようだ。女性がいる事自体は珍しくないだろうが、子供が異様に写るのは致し方ない。
そんな声を聞き流しミゲールが兵士達を一瞥する。
「これで全員か?アイツの姿が見えないが」
「二名が負傷、お探しと思われる方はガイアの気配がすると言って交戦中に別行動をされました。直接、ガイアとの戦闘はおこなっておりません」
兵士の一人が直立不動で報告をした。どうやら部隊長のようま。
思案するように無精髭をさすりながら森の奥を見つめているミゲールが黙り込む。
「ご苦労だった。後は我々が引き継ぐ。アイツの回収も含めてこちらでやるので帰還してくれ」
しばらく思案していたようだが、帰らす事に決めたようだ。
下げていた顔を上げて、反論しようとする部隊長より先にミゲールが口を開く。
「これは命令だ。反論は認めない」
その命令に部隊長は不満の声を上げる部下達には従うよう指示を出してはいたが、内心ではこのまま任務を継続すべきと葛藤があった。何よりも、このまま引き返すのは暗に役立たずと言われているような印象も受けてしまうので部下達の立場を考えると思うところは多い。
「元気がなさそうだな。お腹空いてるならこれを食べたらいいぞ」
さっきまで木の上に登っていたファロムがいつのまにか降りて来ていた。さっきの兵士に何かを差し出しているようだ。
「これは舐めてよし、噛んでよし、食べてよしのビーフジャーキーだよ。ボクの一押しだからすぐ元気になるぞ」
別動隊として動いている彼らだったが、ファロム達の存在は噂程度では聞いていた。ミュータントそのものを目にする機会はほぼないが昔から偏見は色濃く残る。猫耳尻尾と人の姿を模した別の生物、だが階級は低くてもニルヴァーナに属す兵士である彼らはその容姿が異なる事で偏見の目で見る事はなかった。
しかし……、差し出された兵士の肩が小刻みに震えている。
「ふざけるな!!子供の遊びじゃないんだぞ!俺たちの仲間は二人も大怪我をしている!お前みたいな小さな子供に何が出来るっていうんだ!」
差し出されたジャーキーをはたき落とし兵士が怒りを露わにして怒鳴る。ミュータントが屈強な生物である事は周知の事実であるが、子供となると話は別だ。十人を超える部隊で苦労していたのに、その半分の部隊。更にはその半分は子供と女性が占めているとなると、その部隊と入れ替わるとなれば兵士としてもプライドがある。そこまで自分たちが劣っている訳ではない。
ファロムは予想していなかった恫喝じみた声に驚きと何か失敗してしまったのかという不安から涙目になり猫耳が萎れて縮こまってしまった。
ルシンが思わず前に出ようとするもそれより先にミゲールが動いた。
「ミュータントと差別しなかった事はほめてやる。がプロの行為としては頂けないな」
「お言葉ですが、我々はまだまだ戦えます。ガイア殲滅に我々も行かせて下さい」
部隊長としては負傷した仲間の帰還が優先であるのは理解しているが、一方でガイアに一矢報いたい部下達の気持ちもよく理解していた。奴らを追いつめたいのは皆同じなのだ。
「観察力もない雑魚ばかりだな……。さっきお前はガイアと戦闘はしていないって言ってたが、既にお前たちはガイアに気づかれてたんだよ。あのハチどもに混ざってな。そして、お前の言う小さな子供はお前らが束になっても勝てる相手ではない。相手の力量を見極めれないと、死ぬぞ」
驚く部隊長を他所にミゲールは土に塗れたジャーキーを手で払うとタバコのように咥え、噛みちぎる。
「ファロム、これは美味いな。この味が分からん奴には食わせてやる必要はないぞ」
ファロムの頭を軽く撫でながら兵士達を一瞥する。
「はっきり言わないと分からんか。負傷兵もいる部隊は足手まといだから帰れと言っている!即刻帰還しろ!」
その言葉に弾かれるように敬礼を返した部隊長は即刻装備を纏めるように告げ数分後にはその場を離れていった。
「ありがとうございます、ミゲールさん。ファロムを庇っていただいて」
「気にするな。事実を伝えたまでだ」
ルシンがファロムの肩を抱きながら頭を下げてお礼を言った。明らかにファロムを庇ったタイミングで動いていたミゲールだったが、仏頂面でジャーキーを齧ってまるで気にしていないかのようだった。
突如、振り向くと木陰に向かってナイフを投げつける。
「誰だ! 出てこい!」
「申し訳ありません。命令違反を承知で戻ってきました」
木陰の中から先程別れたはずの兵士が数名現れる。彼らの顔には疲労と緊張が滲んでいたが、その中で一人の兵士が謝罪の言葉を口にする。
「必要ないと言っただろう」
「我々もニルヴァーナの者です。僅かでも力になれる事があるかと思います」
「だが、お前たちでは「待ってミゲール」」
尚も不要と言い続けるミゲールを制するようにソータが前に出る。
「相手がガイアなら人員は何人でも欲しくない?一緒にきてもらおうよ」
「相手がガイアだからこそ、人数だけいても役に立たないんだよ」
「俺たちよりは訓練をしてきてる人でしょ、安心じゃん」
「我々は実戦経験もあり、覚悟も決めてきました。今更、隊には戻れません。お供させて下さい」
深く頭を下げる兵達を前に、ミゲールは何かを言いかけて押し黙り、そして結局は何も言わなかった。ただ一言、「好きにしろ」と。




