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53 便利な家電

 

 標高約千m、貿易都市カーべの北部に位置し広大な森に囲まれるようにそびえるムーカン山。大戦前は気軽に登山客が登れる山だったといわれておりピクニック気分でも登れる程度であったそうだ。

 しかし大戦以降、大規模な気候変動と終戦のどさくさで逃げ出した生物兵器や変異種が棲みつき一般人が近づく事は出来なくなっている。


 そんな山に子連れの一団が登っていくのを見る人いれば、恐らく殆どの人は声をかける事なく無視するだろう。この山の危険度を知らない者はこの辺りにはおらず、いるとすれば命を捨てに行く者ぐらいだろうから。

 街からそれなりに離れた麓をソータ達一向は闇に紛れ人目を避けて行軍していた。今回は雪が積もらないとはいえ冬山に登る形になるので各自それなりに暖かい服装をしている。そうなるとどうしても装備は重くなるので疲れやすい。


「ねーぇ、つーかれーたー。休もーよー」


 闇の中からコレットの緊張感のない声がこだました。

 ミゲールが頭を抱えてながらソータを睨む。ゆるゆると首を振りソータは無言で答えた。

 盛大なため息が闇の中に響くのを聞こえないフリをして前に進んでいく。


 しばらくすると森の奥、自分の踏み締めた枯葉の音が妙に大きく聞こえるなか、ルシンとファロムが森の奥から現れた。


「ボクの見てきた感じ、怪しい気配はなかったヨ。この辺りは大丈夫じゃないカナ」


「この辺りを探査しましたが、生き物の気配はありません。ここらで休憩は可能かと思います」


 夜目の効く二人はこの暗闇の中、灯りがなくとも森の中を走り回り遠くまで見通す事が出来た為、斥候としてかなり重宝していた。

 今回は正体がバレる心配がまずないので獣耳は隠す必要がなくファロムに至っては尻尾もそのままにしていた。ソータも右手は剥き出しの義手になっている。


「なら、ここで野営するか。アイツを黙らせにゃならんしな」


 コレットを見ながらミゲールがどかっと座る。

 それを見てルシンが手際よく野営の準備を始め、ソータも手伝う。

 火は目立つからと焚き火などは今回はしない。かといって全く灯りがないのも困るのでなるべく外に灯りが漏れないようにライトに覆いを被せている。

 火を使わずに飲み物など温めるのはどうするのかというと……。


「お湯沸いたよー」


 グツグツと湯気をたてる鍋をかき混ぜながらソータがみんなを呼ぶ。


「さすがに早いな。お前もちょっとは役に立つな。意外に便利な機能じゃないか」


 頭をポンポン叩きながらミゲールがニヤニヤして言う。


「人を家電みたいに言わないで下さいね」


 かき混ぜている棒……ではなくヒートソードを持ち上げてミゲールに抗議する。


「ソータ。あんたあそこの川も仕切ったらお風呂に出来るんじゃない?」


 レトルトパックを鍋に放り込みながらコレットが近くの小川を指差す。先程のなべを温めるのにかかった時間を考えると小さな露天風呂程度ならすぐ作れる程度の出力はあると思われた。


「出来るのね。じゃお願いねー」


 ソータの表情を肯定と読み取ったのかコレットが任せた、という顔をする。


「なんでお前のために……」


「ソータさんお願い出来ますか?」


 全力で断ろうとしたソータだったがルシンが被せるように話しかけてきた。

 コレットの頼みならともかく、ルシンとなるとソータは断りづらかった。そもそもルシンが何かを要求する事は珍しい事なので受けない選択肢はない。多少はエネルギー消費してしまうが、戦闘がなければ回復できる範囲と判断する。


「分かりました。食後に作っときますね」


 後ろでコレットがガッツポーズをしつつファロムとハイタッチをしていた。どうやらコレットに嵌められたようで、おそらくファロムにねだられルシンに頼むように言わせたのだろう。

 しかし、この時期の夜の山は冷えるだろうし、暖かい風呂はあってもいいかもしれない。自分には必要のないものだと、少し懐かしい気分を感じながらネマに露天風呂の作り方のアドバイスを求めた。


 解説してくれているネマの声がなにやら不服そうに聞こえたのは気のせいだろう。

 大きな岩と沢山と丸太が必要といわれたのでその辺の岩を動かし、森の中から手頃な木を何本か切り倒して丸太を用意した。


 それをダムのように積み重ねて上流と下流側を適当な長さで堰き止めてる。

 多少の水漏れは当然あるが気にしない。最後にヒートソードで加熱して出来上がりになる。

 適温を維持できないけどそこは我慢してもらおう。


 世界に1つしかない決戦兵器がただの湯沸かし器として使われてると知ったらソニアあたりは卒倒しそうだ。ソニアには胸の中で深く深く謝っておく。


「出来たよー」


 女性陣に声をかけるとヒャッホーイと言わんばかりにコレットが出てくる。


「早いわねー。土木建築も出来るなんて万能じゃない」


「人を建築機械のように言うな」


 コレットを睨むも彼女の興味はすでに風呂に向いていた。


「以外とそれっぽいのが出来てるじゃない」


「あのすみません。ご無理言いました。ファロムがどうしてももせがむもので」


「いいですよ。大した手間ではなかったですから。どうせコレットの差し金ですし」


 ルシンが遠慮がちにお礼を言いにくるので全力で否定して彼女に気負いさせないようにする。


 更衣室など作ってないが暗いし離れているし大丈夫だろう。さすがに建物を作るのはムリである。コレットが何やら文句を言っているが軽く聞き流してその場を離れた。

 どうやらテントなどを代用して使うような話しが聞こえてきた。

 ミゲールは周辺の地図を見直しているようだ。


「ソータ、片付けしとけよ」


「はいはい」


 廃棄可能な食器類を少し掘った穴に埋めていく。これは時間が経つと微生物により分解されて土になる素材で出来ているそうだ。


 川上からは女性陣の黄色い声が聞こえてきた。闇夜には響くがルシンが常に索敵しているだろうから大丈夫と思われた。


「湯加減はどんな感じー」


 食器を埋めながらソータは何気なく聞いてみる。


「うーん、少しぬるいかなー。もうちょっと温めてくれない」


 湯煙の向こうのコレットが遠慮なく要求してくる。

 俺は湯沸かし器じゃないぞ。とボヤきながらソータは川上から露天風呂に近づいた。


「危ないから離れておいてよ」


 そう注意してヒートソードを露天風呂に入れる。

 焼け石を水に漬け込んだような激しい音を立てながらすぐに湯気が立ち込める。出力を抑えていてもすぐに熱くなりそうだった。

 適当な所で引き上げて湯加減チェック。いい感じに混ざっていい湯加減だ。さっさっと引き揚げよう。

 そう思ったソータが立ち上がった時、不意に気配を感じ振り返る。


「ソータ、おつかレー。お前も一緒に入レ」


 肩をガシッと掴まれたかと思うと思いっきり後ろに引っ張られる。不意をつかれ抵抗する間もなく背中から風呂に落ちた。


 完全防水な万能サイボーグに水没の心配はないのだが、そんな事が問題ではない。慌てて湯舟から顔をあげるとファロムがもうもうと立ち込めた湯気の中、満面の笑顔で目の前にいた


「ソータが作ったんだから入らないト」


「別に汗かかないし、それに女性ばっかだろうが」


「? ボクは気にしないけド」


 あっけらかんとした様子でファロムが答えるが彼女が気にしなくてもソータは気になるのだ。


「うわぁ、あんた堂々とした覗きねー。ここまでするといっそ清々しいわ」


 タオルターバンをしてラップタオルを巻きつけているコレットが奥から出てくるとジト目でソータを睨みつける。


「するかー! 普通に考えたらおかしいだろうが」


「ごめんなさい、ファロムが迷惑かけてます」


 ばしゃばしゃと奥からルシンが寄ってきた。しっかりとタオルを巻いているがコレットと違ってボディラインはどうしても目立つ。視線を逸らすより思わず背中を向けてしまう。


「この子ったらその辺の感覚に疎くって……ずっと男の子のフリをさせて育ててきたものですから。私からしっかり言い聞かせときますので」


 ファロムの首根っこを摑まえると子猫よろしくズルズルとひっぱられていく。


「なんか知らんけどまたあとでナァー」


 ファロムが湯気の向こうに消えていくと辺りはまた元の暗闇に包まれる。満点の星空を見上げながらソータは思った。


 ミゲールって大変なんだな……。



 翌朝、皆が起きた時間早々に露天風呂は破壊してなるべく元に戻しておく。


 それから数日程行軍を続けたある日、偵察に出ていたルシンから戦闘の痕跡のある場所を見つけたと報告が入った。


「これは、また派手にやったなぁ」


 ミゲールが腰に手を当てながらぐるりと周囲を見渡す。


 報告の場所は周囲の木々がなぎ倒されており、あちらこちらで地面が陥没していた。

 更に、直線的に十m近くに渡り木々が丸くえぐり取られて場所もあった。直径は50センチ程ではあるが、まるで巨大なボールで撃ち抜いかのようだ。


「うちのヤツらだな。もっとも相手は変異種(雑魚)みたいだがな」


 巨大なハチの遺骸の傷跡を調べていたミゲールが立ち上がりつつ周囲を見渡す。


「こいつらは数が多いからなぁ。囲まれたら面倒なんだよ。だいぶ撃ちまくったみたいだし、余計に呼び寄せたかもしれんな」


 あちこちに転がっている薬莢をつまみ上げると指で弾きながらミゲールが山の向こう側を見る。


「急ぐぞ。ちょっと面倒なにおいがする」



 ********


「周辺には大型生物はいないようです」


 木の上で耳に手を当てて、周囲の音を聴き終えるとルシンが降りてきた。とはいえ、普通の音を聞いている訳ではなく コウモリ型のミュータントの特性を活かした以前にもやっていた反響定位(エコーロケーション)で探っている。


 森を歩いていくと、足元の地面が急に下り坂になり、その先に広がる景色が一変する。森が開け木々の間隙が大きくなり風が強く吹き込んでおりうるさい程に木々がざわめいていた。


「なんか変な音が聞こえるヨ」


 不意にファロムが大声を出す。しかし皆が耳をすますが木々のざわめきが強く何も聞こえない。


「アッチの方。なんか唸ってるみたいナ変な音」


「向こうです」


 二人が同時に指差す方は遠くに森が広がっているだけであり何なら変わりもない。


 突如、静寂を切り裂くように森の一部が吹き飛び、爆炎が噴き上がると周囲にこだまするように轟音が響き渡り木々の間から見た事もない鳥たちか一斉に飛び去っていく。周囲の木々が一瞬にして燃え上がるとは煙が立ち上り、その煙が不気味な影を描きながら上空に舞い上がった。

 かなり遠いから何が起きたかはよく分からなかったが、恐らくは……。


「捜索中の部隊の可能性がある。急いでいくぞ!」


 ミゲールが号令すると皆が一斉に文字通り跳ぶように走り出す。


「ちょっとぉー、まちなさいよー!」


 ソータが走り出そうとした所で、コレットがすごく不機嫌な顔で前を塞ぐように立ちはだかる。


「なんだよ、みんな先に行ったぞ」


「前にも言ったと思うけど、私をあんた達と一緒にしないでくれる! 私はか弱い少女よ。そんなに速く走れる訳がないでしょうが!」


「悪いっ、ついつい……な」


 コレットはスキル持ちの召喚士ではあるがソータ達のように身体能力に優れている訳ではない。前回のようににコレットだけ遅れてくるのは戦局的にも問題があった。


「コレット、ちょっとガマンしろよ」


「えっ、なに?」


 返事を待たずにお姫様抱っこのようにして抱えるとソータは文字通り一気に跳んだ。


 脇でコレットが声にならない悲鳴を上げている。以前より身体の使い方が解るようになったソータはある程度なら自在に出力を調整し人より速く走ったり、強い力を出してもコントロール出来るようになっていた。

 スキルなしではストッパーの外し方と言われた課題は未だに解決していないが、ある程度は人以上の力は出せるようになっている。


 爆走すること数十秒、視界に巨大な何かが幾つも見えてきた。

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