44 新しい住まいで
「お姉ちゃん、もう食べないノ?」
硬くボソボソになった小さなパンを半分ほど残した姉に小さな妹が物欲しそうに声をかける。
「うん、お姉ちゃん、もうお腹いっぱい。だから食べてくれないかな?」
そう言われた妹はやや遠慮がちに、でもしっかりと半分以上残された干からびたパンを掴むと夢中で噛み千切る。そんな妹の頭を愛おしそうに撫でながら外に目をやった。
街景色が白に包まれていく。彼女がホゥと手を温めると息が白く染まった。その手は彼女の美しさと比例して酷く荒れており肌はひび割れ赤く荒れていた。
雪に反射して街明かりがキラキラと光って見える。
あの灯りの向こうには、沢山の人が幸せに過ごしていて、きっと暖かい部屋があって、そして美味しいご飯が沢山あるに違いない。
しかし、そこで住む事は許されない事であった。
微妙とはいえ、ヒトとは明らかに異なる容姿。ヒトを超えたチカラを持つ自分達の正体がもし露見すればどうなるか分からなかったからだ。
精々、今のように正体を隠して人の嫌がる仕事をする事で日銭を稼ぐ程度までしか関われない。しかし、それでは幼い妹に十分な食事も衣服も与える事は難しい。
身を切るようなら寒さの中、ウトウトと眠る妹を寝台に運ぶと少しでも空腹と寒さを感じないよう幼い妹と身を寄せ合い毛布に包まると早めの眠りについた。
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アラーム音で目を覚まし毛布を跳ね除け壁際のスイッチを押すと、人工灯が部屋を照らした。ベッドにはファロムがお腹を出したまま気持ちよさそうに眠っている。優しく毛布をかけ直すと静かに寝室を出た。
部屋は適温に維持されており寒さをあまり感じない。
今までとはまるで違う生活。ここニルヴァーナではあれほど憧れていた生活が手に入っていた。
ルシンはやや汗ばんだ寝衣を脱ぐとランドリーバスケットに放り込み、乾いたシャツに袖を通した。以前の自分なら着替えの服なんて勿体無いものであったが、ここでは清潔にしている事も必要という事を口酸っぱく言われて実践するようになった。
鏡台を前に髪を梳かしながら頭から長く伸びた耳を撫でる。
ミュータントである自分達はここでは普通の扱いを受けているが、その事には未だに慣れる事が出来ていなかった。しかし、建物内ではミュータントである事を隠さないように、とミゲールから最初に与えられた命令がそれだった。
ミュータントとしての特徴を隠す事なく人目に触れさすという事はいままでの迫害の経験上、大変恐ろしいものでありヒトとすれ違う度にファロムを背中に隠し身構えていた。だが、ここのヒトは最初こそ物珍し気にしていたが、数週間経った今では全員ではないものの、多くの人はミュータントである事を全く気にしていないように見えた。
衣食住全てが手に入るだなんて事は想像だにしていなかった。勿論、ここから出れば差別は変わらずあるだろうが、ココは大丈夫なのだ。ただ、安全であるかは別だったが。本来ならココは残るべき所ではないのだがファロムの希望もあり残る事にした。
「オラ、ミュータントってのは人間より出来がいいんだろ!このぐらいなんとかしてみやがれ」
今日もミゲールによる激しい剣戟が二人を襲う。最初の頃は本当にミゲールに襲われたと思い、本気でファロムを守ろうと対峙した事があった。結果は惨敗であったが、そのおかげか実力が測られ訓練がよい感じで進んでいる。
ミゲールはルシンには容赦ないがファロムにはまだ手心を少しは加えているようだ。
それを見ていたソータによれば「贔屓だよ贔屓。俺ん時はあんな無茶苦茶に叩いてくるのにさ。ぜーったい二人がかわいいから手加減してるんだって!」
その日、ソータの姿を見た者は居たとか居なかったとか。
そんな昼下がりのある日、コレットは姉妹の部屋でお茶会をしていた。年齢の近い女子がいると色々話しがしたくなるのが世の常である。
ファロムはコレットとは比較的年齢が近いからなのかよく話すようになっていた。ただ、耳やら尻尾を撫で回す事は予想外の展開だったのか防戦一方の状態だった。
「これ本物なんでしょー。うわー、モフモフ。ちょーかわいい」
「コラそんなにボクの耳を触るな!くすぐったいダロ」
「いーじゃない。減るもんでもなし。くるしゅうない」
撫でまわし、時には抱きしめているコレットは愛犬愛猫家のソレに近しく、そのうちお腹の匂いまで嗅ぎそうな勢いだった。
途中で理性が帰ってきたのか、大人しくなると、ニルヴァーナの印象やどんな食べ物が好きだとかルシンを交えて色々と話しがすすむ。
そんな話の中で召喚に関する話を振られたコレットは、んーっと腕組みをしていたがハッとした表情になると、両手を合わせる。
「ちょっと待っててね」
そう言うとやおら召喚をおこない、光の柱からぬいぐるみのような生き物が現れるとコレットの肩にちょこんと乗る。
口で説明するより直に見てもらった方が早い。うまく説明する自信のなかったコレットは考えるより行動派であった。
「何ソレ?かわいいー」
「グレムリンよ。召喚獣にもかわいいのはいるんだから」
三十センチ程の大きさの割にはあまり重さを感じないグレムリンは本性を出さなければ、愛玩動物のソレとは変わらない。ルシンやファロムにむぎゅむぎゅされていても可愛らしく鳴けば更に好感度アップとなる。
そんなグレムリンを見たらソータ辺りが「あざとい!」と怒りを露わにするだろうが今のグレムリンは見た目は動くぬいぐるみなので何を言おうとどうにもならない。
話の中でかわいいモノが好きだと分かったファロムの為に、またコレットの召喚を見てもらう目的で召喚をおこなったが随分と気に入られたようでコレットも満更ではなかった。
「ありがとうございます」
「やめてよー、あんたみたいな大人に言われると居心地悪いじゃない」
グレムリンをモフりながら笑顔で過ごすファロムを見て頭を下げるルシンにコレットは居心地が悪そうに前髪を弄る。
年齢だけならジャンヌやミゲールの方がよっぽど大人になるのだが、コレットの中ではどうやら違うようだ。
「私たちはこんな風に誰かと接する事なんてまずなかったですから。まさかニンゲンと、ましてや召喚士とこんな風に話が出来るなんて」
「アハハ、ごめんねー。召喚士には色々思うとこあるみたいで」
「気にしないで下さい。私たちが憎むのはガイアの召喚士、あなたではありません」
「色々あるけど仲良くやっていきましょ」
この後、かわいいからと追加でヘルハウンドを召喚したが誰にも受け入れられず少し顰蹙を買うもののお互いの事を色々と話し親睦を深めていった。




