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42 後始末

 風が静かに街を抱え、カフェの中には心地よいコーヒーの香りが漂っている。窓からの陽光が木製のテーブルに優雅な影を投げ、ジャンヌはそこで一人、深紅の口紅をほのかにつけながらコーヒーカップを持っていた。


 普段の服装とは異なり厚めのニットを纏っている彼女の視線は窓を通して向かいの建物に注がれていた。その瞳は冷静で、一見すると優雅にコーヒーを楽しんでいるように見えるが何かを探るかのようにその目は細められていた。向かいの建物の窓の中では、幾人かの男女が何かを話している。女性の手は軽くジェスチャーを描き、相手の男はそれに頷いていた。


 ジャンヌは優雅な手つきでコーヒーを口に運びながらも、その一瞬たりとも視線を逸らすことなく、向かいの建物の中の動きをじっと観察していた。


 しばらくすると男たちは話しが終わったのか席を立つと街の中心部にむかって歩き始めた。

 その姿が見えなくなるまで目で追っていたが、やがて見えなくなると小さく息を吐いた。

 伝票を掴むとすっかり冷めてしまったコーヒーを一息に飲み干しコートを手に取ると立ち上がる。


 ありがとうございましたー、と声をかけてくるレジ係の店員に軽い会釈をし伝票を差し出した。

 お金を受け取った店員はそのまま、囁くようにジャンヌに声をかけるとレシートを渡した。一瞬、レシートに目を向けると、いらないと手を振り店を後にする。

 カフェの扉を静かに開け、外に足を踏み出すとまだ真冬には遠いのに普段より冷たい風がジャンヌの赤髪をそよがせた。


「諜報部も心配症だな。あいつらは既に問題ないだろうにあと一日見張るつもりとはな。一応、ミゲールに伝えてやるか」


 あの時の傭兵一団を見張って既に二日が経っている。交代で行い今日はジャンヌが監視していたのだが、記憶消去は問題なくおこなえており、彼らに怪しげな言動や動きはない。帰ってきた時こそ、チグハグな会話や行動が見られたようだが、酒の仕業のような話になって有耶無耶になったままだ。


 先の店員は諜報部の手の者で、今しがたの伝票が暗号のようなものなっていた。それを見て尚、監視を継続させるとは逆に何かあったのだろうかと心配になる。

  わすがに白くなる息を吐きコートの襟元を立てると見張っていた男たちとは反対側、郊外に向かって歩み出した。


 あの虫狩りのあと、現場の状況証拠を可能な限り消す作業を行った。正直、そこまで必要ではなかったがソータ達の教育の意味もこめて行う事になっていた。このめんどくさい作業をしたくないなら、隠密に、目立たないように動くようにと。ミゲールにあれこれ指図されて動いていたソータとコレットは身に染みて感じてくれた事だろう。


 駆除した証拠となった触角は別の職員が代理で提出済みであり、それに見合った報酬も手に入れていた。それをミゲールとジャンヌを除いた四人で分けて渡してある。そろそろ、あの二人は外に出しても良いかもしれないのでお金も適度に必要になるし社会勉強も必要だ。監視はある程度継続させるが、そこまで必要はない程度には落ち着いていると思われた。


 そんな事を考えながら支部の扉をくぐり、エレベーターに乗ると特定のパターンで叩いたボタンで職員以外は行けない地下へと向かう。暖房がよく効いている室内は暖かくコートをゆっくりと脱ぎ自室に向かった。

 少尉であるジャンヌには一般の兵卒とは違い個室が与えられている。ニルヴァーナは軍隊ではないが軍隊式の階級を使う事で規律や命令系統の迅速化をおこなっていた。


 いつもの若草色の軍服に着替えるとミゲールに情報を伝えるべく部屋を出た。途中、ある一室より何やら騒がしい雰囲気が伝わってくる。聞き覚えしかないその声に放置する訳にもいかないと、軽く額に手を当てると姿勢を正し扉を開ける。


「……そこでわたしが、召喚したオーガでガツンと一撃を与えてやっつけた訳よ。ソータ?まぁ、少しは働いてたんじゃないの」


 まばらな拍手の中、会議室である部屋の中には白衣の研究者が数名とその前で身振り手振りで武勇伝を語るコレットの姿があった。コレットの周りには沢山のお菓子が並んでいるのもいつも通りだが、恐らくは自分では取りに行っていないだろう。

 ジャンヌが入ってきた事にも気づく様子はなくコレットは尚も、熱く語り続けている。並んで座っていた研究員は一様に縋るような目線を送ってきた。


 どうやら、先日の討伐に出た話をコレットを検査してきた研究員に聞かせているらしい。彼らの中には初期の頃から付き合っている者もおり、いくら召喚士を毛嫌いしていた人間でも十年近くも付き合えば流石に情はうつる。黙っていれば美少女と言われるコレットには隠れファンもいるとかいないとか。

 なので、今回のような突発的なイベントでも特に嫌がるでもなく参加するスタッフもいる。しかし、それでもいつまでもという訳にもいかない。機嫌を損ねないよう付き合っているが、そろそろ限界のようだ。


「コレット、武勇伝もいいが機密事項がある場合もあるから程々にしておけ」


「うわっ、ジャンヌ! いつの間に後ろに来たのよ」


「普通に入ってきただけだ。お前が熱弁してるから気が付かなかっただけだろうに」


 背後から声をかけられ、驚いて後退りしたコレットは得体の知れないモノをみるかのようにジャンヌを見つめた。


「はいはい、ここらで解散だ。お前たち、各自の仕事に戻るように。サッサっと動かないと上司に報告するぞ」


「ちょっと待ってよ! まだもう少し続きがあるんだって」


「それは後で私が聞こうか。なんならレポート提出でもら構わんぞ」


「いえ、結構ですぅー。みんなー、お終いだって、またねー」


 コレットが引き止めようとするが、レポートの言葉を聞いて即態度を反転させると手元のお菓子類をまとめて片付け始める。


 手を叩きながら研究員を追い出しているジャンヌだが、その研究員の上司もここにいたりする。これ幸いにと部屋を出るスタッフと残念そうな顔をするスタッフとの温度差があった。ちなみに上司は残念な顔をしている組だ。


「前回と違って今回はあのオーガはコントロール出来たようだな」


「何それ? わざわざ嫌味を言いに来たの?」


 以前、刃竜との戦闘の際に呼び出したレッサーオーガはコントロールがあやふやで射線を塞いだりとバタバタしていたが、今回のは精彩さがあったような気がした。

 その点を誉めるつもりだったが、言葉足らずなジャンヌの言葉はネチネチと蒸し返しに来たように取られたようだ。片付けの手を止め睨むようにこちらをみるコレットに改めて向き直る。


「済まない、そんなつもりはなかった。前回より動きがよく細かい指示が入っているように見えたから成長したのではないかと思っただけだ」


「わ、わたしだって、日々成長してますから」


 臨戦体勢を取ろうとしたコレットだったが、あっさりのジャンヌが折れた事や成長した事を褒められた言葉を受けて表情が緩んでいた。

 そんな会話を見聞きしていた研究員の一人がボソリと呟く。


「コレットさん、チョロすぎます。でも、そこもまた素敵です」


 その後、会議室を後にしミゲールの部屋の前で今一度、制服を整えると軽くノックをおこなう。返事を聞くと音もなく扉を開け静かに入室した。

 相変わらず雑然とした部屋であり、タバコの匂いがこびりついたやや黄色がかった壁紙が目に映る。最低限の事しかしたくないミゲールは細かい事までキッチリおこなう副支部長とは折が合わないのは完全な性格の不一致であろう。

 かく言うジャンヌですら、この部屋に入ると流石に片付けたくもなる。

 だらしなく机に足を投げ出すミゲールにしっかりと敬礼をするとミゲールは露骨に嫌そうな顔をした。


「報告します。例の傭兵達ですが数日の追跡調査でも不審な言動などは確認出来ていません。が、諜報部はあと一日追跡すると……「ここには誰もいない。んな堅苦しいのはいらんぞ、ジャンヌ」」


「では、お言葉に甘えるとするか。とはいえ、規律は大事だからあのままでも私は構わないのだが」


()()()、かつエースに敬語で喋られる俺の身になれってんだ。ストレスで俺の胃がもたんわ。ただでさえ、上から叩かれてるのによぉ」


 ()()()の言葉に苦笑いを浮かべつつ思わず視線を逸らしてしまう。

 とある事件が原因によりジャンヌは過去に例のない二階級降格となっている。本来なら懲役刑も免れない所であったが色々とあってそのような扱いとなった。僻地に派遣されていた彼女をある日、突然呼び戻したのが過去に同じく部隊に所属していたミゲールであった。正確にはその更に上官である超白龍(チャオパイロン)だったが。責任ある仕事の大半をミゲールに任せている現在を鑑みると少々心が痛むが本人はあまり気にしていないように見える。


 規律を重んじるジャンヌとしては階級の差がある以上、そこはしっかりとしておきたいのだがミゲールが言わんとする事も分かるつもりだった。なので、ここは彼に合わせる事にした。因みに階級無視で気軽にしゃべるのはミゲール以外には技師のソニアぐらいだ。

 そもそも、階級あるなしに関わらずまともな敬語も使わない二人(ガキンチョ)は除外している。


 ミゲールは新しいタバコを机から掴み取るが、火種が見つからないのかあちこちを探している。結局、見つからず軽く舌打ちすると机から足を下ろしてジャンヌに着席を勧めた。


「で、上は暇なのかねぇ。まだ追いかけるとは」


「最近、前例がなかったからな。久々の仕事にはりきってるんだろう」


「やっぱり暇じゃねぇか。かーっ! やってらんねー」


 回転椅子に深々ともたれかかり、だらしなく手足を垂らしたその姿はやる気のカケラもなく、ただ不貞腐れた子供のように見える。

 ジャンヌは苦笑いを浮かべるが、彼が大変な事も理解しているので責めるつもりはなかった。


「とりあえず、さっき様子を見てたがアレらがあの事を覚えている事も思い出す事もないだろう。処置も迅速だったしな。見事な手際だったよ」


「うるせー、世辞ならいらねーよ。そもそも、アイツが勝手に動かなきゃこんな事にならなかったんだ」


 苦々しげに口にするアイツとはミュータントの子猫の方だろう。止める間も無く、隊を離れられると隊長としてはやってられない。だが、彼女のおかげで犠牲者が出なかった事は確かであり処分もし難い。

 どちらにせよ、なんか問題があると後見人たるミゲールにも被害が及びかねず、結局はその件は報告書に偽装して記載する事にしていた。

 勿論、厳重に口止めをしているが自由気ままなクソガキ達(ソータやコレット)にどこまで有効かは分からないが自分のクビを絞めるバカではないと信じている。


「あのミュータント二人の索敵能力も戦闘能力もかなり有用だが、手綱を引くのが大変だろうな」


「ほんとソレよ。ガキどもに加えてアイツらだろ。支部長は俺になんか恨みでもあるのかよー」


 ボヤキが止まらないミゲールに相槌を打ち適度にガス抜きが出来るのは、この支部ではジャンヌぐらいのものだ。ミゲールと同じ責務は負えない代わりにこのぐらいの事はやらせてもらおう。


 ミゲールの愚痴は続くがジャンヌは時に驚き、時に共感の言葉をかけながら、いつ終わるともしれない長話に付き合うのだった。


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