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41 狩りの時間 後編

振り上げけた拳が到底子供とは思えない勢いで放たれると破砕音とともに冗談のように鋼翔蟲(スチールローカスト)ご吹き飛ばされる。その横っ腹には大きな凹みがみてとれた。更に追撃のように放たれた飛び蹴りが突き刺さると複数の脚がギチギチと苦しげに動いた後に静かになる。


「お、お前は何者だ?」


「話はあと。あと一体だね、ファロム!」


 少年の呼びかけた方向をみると、さらに幼い少女が気絶していた仲間を抱えて大きく離れていた。


「こっちは大丈夫だヨー」


 明らかに体格の違いすぎる子供が、大人を軽々と持ち上げ動き回っている。かなり高度な体術スキルを持っているのかもしれないが、新参者か闇で動いている組織か、いずれにせよ仕事仲間からそんな話を聞いた事はない。しかし、よく見ると腕章についているマークに見覚えがある。あれは確か……


「グリードカンパニーか! こんなしょぼい案件にも手を出すかよ」


 大手傭兵会社グリードカンパニーを知らない傭兵はいない。それなりの能力が認められなければ入社出来ず、社員になっても成績次第ではでは即クビになる実力社会。仕事内容は表も裏も全てこなしているとのもっぱらのウワサであり、あのガイア相手にも仕事をしてるとかしてないとか。そんな大手がまさかこんな所にいるとは思ってもいなかった。精鋭が揃っている組織ならこんな化け物じみた子供がいてもらおかしくない。


「おい!こっちを手伝え!」


 もう一匹と戦っていた男から声がかかり我に帰る。なんとか戦っているようだが、決定打にかける状況ではジリ貧は間違いない。とはいえ、愛用の武器は粉砕されている。何か代わりはないかと周りをみるがそんな都合のよいものはない。


「なぁボウズ、なんか武器はもってないか?」


「持ってるけど使えないよ」


 差し出されたのは子供が持つにはやや大振りのナイフ。自分のモノより大きいが所詮はナイフだが、それでも無いよりかはマシと掴んだ、その腕が一瞬で下に落ちる。

 重い! 重過ぎる。おおよそ、ナイフとは思えない重さを感じる。危うく落とした勢いで自分を刺す所をなんとか耐え切る。とはいえ、片手で扱える物ではなく両手でも振り回すのがやっとな状態だ。


 だから言ったのに、とナイフを片手で掴んだ子供がため息をつく。

 ほば同時に炸裂音とともに何かが足元に転がる。それが虫の外殻の一部であると気づいた時に再度、鼓膜を打ち鳴らす程の激しい炸裂音が背中を襲った。


 思わず振り向いたその先には歪な形に姿を変えた虫が体液を撒き散らし沈んでいた。その横には人の胴程の大きさの棍棒を担いだ鬼が佇んでいた。あれだけの巨大なモノがいつ現れたのか全く気づかなかった。

 

 だが、兵士崩れの傭兵で生きてきた自分の勘が全力で警鐘を鳴らす。アレは違うと。自分たちでどうこう出来る相手ではない。鬼が鳴き声とも呻き声ともつかない声を発すると、身体を貫く氷の刃のように身動きが出来なくなった。


「コレットー、ぺっちゃんこにしたら後始末が大変でしょうが」


()()()がしたんじゃありませんー。この子がしたんですぅ」


「またそんな屁理屈を。還す前に片付けさせてよ」


 男の前にいつの間に現れたのか金髪の美しい少女が鬼のそばに近づいていた。声をかけようにも張り付いたように声が出ない男を他所に少女は先程の少年と二、三の口論の後、鬼に何事かを話しかけるとその鬼が素直に死骸を担ぎ上げ離れていく。

 あんな鬼を使役している? まさか、召喚……


「はい、お兄さんごめんねー」


 緊張感のかけらも無い怠そうなその声に振り向くとまたどこから現れたのか、ラフな格好の短髪の男と若草色の軍服を纏った長身の女性ががゆっくり近づいてくる。見たことの無い二人であり、特に女性の方はこんな美人なら一度会ったら忘れないはずだ。


「だいぶ色々見聞きしちゃったけど、ぜんぶ忘れて貰わないといけないんだわ」 


「申し訳ない。これも機密事項でな、覚えてもらうと困るのだよ」


 そんな物騒なことを言い放つ女性に何か声をかけようとした。それが男の見た最後の光景だった。


******


「ちょっと? その人、頭から針が突き出てるけど死んでないでしょうね」


 ミゲールの足元に男が力無く倒れ伏している。その頭、やや上の辺りに細い針が突き出ていた。誰がどう見てもダメな感じにみえる。


「ちゃんと記憶だけ飛ばすように脳に刺激を与えただけだ。そもそも、お前らだけならややこしくなっていただろうが!」


 針を乱暴に引き抜いたミゲールが眉間に皺を寄せてコレットに言い返すが、コレットはベーっと舌を出してその場を離れていく。男は生きてはいるようだが、色々とダメな顔になっていた。


 ニルヴァーナの三箇条にあるように自分たちの正体を知られる事は避けなければならない。

 その為に様々な手段を用いて証拠を消す必要がある訳だが、記憶を消す事もその一つであった。忍者であり大尉でもあるミゲールにはその手の権限も与えられていた。


「大勢相手だと諜報部が出向くが、このぐらいだと各部隊で対応しないといけないんだわ」


 世間話でもするように気軽にジャンヌに話しかけると、腰が抜けたのか動けなくなっていた女性に近づいていく。


「や、やめて。な、何でも何でも言う事聞くから。お願いだから殺さないで!」


四つ這いで必死に逃げていく女性に後ろからゆっくり追いついたミゲールが覆い被さると、ぴゃっ!と奇声が聞こえ女性はグッタリと動かなくなっていた。

完全にサイコパスな悪人の絵面にしかみえないのは気のせいだろうか。


「あ、アンタたちは一体……」


「面倒かけさせんなよ」


 残った男が上擦った声をかけたその時には、既に男はどさりと倒れていた。傭兵崩れとはいえ兵士である相手に気取られる事なく背後から攻撃を加えるという離れ業をしているのだが、その規格外の技も誰一人興味がないのか見向きもしない。


「めんどくせー、マジでめんどくせー。おいソータ、ルシン、ファロム。コイツらを適当に離れたところに放り出してこい。時期に目が覚めるから。あと、そっちの一人は最初から気絶していたから処置してないからな。気をつけて運べ」


「放置して大丈夫なの」


「もう、問題ない。目が覚めたら勝手に街まで歩いて帰るはずだ。あとは何にも覚えちゃいないよ」


 ソータ達がブツブツ文句を言いながら担ぎ上げ離れていくのを見て、ミゲールは内ポケットからややくたびれたタバコを取り出すと火をつけた。


「こんな穀倉地帯のど真ん中は火気厳禁だと思うんだが」


「うるせぇ、ヤニでもふかしてないとやってられねーよ。分かってるか? この後の報告書、絶対めんどくさい事になる。記憶消去しないといけない状況下だったのかってグダグダ言われるんだよ」


「今回はソータはともかくコレットが目撃されてしまったので仕方なかったんじゃないか?」


「そもそも目撃されるなって話しになるんだよ。もっとやりようはあったんじゃないか、ってな。うるせーっつうの」


 タバコをスパスパと吸い、まるで煙突のように煙を吐き出すミゲールにさすがのジャンヌも同情の念を抱かずにはいられなかった。

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