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40 狩りの時間 中編

「なんか奥が匂うヨ」


 帰り支度をしていたソータ達にファロムが鼻を鳴らしながら声をかける。指差す方向は黄金色に染まる麦穂の森の向こうで何も見えない。何かあるのかもと耳をすましてみても風で揺れた穂が触れ合う音が聞こえる程度だ。


「ヒトの血のにおいがすル」


「何にも聞こえないし匂わないよ。勘違いじゃない?」


「アッチ!」


 そういうや否やファロムはそびえ立つ麦穂の間をかきわけるように走り出した。


「待て! 一人で行くんじゃない。ルシンさん!」


「あら、あの子がいるというならいると思いますよ」


 ファロムを捕まえようと咄嗟に手を伸ばしたソータだったが、するりとかわされてしまいそのまま隙間を縫うよう走り抜けていく。一番の保護者であるルシンに声をかけるも、さして心配などしていない様子だ。


「一人で何かに遭遇したら危ないじゃないですか」


「バカソータ、なんですぐに捕まえなかったのよ。わたしの時はすぐ襟首捕まえたのに」


 ソータの抗議に便乗するようにコレットもファロムを心配して声をかけてきたが、内容としては少し前の恨みつらみな話しになっている。コレットの事をある意味よく理解しているつもりだったが甘かったようだ。放置すると危険とネマも警告している所は同意見だ。今度、なんか食べさせて許してもらおう。

 そんな事を考えているうちに、すでにファロムの姿は見えず離れた所の麦穂が左右に大きく揺れているのが見えるだけだ。


「その話はあと!とりあえずファロムを追いかけるよ」


 急いでファロムの後を追いかけていくソータだったが、視界には立ち並ぶ黄金色の柱だらけで見失いそうになる。足跡を探してからなどとのんびりしていたら本格的にはぐれてしまうだろう。


「ネマ、なんとかならない?探索できないかな」


〈マスターにそのような機能は搭載されていません。アクティブソナーを使ったミュータントの能力が有効と思われます〉


 ネマに相談すると自分ではムリだからルシンを頼れとの事。確かに適材適所だなと納得して振り返った時には全身をゾワゾワとした感覚に包まれていた。なんとも言えない感覚だがルシンがソナーを使ってくれたのは分かった。


「どっち?」


「先導します」


 そういうと、ルシンがソータの前に立つと迷う事なく駆け出した。長身ではあるが細身の彼女はそれほど広くはない隙間を抜けていく。小柄なソータもその後についていく事しばらくして、突然周囲が開けた場所に出た。そこにはニ体の虫と三人の人間がまさに戦闘中であった。



*****


 男達はそれなりの猛者のつもりであった。少なくとも変異種や生物兵器の討伐は何度も経験しており、仲間内でも一目置かれている自信があった。

 何しろ、スキル持ちが三人もいるのは珍しい。殆どがそのスキルに応じた定職につき、その大半が兵士になる事が多い。決して収入が低い訳ではないが、中には規律が守れなく追い出される者や高収入を求めて用心棒やならず者と化すものもいる。

 そんな中、素材売りや討伐賞金などの収入目当てで動く傭兵をしている自分たちはまともな部類だった。


 今回、討伐対象となる鋼翔蟲(スチールローカスト)とは戦闘経験はないが硬さと強靭な顎が厄介ではあると聞いていたがその程度はなんとかなると踏んでいた。無論、音響攻撃についても聞き及んでいて事前に耳栓も用意していた。

 依頼内容は討伐だが、周囲の作物への被害は極力避けないとペナルティーになる。最近、少し手持ちが寂しくなっていた仲間の一人が周辺を傷つける事なく討伐する事にこだわった。

 自分達の武器やスキルの特性上、ある程度の広さは必要であったのだが僅かの報酬減額を恐れた男は無理な攻撃をしかけた。


 結果、耳栓などなんの役にもたたず至近距離からの音響攻撃をうけ最初の一人が脱落。狭い空間での戦闘という不利な状況により残る三人も少なくない傷を負う事になった。

 急いで周囲を切り拓き戦える場所は作ったものの、戦況は思わしくない。何しろ戦闘員が一人減った。四人いるメンバーで一人は雑用や荷物持ちを任せている非戦闘員だった。

 その彼女は倒れた仲間を引き摺り少しでも離れようと懸命に引っ張っているが、意識のない人間は存外に重く非力な彼女はなんとか離れている状態だった。


 強靭な顎が金属音をまき散らしながら閉じられるのをなんとかかわした男は比較的細い脚の一本に大鉈のような剣を振り下ろす。緑の鮮血が飛び散るが切り落とすにはいたらない。


「クソ、聞いていたより硬いぞ。何で出来てやがる!」


 常人を超える力を持ち、スキルを使って人間相手なら真っ二つにできる程の一撃を放っている。兵士崩れの傭兵とはいえ、その辺の兵士とも十二分にやり合える自信を持っていた。 


「下がれ!爆打(ブラジョン)!」


 ハンマーを構えた大柄な仲間がスキルを発動させ斬りつけた同じ脚にスキルを叩き込むと激しい爆発とともに細い脚は真ん中からへしゃげるように折れる。


「やった!」


 しかし六本あるうちの一本が使えなくなった所でバランスを崩すでもなく歩けない訳でもない。ましてや前脚の一本では戦況を変えるには至らない。

 ほんの少し体勢を崩した鋼翔蟲(スチールローカスト)の顎が再び牙をむくと、砕きすり潰すような破砕音が周囲に響きわたった。


 既の所で大柄な男はなんとか距離を取った。愛用のハンマーが今、目の前ですり潰され吐き出されている。ほんの一瞬、あと少しでも反応が遅ければ自分の手足があのようになっていたかもしれない。運が良かった。

 しかし、非常にまずい。既に一人が戦闘不能になっている今、スキルを使い戦えるのは自分ともう一人だけ。残るのは所謂、一般人でありそいつは倒れた仲間を逃がしにいかせた。自分が武器を失った以上、まともに戦えるのは一人だけになっている。二人ならなんとか倒せるだろうが一人では無理かもしれない。

 そんなわずかな怯えや怯みは戦闘時に一瞬の判断を遅らせる。まさにいまがその時であった。


「し、しまった!」


 意識を逸らしてしまったが故に再度、乗りかかるように突進してくるを鋼翔蟲(スチールローカスト)避ける事が出来ず真正面から受け止める形になった男は必死に抑え込もうとする。身体強化のスキルを発動させ常人を超える膂力でもなお拮抗しているようで徐々に押し込まれていた。


 目の前には鋭い顎がギチギチと音を立てながら近づいてくる。まともな武器もない状態であり圧倒的に不利な今、まずは距離を取りたいがナイフを抜こうにもこの手を離せば押し込まれるのが分かっていた。

 ねじ伏せるしか道がないが、全身が筋肉で出来ているのかスキル持ちの自分を凌駕する圧倒的な力で押し倒されていく。

 徐々に疲労していくのに奴らは疲労なんて言葉がないかのように、なおも前に押し込んでくる。

 助けに行こうと剣を持つ男が向かうも別の一体が間に入るように邪魔をして近づくことが出来なかった。


「クソが!おい、大丈夫か?!なんとか粘れ」


「出来る訳……ないだろうがッ!」


 もはや言葉を発するのも困難な程に押し倒された男にギチギチと音を鳴らしながら鋼色の顎が迫っていき、ついにその頭が噛みちぎられ「間に合ったー」


 頭から丸齧りされる未来が見えたはずが、緊張感のない声にかき消される。思わず閉じた目を開けると眼前まで迫っている虫を押し返す者がいる。

 そこまではいい。だが、それが子供となると途端に現実味がなくなってしまう。


「ハッ?何、子供?なんで……」 


「離れて!」


 混乱した頭でグルグルと同じ事を考えていたが、甲高い子供の声に思わず反応して距離を取る。必然、押し返す手が無くなった訳で鋼翔蟲(スチールローカスト)が突進してしまう。しまったと焦ったが、もはや後の祭りであり蹂躙される姿しか想像出来なかった。


「スタンナックル!」


 子供の声とともに激しい放電音が鳴り響く。なんらかの武器を所持していたのか一瞬、虫がぐらりと崩れたその隙に鋼翔蟲(スチールローカスト)を軽々と押し返していく背中が見えた。

 あの巨体と異常な力をもつ虫を押し返す姿に思わず目を擦るが現実の出来事のようだ。


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