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39 狩りの時間

 鋼翔蟲(スチールローカスト)はルシンの言っていたように三体いた。個体毎に多少の大小はあるが概ね二、三メートルと似たような大きさだ。

 こちらを気にする事なく子供の身体ぐらいはある幹によじ登り麦穂をバリバリと食している。


「チャンスじゃない。今のうちにやっちゃいましょ」


 コレットはそういうと召喚を始め、すぐに青い光の中、蜥蜴人(リザードマン)が二体、槍を持って現れた。

 こちらに気づく事なく麦穂を齧り付いている鋼色をした巨大な背中に蜥蜴人はゆっくりと近づいていき、振り上げた槍を渾身の力で同時に叩き込んだ。


 鈍い金属音が響き槍が外殻をなめる。想定以上の硬さで大した傷も負わせれなかった蜥蜴人は一旦距離を取るべく離れた。その姿は洗練された兵士のそれを感じさせる。ようやく攻撃された事に気付いた鋼翔蟲(スチールローカスト)の一体が、ゆっくりと蜥蜴人の方を向くと背中に見えた大きく薄い羽を展開した。あたかも揺れる陽炎のようにその羽がブレて見えた瞬間、軋んだような音が大音量で轟きわたる。その音の直撃をうけた蜥蜴人(リザードマン)は大きく吹き飛ばされた。一体は直撃を受けたのか瞬時に消失、もう一体はかろうじて粒子と化す事はなかったようだが、今の一撃で既に身体から薄らと粒子が溢れ出ておりまともに立つ事が出来ずにいた。


 轟音による影響を受けたのは蜥蜴人(リザードマン)だけではなく、コレットも同様であった。少し離れていたとはいえ音圧により平衡感覚を失ったのかコレットは背丈以上の高さのある麦穂にもたれかかって荒い息を吐いていた。

 一匹でこれなら三匹揃って鳴かれると被害はどれほどのものか。

 ソータ自身は大音量の直撃を受けておらず、また何故かそこまで大きな音を聞いていない。音圧だけは受けたが十分に耐えれる程度であった。


〈音響兵器による攻撃を確認。戦闘モードに移行します〉


 ネマの声が聞こえるとソータの身体の各所に刻まれるように見える黒いラインが一瞬、夜明け前の空を思わせる淡い蒼に光った。全身に力が巡ってくるような錯覚を感じながら飛び掛かっていく。


「セイヤッ!」


 すぐそばにいた一匹を眼前に捉える突進の威力とともにソータは振り上げた拳をその外殻に叩きつけた。

 その一撃で鈍い音とともに、周囲の作物を薙ぎ倒して鋼翔蟲スチールローカストが緑の体液を撒き散らしながら吹き飛んでいく。

 2m近いバッタもどきだが、虫とはいえそれなりの重さのある塊が拳の一撃で冗談のように吹き飛ぶ姿は驚くばかりだが、ルシン達を除けば誰も特に気にする事もなく平常運転だと気にする様子もない。

 

吹き飛んだ鋼翔蟲(スチールローカスト)は突然の一撃に怯んではいたようだが、外敵に対し反応しようと巨大な複眼で敵対者を見る。その感情のこもらない眼は反射して映すソータを捉えているように見えた。間髪いれずに跳躍したソータら空から急降下しながら蹴りを放った。

 派手な音とともに周囲に土煙が舞い散る中、落下地点に小さな穴を作ったソータが周りを見渡す。仕留めた筈の鋼翔蟲(スチールローカスト)は少し羽ばたくと数メートル先に着地していた。

 

ギチギチと軋むような音がを鳴らす鋭い顎とその大きさからして、噛まれると人間の手足ぐらいは簡単に砕けるであろう。

 ゆっくりと頭をソータに向けるよう回転すると長い脚をゆっくりと折り畳んでいく。そしてその姿が消えた。

 瞬時に加速した跳躍はコレットには捉えられない速度であの巨体が消えたかのような錯覚を感じさせる程であったがソータにしてみれば、これだけの大きさがあればむしろ捉えやすい対象である。


「フレームカット」


 ゆっくりと進む時間の中、身を捻って余裕をもってかわすとヒートナイフを抜き切り付ける。しかし外殻に傷をつけるもののその大きさの為か、致命傷には至らなかった。

 ひたすら殴っても倒す事は出来るだろがあまり時間をかけてまた、あの音響攻撃をされてもたまったものではない。噛みついてくるのを横殴りをして晒し無防備な側面に右腕を振り上げる。


「ブロークンアーム!」


 音声入力に合わせ鈍いモーター音とともに右肘から先が高速回転、そのまま振り抜いたた指先が一瞬の抵抗の後、硬い外殻を貫いて腕を埋没させた。素早く引き抜き体液を振り払った時には横っ腹に穴を開けた虫が横倒しになっていた。


「横取りじゃん!」


「誰が倒しても関係ないでしょ、まだ敵はいるぞ」


 フラつきが治ったのだろうコレットが早速、ソータに絡んできたが今はそれどころではない。まだ二匹いるうえにさっきの音響攻撃は回避できるものではなさそうだ。何より鳴かれる前に倒すしかないのだが、そんなに上手くいくのか。


 そんな事を考えている間に小さい個体の羽が展開する。


「コレット!耳を塞げ!」


 さっき受けた音響攻撃の予兆をみたソータは叫びつつその攻撃を止めるべく距離を詰める。が、間に合う距離では無い。

 さっきの攻撃を思い出したコレットが慌てて耳を塞いでしゃがみ込む。蜥蜴人がその前に庇うように立ち塞がるが、形のない攻撃である音にはどれだけ効果があるか。さっきより小さい個体とはいえ、二度も連続で規定外の音圧を受ければ生身の人間がどれだけ耐えれられるのか想像もつかない。


 音圧に耐えるべくコレットが歯を食いしばった直後、先の個体より大きな音が轟く。コレットの脳をダイレクトに揺らす一撃。しかし、すぐさまその音は小さく弱くなった。ギュッと耳を押さえていた手を緩めてみると爆音ではなく、かなり小さくなっており耳を押さえなくて十分に耐えられる程度と拍子抜けの攻撃になっていた。


 ソータが間に合った訳でもなく明らかに攻撃は続いているのに規模が小さい。不思議に思ったコレットが何気なく振り向くとルシンが何かを叫んでいた。聞き取れず一歩近寄った途端、気持ちの悪い音が聞こえてくる。調子の外れた音は不快としかいいようがなく、思わず一歩下がると音が消える。まるで自分の周囲だけ音が小さくなっているようだった。


 その間にソータが展開していた羽をヒートナイフで切り落とすと同時に噛みつこうとする顎を拳を下から打ち上げて無理やり閉じさせる。

 一旦、距離を取ろうと一歩下がったソータの真横を高速で何が飛来すると鈍い音とともに鋼翔蟲スチールローカストの頭部が文字通り爆散した。


「ごめんなさい。大丈夫ですか?」


 声をかけるルシンの手元には錘のついた長い鎖がぶら下がっていた。どうやら先程の攻撃は彼女の武器である流星錘によるものだったようだ。地下で戦った時にも感じていたが、彼女の攻撃は一撃がとてつもなく重そうだ。下がってなければ当たってたのではなかろうかという絶妙なタイミングであったが結果としては完璧なタイミングであったので文句もない。


「こっちは大丈夫、ナイスフォローでした。コレットの事もありがとう」


「いえ、遅くなったぐらいてす」


「何の事よ? 分かってんなら、ちゃんと教えなさい」


 話の内容が今ひとつ理解出来ないコレットが眉をひそめ口を尖らしてソータに抗議してくる。


「いや、確証はないけどさっきの音響攻撃をルシンさんが逆位相の音をぶつけたっぽいから」


「ぎゃくいそー?何よそれ?」


そう言われても実のところソータもよく分かっていない。今しがた、ネマから聞いたところであり説明出来る程の理解は出来ていない。


「はい。あの虫の音は過去に聞いた事がありましたので対応できました。あの音と真逆の音をぶつけて出来るだけ相殺してみたのですが」


 逆位相、謂わゆるノイキャンを生声で行ったルシンは何でもない事のように答えるがそんな簡単に逆の波長が作れる訳でもなく、ましてや生声で出すなんて想像もつかない話である。しかし、人並み外れた可聴域と声の周波数帯域をもつルシンにとってはそれ程大した事ではなかった。

 とりあえず、ざっくりとした説明を理解したコレットは驚きと呆れを混ぜ合わせた微妙な顔をする。


「まぁ、さすがミュータントってとこなのかしら。何にせよ助かったわ。ありがとう、ルシン」


「いえ、そんなありがとうだなんて大した事は」


 素直に感謝の言葉を口にするコレットに驚いたようにルシンがあたふたとする。ミュータントである彼女が人から外れた力を使う事に忌避感こそあれど、と覚悟していたようだが、ここにいるメンバーでそんな考えの者は誰もいないようだった。


「そ、そんな事よりあと一匹いたはずです」


 そう口にするルシンが言う通り、敵は三匹いたはず。

 周囲を見渡すと今まさに大きく飛び跳ねようとする虫が見えた。


「まてまてーおニク〜」


 大きく跳躍したその巨体を支えていた脚を宙で捕まえたファロムが何やらおかしな事をいいながら追いかけている。


「その脚だけでも置いていケー」


 そう叫びながら力任せに脚を引っ張ると跳び上がっていた鋼翔蟲(スチールローカスト)が大きな音を立て地に落ちる。

 鋭く伸びた爪で硬い外殻を引っ掻くと耳障りな音とともに浅くない傷跡が残った。そのままファロムは片脚を掴んだまま離さず、再度振りかぶった腕を叩きつけるように脚に振り下ろすと鈍い音とともに片脚が体液を振り撒きながらファロムの手に収まっていた。

 再びその腕が振るわれると外殻ごと切り裂かれた巨体は動きを止めた。


「流石はミュータントというところだな。あの外殻をいとも簡単に切り裂くとは」


一見、子供にしかみえないファロムがやや小型とはいえあっさりと敵を倒すのは驚きを通り越して驚愕としかいいようがないのだが、ミゲールはそんな事をおくびにも出さずに涼しい顔をして周囲を見渡していた。


「見てみてねーチャン。いいお肉が獲れたヨ」


「あらあら、いいお肉。でも、さすがに持って帰れないから置いていきなさい」


 棘がいくつか生えた大きなバッタの脚を嬉しそうに持ってくるファロムの姿は獲れた獲物を主人の前に持って来るネコのそれにも見えてくる。とはいえ、二人で隠れ住んでいた頃はこの手の生物は貴重な食料だったのでファロムにしてみれば当然の行為だった。

そんなファロムの頭を撫でながらルシンは少しだけ考えた後にやんわりと置いていくように伝える。

抗議の声を上げるファロムに唐揚げを引き合いに交渉するルシン。

 しばらく、ルシンとお肉?の間で視線を彷徨わせていたファロムであったが、唐揚げの魅力に負けたのかそれでも渋々と名残惜しそうにその場に置いた。


「そのデカいのはいらないが触角を持って帰るぞ。討伐した証拠に必要だからな。ソータはそっちのをルシンはそいつを頼む」


 ミゲールは近くの獲物から見本となるように触角を切り落とし二人に見せる。ソータは言われるがままに自分の背丈ぐらいはある触角を切り落としルシンのも受け取った。紐で括り付け背中に背負うともう一度辺りを見渡すと帰路につくことにした。


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