38 当てのない探索
紅く彩る木々が風で揺れるたびにいくつもの葉が宙を舞う。澄み渡る青空の下、街から大分と離れた平原にいるソータ達は途方にくれていた。
初日は勇ましく街の周囲をパトロールのように彷徨いたが特になんの発見もなかった。翌日は少し街から離れてみたが、気持ちよく散歩を楽しんだだけになった。その次の日も次の日も特別何事もなく、せいぜいが野良の獣魔を遠くでみかけたぐらいだ。そんなこんなで更に数日が過ぎた頃には、コレットがすっかり飽きていた。
「ねぇ、もう飽きたんだけど。もう鋼翔蟲だっけ。いないんじゃないの?」
街から離れた丘陵地のある場所。時折、山から吹き下ろす風に身を縮ませるコレットは携帯懐炉を握りしめ何度目かになる文句をたれていた。
寒さに弱いと聞いていた猫娘、ファロムは意外にも与えられた服がよかったのか寒がりもせずに近くの木に登って周囲を偵察しており、コレットの方が余程寒さがこたえているようだった。
「いないんじゃなくて、探しに行ってないだけだろ。鋼翔蟲の現れているポイントを外しすぎている」
森の中だと迷彩色になりそうな朽葉色のコートを見に纏ったジャンヌはウダウダと文句をいうコレットにそう声をかける。本来ならその辺りも含めて自分たちでやってもらいたいが、このままだといつまで経っても見つける事はできなさそうなので仕方なくアドバイスとして一声かけておく。
「ポイントなんてあるの?」
「情報を聞かなさすぎるからだ。話を聞くくせをつけろ」
ムギギっと歯軋りするもノリと勢いで動きがちなコレットとしては頭が痛い話しであったが、あまりにも事実であるので反論のしようもない。
「なんか穀倉地帯を狙ってくるらしいよ。収穫期の穀物を食べちゃうんだって。なんか生物兵器らしからぬ感じだね」
改めて手元の資料を見直したソータはそんな一文をみつけ驚いたように声を上げる。どうやらちゃんと見ていなかったのは自分も含めて全員だったようだ。更に読み込めば怪しい場所も読み取れてきた。
「近くに街から一番遠い穀倉地帯があるからそこを見に行こう。ファロムー、畑が見えないかな」
樹上の枝にしっかりと足を掛け、しばらく周りを見渡していたファロムはある方向を見つめた後、手招きするように指をさした。
「畑は知らんけど、茶色い草がいっぱい生えてるとこは見えるゾ」
風になびく尻尾とともに木からフワリと降りる。それなりの高さのある木ではあったが足音もなく着地するのはさすが猫のミュータントであろう。
彼女の目視できる範囲に収穫前の畑があるようだ。闇雲に探し回るより余程可能性は高く思える。
とりあえず、そっちに向かう事を提案しても誰も意見は出なかった。何しろ、何日も闇雲に歩いていたため目標があって動けるのは歓迎するところだったのだ。
それから歩く事、一時間あまり。目視の範囲と思っていたが視力の違いだろうか、かなりの距離を歩いた所に黄金色に染まる穀倉地帯が広がっていた。たわわに実った麦と思われる実が風を受けて大きく揺れている。大人の身長を優に越える背丈に子供の頭程度の実がいくつも連なる風景はなかなかに壮観な景色であった。
思わずその実を手にとるとズッシリとした重さを感じる。ジャンヌの話しではこれを乾燥させて粉にしたものをもとにパンを作っているとの事だった。
「とはいえ、この高さがあると周りも見えないね。コレット、偵察をお願いできないかな」
「はいはい、サッサっと見つけたら帰りたいしね」
いくら屋外に出る事が少ないから楽しみとはいえ荒野をひたすら歩き回るのはさすがにこたえたのだろう。文句を言うこともなくコレットは両手を合わせると祈るようなポーズを取る。足元に蒼い光の柱が緩やかに立ち上がり、一際明るく光るとそこから一羽の鳥が現れた。羽を広げたその姿は一メートル程はあり中々の大きさだ。
「遠見鳥よ。空からの偵察ならこの子ね。行きなさい!」
コレットの声とともにその鳥は大きく羽ばたくと一気に風を掴んで上空高く舞い上がった。
「鳴くか周りを回って教えてもらうように伝えてるから。少し待ちましょう」
「コレットがあの鳥の見てる風景は見れないの?」
そうすれば何いるとか、細かい情報も手に入るので対策しやすいのに。そう思ったソータだったが、呆れ顔のコレットは被りを振る。
「あのねー、召喚は万能じゃないの。何でも出来ると思ったら大間違いよ」
「やっぱりそんな事は出来ないんだね」
「ワ、ワタシぐらいの天才少女だとそんな事はないのよ?でも、視覚を共有するって事は五感を共有する事になるの。かなり意識を持っていかれるし、やり過ぎと召喚獣のダメージも共有するから普通はしないわよ」
ソータの言葉を煽りと受け取ったのか負けず嫌いなのか、コレットはくるりと振り返ると腰に手を当て慌てたように返す。その言葉を聞いてジャンヌは驚き焦ったような顔をした。
「そんな報告は聞いていないぞ。召喚獣と完全にリンクする事が可能なのか?ならば、他の召喚士も出来ると言う事か?」
「そんなの分かる訳ないじゃない。他はどうかは知らないけど基本的に召喚獣とは繋がりはあるのよ。だから意思疎通ができるの。その発展系で視界の共有とかは出来ないことはないのよ」
ジャンヌが肩を掴まんばかりに近づいてくるのを両手を突き出して数歩下がりながらコレットが逃げる。コレットからしてみれば他の召喚士などあった事もないのたから分かるはずもない。他所は他所、うちはうちなのだ。他人ができるからと言って自分が出来る訳ではなく、その逆も当然である。
「だから、ワタシは出来る。他は知らないわ。でも、大変だからやりたくないの。これでいいかしら」
武官系のジャンヌにはこれ以上の質問を重ねるには専門知識が足りなかった。コレット専属で研究していたチームならばあるいは分かるかもしれないが、それは今どうこうする問題ではないだろう。
そんなやり取りをしているうちに、雲一つない青空の下、かなり小さく見える遠見鳥が大きな円を描くように飛び始めた。麦畑、というか林のようなものだがその上辺りだ。
「見つけたらしいわね、早く片付けちゃいましょ」
既にこの任務に飽きていた様子のコレットは一番に駆け出そうと走り出した。その襟首をソータがぐいっと掴んで引き留めるとキュウ、と潰れたカエルが鳴くような小さな声が漏れる。
「何すんのよクソータ! 危うく死ぬとこだったじゃない!」
「後衛のお前が前に出たらマズいだろーが!そっちの方が死ぬわ」
涙目のコレットが全力でブチ切れながらソータに詰め寄るが勝手に動き回られると自分が大変なのでそこは引いていられない。そもそも、後衛が真っ先に飛び出るなんてどういう了見なんだろうか。前回、そのせいで襲われたというのに、覚えていないのか。アホなのか、アホなんだろうか?
あぁ、アホな子だったなと少し悲しさと憐れみのこもった、かわいそうな子を見る目で見つめるソータにコレットの怒りゲージは早くもマックス寸前だった。隣を見るとミゲールは我関せずと言わんばかりにムシを決め込んでいる。
「それにしたってやり方ってもんがあるんじゃない! 走ってる乙女の襟首引っ張るなんて首が絞まったら大変じゃないの! っていうか絞まったし!」
「乙女は接敵を一番にやりたがらないのが普通だと思うけどな! それに手を引っ張る余裕がなかったからすぐ掴める襟首にしただけだよ。どうせ、手を引っ張っても振り払って走り出すだろ?」
思い当たるところがあるのかコレットの勢いがやや小さくなる。どうやら図星のようだ。そんなやり取りをしていたソータは一瞬、毛が逆立つような不思議な感覚を背中から感じた。いうなれば静電気で毛が引っ張られた時のような、言葉にするならゾワゾワする、そんな感覚だ。
思わず振り向くと、その目線の先にいたルシンと目が合う。そのルシンの目は驚いたように大きく見開かれると軽く肩をすくめた。
「すごいですね。あの地下の戦闘の時も思いましたけどあなたは何者なのですか?今のを感知できるなんて」
感知したといえばしたのだろうが、それが何か分かった訳ではない。なんだったのかと考えているとソータの脳内に久々の音声が響く。
〈指向性のあるアクティブソナーを感知しました〉
「アクティブソナー?」
ネマが自分の疑問に答えてくれたようだが、言葉の意味の半分も理解出来ていないのは申し訳ない限りだ。
思わず知らない言葉を呟いたが。その言葉を拾ったジャンヌが反応する。
「超音波による探知だな。ルシンはそんなものまで出来るのか?」
「はい、敵が何体いるかと思いまして。こんな開けた場所ですが方向が分かっているなら反応あるかと、ジャンヌさんも気づいたのですか?」
「いや、さすがにそんな音を感じる事はできんよ。ソータが気づいたというなら、まぁ納得だな」
ジャンヌはコイツと一緒にするなと言わんばかりに被りを振る。
「姉ちゃんのソレ、キュイ〜ンって音がするからあんまし好きくないナ」
ファロムは耳を両手で塞いで抗議するようにルシンに目を向けている。どうやら猫耳には超音波すら可聴範囲に入っているようだ。ミュータントと人間では基礎能力からして規格外という事はわかった。そんな中で全身の高感度センサーのなせる技ではあるとはいえ、音を肌で感じだソータもまた規格外と言われても仕方ないのだろう。
上空では遠見鳥が一定の場所で徐々に小さな円を描き出しており、そこに何かいるのは間違いないようだ。麦穂をかき分けながらゆっくりとその方向に近づいていく。
「で、その成果はどんなもんだったんだ。嬢ちゃん」
「近くに中型の生物が三体確認出来ました。こちらに気づいてはいるようですがハッキリしません。あとルシンです、ミゲールさん」
「大尉な、ガキ扱いされたくなきゃそれなりに出来るトコ見せてみな」
ミゲールはそう言うと背丈を超える麦林の中にスッと入ると姿が消える。風で麦穂が揺れカサカサと音を立てている中、何が軋むような嫌な音が聞こえてくると近くの麦がいくつか倒れていく。隙間から見えたのはややメタリックな光沢と長い脚が特長的な茶色の外殻に覆われたコオロギであった。とはいえその大きさは二メートル前後はあり小型の馬程度の圧迫感を感じる。
「ちゃっちゃっと片付けて帰るわよー! みんないいわね」
一番に飛び出そうとしたコレットだったが、思い直したようにススッと後ろにさがりつつ声を上げた。




