36 懇親会
先ほどまでミーティングに使われていた部屋は、ほんの数十分で一変した。会議のテーブルの上には、多彩な料理や飲み物、デザートの類いが机いっぱいに拡がっている。香り高い料理の香りが部屋に漂い、いやでも食欲をそそられる。
コレットが提案した親睦会の会場となったミーティングルームはすっかり温かな雰囲気に包まれ、さっきの雰囲気とは大きく異なっていた。カラフルな料理が鮮やかに盛りつけられ、デザートが魅力的に並び、飲み物もらいくつか準備されていた。
「これ以上、机に乗らないからこれで最後な」
両手に乗せた皿には沢山のデザートやお菓子の類が乗せられていた。両手が使えないソータは器用に足でドアを閉めると机の隙間に皿を捩じ込む。その姿はさながらプロのウエイターのように見える。
「ご苦労ご苦労、助かったわー」
「ちょっとは手伝ってくれてもよかったんじゃないか? この量、運ぶのそれなりに大変なんだぞ」
「そう言っても仕方ないじゃない? 食堂に行き慣れてるのアンタだし、私は非力でしょー。この子達は自由に動けないでしょうからアンタしかいなかったのよ」
腰に手を当て抗議するソータにコレットは仕方ないの一言で切って捨てる。親睦会をするなら食べ物だよなと食堂に行こうとするソータにヒトに姿を見せる事になれていないミュータントの姉妹が困るでしょ! とコレットが難色を示したのだ。
ルシンは遠慮がちに私たちの事は……と言ったのだが、ソータもその点に関してはコレットにしてはまともな意見と驚きつつも納得した。尤も、余計な事をいうと怒られるかグレムリンをけしかけられるのでその言葉はしっかりと飲み干していたが。
そんな事もあって食堂からのテイクアウトになった訳だがコレットの言う通りミュータントの二人は兎も角、コレットには言いくるめられてソータがデリバリー役となっていた。大量の料理を皿一杯にもって歩いたり、飲み物を溢さないように移動する部分に無駄にバランサーをフル動員し更にはネマの力を借りる事になっていたが。
人類初のサイボーグで単騎決戦兵器であるソータと禁忌の存在であるAIネマの力をもってすれば容易い事ではあったが、ソニアが見たら卒倒するような能力の無駄遣いである。
そんな自覚もないソータは文句をいいながらも手早く取り皿を配っていく。それを見て慌ててルシンが手伝いますとカトラリーを配っていった。まもなく一通り準備が整えば会議室は立食スタイルとはいえそれなりに立派な会場と変わる。
「んじゃ、お互い仲良くやりましょ。これから一緒にやってくんだから」
「ごはん、ごはんダー」
「こら、ルシン! すみません、いただきます」
カップを軽く合わせて乾杯をするとファロムが猫耳をピコピコと動かしながらピザを片手に一切れずつもつと交互に食べ始めた。ルシンはそれを見守るとパスタに手をつける。伸びるチーズにびっくりしながらピザを食べるファロムを横目にソータはいつものフライドポテトを摘んでいた。
「なぁ、コレなんダ?」
指についたトマトソースを舐めながら新しい食べ物に目を向ける。薄茶色の丸い円盤の上に乗った黄色い塊。それが溶けて形を崩しつつあった。
「それ?パンケーキよ」
「パンケーキ?」
「そのバターの上にシロップかけて食べたら美味しいって、ちょっと!」
コレットがパンケーキのおいしさを語りかけたところで止める間も無くファロムはパンケーキの上にあるバター鷲掴みにするとほおばった。
半分ほど溶けていたバターが手のひらを濡らし、冷たく塊の部分は口の中でゆっくりと溶けていく。
なんとも言えない感触に手を離したファロムは手のひらから垂れていく黄色い液体を一舐めした。
「ぱんけーき、そんなにうまくないゾ」
「当たり前でしょ!それはバター。パンケーキと一緒に食べないと。あとシロップも」
コレットが仕方ないわね、と普段みせない穏やかな表情で手元の布巾を使ってファロムの手を拭いてやるとパンケーキにシロップをかけ一口サイズに切ったものを突き出す。
「はい、アーン」
「アーン?」
鸚鵡返しに開いたファロムの口にフォークを突っ込む。驚いていたファロムだったがその表情がみるみる変わっていく。
「ぴゃあー、甘いし美味いゾ!」
「こら、ナイフとフォーク使ってって……、まぁ今日はいいか」
シロップで手をテカテカにしながら手掴みでパンケーキを口に入れているファロムに注意をしかけて、食事を楽しむ事を優先するためにそれ以上、口にする事をコレットはやめた。
そんなコレットの様子を生暖かい目で見ていたソータに気づくと手持ちの皿を身体の後ろに隠すように動かした。
「何よ、これはやんないわよ」
「いらないよ! それスイーツばっかだし。やけにファロムに甘いじゃないか。まぁ、作法も何も人の事言えない俺は気にしないけどな」
「ふん、スイーツの美味しさを教えてやっただけよ」
「そう言う事にしといてやるよ。しかし、お前にしては今回は随分まともな発想だな」
「わたしがまるで普段は普通じゃないみたいなこと言わないでくれる?」
「そこまでは言ってないけど、これに関してはいい考えかな。正直、拉致してきたに近い彼女たちにすぐ協力してねって、ムシのいい話も過ぎるし信用されないだろうから仲良くして信じてもらわないと」
「そうよねー、ほんと拉致監禁よねー。わたしもアンタもだけど。ねー、ルシン。聞いてくれるー」
そういうとコレットはルシンとファロムの間に身体を捩じ込むとやや引き気味のルシンにガンガン話しかけ始めた。ファロムには自分の皿のスイーツを見せつけた後に渡したら途端に懐いてくれていた。
八割コレットがしゃべって残りを二人が話すという感じではあったがいつのまにやら三人で話が始まっていた。これは女性だからかコレットだから、このコミュ力は自分には真似できないと思ったソータは追加の料理などを運んで場を作る役に徹することにした。
「じゃー、お二人とも外には殆ど出てないんですか」
「出ないのカー」
「出てないじゃなくて出れないのよ。わたしもアイツもちょっと特殊だから」
「私たちはミュータントという事で納得していますが、コレットさん達はなぜ?」
「コレットでいいわよ。わたしはガイアとは関係ない力を使ってるとはいえ、召喚士だから。アイツはなんか全身機械だから軍事機密なんだって」
「機械ですか?でも、見た感じはヒトと同じですけど」
軍事機密をサラッと口にしてる時点でアウトなのだが、ここには関係者しかいない状態なのでギリセーフなのかもしれない。
確かにソータの身体はほぼ普通の人のそれとは変わらない見た目になっている。なんなら体温も測ればやや高いながらも測定が出来る。少し目立つのは全身いたるところに刺青のような黒い線が引かれている事をだろうか。人工皮膚を貼り付けるというのはコスト面を考えると製作者の趣味と言われても仕方ないのだが。無闇に金属の肢体を晒して悪目立ちするよりも余程いい。
瞬時に動力を送ったり、情報伝達のための回路の為に黒いラインが各所にありそれが刺青のように見えている。
「でも、一応機械なんだよ。食べれるけど何でもって訳でもないし。時々、定期検査はいるしね」
「触っても冷たくないゾ。フシギー」
いつのまにか横に来ていたファロムがソータの手足をぺたぺたと触っているが金属特有の冷たさがない事を不思議に感じていた。
「詳しくは分からないけど、ソニアがいうには燃料電池の排熱がいい感じになっているから?とか言ってたかな」
「そんな話、どうでもいいじゃない。それよりもっと外の話し聞きせてよ」
ソータの話しをどーでもいいと切り捨てたコレットはルシンとファロムにスイーツを勧めながら話し始めた。
どうやら自分はもうしばらくウエイターをしなければならないようだ。ソータは小さくため息を吐くと追加を取りに部屋を出て行った。
敢えてゆっくりと歩きしばらくして追加を手に帰ってきた時には三人はすっかり打ち解けているように見えた。コレット達は隅っこに片付けていた椅子に座ってくつろぎながら話しており最初に見られた緊張感はかなり減っているようだった。
ファロムは一人、テーブルの食事を食べているがその速度も落ちてきておりこれ以上の追加は必要ないと思われた。
「じゃあ、ルシンがバレないように街で働いてお金を稼いでいたのね」
「お金がないと何も買えませんから。外の獣だけを狩って生きていく事は難しいですし。ファロムはまだ小さかったけど女の子ってバレないように髪を短くして性別が分からないようにしてました」
「よくミュータントってバレなかったわねー」
「幸い、私達はヒトによく似ていますから頭を隠せばそれなりに。お金は日雇いの仕事を転々としながらなんとか。でも、そのうち街のならず者に絡まれる事が増えてきて。追い払うのは簡単なのですが、そうすると街にいられなくなるのであの地下に隠れるように住むようになったのです」
「二人とも大変な生活をしてたんだね。ルシンさん達はこれからここで色々な仕事をしないといけなくなるけど、大丈夫なの」
飲み物を手渡したソータが尋ねるとお腹いっぱいで眠くなったのか甘えるように抱きついてきたファロムを抱えたルシンはやや目を伏せる。
「正直、どんな仕事か分からないので心配です。この子も出来れば危ない目に合わせたくはないのです。でも、それしから道がないのなら進むだけです」
それでも今までよりも安全かもしれませんし、とつぷやくと顔を上げた。
「ですので、精一杯頑張るのでよろしくお願いします」
「いや、そんな大した事は」
「任せてよ、コイツはそれなりに使えるし、わたしもしっかりサポートするから」
明らかに自分達より年上であろうルシンに畏まって言われた事にワタワタと手を振るソータ。対照にドンと任せろといわんばかりにコレットが自身の胸を軽く叩く。
「また安請け合いを」
「いいの! アンタも手伝うんだし、それにほっとけないでしょ」
いつものように二人の口喧嘩が部屋に木霊するなか、
テーブルの料理がほぼ空になるまでゆっくりと話しは続いた。




