33 ラボにて 二人の会話
「で、結果はどうだったの?」
ニルヴァーナの地下の一室、ラボに積み上げられた機材に腰掛けながら若草色の軍服姿の女性、ジャンヌはソニアに尋ねた。ソータと別れた後、彼女は詳しい報告を聞く為にソニアを訪ねていたのだ。
大量の紙の束を抱えて机の上にドサリと置くと、眼鏡の銀縁を持ち上げたソニアは検査データに目を通しながらやや興奮した顔で振り返る。
「みてみてジャンヌ! 凄いのよ。あの子達、どの値をみても常人とはかけ離れた数値なの! 人と動物がこんなにきれいに混ざるなんて芸術ものよー。私達の今の技術じゃとてもムリ。昔は色んな事ができたのねー。ほら、この子の反射神経なんて普通の数十倍はあるわよ。ホント、すごいわぁ。あとこっちの子は声帯が特殊で高音域の幅がすごいの! それでね……」
興奮しながらデータ片手にまくし立てている。いつもの間延びした喋りもなく饒舌になっている時のソニアは完全に研究モードになっており一般人は殆どついていけない内容ばかりであった。
ひたすら喋り続けるソニアの話を右から左にジャンヌはぼんやりと聞き流す。
研究畑のソニアと軍人のジャンヌがこうして接点がある事も不思議な縁だが、そのソニアとは不思議と気があうらしくジャンヌはここでは普段の堅苦しい雰囲気を出すことはなかった。軍人出のジャンヌに対してもズカズカと踏み込んでくる、ある意味空気を読まない性格がジャンヌとは正反対であった。階級も立場も気にしないソニアだからこそ過ごしやすいのかもしれない。
そうして、いつのまにかソニアの世界に巻き込まれる事になり気づけば、今のように数少ない気楽に話せる仲になっていま。
「わかったわかった、わーかりました。で、結論としてはミュータントで間違いないのよね」
更に数値の羅列してある資料を目の前に突き出し専門用語を捲し立てる彼女に降参とばかりに軽く手を挙げる。
「もちろんよぉ。大戦当時の記録がある他所の支部の情報とも照らし合わせたし、何よりこの数値は間違いなくミュータントねぇ」
「かなり人に近い見た目なので驚いたよ。知っているミュータントは人の姿からかけ離れた者が多かったからね」
「突然変異タイプはそうなのよねぇ。一般にはそっちが有名だけど。あの子達みたいに人為的に造られたタイプとかは見た目が人間に近いらしいわ。でも生殖機能に制限かけたとか寿命は短命だったとか資料で見た事あるけどなんで現存してるのかしらぁ」
「そんな物をどこで?!」
色々と饒舌に語るソニアだが、その内容がちょっとアレな事にジャンヌはギョッとした目でソニアを見る。
何しろ、そんな事は一時、軍属であった自分でも詳しく知らない内容であったので一般的な内容ではないはず。恐らくは大戦末期の資料であろうが、そんな物が現存してる事があるのだろうか?そもそも、AIのネマが存在し機士の再現というか単騎決戦兵器としてソータという全身機械化をこなしている人間がいる時点で普通ではないのだが。
改めてその事実に向き合う事になったジャンヌは今更ながらとんでもない組織に属している事に気付かされた。
そんな内心を知らないソニアはやっちゃったと言わんばかりの顔をすると人差し指を立てて口元に当てた。
そういう問題でもないのだが、もはや今更ではあった。考えても仕方がない事はこれ以上考えず、次の問題をなんとかしないといけない。
「となるとどうするか。だな」
とジャンヌは呟いた。正直、ミュータントとなるとお荷物なのだ。解放するにしても、既にニルヴァーナの施設をみられている。どの道、外の世界で生きていくのは厳しく、このままでは世捨て人のような生活を続けるか犯罪組織に身を置くかぐらいしか生きて行く道はないだろう。
(ここまで関わった以上、うちで面倒をみるのが正解なのだろうけど、どういう扱いにするかが問題なのよね。上に相談するしかないかしら……。でも上かぁ………。)
まだまだ語り続けるソニアをあしらいながら今後の事を考えるジャンヌはなんとなく痛むこめかみを軽く揉んだ。
*****
「ジャンヌ少尉入ります」
支部長室の扉を開け敬礼とともに部屋に入る。
資料が積み上げられている机には屋内にもかかわらず黒サングラスのハゲ男がいつものようにラーメンをすすっていた。見た目はアレだがニルヴァーナの数少ない支部のトップ、超白竜その人である。支部のトップになるような人だからそれなりに出来る人なのだろうがその片鱗も見た事はない。
「超支部長。面会の時間を頂きありがとうございます」
「そんなに固くしないでイイヨ。どの道、ソータ君の報告も直接聞きたかったアルし」
大事そうにチャーシューをつまみあげるとハフハフと頬張った超が答える。
「ソータ君はどうネ?使えそうアルか」
「はっ。性格がやや戦闘向きとはいえませんが、子供にしては複雑なシステムの理解も早く順調です。今後の教育次第で対処可能かと思われます」
「過去の文献にあったようにスキルなしの彼がスキルを使えていると聞いているアルが」
「はい、正確にはスキルというかサイボーグ由来の兵器などの能力を使っているようですが」
「最早失われたジョブになるアルからね。詳しい事は我々でも詳しく分からない以上、奴らはもっと把握出来ないはずアル。彼は切り札にはなり得るかネ?」
「かならずや」
力強く頷くジャンヌをみて満足げに麺をすする。
今の内容に満足したのよね。ラーメンがおいしかったらじゃないのよね。
ジャンヌはその反応をみてクルクルと頭を回転させていた。超支部長の反応は時々わからなくなるから毎回、対応に困っていた。普段が普段だけにただのデブと思われがちだが、偶に、ごくたまに鋭い指摘があるので油断は出来なかった。
今回の計画に最終的に決断を出したのは支部長である自身であったが、過去の文献から機械化した人間がスキルのような力を擬似的に使える事は分かっていた。それが本当なのか実験をしなかった訳ではない。不幸にして四肢の一部が欠損した機関員の中で候補を探し出し移植した事がある。
結果として元々、持っているスキルも新たなスキルも発動する事がなかった。感染や神経系統のリスクも高く、奇跡的に移植したパーツの分離が行えたことで一命を取り留めたような状態であった。
同じ実験を数回行うもどれも同じ結果になった事から危険性が高いとこの計画は中止となっていた。
その結果から条件としてノンジョブであり移植に対するあらゆる危険性がないものに限るというあり得ない条件としたのだが、まさかの適合者が出るとは超自身を含め誰も思っていなかった。それも全身置換という神の行為に等しいような事を。
いや、一人だけ現れる事を予見し実現できるという人物がいたが誰もまともに取り上げなかっただけだ。
そのソータの事を考えていると自然にもう一人の顔が浮かび上がる。
「コレット嬢はどうネ。相変わらずアルか」
その名前を聞いて思わずジャンヌは微妙に眉をひそめ思索の表情を浮かべる。何しろ、コレットは存在そもそもが問題であったが、比較的大人しい類だった。言う事をあまり聞かないという問題はあっだが。それがソータと混ざってからは本性が出たのか更に加速した感じだ。とはいえ根の悪い子ではないし、やる事はやるのでただの反抗期のようなものと思ってはいた。
「あいも変わらず、ですね。でもさすがですよ。検査でも示していましたが異質としかいいようがありません。過去のガイア召喚士のデータとは明らか異なる部分が多く散見します。またあの年齢にしてはセンスも悪くないと思います」
「本人に言ってあげれば喜ぶネ」
「それでは増長します。あの子の為にはなりませんから」
いたずらっぽくニヤりと笑う超に苦笑で返す。
コレットは優秀な子ではあるが、何しろまだまだ子供である。慎重ではあるだろうが、自分の力を過信する可能性は捨てきれない以上、注意が必要だと思っていた。その点、ソータは素直だった分、楽ではあったが、最近はコレットに毒されたのか問題行動を起こす事はが増えた。まぁ、まだかわいい範疇ではあるが。




