31 未知の敵 後編
白煙を吹き出し明滅しながら刀身の色が鈍い鋼色に変わっていくヒートナイフだったがソータは意に返さず使い続ける。
牙を剥き出し、獰猛ではあるが感情を全く感じさせないガラス玉のような瞳が幾度もソータを映し出す。なけなしの勇気を振り絞り、牙を、爪を弾きかわし何度かの競り合いの末、僅かに見つけた隙に勢いよく拳を振り上げた。
「スタンナックル!!」
渾身の力で左腕を撃ち込むと鈍い打撃音と同時に何かが破裂するような音と稲妻と変わらぬ激しい閃光が周囲を照らし出し電撃が相手の身体を走った。
痛みを感じない身体がまるで苦痛にもだえるようにくの字に折れ曲がる。普通の生物なら今の一撃で昏倒してもおかしくないが、アンデットにはそのような概念はないようだ。
しかし、痛みはなくとも電流で筋肉の自由が奪われれぼまともに動く事は出来ない。血斑猟犬は激しく痙攣する身体でもがいているが、明らかに動きが遅くなっていた。
続け様に右手を高く振り上げると指先を手刀のように伸ばして叫ぶ。
「ブロークンアーム!」
室内に低い異質な音が聞こえ一瞬の静寂の後、モーターの低い唸り唸りが室内を充していく。
音声入力を受けた右肘から先が高速回転を始め、さながらドリルのようになる。
そのまま手刀で貫くように構えると一気に脇腹に飛び込み全力で撃ち込んだ。右手は硬い毛皮を貫き肘までめりこんでいる。
同時に焼け付いたような鈍い痛みが腕に走った。逆回転を使って急いで引き抜くと当然の如く、体液が当たり人工皮膚が火傷のような状態になっている。慌てて血を振り払うがそれなりにダメージは受けているようだった。
「崩華!」
どこからともなく現れたミゲールが間髪入れず二本の刀を突き立てると抉る様に回転させ抜き放つと傷跡がドス黒い華のように拡がった。
それと同時に血斑猟犬は焼け焦げたような臭いを放ちながら、グスグズと溶けるように消えていく。後には召喚獣と思われるようないくつかの骨片が残されていたがそれも徐々に溶けていった。
〈イグニッション終了します〉
最近、搭載された試験用新兵器"ブロークンアーム"。近接戦の武器として腕が強力なドリル様に化し相手を貫く。ソニアが「男の子ならこういう武器が好きだって他のスタッフから聞いたんだけど」とやや理解し難いような顔をして出してきていた。
ソータにはよく分からなかったが、何となくカッコいいと感じたのでそういう事なのかもしれない。確かに強力ではあるが使う相手はよく選ばないといけないようだ。
*****
ガイアに傭兵として雇われたサイキッカーのマーサは動揺を隠せないでいた。造られたサイキッカーであるマーサは管理の為にある軍の監視下にあったがその生き方に不満を覚え脱走。闇で流れる薬を使用しながら生きながらえていたが、それなりの費用がかかる。
結果的に裏の仕事に従事する事となった。今回はガイアだが金払いがよければ何処でも、何でもした。今回は一般市民の誘拐と召喚士の護衛とかなり簡単な仕事であった。行方不明になっても問題ないような人間を攫ってはガイアに引き渡す。何に使うのかは知った事ではない。後で大量の死体を使った召喚を行うとは聞いたが自分に関わりが無ければどうでもよかった。
それなりの腕前があるマーサであったが、このオーガは異質だった。そもそもガイア以外の召喚士がいる事自体ありえないはず。奴らの神以外にいるなんて聞いた事がなかった。更にあの小さな少女が召喚したとは思えない強さ。召喚に信仰心や精神力が関与しているのは知っているが、それにはそれなりの年齢に達しての理解や訓練が必要のはずだ。何より異常なのは持続力だ。召喚士でない自分でも、高レベル帯になるほど召喚時間の制限がつきまとう事は知っているがこのオーガはとうに召喚時間は過ぎているであろうにまだ現存している。
既に、雇い主たる召喚士二人は死亡している。障壁を展開するのも限界が近く、認めたくないがこれ以上の戦闘は危険であり無意味だとマーサの第六感が囁いていた。
「パイロファイヤ!」
突如、レッサーオーガの身体が赤い炎に包まれると巨大な松明と化す。自動再生が鬱陶しい相手だが炎が有効な事は仕事柄知っていたマーサは奥の手を使った。同時に煙幕を焚き視界を塞ぐ。
激しい咆哮とも絶叫ともつかない声を上げて燃え上がり、更に狂ったように暴れ出すオーガを前にマーサは何度も頭を殴打されたような激しい頭痛に襲われていた。
強い力を使い過ぎるとこうなる事は分かっていたが逃げるには派手でかつ高威力のものが好ましかったからだ。心臓の鼓動のたびに頭を貫く痛みに顔を歪めつつも懐にから小さな薬を取り出すと口に入れ噛み砕く。もう少ししたら頭痛も改善するはずだ。
その時、轟音を立てて何かが飛来してくるのを感じ反射的に障壁を展開したが、疲労した状態のためかあっさりと破壊された。オーガが苦し紛れに投げたであろう棍棒がマーサの腕に当たりおかしな形に折れ曲がる。
苦痛の絶叫を上げる間も無く、続け様に聞こえた銃声が最後の音だった。
ソータが冷静に周りを見渡した時にはオーガが何故か黒焦げになりながら蒼い粒子に包まれて消えていく所であった。
「意外に弱かったわねぇ」
コレットはクラブ活動でも終わったかのような軽いノリでおつかれーと軽く声をかけてくる。そんなコレットのもとにジャンヌがツカツカと歩み寄り胸の高さにも満たないコレットを真上から見下ろすぐらい近づいていく。
「コレット! 被害がなかったからよかったもののチーム全体を危険に晒すような行動はだな……」
「あら? 結果的には奇襲になったし、勝てたから問題ないじゃないの」
更に何かを言いかけたジャンヌだが、額に手を当てるとガックリと頭を垂れた。
「分かってはいたつもりだが、一から十まで説明が必要とは。お姫様かお前は!」
そんな声にもコレットには何食わぬ顔で苦しゅうないみたいな感じなので、余計にジャンヌのイライラが募っている。これはほっとくとミゲールにまで火種が撒かれて自分も巻き添えになる可能性が高いとソータは今までの経験で学習していた。何か話題を変えないといけない。
「ジャンヌ、こんなところにガイアがいたってことは何かしてたのかな?」
「あぁ、詳しくは後で調査班に任せるがこの雰囲気だと、もしかしたらもっと多くの供物を捧げてあれ以上の大型の魔獣か何かを召喚しようとしていたのかもしれない」
ソータは振り返って広間の中央に位置していた裁断のようなものを見直す。
供物か……。かなり多くの人間が殺されていた、と思われた。今はその場所には血溜まりだけが残っているだけとなっているが。
死体も残さないなんて恐ろしい。魂も食わせる、みたいな事を言っていたがもし本当なら救いがない。大人も子供も関係なく殺していたように見えたところから、ガイアは本当に狂気の集団なのだろう。
力のない人達が争いの最初に犠牲になる。この世界ではそれが当たり前だと思っていたが、力を正しく使えばそんな人達も減るかもしれない。
死にかけた自分が運良く治療を受ける事ができ、そして身体が機械化してしまったが生きながらえる事ができた。更には機士のような力も手に入れている。これはきっと自分に課せられた使命のようなものかもしれない。少しでも多くの人をせめて自分の目の届く範囲だけでもガイアを含め脅威から守れるようにはしたい、そう思いながらソータは右手の調子を確認するように動かす。火傷の痕が見られるがそこまでダメージはなさそうだった。初めて実戦で使ったスキルに振り回されていたのは否めない。ソニアに後で叱られるのは覚悟しないといけないだろう。
「サイキッカーがいたのは驚いたが基本は軍管轄のはずだ。ガイアに与するバカな国家はないだろう。まず間違いなく傭兵になるはずだ」
「サイキッカーは珍しいの?」
「そうだ、ソータと同じような理由でな。定期的に健康診断が必要だし薬などを投与しないといけないからな」
ミゲールがサイキッカーの遺体を確認し終わると立ち上がった。
「いずれにせよ、ガイアに手を貸すような奴らはロクでもない奴らだ。とりあえず、軽く調査したら早く帰って報告をしないと」
この後、他にも潜んでいないか、など周辺の調査を軽く済ませた結果、特に危険なものは見当たらず帰路につくことになった。
ちなみに、ここでの捜索で一番の成果はトイレ発見だろうか……。




