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2 生への取引

不安はあるものの、その日のうちに搬送され入院する事になったソータにはあらゆる最新の検査、治療が直ちにおこなわれたが予想に反して病気が治る事はなかった。最新の薬、治験段階の新薬、最新の医療技術それすら効果が得られる事がなく、ただベッドに横たわる日々となっていた。今では寝ていても手足すらろくに動かす事は出来ない。


ある日、主治医がいつもの診察を終えるとベッド横にしゃがみ込みソータに語りかけた。


「ここまでよく頑張っているな。どんな夢がここまで力を与えてくれているんだ?」


「色んな仲間たちとみんなを困らせる悪い奴らをやっつけて冒険する夢を見てるんだ。僕の身体は機士みたいに強くて丈夫なんだよ」


主治医は大きく頷きながら続けた。


「ソータ君の夢は君が生きていく力だよ。それは君の中に宿る力なんだ。私は君の中に大きく力強い光があると思っている」


「ありがと先生。まだ喋れるうちにみんなに感謝の気持ちを伝えたい。家族や友達、そしてここで僕を支えてくれる皆んなにありがとうって言いたいんだ」


主治医は微笑みながら手を差し伸べ、その小さな手を包むように握った。



 この時、ソータ自身は流石にこの病気が治るとは思っていなかったが、ここまで長く生きてこられたのは間違いなく今までの医師や看護師などのスタッフの力。そして、何よりも両親のおかげだと感謝の気持ちが胸にあった。その両親は最近、大規模な戦闘に巻き込まれて二人ともこの世を去ったと聞いている。


 一時は治療への意欲も希望も無くしかけていたが、色々な人が自分に関わってくれ勇気と希望を与えてくれている事。自分がいる事で他者に与える影響もあるんだと理解してからは、その一瞬の繋がりを大切に感じるようになっていた。


 しかし、病は進行しており最近は呼吸するのも辛く、例えるなら鼻の穴ギリギリまで水に浸かってる感じに近く、吸うのも吐くのも苦しい状態が続いている。

 この施設に来て約二年経つが進行は緩やかになっていたものの症状が良くなった試しはなかった。ここ最近は特にひどいと自覚している。恐らく長くは生きられないだろうことはなんとなくわかった。

 わずかに動かした視線に映る全身を覆う赤いシミが目立つようになった包帯を見つめ、思わず諦めともつかない深いため息が自然とこぼれる。


 そのため息を起点にまたひどい咳が出た。再び、アラーム音が鳴り響き、すぐに看護師が飛んでくると、モニターを見ながらすぐにソータに酸素マスクがつけられる。止まらない咳の中、意識をゆっくりと手放していった。




 一面、白い世界。ソータが天井の明かりだと理解するまで数秒かかった。目線をずらすも視力の落ちた目ではぼやけてよくみえない……。

 どのくらい眠っていたのだろうか。入ってきた看護師と思われる人影に声をかける。


「………………」


 掠れ過ぎて蚊の鳴くよう声しか出せない事に少し驚きつつ懸命に声をかける。

 声に気付いたのか看護師とソータの目が合うと大慌てでどこかに連絡を取っていた。


 どのくらい時間が経ったのか、何度か覚醒と昏睡を繰り返した後、目を開けると見たことのない男がソータの前に立っていた。

 ぼやけた視界でも分かるぐらいの特徴で、チビ・デブ・丸サングラスの典型的な怪しい雰囲気の怪しい男。おまけに泥鰌髭と見るからに悪人を絵に描いたようような姿だった。


「自己紹介は省くヨ。……単刀直入に言おう。ソータ君、君ほっといたら死ぬアル。が、助かる方法があると聞いたら君はどうしたいアル?」


 ソータは油断すると手放しそうな意識の中でその声を必死に聞く。


「いきなり死ぬなんて怖い話だね。でも、この病気に効く治療はないってみんなが言ってたよ」


 掠れた声で男に声を返す。正直、助かる方法も眉唾ものだとソータは思っている。勿論、死にたい訳ではない。両親の為にも元気になりたいし、お世話になった人へのお礼もしたい。昔のように走り回って遊びたいが、その手の話は何度も聞き飽きている。しかし、もしかしたら次こそはと思う自分がいるのも確かだ。

 期待と懐疑心が織り混ざった目で怪しい雰囲気しかない男を見つめた。


 怪しい男はベッド横のパイプ椅子を引っ張り出すと前後逆に座りながら話す。


「君はかなり特殊な体質でね。我々、ニルヴァーナの医療班があらゆる薬を試してはみたんだが、どれも効果が得られなくてネ。色々調べてようやくわかったのだが、簡単に言うと、どんなウイルスも細菌もバクテリアも有害物質だろうが薬だろうがなんでも無力化してしまうアルよ」


(えっ? 何それ? それなら病原菌も無効だから病気になるはずないじゃない?)


 そんな疑問をわかっているかのように男はソータはの返事も待たず大きく頷く。


「病気にもならないのだが、体に必要な細菌も酵素も全部機能しなくなりつつアルよ。詳しくは分からないけど免疫機能不全の特殊なものアルかねぇ。薬も当然効かないから手の打ちようがないアルよ」


 難しい事はよく分からなかったが、どんなバイ菌でもやっつけてしまう代わりに生きていくのに必要な菌とかいい薬でも全てこの体質でやっつけでしまう。だからどんどん身体が弱ってるって事だろうか。


「試しにちょっと劇薬を使用させてもらったアルが、君の身体に入れる先から全て無害なものに変わってしまったようで効かなかったアルよ」


「ちょっとまって! 毒を使ったの?!」


「あー、誤解しないで欲しいアル。痛み止めやら麻酔の類アルよ。子供用では効かなかったから大人用の一番強いやつを使ってみたアルが結果は一緒だたヨ。昔は少しは効いたのに最近、どんどん効かなくなってるネ」 


「全て無害に……、毒も薬も関係なし、か。自己防衛も過ぎるとこんなになるんだ……」


「何故か脳だけは正常な働きが維持されているから意識だけは保たれているというのは幸か不幸かといった所アルよ」


 なんとなく理解したようなソータの顔をみると、話が早いアルねと男は呟いた。


「困た事にその力、ドンドン強くなってるアルねー。恐らくもうすぐ脳以外は機能しなくなるヨ」


 そしてソータの顔を覗き込むように自分の顔をぐっと近づけてくる。


「そこで最初の話に戻るのだが、うちの研究機関で進めているプロジェクトの被検者になってもらいたいアル。その神懸かり的な適性能力が是非とも必要ネ。ご両親の許可が欲しかったあるが、もうご存命ではないと聞いてるネ。ソータ君はどうしたい?」


 男は顔を離すと椅子から立ち上がり襟元を正しながら続けた。


「このまま君が死を待つというなら大変残念ネ。でも部下たちがどうしても君を使いたい、いや助けたいというのでネ。お互いを助けると思って……、どうアルか?」


 うさんくささしかない男が子供に怪しげな勧誘となると、悪徳商法や詐欺の類しかないものだ。オマケに口約束となると、もはや危険性しか思いつかない。普通ならこんな怪しい勧誘は即、お帰り願うのが普通だろう。

 しかし、ここで断る=治療終了の危機となると話しは別となる。


 ソータは一瞬悩んだが選択肢はない事に気付いた。このまま死ぬのはごめんだ。被検者って言葉がかなり気になっていたが死ぬよりマシだ。両親は自分が入院した直後に大規模な戦闘に巻き込まれて亡くなっている。その時に自分は決意したはずだ。いつかこの世界に平和を取り戻せるような人になろう、あの英雄のような強くありたいと。

 自分を助けるため、自らの生活を捨ててでも治療できるよう色々と手を尽くしてくれた両親の為にも勝手に死ぬなんて出来ない。


 今だって息がしにくい、死神の鎌が首筋まできているのを感じている。痛いの苦しいのもゴメンだ。

 今まで沢山助けてくれた人達が考えた最後の治療方に賭けてみてもいいだろう。賭けるものは自分の命だが、正直ここまで生きる事が出来たので惜しくはない。

 その実験とやからが成功して助かればよし、失敗して死んでしまうなら今の苦しみから解放されるからよし、遅いか早いかの違いとも考えていた。


「いいよ、好きにして。でも、失敗したら上手く死なせてね」


 幼い子供相手にする話でないのは分かっていても本人の意思がどうしても優先される話であるためサングラスの男は断腸の思いで話をもってきた。許されざる悪魔の契約なのだから。


 だから、


「勿論アル。全力で君を助けるよソータくん」


 生命活動の異常を知らせるアラーム音がどんどん遠くに聞こえる……。まるで、自分の心臓の鼓動のように。

 そしてソータは再び深い闇の中に落ちていった

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