26 探索
暗い通路にライトの明かりが交差する。よく分からない生き物が暗闇に走っていくのが見えた。ソータとコレットはジャンヌ、そして追加メンバーのミゲールとともにあのマンホールの下、旧下水道と呼ばれる場所を歩いている。既に廃棄されて久しく汚水はもはや流れていないが、湿気た苔や雨水によるものだろう水たまりがライトに照らし出された。
ソータがミュータントたちと遭遇してから数日、諜報部が以前街外れで絡んできた小悪党達から任意の事情聴取をおこなったところ自主的に情報提供を得る事が出来た。彼らは下っ端ではあったが、売人とのやり取りはおこなっていたらしく、今後はそこから組織を辿っていく計画となる。この国では人身売買は立派な犯罪なので重刑は免れないだろう。
あの時、ミュータント達の逃げたこの旧下水道は大戦以降廃棄されているらしく、何か問題が起きる可能性も考慮していずれは調査はしないといけなかったらしい。
これも世界の秩序を守る事だ、とかジャンヌはいうがこんな地味な活動で世界が変わるなら苦労しない。
今回はしっかり装備を固め、ソータは動きを阻害しないよう特殊繊維で作られたジャケットを羽織っている。ソニア曰く、防刃、防弾に優れていると折り紙付きのものだ。
「くらーい、くさーい、ばっちいー」
コレットはひたすら文句を言いながら足元の小石を蹴り飛ばす。盛大な音を立てて通路の奥の暗闇に吸い込まれるようにコレットの声とともに反響し消えていった。
「どうして! お前らはッ! 最低限の隠密行動すら取れんのだ!」
ミゲールは額に血管を浮き出させ怒りをあらわして周囲をぐるぐると歩き回りながらコレットとソータに向かって怒鳴る。ソータにいたっては完全にとばっちりなのだが、普段が普段だけに仕方がないのだろう。
ただ、大声を出したミゲールの声も反響して暗闇の奥に届いているだろうに。その辺を指摘するときっと怒るだろうから誰も指摘はしない。ミゲールはクセのある短髪をわしゃわしゃと掻きむしるとその後、全身の空気が抜けるのではないかと思われるぐらい盛大なため息をついた。
「ジャンヌ、なんで俺を呼んだー?」
力無い声ですがるようにジャンヌに問いかけるがあの二人の扱いに関してならばジャンヌは慣れたのものであり、この程度のことでイラついたりしなった。最早、言ってもムダと悟る事が大事なのであるが、それをミゲールに伝える気はない。
「行ったはずよ。あの子達の支援兼護衛ね。コレットはともかくソータには不要かもしれないけど」
「なんて俺なんだー」
「それも連絡済み。あの二人が何者かは、あなただって知ってるでしょ。私だけでは支部長の許可が降りなかったのよ」
「相手がミュータントだからか?生捕りで、かつ保護とはな」
「大いに期待しているアル。だそうです」
「クソが!」
注意を受けたはずが、まだ騒いでいる子供たちをみて、そして自分任された任務を考えて思わず悪態が口をつく。
「お前ら! それ以上騒ぐなら口が聞けなくしてやるぞ!」
そんな声を尻目にコレットが何やら期待を込めた目でソータの脇腹をつつき小さく声をかけた。
「ソータぁ。あんた、目からライト出して照らせたり出来ないの? 暗くてしょうがないんだけど」
「できる訳ないだろっ。お前、俺を何だと思っているんだ!」
なんだ、つまんないヤツ。と言っているコレットをソータはジト目で見るが既に興味を失ったコレットはどこ吹く風だった。
大都市を想定していたのかこの下水道は大きな通路のようになっていて高さは五m近くになっているが、廃棄されて久しいので何が住み着いているか分かったものではない状態になっていた。
崩落している所は各所あり、また雨水の影響もあってか全体にカビ臭い。当然、照明など殆どが機能していないが、壁の一部には所々うっすらと明るい所が見られた。よく見るとそこには発光する苔やキノコの類いが群生していた。
「やはり誰か住んでいる可能性があるな。ただ地図はどこまで役に立つやら」
ジャンヌがそういって地面を見た後に周りを見渡す。崩落している場所にはどんな生き物が掘ったのかいくつか横穴がみえており、その奥はしれない。その大きさは自分の身長以上があり、ソータはあえて考えない事にした。
各自の持つライトの明かりが床や天井を交錯する。天井からは雨水だろうか時々水滴が落ちていてあちこちに水溜りを作っていた。
「キャッ!」
首筋に水滴が落ちたのだろう、コレットが小さく悲鳴をあげていた。
*****
小一時間程進んだだろうか。
「止まれ!」
小声でジャンヌが鋭い声を出す。角の手前で奥を伺いながらゆっくりと手招きしてきた。ジャンヌの下から覗き込むと子牛ほどの大きさの巨大なネズミがニ体、なにかを齧っている。
「道はここ一本だ。あいつらを排除して進む。二人ともやってみろ」
「OK!出番ね。任しといて!」
コレットは細い腕をぶんぶん振り回しながら気を吐いている。
パンッ、と両手を合わせ祈るように手を組み合わせると何かを唱えるよう言葉を紡ぐ。
祈りに応じるかのようにコレットの周りから淡い光が漏れ出した。目の前の地面も同じように光ると一筋の光が薄く立ち上ると雪のような光となって舞い散っていく。
暗闇の中、一際幻想的にみえるその光景が消えると、そこには三匹の緑色をした小さな小鬼が立っていた。手には短い槍を持っている。
「ウゲッ」
「ウガゥ!」
召喚されたてだが、何やらお互いの槍が当たっている事が原因で仲間内で揉めているようだ。
「おまっ! 俺のちょっとした感動を返せ! 出てきたのがゴブリンってないわぁ」
「うっさいわねぇー。コストが低いから数だせるし、ネズミ相手なら十分でしょ」
コレットはシッシと追い払うようにゴブリン達をネズミに向かわせる。
ゴブリン達はコレットの指示を受けてにそれぞれが攻撃を始めた。一匹のジャイアントラットに三匹が殺到するように襲い掛かる。ゴブリン達の奇声が響き渡り三方向からチクチクと刺しているので時間の問題だろう。
それを見たソータもさっさと終わらせるべく小走りで近づくと、軽く跳躍して飛び蹴りを放った。鈍い音とともにジャイアントラットが吹き飛ぶと向かいの壁に派手な音をたてて激突した。
しまったとソータが後ろを振り返ると通路に木霊する音にミゲールが頭を抱えている。
ソータがその一匹を倒した時には横でもう一匹はゴブリン達にタコ殴りにされて倒されていた。
「余裕ね。害獣駆除ぐらいじゃこんなもんでしょ」
つまらなそうに言いながらコレットはゴブリン達を送還させた。
「さっきも言ったがお前らはっ!これが!隠密、隠れて探す任務、という事を理解できんのか!」
ミゲールが額に青筋を立ててキレるが二人は、でもなー、とでも言いたげな顔をして聞き流し、そんな三人をみてジャンヌは肩をすくめていた。
*****
「ねぇ、もうかえろーよー」
コレットが近くの瓦礫に腰をかけ足をぶらぶら振りながら怒っている。まぁ、彼女の言い分も分からなくもない状態であった。かれこれ二時間以上は歩いただろうか。さすがにいくら広いとはいえ暗い下水道の中を歩き続けると肉体的にも精神的にも疲労はする。
「まぁ、そう言うな。そろそろ目的に近づいているようだしな」
しゃがみ込みながら何やら触っているジャンヌはこちらを振り返ると壁際を指差す。
「ほらトラップだ。偽装が素人レベルとおざなりだが」
「危ないやつ?」
恐る恐る近づきながらソータが尋ねた。よく見ると確かに細いワイヤーが通路に張られている。ご丁寧に黒色に塗られているのかこんな薄暗いところでは警戒してないと気づかない。
「いや、警報程度だな。とりあえず、ここからは明かりを少なめにして慎重に進むしかないな」
帰りたい気持ち全開のコレットは肩をガックリと落としており、そんなコレットの肩をソータはポンと叩くとワイヤーを避けつつ前に進んだ。
それから更に数十分は進んだだろうか。所々に群生していた光る苔類は更に少なくなり、かなりの暗闇の中、薄暗いライトの明かりだけが暗闇を貫いた。細い道に入ったようで今までの半分程度だろうか、全体に狭く低くなっていた。
今、ソータ達の先頭には豚の顔をした小鬼が歩いている。前回も召喚していたオークとかいう魔物だが、なんでも暗い所でも目が効くらしい。アホだが何かを知らせる事はできるとはコレットの説明だった。先頭にオークを置きソータ、ミゲール、コレット、ジャンヌといった隊列としていた。
「ブヒ!」
魔物が少し低めの鳴き声を出した。一応、気付かれないように声を抑えるぐらいはできるようだ。
「なんかいるみたいね」
その鳴き声を聞いたコレットの少しテンションが上がったようで、声に少しの固さを感じる。
すぐにコレットは手元の明かりを消し、オークを斥候に出して周囲の探索を行いはじめた。
少し歩みを進めていくと、ソータは風が身体を通り抜けたような奇妙な感覚を感じた。毛を逆撫でするような違和感があったが、それよりもソータの耳に耳鳴りのような音がかすかに聞こえ、そっちに気が向いた。
気のせいかと思い木を向き直した。その一瞬の静寂の後、少し前を歩く小鬼の頭が何の前触れもなく何かに殴られたかのように激しくのけぞると瞬時に蒼い光となり消えていく。
急いで身を翻しその場を離れるが、耳に響くその小さな音は嘲笑うかのように追いかけてきた。素早くその場を離れ、周囲を警戒した瞬間、今度は後ろの壁が大きく丸く凹む。
「敵襲!」
ジャンヌの声でコレットが慌てて身構えると戦闘態勢に入った。




