22 補習
見渡す限りの平原。街の外で少し離れれば人の気配はなく異常化した魔獣が闊歩する危険地帯になる。そんな平原の真ん中にソータはポツンと1人立たされていた。
遡る事、少し前。あの巨爪穿獣を退治した後の事。いまいち座学を理解していなかったソータに補習というかたちで連れてこられたのがここだった。
ただ、補習なのになぜ街の外?かつ平原?。疑問は尽きないがとりあえずそこに立ってろと言われ素直に立っている所がソータらしいといえばソータらしい。
「あー、聞こえるか? ソータ。聞こえたら手を挙げてくれ」
突如、足元のスピーカーからジャンヌの声が響く。マイクと思わしき物も一緒に置いてありこっちの声も向こうに届くようだ。少し離れた所、200m程度は離れているであろう所にジャンヌの軍服である若草色の服が見えた。その横にはコレットと思われる人影見える。その姿を確認しながらゆっくりと手を挙げてそちらに手を振った。
「さて、ソータ。スキル持ちとそうでないものの差を体感してもらうとともに、新しい訓練をしようかと私なりに考えてみたんだ」
待て、体感?訓練?ただの補習のはずではないのか。そしてジャンヌが1人で考えたとなるとロクなものではないのは確定事項だ。
「ねぇ! ジャンヌ、わたし何したらいいの?」
「コレットには今からソータを狙って撃ってもらう」
スピーカーから無邪気なコレットの声が響くがそれに応えたジャンヌの答えは決して無邪気な内容ではない。
「えー、こんな距離当たる訳ないじゃーん!」
「いいから撃ってみろ」
「仕方ない、これもジャンヌの命令だからゴメンね、ソータ」
ジャンヌに促され、渋々といった雰囲気を作りたいのだろうが、声色にウキウキが隠せていないコレットがいつもの小型銃を構える。
スピーカーから発砲音が聞こえ、少し遅れて遠くで発砲音が響いた。
一瞬身構えたソータだったが、何かが飛んでくる音も跳ね返る音も聞こえない。続け様に何発か発射されたようだがソータに弾が届く事はなかった。
「あいつピンピンしてるじゃない! やっぱこんなの当たる訳ないんだって」
「まぁ、有効射程距離の10倍は離れてるからな。普通に撃ってもまず当たらないだろう」
「はぁ? そんなの当たるどころか届く訳もないじゃん」,
スピーカー越しに二人の会話がら聞こえているが、コレットは毎回ながら無茶苦茶な事を言っているようだ。
「少し貸してみろ」
そう言うとジャンヌはコレットの小型銃を手に取るとソータの方向に銃口を向ける。
「まぁ、こんなもんかなっと」
発砲音が轟くとソータとほんの少し離れた所で、着弾の音が聞こえた。二度三度と繰り返される発砲音の後、着弾音はどんどん近づき足元で聞こえ慌てて距離を開ける。何発目かの発砲音の後、ついにソータの身体を何かが掠った。
「当たった、当たったよー。当たりましたー」
当たるまで撃つだろと予想したソータはマイク越しに大声で叫び手を振った。正直、掠っただけで済んでマシなのかもしれない。
コレットから貸りた小型銃を見ながらジャンヌはため息をつく。
「ようやく当たったか。思ったより当てにくいな……さて、同じ銃だが使い手がスキル持ちだとこのように射程も変わる」
「よく分かんないけど、すごい強いってこと?」
「まぁ、普通の者が扱う武器の性能以上の事が出来る様になるという所かな。スキル持ちというのはそれだけ出来る事が違う」
「じゃあ、わたしが武器を使っても意味ないんじゃないの?」
不満げに頬を膨らませるコレットに苦笑いをしたジャンヌがコレットの銃を手に取り弾倉を抜いた。
「まぁ、人間相手には十分な威力はある。が、生物兵器などには厳しいな。その為に特殊な弾丸の使用を許可する事もあるが正直、大した事はできない。あくまで護身用レベルだ」
「やっぱ、意味ないじゃん」
「武器で戦おうとするとな。お前は召喚士なのだから接近させる前になんとかする方が重要だ。武器を使う時はいよいよヤバい時なのだから」
「それはそうかもしれないけど、やっぱり出来ないのはなんか悔しい」
「コレットは得意な分野を伸ばすべきだろう。例えば召喚速度を上げるとか、数を増やすとか。普通に相手をするとなると召喚士はやっかいな存在ではあるからな」
その手もあるかと、不満は残しつつコレットが唸る。
「そもそも、私だってこの手の銃は苦手だ。得意としているのは散弾銃と狙撃銃だからな」
「何それ? なんでそんなに尖ってるのよ」
武器に詳しくないコレットでもジャンヌの構成は驚く程の選択であった。
何しろ、近接と遠距離の二択しかない武器で、尚且つ単発である。銃しか使わない銃士というジョブに取ってはかなり致命的な構成ではないだろうか。
コレットがそんな事を考えていたのが分かったのか、手にした小型銃をコレットに返しながら苦笑する。
「昔、同じような事をいう者もいたがな。結果のところ私が求めたのは一撃の重さだ」
「重さ?」
「そうだ、人間相手だったら正直なんでもいいと思う。だが、生物兵器や召喚獣相手ではそうもいかん。確実に相手の動きを止める事を重視したい。そう考えたらこうなった」
ジャンヌの腰と背中にはそれぞれ散弾銃と狙撃銃がぶら下がっている。いつもより小ぶりなそれらを改めて抱え直した。
「無論、欠点はある。何しろ単発だからな。連射が出来る物もあるが、外せば次弾までどうしても時間がかかる」
「でも一撃必殺ってやつね」
「まぁ、使うモノにもよるが、相手によってはそうなる事もあるか。あとは兵站の問題か、一発ずつ丁寧に撃つから弾切れになりにくい。我々、銃士は弾切れになると何も出来ないからな」
「へー、色々考えてるのねー」
「勿論、中には両手に銃を持って突撃していく輩もいるがな。アレはあれで道を切り開くには必要だが、私には合わない」
そういうと、ジャンヌはコレットの頭を軽く叩くと軽く肩をすくめてみせる
「半分以上は自論だから正解ではない。それぞれの考えややり方でいいと思っているよ。お前も自分の得意な事ややりたい事を伸ばせばいいさ」
人それぞれ意見があるから、他者の意見に合わせる事なく自分の思うようにやればいいとジャンヌは簡単に言うが歴戦の戦士の言う事にはそれなりの重みがあるものだ。ましてや、実戦経験の乏しいコレットにしてみれば今後の立ち回りにも影響する。
コレットは別に銃士ではない、前衛で戦う事はないのだが先の召喚に関しての意見は参考になると思っていた。相手の嫌がる事をしてこそ勝ち筋が見えてくるものなので、この辺の考えはやはり実戦経験者の意見は参考になる。
「ねぇ、もう帰っていい?」
「あぁ、少し待て。まだ、お前の訓練が終わってない」
スピーカーから聞こえたソータの声にジャンヌは背中の狙撃銃を手に取ると双眼鏡をコレットに投げ渡す。慌てて受け取ったコレットは双眼鏡であちこちを眺めては、おーっ、などど声をあげていた。ここ数年を施設で探していたコレットにはどうしたって外の世界は珍しいものになる。
そんなコレットの視界には明らかに焦った様子のソータが映っている。どうやら訓練の趣旨をなんとなく理解したらしく何事が叫んでいるが、ソータの声は届いてこない。いつの間にかスピーカーは切られていてジャンヌは鼻歌混じりに遊底を引くとほぼ構えもなく引き金を引いた。
空気の抜けるような音の後、すぐにソータの真横を何かが通り抜ける。
瞬時にソータは理解した。これはマジやばいやつだ、と。すぐにでも背を向けて逃げ出したいが、そんな事をしたら確実に射抜かれる。発砲音もなく撃たれたのがスキルなのかなんなのか。いずれにせよ、やられる。無いはずの心臓が大きく跳ね上がるような感覚になる。
「ソーター、聞こえるかー。そっちからの通信は切ったから一方通行になる。今からお前を撃つ。頑張って避けろ、以上だ。あー、一応実弾は使ってないから安心しろ」
無茶苦茶雑な説明にどうしろというのだろうか。とりあえず、死ぬ気で飛来する弾丸を避けるという事をしなくてはならない。
「ねぇねぇ、わたしは何したらいいのー?」
「その双眼鏡で着弾位置とソータのズレを教えてくれ。普通に狙ったら全弾あててしまうからな。私は目隠しをして撃つ」
「何それ、おもしろそー」
そういうとジャンヌはネクタイをスルッと外すと目隠しとして巻きつける。コレットはこの遊びが気に入ったのだろうか口の端が持ち上がっている。まるでハンティングを楽しむかのように双眼鏡を覗き込んだ。
獲物としてはたまったものではないのだが、とにかく死なないようにしなけれはならない。
予告なくソータすぐ際で小さく着弾音が聞こえる。
「んー、もう少し左上、あー、惜しいちょい右。その辺よ!」
よくよく聞くと、何か空気の抜けるような音が聞こえるような気もするが撃たれる方としてはロクな発砲音も聞こえないのに突然、弾だけが飛んでくる訳で、聞こえた所で避けるなんて事は不可能だった。どうしたものかと悩んでいるうちに脚に命中する。
「あっ、いったー! 無茶苦茶痛くないけどほどほどに痛い!」
その声をスピーカー越しに聞きコレットは自分が当てたかの如く鼻息を荒くする。指示はざっくりと右だの左だので、はっきりいって適当にもほどがある。当てたのは純粋にジャンヌの力量なのだが本人が満足しているようなのでそれでいいのかもしれなかった。
「当たったわよ! にしても、それあまり音がしないわね」
「狩猟用のエアガンだ。弾丸も樹脂製だし殺傷能力なぞ殆どない物だけどな」
『狩猟用って言うてる時点で十分、殺傷能力あるじゃないですかー!』
ソータの叫び声は残念ながらスピーカーを切っているジャンヌには届かない。エアガンなのでこの距離のソータには発射音がまともに聞こえないのも当然であった。尤も、狩猟用とはいえ所詮はエアガン。ソータの素の装甲を持ってすればダメージにすらならない、が痛いもんは痛い。となれば止まっていたら狙われるのだから走ればいい。
すぐさまソータは地面を蹴ると平原を走る。それも直接ではなくジグザグやストップアンドゴーなど緩急つけた走り方だ。
当然、コレットもすぐ反応して指示を出すのだが何せ指示が雑な分、さすがのジャンヌでも全く当たらなくなった。
弾倉を入れ替える際に目隠しを外したジャンヌは走り回るソータを見てつまらなそうな顔をした。
「ソータ、今から目隠し外して撃つから全力で逃げるように」
そう言い放つと即、引き金を引く。空気の抜ける軽い発射音のあと、離れたソータの悲鳴が遠くで聞こえた。
「すごーい。おでこに一撃ね。あっ、また当たったわよ!」
双眼鏡を覗きながら興奮気味にコレットが実況している。逃げ回るソータの頭に正確に一撃を当て続けるのはもはや芸術的であった。ソータはソータで懸命に狙いを定めさせないよう動いているつもりだが、正確なヘッドショットを決められもはや涙目だ。
「この!」
何発目かが額を撃った後、ソータが吠えた。さすがにやられっぱなしでは薄っぺらくともプライドが許さない。
「フレームカット!」
動体視力を一時的に上げ、瞬きする程度のごく短時間であればその世界で加速的に動く事が出来るスキルを発動する。
ゆっくりと飛来する小さな樹脂製の丸い弾丸が自分に近づいてくるのが見える。それを出来る限り速く動かした手で払いのける。
〈フレームカット終了、リキャストタイムに入ります〉
ネマの音声が脳内で聞こえる中、無事、攻撃を凌いだソータはドヤ顔でジャンヌをみる。といってもお互い表情など認識出来ないが。
「かわした? いや、弾いたか。スキルを使ったな。その方法は悪手だぞソータ」
続けて発射された弾にはリキャストタイムで間に合わず命中。その次もダメ、しばらくたった後に再発動させるが発射タイミングが分からない為に闇雲に発動させるスキルでは弾が近すぎたり遠過ぎたりとスキルを使っても十分に回避出来なかった。一発目の運がよすぎただけだったようだ。
「無理だよー、ジャンヌー、当て過ぎだってー」
お手上げと言わんばかりに座り込んだソータにはなおも散発的に弾が当たっているが最早、諦めモードであった。スコンスコンと頭に当たる弾にも対応せず、やられたい放題である。
射撃をやめたジャンヌが銃を下ろして盛大なため息を吐いた。マイク越しに聞こえるそれになんとも申し訳ないとはソータも感じている。ひたすら狙い撃ちにされているとはいえ訓練ではある。避けれないのがよくないのは分かるのだが、目視出来ない物を避けるのは無茶苦茶ではないだろうか。
「ソータ、闇雲にスキルを使ってもどうにもならんぞ。無制限に使える訳でも無いし連発もムリだろう
。もっと空気の揺れとか音の違いなどを感じろ」
「何それ? どこの達人だよ気配を感じろって事でしょ。ミゲールみたいな事を言うなんて」
「まぁ、近しいものではあるかもしれんが、無茶な事は言ってない。お前にはAIがついているだろう。助けをかりろ。常人では無理な事もサポートがあれば可能になるはずだ」
そういうと、ジャンヌは小さなダイヤルの調整を終えた銃を再び構え直す。いつのまにかスピーカーは繋げていたようで、半ば呆れ顔のコレットはあえて肩をすくめてみせる。
「なんだかんだで甘いのねー。まっ、アイツが強くなる分には助かるけど」
「これも世界平和の為だ。そのうち、お前にも頑張ってもらうさ。さて、少し加減もしてやるかな」
一方のソータはミゲールに以前言われた事を思い出していた。ボコボコにされた記憶も思い出すので嫌ではあるがそうも言ってられない。確か、"もっと丁寧に周りを感じろ"だったか。雑な説明で何を言っているのか今ひとつ分からなかったが、ジャンヌの説明で少し掴めた気もする。
「ネマ、飛来する弾丸を何とかしたい。手伝ってくれないかな」
〈先程からマスターを撃っている者を確認。ガンナーごと排除しますか?〉
物騒な事を言い出すネマに慌てて弾を何とかする方向だけの提案を改めて指示する。正確にいえば避けるか弾くかの二択だ。
〈弾道音は確認済みです。発射タイミングを合図します〉
その声が終わるや否や小さなデジタル音が脳内に響く。一瞬間をおいて額に痛みを感じた。続けて鳴る音に咄嗟に顔を腕で覆うと今度は腕に痛みを感じたが頭部ほどではない。更に聞こえた音で大きく身体を動かすと避けれたのか痛みを感じる事はなかった。
「いい感じじゃないか。その調子でいけよ」
ジャンヌの声とともにデジタル音が立て続けに鳴り響く。どうやら頭部以外も狙い始めたらしく、大きく動かないとたまに、手足に当たる事があったが圧倒的に被弾率は減った。
「ありがとう、ネマ。どうしてタイミングが分かるの?」
〈弾丸が空気を切る音が聞こえた時に反応しています〉
「そんな音なんて聞き取れないけど。それこそミゲールなんか出来そうな気もするけどね」
〈一定以上の水準があれば出来る方はおられます〉
絶句するソータに淡々とネマは答えている。ソータにはそんな人外な真似は出来ないが、ネマがその処理を手伝ってくれる事で擬似的に達人の真似事ができるようだ。
「あとは反応速度の問題だな。避けると決めてから身体が動くまでとその回避速度が遅い。もうちょっと上げていくぞ」
ジャンヌの嬉々とした声が草原の風に乗って周囲に流れる。ソータの悲鳴はもう少しだけ続きそうだった。




