20 校外学習 後編1
翌朝、寝起きの悪いコレットが動けるまでに予想外の時間をかける事になったが、少し早めの朝食を軽くすませると周囲の探索をおこなった。
足下には少しずつ枯れ葉が積もっており歩くとカサカサと音を立てる。ソータもコレットも面白くて、つい音を立てて歩くがその度にジャンヌに嗜められていた。土や森の独特の匂いも何年ぶりかになるソータは今が任務中だという事を忘れてしまいそうだった。
ここに自分以上にはしゃぐコレットがいなければ自分がああなっていただろうと容易に想像できるほどだ。そんなコレットは枯れ葉を掴んでは頭から降らせたり、大きな木を見つけては遠くからソータを呼んだりとピクニック気分のようだった。
その度にジャンヌに「索敵の意味とは!」と怒られるのも見慣れた光景になってきた頃、森の奥を探索しているとジャンヌが遠くに蠢くモノを見つける。よく見ると恐らく大型犬程の大きさと思われる巨大なアリが三匹ほど動いている。すぐにソータ達を黙らせると木陰に身を潜めた。
事前に学習していた中にあった 薄緑蟻と呼ばれる変異種の中でも比較的よく見かけられる種類のようだ。その名の通り遠目でも目立つ薄緑の体色は大戦時の反応兵器の影響ともいわれている。のっぺりとした体表だが少々の刃物では傷が付かない程度の硬度がある。鋭い牙を見るに、恐らくコレットの手足ぐらいなら簡単に噛みちぎられそうだ。
「うぇぇ、虫じゃん。あの触覚がピコピコ動くのが気持ち悪いのよ」
コレットが小さな声でつぶやくとヤダヤダと手を振る。
「アレが今回の、かもしれんが自警団がいなくなる程かと言われたら少し足りない気もするな」
とはいえ、とジャンヌが続ける。
「駆除しない訳にいかんだろ。コレット、ソータ」
目線を薄緑蟻に向けると顎をしゃくる。
「殲滅しろ」
******
小さな人影が森の合間を抜け、薄緑蟻に近づいていく。森の光が葉っぱの隙間から差し込み、その姿を照らしていた。
しばらくの間、人影はじっと立ち止まり獲物を手に握りしめていた。そしてタイミングを計ったのか薄緑蟻に襲いかかる。大人の腕ほどの太さのある長い脚を持つ蟻たちの間をなんとかかいくぐり、その小さな身体で蟻の腹部に切りつけた。
僅かな傷が生じると、体液が飛び散り薄緑蟻が怯んだ。ほぼ同時に別の一匹が尻から赤色の液体をその人影に噴射した。避け損ねたようで激しい咳とともに苦悶の声をあげて倒れる。しばらくもがいていたが蒼い粒子とともに霧散した。
「あちゃー、ゴブリン君一号がやられたか。次っ!」
コレットの声とともに反対側から近づいていた豚顔の小柄な人影が棍棒片手にブビブヒ鳴きながら走り寄った。脚を叩いたり牙をかわしたりと見た目のわりに中々の働きをしている。
〈戦闘モード起動。出力上昇開始〉
「セイッ」
ネマのアナウンスが流れる中、その隙に別の個体に接敵したソータが赤く光るナイフで長い脚の節を狙って切り付ける。一瞬、なんとも言えない臭いが周囲に漂い、ほぼ抵抗もなく脚が両断される。
バランスを崩した薄緑蟻がドウッと前のめりに倒れた。その隙に頭に乗りかかると頸の隙間にナイフを突き立てる。身体の大きさにしては細い首はわずかに筋が経たれただけで、その重さにより支えきれなくなり巨大な頭が鈍い音とともに胴と離れると地に落ちた。
ブヒーっという悲しげな声に振り向くと豚顔の召喚獣が巨大な牙に貫かれ霧散した所だった。
「よく頑張ったオーク君。あとは任せて」
コレットの傍らにはオークが稼いだ時間で召喚された何時ぞやの漆黒の犬、ヘルハウンドがいた。
一声遠吠えをあげると少し横から周りこむように木々を駆け抜け、コレットの号令とともに薄緑蟻の真横から炎の塊となって突進をかける。
激しい音とともに周囲に火の粉が舞い散ると、胴体の半ばを抉られた薄緑蟻が周囲に嫌なにおいを漂わせながら倒れる。
その間に残る一匹はソータによる蹴りが頭部に炸裂し四散している所だった。
「まぁ、大した事なかったわね。私にかかればこんなものよ」
「オーバーキル気味とは思うけどね」
「うっさいわねー。あんただって似たもんじゃない」
身体の半分がない獲物と頭が四散した獲物。どっちもどっちのような気もするが二人はギャーギャーと文句を言い合う。
「うるさいぞ、お前たち!」
「なによ、ちゃんと駆除したじゃない」
「あれで終わりの訳がない。奴らは追われてきただけだ」
その言葉が終わらないうちに、森の奥から空を切る音とともに恐ろしく長い舌が飛び出すと、落ちていた薄緑蟻の頭部を絡め取り森の中に消える。
木々がへし折れる音が響くと奥からその姿があらわになる。
真っ黒で細長い四足獣だが、長い尻尾まで含める七、八メートルはあろうか。鋭く曲がった大きな三本の爪が地面を削る。
どちらという事もなく二人は顔を見合わせた。
「……なによ、あれ」
「巨爪穿獣、昔の名前でいうならアリクイだったかな。図鑑で見た事ある」
「知ってるわよ! なんでこんな所にいるのかって聞いてんの!」
「知らないよ。巨爪穿獣に聞いてみないと」
「…………」
「目がつぶらで可愛いよね。コレットもそう思わな……」
い、という声はムチのようにしなる舌が飛び出し、残るアリの死体を絡めとっていく音にかき消される。
大戦前にはアリクイと呼ばれていたこの生き物は大戦中にほぼ別の生き物と変わっている。大戦末期に先程の薄緑蟻の駆除にと作られたこの生き物はその鋭く尖った爪を使い自ら穴を掘り地中にある蟻の巣を直接狙いに行く事もある。基本がアリクイではあるが完全な雑食と化しており、農作物や羊程度の家畜でも食べてしまう事もある危険な生き物となっていた。危険生物退治に造った生き物が更に凶悪で手に負えなくなったとは笑えない話しである。
のっそりと出てきた巨爪穿獣は今度はこちらを食料として認識したようだ。木々の間を抜けてその巨体を揺すりながらゆっくりと近づいてくる。
「アレが可愛いって? あんた頭のネジ、マジで外れてるんじゃないの!」
深く深呼吸をして両手を合わせて祈るような動作を取ると目の前に蒼い光の柱が立ち昇る。自分の力の一部を分け与えてこの世ならざる者を具現化していく。光の柱の中、緩やかな風が吹くかのように蒼い粒子が舞い散りその者の形を作っていく。
”わたしに力を貸してほしい”。そんな願いと祈りを込めた召喚の儀式は一瞬、神秘的な風景の中、彼女の守護者たる召喚獣が現れた。
「ブビブヒー」
「よし、囮二号、がんばれ!」
コレットの醸し出す風景と実際の描写があまりにもかけ離れているのは仕方ないが、なんだかやるせ無い気持ちにソータはなる。なぜ、神秘的なあの雰囲気からのブタなのか。コレットのチョイスは毎回だがいつもおかしいと思っている。
遠いところに思考を置いている間に囮二号のオークが棍棒片手に突っ走しっていった。
今回も長いので途中で切りました。続きを早めに更新します




