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19 校外学習 中編

山間部から町の中にいくつもの水路が巡らされている。近くにある生産都市からの豊かな穀物のおかげもあり、水源が豊富なこの町はその恵みもあって、酒造が盛んでありそこら中に酒蔵が立ち並んでいる。古い木造建築の重厚さと伝統の息吹を湛え、美しい蔵の扉からは甘い酒の香りが漂っていた。


 町はあまり大きくはないが良い酒が多い事から飲食店が多く立ち並び、賑やかな雰囲気が感じられていた。

 夕暮れが近く、傾いた太陽が山々を深い黄金色に染めるとまだ、空は明るいものの居酒屋やバーには音楽と歓声が響き渡りだした。


 そんな賑やかな町の風景を見てなんとなく気分が高まる二人を他所にジャンヌはどんどんと先に進むと奥まったところにある"(リング)"と看板が出ている一軒の店に入る。

 店内はカウンターのある飲み屋の雰囲気であったが、初めてこのような店に入った子供達は知る由もない。

 奥に唯一あるテーブル席に座ったジャンヌを前にどうしたものかと戸惑う二人に店員が水差しとコップを持って声を掛けてきた。


「いらっしゃい。親子? ではないね。何にする?」


 店員はジャンヌの眉間にシワが寄るのも気にせずメニューを渡しながら注文を取りに来る。ジャンヌは軽く一読すると店員に返した。


「私は今日のおすすめとこの酒を、この子達にはお任せで」


 店員が厨房に注文を伝えている間に二人は席についた。


「これが外食ってやつ?すげー、俺初めてだ」


「私だってこれは初めてよ。アンタ、こんな事して大丈夫なの?」


 浮ついている子供達を前に先に運ばれてきた水のように透明な酒にジャンヌはゆっくりと口をつけ唇を湿らせる。口に含んだものを飲み込むと、ほぅと軽く息を吐いた。微かに口元に笑みを浮かべるともう一度、口をつけた。


「アンタそれお酒でしょ! 任務中にこんなとこで飲んでてもいいわけ?」


 コレットが珍しくマトモな意見を口にするのを少し驚いた表情で見たジャンヌだが、更にもう一口飲みコップの縁を親指でスッと撫でるとコップ越しに揺れ動く風景とともにコレットを見る。


「ここの地方は珍しくよい水が取れる場所でな。そのおかげでとにかく酒が美味い。ここに来たからには飲んでおかないと勿体ないんだよ」


「その通りだよ、お嬢ちゃん。ここダーナはいい酒が作られる所だからね。だからこの界隈はウチみたいな飲み屋が多いんだよ。飯も美味いからとりあえず食ってみな」


 ジャンヌの答えになっていない答えに反論しようとした矢先にコレットの前にドンと置かれたのは、エビや魚のフライ、フリッターをはじめとした海の幸であった。


 揚げたての香りにコレットの腹の虫が早く食べさせろと小さく抗議の鳴き声をあげた。


「ホントは生魚が美味いんだが、嬢ちゃんらが苦手かもしれねぇから揚げといた。そこのソースを付けて食ったら美味いぞ」


 ソータにも同じ物を置くとジャンヌには魚介類のお造りが並べられた。

 さてさて、どれから食べようかと考えているソータにコレットの声がかかる。


「ソータ、これ美味しいわ。今度食堂でも食べてみようかしら」


 いつの間にか、既に二本目のエビフライを咥えたコレットがもしゃもしゃと食べていた。

 ぷりぷりの肉厚のある身にサクサクの衣が食欲をさらにそそる。エビは一本が大人の指、2.3本分はある大きさであったが、この地方では平均的なサイズだという。普段はスイーツ専門のコレットも旅先で食べる食事はまた別物なのだろう。


 さっきまでジャンヌに文句を言っていたのに現金なものだと思いながらソータもおすすめだと言われたタルタルソースをつけて魚のフライを口にする。

 小気味のよい音とともに香ばしい香りが鼻をくすぐる。その後に柔らかい白身の脂が口いっぱいに拡がる。

 フライといえばポテトなソータにとっては驚きの味だった。病弱だった為に偏食系ソータだが、基本食わず嫌いなけがあるだけなので食べたらいけるものは多い。

 がっつく二人を見てか、酒の味のためか口角が上がるジャンヌはゆっくりと食事を楽しんでいった。


 *****


「はぁー、食べ過ぎたわぁ」


 はしたなくお腹を叩くコレットは美少女要素をあの店に全て落としてきたようだ。すっかり満腹になったコレットは満足げに店を後にする。美味しい食事は雰囲気も大事である。初めての外食というスパイスは格別のものになったようだった。


「あーいうモノは食べないかと思ってたけどな」


「そーいうアンタだって同じようなものじゃないの」


「まぁね、でもなんでもやってみたら楽しいもんだね」


「そうね、久々にいい食事がとれたわ」


 そんな子供達を連れて既に沈みはじめた陽を背にジャンヌは郊外へと足を運ぶ。疑問に思いながらついて行く事、しばらく。森の入り口近く、すっかり町が見えなくなった所で荷物を置いた。


「ここでキャンプを張る。目撃地点近辺になるのでここから偵察をしよう」


「キャンプ? 野宿するの?!」


 コレットが眉間に皺を寄せて心底嫌そうな声で抗議するがジャンヌはさっさと準備を始めた。

 ここまで来たら仕方ないよね、とソータは座学で習ったやり方に沿って枯れ枝を集めたり小石を拾ったりと準備を手伝う。


「必要機材の中になんでこんなものがあるのかと思ってたのよね」


 コレットはバックパックの奥から寝袋一式を取り出すとため息を吐く。


「話がうますぎるとは思ったけど、こういう事ね」


 寒いし、お風呂ないのが嫌なのよー、等とぶつくさ言いながらも準備を始めた。以外と素直なのは報酬が外出になるからか、初めてのキャンプにウキウキしているからか。

 徐々に辺りが暗くなる頃には各自の寝床の準備が終わっていた。今回は食事の準備がなかったので、テントを張るだけの簡単なキャンプであったが、二人なりに慣れない中、頑張ったといえよう。


 そんな中、腹が膨れると眠くなるのが人の性。

 慣れない野外移動と久々の外出ではしゃいだ為か、焚き火の灯りがより眠気を誘ったようだ。桃色のナイトキャップを準備したコレットは既に寝る準備に入っている。ジャンヌは諦めた顔をして片付けを続けた。


「本来なら警戒地域近くだから見張りが必要だが、今回は私が付いているからまぁ、大丈夫だろう」


「それはありがたいわ。見張りよろしくね。夜更かしは美容の敵なの」


 そういうとコレットは早々に寝袋と毛布を手に自分のテントに潜り込んだ。


 夜の闇が辺りを覆い、星の明かりが空を照らす頃、焚き火がはぜ薬缶から湯気が吹き始める。


「ゴメンね、ジャンヌ。コレットはあんなんだけど悪いやつじゃないから」 


「何故、ソータが謝る?」


「なんとなく。コレットはほっとけないやつだし」


「ソータ、お前はもっと我がままに生きてもいいんだぞ。確かにお前の意志とはいえ、半分騙し気味にニルヴァーナに所属させた訳だしな。我々、大人の一部は気にしている」


 薬缶からカップに注いだジャンヌはやや俯き加減で簡易カップを両手で包み込むように持つ。立ち昇る湯気が顔を撫でると消えていった。

 少しの時間その姿勢でいたが、やがて彼女は顔を上げるとソータに視線を向ける。


「ソータに施した全身置換術、機械化は以前から計画にあったが被験者がいなくて実用化されなかった。そこに特殊体質のお前が現れた。これからのニルヴァーナの戦力の為に必要だと判断したから私は上に計画を勧めた。死ぬかニルヴァーナに尽くすかの二択を幼いお前に迫った事を私は……」


 急に真面目な話しを振られて面食らったソータだったが、姿勢を正すとジャンヌに向き合う。


「ニルヴァーナのおかげで色々治療が受けられた。両親が死んでしまった時も気を遣ってくれた。あの苦しみの中、沢山の人に助けてもらえたし優しくしてもらえたから耐えられたんだ。今回の計画の被験者って分からなくても面倒をみてくれたニルヴァーナの人達には感謝しているよ。機械化は治療の一つと思えば大した事じゃない。皆んなに助けて貰ったぶんの恩返しだと思ってるし」


 少し早口で話すソータだったが、一息にそこまで話し切ると一口コップの中身を飲むと夜空を見上げる。


「それに夢に見た機士になれそうじゃない。これってすごい事だよね」


 茶化した言葉を使って重い話を意図的に誤魔化そうとしていることはさすがにジャンヌは気づいていた。


「まさか、子供に気を使われるとはな」


 ジャンヌは小さく呟くと子供ではあるがしっかりした考えを持つ男子に向き合う。


「誤解しないでもらいたいのは私は今回の事は後悔はしていない。ただ、もっと時間をかけ納得のいくやり方が出来たのではないかという反省はあるが」


 小さく折った枝を火に放り込むと炎が大きく揺らめく。炎に照らされたジャンヌの顔は軽く微笑んでいるようにみえた。


「流石に寝ろ。朝までまず何も起きない」


 身体は疲れ知らずでも脳は子供。疲れがないかというと嘘になる。ここは先輩の意見に従うべきと判断してソータはテントに入った。


「おやすみなさい」


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