18 校外学習 前編
「害獣駆除? なんでそんな事しなきゃならないのよ!」
食べかけのクッキーを皿に叩きつけてコレットが椅子から立ち上がった。
皿からひとつまみクッキーを取ると更に悪態を吐こうと大きな口を開けた所に捩じ込む。
睨みつける蒼く澄んだ目が凍てつくような冷たさに感じながらソータは大きくため息を吐いた。
「そんなこと言ったってしょうがないだろ」
「しょうがなくない! そんなの他の人でも出来るじゃないの」
噛み砕いたクッキーを口から飛ばす勢いで怒るコレットを前にトレイの盾で顔を隠したソータは再び大きなため息を吐いた。テーブルの前には散らかったお菓子がいくつも転がっていて、どれもこれもコレットの胃におさまった後だ。この見た目のどこに入ったのかと思いながらソータはゆっくりと椅子に座り直す。
「ニルヴァーナ機関員は世界の秩序と平和を守らなければならない。だってさ」
「あんた優等生なの?」
ダンッとテーブルに足を乗せてコレットが詰め寄る。短めのスカートなのに無理やり足を乗せているのでソータは思わず顔を背けて下を向いてしまった。
全く、コレットの恥じらいというやつは何処に落としてきたのだろうか。
「そういうのじゃないよ……。でも、世話になってるのは間違いないし、何より……」
「何より?」
「実戦経験は必要かなって。マトモに戦った事ないからさ」
ソータもコレットも訓練では色々と想定して戦闘練習をしているが、いかんせん訓練。この間の訓練のように、ソータはコレットのおかげで人型以外の敵にも対処できるようになっているし、一般的な召喚獣には対応できるようになったが、あくまでもコレット相手になる。
ソータもコレットも稀に実戦への参加要請があったものの、子供という事もあってか殆ど戦闘に参加出来ていなかった。
ソータがここに来てから二年以上たち、コレットはそれなりに身体は大きくなり、可愛らしさから美しさへと子供っぽさが少し抜けつつあった。
黙っていれば……だが。
大してソータもそれなり大きくなった……という事はなかった。
身長も体型も最悪、性別すらどうとでもなる全身機械化をおこなったソータはある意味、体型については楽観視していたところはある。自在に調整可能だろうとタカを括っていた。しかし、あれから二年以上経った今、身長が大きくなったという実感は少ない。多少は調整されていたが、以前はコレットと同程度の身長が今ではコレットの方が少し高くなっている。
この件については大いにソニアに抗議したソータだったがソニアからは専門的な話を沢山されて煙に巻かれた記憶がある。なにやら本人の想いやその魂のありようがソータに使われている特殊な金属に反応していないからとかなんとか。器が合わないからどうとか。
結局のところ、少し大きくなった程度でコレットには負けている。製作者の趣味が大いに関係しているところもあるのだが、ソータはその事を知らなかった。
「まぁ、確かにここん所はマトモな戦闘なんかしてないけど、それでも害獣駆除はどうなの?」
「うまくいけば街に出してやるって」
「やるわ」
キリリとした顔でコレットが遠くを見つめる。
「コレット伍長、これより害獣駆除の任務につきます。ソータ、すぐ準備よ」
外出制限があるコレットにこれ以上ないエサを用意したジャンヌに見事に踊らされているが、そんな事はどうでもいい。
部屋からすごい勢いで出て行くコレットの後ろ姿を見てソータはもう一度、深いため息を吐いた。
******
「なんでアイツもいるのよ」
「二人だけではさすがにムリでしょ。引率がいるんだって」
一通りの準備を終えて張り切って作戦室に入ってきたコレットは橙色をした目の荒いVネックのニットにグレーのショートパンツ、足元はさすがにスニーカーを履いて出てきた。少し大きめのバックパックには小さなウサギの人形がぶら下がっていて年齢相応の可愛さを感じさせる。
そんなコレットだったが、集合場所にいつもの若草色の軍服姿のジャンヌがいるのを見てからこの調子になっていた
「心配するな、コレット。引率だからな。最低限の援護程度しか手は出さんから好きにやっていいぞ」
ジャンヌはむくれているコレットに歩み寄ると頭をポンポンと叩いてニヤリと笑う。その手を振り払い更にむくれてジャンヌを見上げる。ソータより高くなったとはいえ、長身のジャンヌには程遠く精々、胸の高さ以下だった。
側から見ていると、機嫌の悪い猫が唸っているようにしか見えないのは体格の違いか、はたまた大人の余裕なのか。
ジャンヌはソータ達に椅子に座るよう促すと自分はその対面に立ち、ホワイトボードに作戦内容を書き込みつつ印字された紙もソータ達に配る。
「さてブリフィーングをしよう。近隣の町外れで異獣と思しき姿の報告が複数上がっている。地元の警備団が手を出してみたが対処出来なかったようだ」
ソータの横のコレットは眉を顰めているがソータはフンフンと頷いている。
「なんで思しき、って表現なの?自警団が出てったんでしょ」
手元の資料を見つめたコレットはペンで資料をつつきながら、おかしいじゃないと呟き、ソータはそう言われたら、と続く。そんなソータをコレットはジト目で見ていた。
「簡単だ。自警団が帰ってきていないから報告がない」
「じゃあ、それなりのがいるのね」
「だと思われるがウキウキするんじゃない」
ニヤけるコレットをジャンヌがピクニックに行く訳ではないんだぞ、と嗜めた。
「異獣の発見及び駆除、可能なら自警団の捜索が今回の任務になる。勿論、ニルヴァーナとして参加は出来ないから民間の警備会社を装う形だ」
秘密結社だもんな、とソータは独りごちる。
「なんでもいいわよ。すぐ行くんでしょ」
「無論だ」
そう言ってジャンヌはガンベルトを腰に巻きつけながら部屋を出て行く。二人は慌てて荷物を持つと追いかけていった。
ソータもコレットも荷物といえば背中に背負ったバックパック程度、あまり目立たないようにしている。ソータはジャケットとジーンズとラフな格好、コレットは肌寒いからと丈が短めのコートを羽織ってきていた。寒いならそんなに脚を出さなきゃいいのに、とソータは思ったが口にはしなかった。
ジャンヌはいつもの軍服だがジャケットがいつもと異なり、一見軍服とは分かりにくくはなっている。ただ、長身のライフルと降りたたまれたショットガンが普段とは大きく違った。それらをバッグにしまっている。
「現地まではバラして持ち運ぶから心配いらんぞ。目立つからな」
と言っていたが、出来れば目立つような大きな武器は持ち運ばないで欲しいものだ。
街の外を見るとそこまで高くはないが山々が左右に連なってみえており、空はどこまでも蒼く遠くまで澄み渡っていた。山の木々は黄色や赤に変わりつつあり美しく彩られている。
街の外を(中もだが)まともに見るのはここに来てからも殆どないソータは色々と目移りしつつ外の空気を大きく吸い込み深呼吸をした。
周りを見渡すと山と平原しかない。後ろを振り返ると海がすぐそばにある港街であり中でも一際、目立つ巨大な風車が目についた。
街が広がってはいるが外と街の境目には大きな堀というか川があり外敵の侵入を阻んでいる。ソータが住んでいたのは小さな町であったのでそこは大きく異なっていた。
「田舎者はコレだから」
コレットの冷ややかな目はあるが、生身の身体の頃は病弱というかその特異な体質のせいで視力も衰えていたソータはこのような風景をろくに見た事がなかった。暫し感動していたのだが、コレットはそんな事情は知らないので気づく余地はない。
「コレットはこんな風景とかよく見てたんだ」
「ま、まぁね。こんぐらい楽勝よ」
そんなコレットも実は幼い時にニルヴァーナに保護されてからは、外に出た事があまりないのでソータと大して変わらない。ソータの何気ない一言に大いに動揺しつつ平静を演じていた。
街を取り囲むようにそびえる外壁の各所に設けられている門のそばに街を繋ぐ交通手段があった。
移動速度が速く大勢を運ぶことの出来る列車もあるが便数が少なく、かつ運賃が高くなる。高価ゆえに目立ちやすいので、郊外の移動ではメジャーな乗り合い馬車を利用する事になった。
ジャンヌより遥かに高い位置に頭があり六本脚、双頭の巨大な馬をみて流石のコレットも驚きのあまり声も出ない。
「昔の馬は四つ脚が主だったらしいがな。大戦の影響以降、こっちが普通になっている」
「何コレ!マジですごいんだけど」
「こんなの召喚出来たら速そうね。新しい子でいないからしら」
大戦時に使用された複数の反応兵器の影響をうけ、従来の姿を失った生物は多い。大きくなったもの、小さくなったもの、手足が増えたものなど。悪影響を及ぼした物質はすでに消滅しているが、その影響は数百年経っても残ったままであった。
一瞬の硬直の後は物珍しさが勝って静止する間も無く騒ぎ出す子供二人をジャンヌは乱暴に馬車に放り込む。ゆっくりと動き出した馬車はサスペンションはしっかりとしていて、車輪部も衝撃対策が取られていた。道もある程度、整備されているので大きな揺れを感じる事はなかった。
移動時間の大半を窓の外を眺めていた二人にとって移動は短く感じる程だった。ジャンヌがピクニック気分な二人をしっかりと嗜めつつ、陽が傾く少し前に馬車は目的地"ダーナ"の町に入る。
長いので半分にきりました。続きをすぐに更新します