17 模擬戦
「で、どうすんの? 今日もするの?」
食後、施設内のやや奥まった廊下で落ち着いたコレットが顔にクリームをつけたまま、きらきらした瑠璃色の目でソータをみている。普通なら赤面ものの笑顔なのだろうが見慣れているソータは分かる。
これは新しいおもちゃで遊びたくて堪らないというような子供の顔だ。
「ってかお前がやりたいだけだろう。こっちも練習になるしな、つきあってやるよ」
「ほんと? やったー。ソータ、まぢ神だわ」
二人はいったん別れた後に、再度合流すると連れ添いながらとある扉の前に来た。ここに来始めたのは最近だが、毎回コレットの相手をするかと思うと緊張する。
傍らのコレットはというと、対照的でこれからする事を考えると楽しくてたまらないのだろう。澄まし顔をしようとしているが、内心のニヤニヤが溢れてこぼれ落ちそうな顔をしていた。何やら企んでいるようだが何をする気なのやら。
分厚い扉を押し開けて中に入ると広い空間が拡がっている。ここは戦闘訓練用の部屋で衝撃や爆風にも一定量は耐えられる場所になっていた。
お互いに戦闘訓練のカリキュラムが始まり、その過程で今まで以上に色々な種類の召喚できるようになっているコレットは楽しくてしょうがないようで、ほぼ毎日のように今回のような模擬戦に誘ってくる。
ソータにしても以前より更に剣術や格闘を中心に基礎を習得中だから丁度よかった。
ソニアをはじめ、関係者に断りをいれてから訓練所を使わせてもらう。一応、保護者管轄下でないと許可が出ない事と装備の問題だ。
仮にも戦闘訓練なので防具は必要になるし、武器も使う。今回は以前から調整中のパーツのデーターも取りたいらしくソニアがスタンバイしてくれていた。
「ソータくん。いつも言ってるけど、ケガはだめだからねぇ。あなたは私達の宝、いえ世界の至宝なのよ」
過保護っぷりを発揮するソニアがいつものように忙しなく調整をしながらやきもきしている。そもそも、戦闘用のサイボーグがケガなしとか無茶をいう。
「あっ、なるべく"ネマ"は使わないようにね。サポートに頼りすぎるとあなたの成長を阻害するかもしれないし」
「勝手にサポートされる分はどうしようもないから許してね」
「えっ、ネマってそんな事してるの? 成長してるのねー」
確かに便利だけど任せてしまうと自分の意思で動いているのかAIである"ネマ"の意思で動いているのか分からなくなるかもしれない。
自分で考えて動いているつもりで、気付けばネマの手のひらで転がされている、なんて事になるとそれこそ"Ω"の時の二の舞になりかねない。そこはしっかりと話し合っていく必要がある。
さて、コレット相手というか召喚獣相手になるので、実戦同様の装備が必要になる。とはいえ、使える武器は改良したヒートナイフがメインになる。さすがに練習だから大したことはしないだろう。銃器は使えない事はないがコレットに流れ弾が飛んでも厄介だし、そもそも召喚獣相手では大した攻撃にもならないので使う予定はない。
準備が済んだコレットに急かされながら部屋の中央に向かう。お互いが適当に距離をとった状態で向かいあったころ、合図のアラームが鳴り響いた。
コレットが手を合わせ何かに祈るようにすると、蒼の光の柱が立ち上り消えた頃に頭の位置がソータの胸程の高さがある凶悪な顔の真っ黒な犬が現れた。口元から涎を垂らしており時折、その鋭い牙の向こうに小さな炎がチロチロと揺らめいていた。
先程の幻想的な光景とは真逆の禍々しい雰囲気が滲み出ている。
「いっくよー! パピーィー、ゴォー!」
愛犬にフリスビーでも取りに行かせるようにコレットが命令すると、室内に響き渡る咆哮とともに巨大な犬が飛びかかってきた。
「おまっ! ヘルハウンドって殺す気か!」
以前、実験室でみせられた新しい獣を前に引き気味になりながらナイフを構える。
ヘルハウンド。確か召喚クラス3、程度の4足獣だったと記憶を思い出す。ネマが勝手に補足してくれたから間違いないだろう。子犬から馬程度の大きさまで大きさが変わるようで、術者の精神力に応じて大きさが変わるらしい。前見た時は子犬サイズだったはず。
地獄の番犬を思わすその風貌に思わず腰が引けそうになる。全身から高熱を発生しているらしく、目を凝らすと周りに陽炎が薄く揺らめいているの見えた。
四足タイプとの戦闘経験はコレットのおかげでそれなりにあるが大型犬以上の大きさはは初めてだ。対人戦闘経験は少しはあるが対獣戦闘経験はどうしても乏しくなる。
飛び掛かってくるヘルハウンドに向き合い、ナイフを構えなおすと素早く前に突き出す。不規則な軌道でヘルハウンドがかわすと、鋼鉄をも切り裂きそうな鋭利な爪で襲い掛かってくるのをナイフで受け止めた。
〈脅威を確認。戦闘モード起動します〉
ソータの何かに反応したのかネマの音声が割り込むように入ってきた。なるべく使わないようにと言われていたが、勝手に介入される分にはどうにもならない。
その音声とともに全身にある刺青のような黒いラインから一瞬淡い蒼の光が放たれるとソータの身体の奥から力は湧き上がるような奇妙な感覚を感じる。
この黒いラインは全身にコンマ数秒のタイムラグを起こす事なく出力の安定と制御を行う為に組まれた動力ラインであり回路のようなものであり、また整備時やギミック発動時の稼働部であった。
出力を上げるとこのラインを通じてエネルギー供給も行われる為、その際に独特の発光が起きる。
〈エルメタリウム燃料電池開放。出力上昇します〉
すかさずナイフのスイッチを押すと刀身が一瞬で紅に染まり金属をも軽く両断する高温になった。以前、試作されていたヒートナイフの改良版と渡されたものであり硬度や出力に調整を加えられている。
電力は手の平を通じてナイフに通電しているが、構造的にも以前より更に重量が増していた。そんな問題からサイボーグしか扱えない欠点はあるが威力はお墨付きのものになっている。
ナイフで爪を弾き飛ばすと、目の前にいたヘルハウンドが突然姿を消す。視界に映るマーカーが点滅して上を指していた。
天井を蹴って急降下してくるところを回し蹴りで撃墜するが、やや距離を離すだけで軽やかに空中で体勢を立て直した。
普段のソータであれば今の一連の攻防には対応困難であっただろうが、今は全身から力が溢れてくる感じで普段以上に素早く動けていた。
一方のコレットはヘルハウンドの支配に意識を集中しているようだ。
「フレイムブレス!」
コレットの声に応じて、ヘルハウンドは口を大きく開けるとその中にはチロチロと炎が踊っていた。
鋭い吸気音が室内に響くとゴウッと灼熱の炎が吐き出される。
咄嗟の事に避けきる事ができず、炎がソータのカーボンスーツの表面を焦がしていく。顔を腕でガードしなから範囲外まで大きく飛び退くと体勢を立て直した。
今までコレットとの模擬戦で戦った召喚獣は半自律型な感じで各自大雑把に動いており、指示に従って動くというのすら曖昧な感じであったのだが、今回のは明らかにコレットの意思がみえていて隠し球になるようだ。
距離を詰め直すとナイフのナックルガードで殴りつけ、そのまま何度か斬りつける。相手の大きさに武器のサイズがあってないのか致命傷には程遠い。
その間に噛みつきやら引っ掻き、体当たりなどの攻撃に何度も晒されるが、ソータはその全てをさばききっていたのでお互い決定打にはなってはいなかった。
業を煮やしたのか、ヘルハウンドが大きくバックステップをして距離を離し先程より大きな吸気音が聞こえると再度、炎の波が襲いかかってきた。それも複数の炎の塊として。しかし、ソータは先の吸気音が僅かに短いと事を聞き取っており、大きな一撃ではない事を見抜いていた。
「くらえぇぇぇ!」
強く踏み締め床を抉るかのように力を込めると前へ飛び出す。射出物のような勢いで飛び出し、炎を突き破り一瞬でヘルハウンドの眼前まで飛びだした。
体ごとぶつかるようにナイフを突き立てると勢いあまって壁まで吹き飛んでいくがヘルハウンドも一緒に飛ばされていた。体表に溢れ出る熱波をもろに食らう形となったが、熱さはあれと耐えられない程ではなかった。実のところ、一般人では大火傷ものの熱波であるのだが強化された身体はその熱を通すことはないようだ。
ナイフはヘルハウンドの胸に突き立っているが、それでも倒す事は出来ていない。ヒートナイフは手から離れた時点でただのナイフになっており赤い煌めきは薄れつつあった。
さすがに子供の身体では重さとパワーがあっても決定打にはなり得ないようで、よろよろと立ち上がるヘルハウンドをみながらソータは軽く舌打ちをしつつ右手を前に構える。
「ヘルハウンド。チャージ!」
武器の無いことを確認したコレットが勝機を確信したように命令すると、ヘルハウンドの全身が炎に包まれる。
そのまま高熱を纏いながら猪突猛進の勢いで突っ込んできた。
「フレームカット!」
ソータの周囲の風景が突然、ゆっくりと映る。高速移動する物体を見る事が出来るこのスキルの中で普通に動く事が出来れば速く動けるのではないか?そんな思いつきから練習を繰り返しこのスローな世界でミゲールとの模擬戦の時以上に速く身体を動かす事が出来るようになった。瞬間的に高速移動が出来るように変化したスキルを使うことで、弾丸のように飛んできたヘルハウンドの体当たりを躱す。
すぐにフレームカットの効果時間が切れるが、カウンターのように全力で左拳を振り抜き、撃ち出すように突き出すと同時に叫ぶ。
「スタンナックル!!」
左拳に内蔵されたギミックが音声に反応して起動すると拳からスパイクが展開。
ヘルハウンドに拳が接触すると同時に空気が弾けるような大きな音とともに部屋を照らし出すような眩い光が周囲に溢れ出した。
痙攣したように震えたヘルハウンドが昏倒し、そのまま蒼い光の粒子に包まれ消えていった。
なんとか勝てた、とソータが深い息を吐く。
コレットは立ちつくしていたが、唇を微かに振るわせると拳を握りしめ真っ赤な顔をしながら大股で近づいてきた。
「ずるーい! そんな隠し玉あるなんで聞いてないぃ!」
絵に描いたような地団駄を踏んだコレットが叫んでいる。
「やかましいわ!そっちこそ、召喚獣を操作出来るなんて聞いてないぞ。ましてや、ヘルハウンドなんて殺る気満々じゃないか!」
コレットに釣られて最近は口の悪くなったソータも叫び返す。隠し球はお互い様だが、あのクラスの召喚獣では一番強い奴ではないだろうか。よく無事に済んだものだと自分を誉めてやりたい。
サイボーグ用の内蔵兵器、"スタンナックル"。
拳に搭載されたスパイクを通して強力な電撃を与える事で痺れさせたり気絶させたりする小型兵器として最近開発された装備であった。本来は頭で考えれば起動する予定であったが、何度やってもうまくいかないソータは音声認識に切り替えてて起動させていた。
コレットは精神力をだいぶ使ったのか、訓練では珍しく疲労しているようで怒るだけ怒ったらその場に座り込んだ。
「もー、これで勝ったと思わないでよね!」
「はいはい」
「ソータの癖に生意気よぉー」
キーキーと文句をいうコレットを背中に後ろ手で手を振ったソータは訓練室を後にする。
必要な事と説明されていて、訓練後は毎回、メンテナンスルームに戻りソニアのチェックを受けるようにしていた。
「エネルギーは問題なさそうねー。新兵器もバッチリだったし、カッコよかったわよー」
普通に生活する分には問題ないのだが、激しい戦闘を繰り返すとエネルギー消費が激しくなり、兵器の使用限界が早まるので気を付けないといけない。
サイボーグ独自のシステムを使うときや、さっき使った”スタンナックル”や”ヒートナイフ”といった普通の人が使えない”兵器”と呼ばれる武器を使う場合、電力を消費する。高性能の電池を積んでいるらしいのでまず、心配ないとはソニアの話しだ。
とはいえ、予備電源を使い切るなんて余程でない限りありえないし、電池切れで動けなくなる。なんて事はないそうだ。
聞いた話しではバイオ燃料電池とやらも使って動いてるこの身体は食事でも発電可能なので充電が必要な事はない、らしい。
らしい、というのは自分の身体の事は難しすぎてよく分からない、何がどうなって動いているのか。
とはいえ、生身の人間だって一々、どういう機能で呼吸をしているのかなんて考えないのだから似たようなものかもしれない。
過剰な程の細かいチェックが終わるのはそれから一時間程後の事だった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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