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16 お腹空いた

 ニルヴァーナの役割が世界の秩序、と一口にいうものの、犯罪者以外にも先の大戦で残された負の遺産ともいえるベアマンティスなどを始めとした”生物兵器”、かなり殲滅寸前になっているがΩの"戦闘用自動人形"、そして今最も危険な宗教国"ガイア"が大きな問題となっている。


 世が不安定になると、誰しもその不安な気持ちを神という大いなる力に縋りたくなる。そんな時に神の力という奇跡を起こして、多くの人々を取り込んだ振興宗教がガイアだった。


 数百年前の大戦末期に起きた"Ωの叛乱"の際、神の使いという魔物達を召喚し、当時、人類の最も脅威になっていた"Ω"の戦闘用自動人形を文字通り駆逐し、一部地域ではその活躍により人類の救世主とまでいわれていた。その実績をもとに急速に信者を増やし、立ち所に国家クラスまで成長していった。


 人々は最初は手放しで喜んでいたのだが、今では自分達の宗派以外は全て敵として改宗という名の戦争を世界各地で仕掛けており、ガイアと聞くと構えてしまう人は多くなった。


 ニルヴァーナはその信念上、主にこのガイアを相手にしている事が多いようだが、結局は何でも屋のように活動している。

 基地というか施設はいくつかあり色々な企業などを隠れ蓑しているのだが、ソータ達のいるここはかなり大きい支部とのことでそれなりに職員が多い。

 地上部分は隠れ蓑となる貿易関連の企業が入っており、見た目もありきたりな建物となっている。しかしその地下部分は広く地上より多くの施設が入っていた。職員は基本的に全員がニルヴァーナの関係者になっていて、関係者のうち半数以上が正規の戦闘員であり、世界の秩序を守るために各地域で活動している。


 さて、腹が減っては戦は出来ない。ニルヴァーナには上の一般人エリアとは別の場所にも食堂がある。ソータにとっては身体は兎も角、脳は栄養を求めている。

 それこそ高栄養のゼリーのようなものがもっとも効率はよいのだが、そればかりだと精神衛生上よろしくないらしく、ある程度の制限はあるものの食事の摂取は推奨されていた。

 秘密組織とはとても思えない程、施設は大きく食堂も充実しており、ここに立ち寄る者は多くみられる。


 レストラン兼カフェといったこの部屋に入ると賑やかな話し声と笑い声に包まれた。比較的、混み合う時間帯に来た以上は仕方ないのだが、基本的に常に混雑している場所だった。

 トレイを持ってカウンターに置いてある単品メニューを好きにとっていくビュッフェ形式となっていて、昼時などはテーブルは全て埋まってしまう事も珍しくない。


「ソータ、今日もフライドポテトかい? そんなんばっか食ってると大きくなれないよ」


 カウンターの向こうから恰幅の良い女性が声をかけてくる。

 この調理師のおばさんは子供が珍しいのといつも同じメニューばかり食べてるいるからかソータによく声をかけていた。

 尤も、この組織に身を置く以上は子供とはいえ何かしらあるとは思われているだろうが、まさか全身機械化されているとは思ってもいないだろう。そのぐらい人工皮膚の見た目や質感はパッと見では分からない程度にはなっていた。


「大丈夫だよ。ポテトは栄養満点の最高の料理なんだから」


 何しろ主食にもオヤツにもなり得る万能料理だ。山盛りポテトの器を取り、つまみ食いしながら答えるも、おばさんは少し心配そうな顔をしていた。


「あんたぐらいの子供は肉も野菜も満遍なく食べなきゃダメじゃない。大きくなれないよ」


「心配ないって、そのうち大きくなるから」


 ジャンクフードばっかり食べて偏食しているソータを同年代ぐらいの子供がいる大人からみると心配でならない。普通の子供ならメタボか成人病まっしぐらだっただろう。が、ソータは全身機械化されており加えて病気にはならない体質だ。食べたいものを食べても大丈夫だし、身長なんていじってもらえばすぐに伸びるだろう。


「そういえばコレットちゃんはもういつもの席に座ってたわよ」


「あいつ、もう来てたのか。早いな」


「って言ってもあの子もデザートしか食べてなかったけどね。おばさん心配よ」


「食べたいもの食べた方が身体にいいって言われてるからさ」


「いいんだけどねえ。コレットちゃんはアンタが来てからだいぶ柔らかくなった方だし、こっちに来て食べるようになったしね。やっぱり子供同士いるのが一番だわ」


「今日の揚げ方も最高だよ」、などと言いながらポテトの上にケチャップを大量にかけているソータを見ておばさんはため息をついた。


 ドリンクバーのコップを手に、片っ端からジュースを少しずつ入れていく。混ぜ合わせた怪しい色をした液体を持っていつものテーブルに向かった。向かいの席ではコレットがお気に入りのワッフルを前にして、その香りと甘さに心を満たしている最中だった。

 はむはむと食べている彼女は口いっぱいに広がる甘味とその柔らかい食感に幸せそうな笑みを浮かべていた。

 こういう姿だけを見ていると美少女要素が強いのだけどな、とソータは苦笑いを浮かべる。


 そういえぱコレットに注意しとかないといけない事があったとソータは思い出す。コレットの前の椅子に腰を下ろすと持ってきたトレイをテーブルの隙間に捩じ込んだ。テーブルは既に数多のデザートによる支配圏になっていたからだ。


「なあ、コレット。こないだみたいなのマジでやめてくれよ。ジャンヌを怒らせるとあとが面倒くさいんだからな」


 前回、コレットは授業中にジャンヌにおばさん発現を繰り出し喧嘩を売っていた。まぁ、ジャンヌのコレットへの注意の仕方が彼女の性格に合わなかったからというのもあるだろうが、喧嘩はよくない。


「ふぇつにほんほぉのことひっただけだよ。ング。それにあの人すぐ上から目線で言うからキライだしぃ」


 少し黄色みがかったクリームを口からはみ出させつつ食べながら喋っている。ここのクリームはバニラの香りがやや強めだが塩味もやや強めでソータ的にはありの種類だ。


「それはそうかもしれないけど、あれでも色々面倒みてくれているんだよ」


 コレットは聞いていないのか、次のシュークリームをむにゅっと食べては端っこから中身を飛び出さしている。


〈逆さまにしたら飛び出ません〉


そう脳内で囁く声がするが一々指摘はしない。気持ちよく食べているならそれでいいのだから。

 それにコレットは基本、人の話なんか聞かないタイプなのでそんな話は流されるだけだろう。


 ソータは炭酸を混ぜた不思議な色のジュースを飲みながら、なんとはなしにフライドポテトをペンに見立ててケチャップで皿に落書きをする。


「ねぇソータ? あんた最近、どんな感じなの?」


 口の端にクリームを付けたままコレットが話しかけてきたので、なんとなくポテト先を動かしながらここ最近の事を思い出す。どうにも楽しくない記憶しかないのは気のせいだろうか?軽くかぶりを振るとポテトを口にする。


「どんな感じもいつもと一緒だよ。ジャンヌとミゲールの訓練と勉強の繰り返し。一応、これでもニルヴァーナの一員だからな。戦えるようになっておかないと」


 以前、コレットと出会ったあの実戦を経てからこの世界の状況というか、ニルヴァーナの役割を改めて見直してみた。 

 少なくとも悪の組織ではなさそうだし手伝ってもよいかなと考えている。どちらにしてもいずれは戦闘に出ることにはなる訳だし。


「あんた、真面目ねぇー。ここの大人達なんて私達をうまく利用しようとしているだけよ。こっちもそれなりに利用させてもらわないとダメよ」


 すごく達観した意見だが、まぁ、コレットの言う事も最もだと同感できる。ソータもコレットも特別な能力を持っていたから、こんな事になっているに違いない。

 少なくともこのニルヴァーナに子供を見かけた事はない。さっきのおばさんは非戦闘員だろうがニルヴァーナの職員になる。ソータやコレットが何かしらの理由でここにいる事は分かっているが聞く事はしない。


 ソータにしろコレットにしろ一日の多くの時間は訓練をしたりずっとデータ取りの実験やらで子供らしい時間はあまり取れていないのが実情だ。ソータもそうだがここで保護されているということはコレットも親と離れ離れなのだろう。


「まぁ、コレットの言うこともよく分かるけど。タダ飯って訳にもいかないし。この身体の事もあるからな」


「そういやそうね。いつも忘れそうになるわ。そんな風に普通に食べたりしてたら。あの頃とは大違いね」


「それなりに努力はしたんだよ」


 以前はポテト一本つまむだけで、四苦八苦していたソータだったが、初めてのコレットとの食事会?以降、コツを掴めたようだった。今では見た目では分からなくなった機械の指で器用にポテトをケチャップに漬け込む姿をみてコレットは感心してみせる。


「自分でも時々、信じられないなと思うけどな。でも、定期的にソニアにメンテしてもらわないとダメだし。なんせ、人類初の全身機械化成功例らしいから関わった人たちはみんな心配してるって聞くけど」


「心配ねー。あんた、本気でそんな風に思ってるの?」


 コレットが呆れた顔をしてソータを見る。  

 ニルヴァーナに来てからのコレットは大人たちが自分の能力と価値を評価しているのは知っていたが、同時にそれに恐れをなしている事も気付いていた。だからこそ、ニルヴァーナ(ここ)にいる人達を本気で信用できなかったのだが、ソータはそんな裏表を気にしていないようだった。 


 基本、彼は周囲の期待や信頼に前向きに答えるような言動が多い。そんなソータと触れ合う事が多くなったコレットはほんの少しだけ考え方を変えてもいいかと思うようになっていた。


「本気だよ。さすがに全員がいい人とは思ってないけど、みんなが悪い人とも思ってないよ。それに最近、ちょっと考えてんだけど、機士みたいになれないかなって。ほらこう見えても、全身機械だからもしかしたら機士より強くなれるかもしれないし」


「機士って、確か大昔にいた英雄だっけ?あんたみたいに機械の身体だったらしいわね」


「そう!彼は腕一本だったけど自分は身体全部だからね。だいぶと有利じゃない?なれるかなって」


 物語なら主人公に自分を(なぞら)えるなんてお子ちゃまな発想だとコレットは鼻で笑いたくなった。

 しかし、真っ直ぐにこちらを見てくるソータの言葉にふと昔の事を思い出す。かつて、自分に同じような事を言ってくれた人がいた事を。緩やかな風がコレットの心に流れほんの少し気持ちが軽くなる。

 一人でやらなければ、誰も信用できないと焦りや不安しかなかったが少しは考え方を変えてもいいのかもしれない。


「お人好しねー。でも、私は自分の目的の為ならあの人達を使わせてもらうわ。もちろんソータあんたもよ」


 コレットはズビシッ! と音がしそうな勢いでソータを指差す。


「なんなの?その目的って」


「ヒミツ、いい女は色々とヒミツを持ってるものなのよ」


「そうなの?」


「らしいわよ。知らないけどね」


 周囲の喧騒の中、二人の会話は飲み込まれていく。

 ほんの少し、ソータへの評価を変えたコレットはそんな内面を見せる事なく、どうでもいいと言わんばかりの顔をして残りのシュークリームを口に放り込んだ。


読んでいただきありがとうございます。

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