15 お勉強
今日はソータ達の勉強の日。会議室の中、長机に座っている生徒達を前にした教師役のジャンヌがホワイトボードを前に授業がおこなっていた。
少し離れた席には最近、一緒に訓練にも参加している異形の生き物を連れている女の子、コレットがいる。ガラスの向こう側でしか見る事がなかった彼女だが最近になってこうやってソータと一緒に勉強や訓練に参加するようになった。
年齢が恐らく一緒ぐらいかと思われるが、コレットはなんとなく喋りかけにくい雰囲気を出しているので、あまりソータから積極的に話しかけた事はなかった。
今日はいつもいる不思議な生き物は見当たらず、当のコレットは目の前の資料をペラペラと興味なさげにめくっている。
「君たちにはこれから我がニルヴァーナーの機関員としての成長を期待している。いずれ、君たちは様々な任務についてもらう事になる訳だがその功績によって様々な恩恵も得られる事があるので各自頑張るようにしてほしい」
ホワイトボードにペンを走らせながらジャンヌの説明は続く。
「さて、ここニルヴァーナはお前らのような子供にもわかりやすく説明すると、所謂、独立特務機関、"秘密組織"と言った方が分かりやすいかな。
世界の秩序の安定や世界平和のために日夜活動している組織になる。当然、どの国家にも属することはない」
ホワイトボードにはニルヴァーナの守るべき3条と書かれている
1.ニルヴァーナ機関員は世界の秩序と平和を守らなければならない
2.ニルヴァーナ機関員は私利私欲の為に力を濫用してはならない
3.ニルヴァーナ機関員は部外者に機関員であることを知られてはない
と書かれている。
どうやら本格的な秘密結社らしいが、こんな子供をその機関員などに当てている時点で大した事がなさそうである。どれだけ機関員とやらがいるかは知らないが、全身機械化できるような技術をもっておりそれを使っている以上、それなりに大きな組織だろう。その全員が本当に平和の為に、と尽くしているのかは不安や疑問がある。
ジャンヌは指し棒でホワイトボードをバンバンと叩きながら二人の視線を前に注目させる。
「ここは秘密結社だから、当然正体がバレてはダメだ。全職員が徹底している」
「はーい。もしバレたらどーなるんですか?」
シュピッと音の出そうな挙手をしてソータは聞いてみた。
「そんな事は有り得ないはずだが……もしあれば関係者もろとも不幸な事故や病気になるかもしれんな」
不敵に笑うジャンヌだが、とても冗談を言っているようには見えないのはここ数ヶ月のソータへの扱いのせいだろうか。
「さて、自分の特徴については理解していると思うが相手の事を理解していないだろうから説明がいるだろう」
「別に興味ないし」
ポソっと答えたコレットは爪のやすり掛けをしたりとネイルケアに余念がない様子だ。
そんなコレットを見ていないのか知ってて無視しているのか、ジャンヌは指し棒を弓なりに引っ張りながら机にビシッと打ち付けソータを睨む。
「特にソータ。お前は”鋼鉄機人"計画の唯一の成功例だ。我々が全力でお前を育てる。つまらない事でお前を失えば切り札が一つなくなるから我々の一員という自覚を持つように」
"鋼鉄機人"計画。あれから色々聞いたり調べたりしたみたが分かった事は全身機械化する事によるアドバンテージを利用して一個師団並みの強力な兵器とした兵士を作ろうという計画の事だという事まで。かつ成功例が過去を見ても自分しかいない。更にはニルヴァーナ最初の成功例でもあるらしい。
「この計画は支部長ですら反対していたのを我々のチームがお前を見つけてから成功率が高くなった事をうけてやっと押し通した。莫大な予算を使ってな」
「軍事兵器的な扱いということなの?」
「当たり前だ。軍事用サイボーグは機密の塊だぞ。それが全身機械化ともなるとその希少価値ははかりしれん。自覚を持て、馬鹿者が!」
そんな事もわからんのか?という目つきでソータの問いに苛立ちを声に滲ませながらジャンヌは細い眼を一層細くしながら答えた。
「"Ω"の技術流用をして全身機械化までしたんだ。お前にはそれ相応に働いてもらわねばならん。慈善事業だけで助けたわけではないからな」
世界が捨てざるを得なかった大戦以前の科学技術、それも人類の敵である"Ω"の技術ですらニルヴァーナは隠しもってきていた。それは世界の敵と闘う為だという事だが、本当のことは分からない。ただ、大戦以降、彼らニルヴァーナが表立って世界に現れていない事から本当に私利私欲で動く組織ではないのかもしれない。
そして機械化なんて普通は行えない。それだけの医療技術や機械工学、更には部品の調達が簡単ではないからだ。だから、かつての大戦以降に機械化した兵士は存在しない。それこそ、簡単な義手義足レベルが精一杯なのだ。肢体ですらそのレベルなのに全身機械化となるとそれこそ機械工場が必要になるのではないか。例えそれをもっていたとして、その技術を使える技術者もいる。それが軍事機密レベルのモノとなると……。
初期開発費用から考えてソータを造る為に一体いくらかかったのだろうか?軍事機密というのも当然であろう。
「でも、全然自覚がないんだよ。なんの違和感もないし、生身の身体って言われても信じてしまいそうになるぞ」
ソータは自分の手を握ったり開いたりしながら答える。当初、メタリックな両腕だったが今では他の部位同様に人工皮膚が貼られており、一見普通の身体に見えない事もない。
技術者のソニアがあの状態にガマン出来なかったと聞いている。
腕や脚の関節部の繋ぎ目なと所々に黒い線が刺青のようにひかれているが、皮膚のある部分はそれを除いては、ほぼ見分けがつかないと思われた。それらは動力ラインという話だか詳しい事はよく理解していなかった。触った感じがやや皮膚にしては硬めな事や体重や体温測定などをおこなえばすぐバレるかもしれないがそんな事を一々する者はまずいないだろう。
ソータがこの身体になってから既に約一年以上が経っていたが、体の感覚などは本当に違和感が少ないと感じていた。
本当の所、感覚の差は生身とは異なるのだが、幼い時より病気に侵されていたソータには少し異なる感覚であっても感覚として分かるだけ充分幸せであった。
「違和感が少ないのは我々のチームが優秀なのもあるが一番の要因はソータ、お前の体質だ。普通は拒絶反応による神経接続の痛みが出やすいから大人でも常時、薬を使わないと耐えれきれない。体の一部でも激痛を伴うものなのに全身、ともなると耐えられる者はどこかおかしな奴ぐらいだろう」
そこまで話し切るとジャンヌは一息ついた。
「で、コレット! お前は問題児の自覚が足りない。テストの度に施設か職員に被害を出すのはやめなさい。あと、召喚士のジョブがここにいること自体異例だ。普通なら隔離されていてもおかしくない立場ってことを忘れないように」
そんな強い口調で言われているにも関わらず、コレットは講義に飽きたのか枝毛を探すように前髪をいじっている。
その手が徐に合わさると青い光の柱の後に粒子が舞い散りその中からぬいぐるみもどきがソータの前に現れた。
「うわっ!」
ソータの腕に抱きつくようにくっついてきたそいつは30センチ程度の大きさの小型のクマのような犬のような姿にみえた。愛嬌のある可愛らしい顔つきをしてソータの顔を覗き込んだりしており、柔らかい毛並みを思わず撫でてしまう。
それが突然、醜悪な悪魔の目つきに変化する。
「ウケケケケ!!」
甲高い声で叫ぶと一瞬黒いオーラのようなものがその体から膨れ上がった。その瞬間、抱きつかれていたソータの腕は電気が走ったような感覚とともにダランと腕が落ちる。
<システムエラー。左上腕部との接続リンク異常。再起動します。カウントダウン開始>
「何するんだ! コレット!」
ネマのアナウンスを聞きながら、肩が抜けたようになっている腕を抱えて思わずソータが距離をとる。完全に油断しきっていた為に直撃をうけたようだ。
「グレムリンの攻撃でこの有様ってこんなのが切り札な訳? パートナー解約しようかしら。あと、いつも言ってるけど、私を他の狂信者たちと一緒にしないでくれる?」
迷惑だと言わんばかりの顔をしながらコレットがジャンヌを見据えながら髪をわざとらしくかきあげた。
「神の血を引く私は他のやつらとは違うのよ。そこのお人形さんも大した事ないしね」
年が近いせいかなんなのか、やたらと張り合われる事が多かったソータはこれまでの数回でも変に絡まれる事があり、さっきのお人形発言もいつもの事だった。実のところは以前の暴走召喚獣騒ぎの時にソータ一人で制圧された事によるライバル心の裏返しのようなものなのだがコレットにも自覚はなく、なんかイラつく奴扱いであった。
あれが召喚術と言われるものなのは何度か見た事で知ってはいたが、攻撃を食らったのは初めてだったソータはひどく驚いた。その能力のせいかコレットの方が周りからの扱いが厳しい気もするが気のせいだろうか。
過去の大戦の際、常人離れした不思議な力を使うようになった者たちが現れた。後に"スキル"と呼ばれるようになったその力を持つ者たちを"能力者"などど呼ばれもしたが現在では職種と呼ばれるようになり各所で活躍をみせている。ジョブ持ちは常人とはかけ離れた身体能力を持ち何よりそのスキルによる戦闘能力はかなりのものであった。
例えば一番多く見られる"兵士"では身体能力の更なる向上や剣などの一部の武器を使い斬撃を繰り出せる。銃器の扱いに特化した"銃士"は通常ではありえない火力を出す事が可能であった。数は少ないものの中には物理法則を無視した技を繰り出すサイキッカーという者もいるらしい。
その中でもコレットはこの世界で極めて特殊なジョブ“召喚士”だった。
以前、コレットから教えてもらってからそれなりに調べて分かった事は多かった。
"Ωの叛乱"と呼ばれたAIが起こした世界戦争。その最中、突然世界に現れだしたのが“堕ちたる神々”を崇拝する狂信国家“ガイア”。
突然ですが現れた彼らは神話に現れるような生き物を使役してΩを相手にし各所でΩの支配地域を取り戻して行った。世界を救う救世主的な現れ方であった彼らの教えに心酔する者も多くいたが、徐々にその教えに疑問をもつ人々も増えていった。
その中身は自分達の崇める神々こそがこの世界の正当な支配者と信じており、他の国々はもちろん、信者でもない一般人は全てが敵という狂信集団に近いものであった。
故に彼等の聖戦はシンプルなものになる。即ち、改宗か死か。有無を言わさず蹂躙された街も多く彼等のいう聖戦での犠牲者はかなりの人数に膨れ上がっている。
当然、世界の秩序や平和活動を行なっているニルヴァーナは目の敵にしている訳だが、その活動のやり方もあり大戦前後で信者の数が莫大に膨れ上がった。今では一国家として機能している危険な国になっている。
召喚士はその"堕ちたる神々”に絶対忠誠を誓うことで眷属の力をかりて異形のモノをこの世に具現化して使役しているらしい。いくらなんでも神様なんて完全眉唾だと一蹴できればいいのだが、さっきのグレムリンを始め、色々な召喚獣と呼ばれるモンスターを喚び出すことができるのは確かであった。
ちなみにグレムリンは機具はもちろん機械・電子機器を壊したり、機能停止させるモンスターと後で聞いている。
コレットは“堕ちたる神々”の力は使っていないらしいのだが、ガイア以外で召喚という特殊な力を持っている者は過去にいなかった。なので、ガイアとの関連を疑われた彼女は徹底的に調べ上げられ結果、シロと判明しているがニルヴァーナの職員からは表立ってはいないものの決していい目ではみられていない。そのぐらいガイアの起こした"聖戦"はひどいものであったのだ。
コレットもそれが分かっているからか、あえて他者と交わらず一人で過ごす事をよしとしていた。
暫くして動くようになった腕をさすりながらコレットを睨んだが舌をちらっとみせて、てへぺろ的な顔をしていた。ソータはここ数か月の付き合いで解ってきたことだが、色々やらかすコレットには今更感がぬぐえない。
「わたしが使えるのは十分に実験してわかってるでしょ。すぐ処分するとか言わないの、オ・バ・さ・ん」
「ほぉー、小便臭いガキが言ってくれるねぇ」
バキッと指し棒を二つ折りにしながらジャンヌは悪魔の微笑みを浮かべている。
「あらー、そんな顔されると化粧が割れて大変なことになりますわよぉ」
手の甲で口元を隠しながらオホホと煽っている。
この後、ソータは一触即発な二人の間に入って全力で仲裁に入るのだった。
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